遠くから
三題噺もどき―さんびゃくにじゅうよん。
スライド式のドアの持ち手(?)を、右手の指に引っ掛ける。
僕自身は、左利きなので、左で行きたいところではあるが。
残念ながら、左指をかけやすい方の扉は、ロックされているので、使用すらできない。
よくある学校のスライド式ドアだ。
「……」
右手で勢いよくドアを横にずらすと、中からヒヤリとした空気が出てくる。
ついさっきまで、夏の日差しの下を歩いてきたので、ありがたい。拝みたくなるくらいだ。
全く……ここ最近の暑さと言ったらホントに異常すぎないか?
汗が留まることを知らないし、どれだけ水分を摂っても干からびそうな気分になる。
その上、刺さる日差しの痛いこと。
男の身ではあるが、痛いものいたい。
「……」
もっと若い頃―とはいえ数年ほど前ではあるが。
こんな暑さの中で、部活動とか体育とかしていたんだから、信じられない。
そこまで昔の事でもないのに、こんなに遥か昔のことのように思えるのは何だろうな。
「……」
そんなまぁ、どうでもいい事を考えながら、教室内へと入っていく。
扉はもちろん、牛と手にきちんと閉めた。
この冷気を外に逃がすのはご法度だ。
少し開けただけで、室内のやつらに目を向けられるんだから。
目立たないように、後ろから入ってきたとしても、だ。おぉ。こわ。
「……」
座る席は指定されていないので、一番後ろの角の席へと向かう。窓際。
サボるには丁度いいとは思うが、別にサボるためにここに座るわけじゃない。
―ここが一番、程よい距離なのだ。
「……」
大体、ここに座るやつは、やっぱりサボりが目的なんだろうけど。
だから、大抵他の授業の時は、この席は人がすでに座っていることが多い。
でも、この授業の、この席は。
僕の指定席みたいに、常に開いている。
他の人が座っているのを、見たことがない。
……他のやつらに嫌われでもしているんだろうか僕。
「……」
ま、それはそれで。
平穏な学生生活が遅れるなら、別にどうでもいい。
僕は、この授業に生徒間の交流目的で来ているわけではない。
ならば、授業内容を加味してかと言われると、そうでもない。
「……」
まぁ、まわりまわって、成績はよかったりするが。
この授業に限って言えば、上位の方に入る。
「……」
席に座りながら、必要なものを取り出していく。
リュックサックの中に、適当に突っ込んでいるのでかなり汚い。
だからまぁ、授業内容は正直どうでもいいので、ノートとかも別にとる気はないから、良い。
―話を聞いていたら、勝手に体が動くけど。
「……」
ノート、教科書、ファイル、筆箱。
あぁ、ちなみにイヤホンをつけているので、外の音は聞こえない。
―と、周りのやつらは思っているらしいが。
残念ながら、外音取り込みにしているので、そうでもない。
―ノイズキャンセリングなんかして、あの人が着たタイミングを逃したら、どうするよ。
ので、君らのコソコソいう音が案外よく聞こえている。
「……」
興味もないし、どうでもいいので放置だ。
……しかし、今日は来るのが少々遅いな。
もう時間的に来てもおかしくな―
ガラ―――!!!
「――!!」
教室の前方。
教団側の扉が、勢いよく開かれる。
ここまで、駆け足で来たのか、肩で息をしているように見える。
扉に手をつき、息が整わないのか、下を向いている。
教材を抱えた手が少し邪魔そうだ。
「……」
今日は、肩より下まである長い黒髪をハーフアップに纏めているようだ。
俯いたしせいなので、黒髪がカーテンのようにその顔を覆っている。
落ちた髪の、隙間にうなじが見える。
「――はぁっ……おまたせ~」
ようやく息が整ったのか、勢いよく顔を上げる。
にこりと笑いながら、教室内へと声を掛ける。
少し汗ばん額に、薄く切りそろえられた前髪が張り付いている。
走ってきた影響だろう……頬がいつもより赤みがかっている。
「前回どこまでやった~?」
スタスタと教室内に入りながら、前列に座る生徒に声を掛ける。
その際に落ちた髪を、右手で耳にかける。
笑顔と、その仕草に妙なギャップが生まれる。
「……」
分かっている。
これは抱くべきものではない。
彼女は教師で、僕は生徒だ。
直接話したことも僕はない。
ただこうやって、遠くから。程よい距離から眺めている。
「さ、はじめるよ~」
「……」
教壇に立ち、はつらつと授業を進める彼女。
汚いこの感情を抱え込んだまま、今日もまた僕は。
お題:教壇・抱え込む・黒髪