■ 日曜日の子は、お風呂が好きらしい
いいか、よく聞きやがれ。日曜日は、朝から弁当を食うなんてことはしねぇ。毎週、日曜のルーティンってもんがあるんだ。今から、そいつを紹介しよう。
俺は、日曜日については朝、昼、夕の三回、銭湯へ行くことにしてるんだ。いや、誤解しないでくれ。日曜にまとめて風呂に入ってるわけじゃねぇぞ。ちゃんと俺は、毎日きれいきれいしておりますよ。
何で三回入るかってぇと、行きつけの銭湯が日曜限定の「さんでぃ割引」ってのをやってて安いから。それ以上でもそれ以下でもねぇ。安いってこと、ただそれだけ。
あとは、日曜の朝風呂は一番手で入るのがこだわりだ。番頭のオヤジに「今日も一番手だな」と言われるのが気持ちいいんだ。
弁当屋までは歩いて三分。
アパートを出て左に曲がり、突き当たりを右に曲がり、また左に曲がって行くんだ。
なんだって。弁当屋に行く道と同じだと言いたいわけか。まぁ、そう慌てんな。こっからが、違うんだ。
弁当屋はこの先の突き当たりを右だが、左に曲がった奥に銭湯「藤の湯」があるんだ。瓦屋根に、でーんと伸びたコンクリ煙突、そして入口に藤色の暖簾がかかってて、いかにも昭和ノスタルジーな銭湯で、俺は大好きだぜ。
「いよっ! 今週も来たね、タマオ! 沸かしたばっかだから、今日は熱ぃかもしんねぇぞ」
なぁに、いいってことよ。沸かしたての熱い湯に朝から浸かる。これもまた、オツってもんだ。
「ただなぁ、今日の一番手はタマオじゃねぇんだ! 残念だったな。へっへっへー」
な、なんだとっ。どういうことだ。いつも藤の湯の日曜一番手は俺だったはずだ。それが、陥落してしまったというのか。なってこった、くそったれぃ。・・・・・・ん。誰か出てきたぞ。女の客だ。
「おいちゃん、お世話様やったね。ここ、雰囲気ようて、ばり気に入ったと。また来るけんねー」
「おぉー。またいつでも来いやぁ! あんたみたいなべっぴんさんなら、いつでも歓迎だ!」
おいおいおい。なにを鼻の下伸ばしてやがるんだ、番台のオヤジ。ってか、メガネをかけたこの子が一番客だったのか。しかも、どうやら九州出身と見た。
その訛り方、東日本のモンじゃねぇな。
「ん? おいちゃん、お客さんばいっ! こんちわっ! いいお湯やったとよー。じゃぁねー」
濡れた黒髪が異様に艶やかじゃないか、メガネの子よ。いいお湯、か。俺はよく知ってるぜ。ここの常連だからな。それにしても、俺よりも早く来やがるとは、なかなかやるなメガネの子よ。
「あの子、ここ最近来るようになったんだ。学生さんらしいが、決まって日曜に来るわなぁ」
銭湯通いなんて渋いじゃないか、メガネの子よ。風呂好きで、長い黒髪、丸メガネ。なかなかポイントを心得てやがるが、いったいどこの学生だろう。って、ちょっと待て。素足に安いサンダル履きなのかよ。昭和からタイムスリップしてきたかのような感じだぜ。
「おいおいタマオ。おめぇこそ、鼻の下伸ばしやがってこのスケベが。なに目で追ってんだぁ?」
バカ言うな。俺は去りゆくあの子について、しっかりと分析をしていたとこだ。それにしても、藤の湯の朝は他に客がいねぇから清々しいぜ。いるのは近所の野良ネコ二匹。なんだかなぁ。
―――― 夕方 ――――
日曜朝風呂一番手の牙城が、メガネの子によって崩された。九州訛りってここは、九州出身なんだろうな、やはり。ラーメンはとんこつ派なんだろうか。俺は肉が乗ってりゃ何だっていいけど。
昼風呂は、「大盛りカルビ&天丼ビッグカツ弁当」を四つ食べて入ったからか、妙にのぼせて気持ち悪くなっちまった。だめだったか。三つにしときゃよかったぜ。
ま、そんなことを吹っ飛ばすように、本日三回目の藤の湯へゴーだぜ。夕方はまた、藤の湯のボイラーがノスタルジックな香りを漂わせてんだ。やはり昭和風情はいいな。俺は平成生まれだけど。
「あれ? 朝いたお客さんやね? へーぇ。あなたもここ、気に入っとうっちゃね!」
あ、メガネの子だ。何たる偶然。藤の湯の暖簾へ一緒に手を伸ばしちまった。何ともドラマチックで運命的な出会いではないか。俺は藤の湯、大好きだぜ。コーヒー牛乳が売り切れの時、なぜかシイタケ茶になること以外はな。
「何ね。シイタケ茶だってうまかとよっ! あなた、コーヒー牛乳にこだわりがあるとね?」
ははは、まだまだだなメガネの子よ。銭湯上がりと言えば、コーヒー牛乳かフルーツ牛乳だろう。その二大巨頭を差し置いて、シイタケ茶が入る余地などねぇぜ。
「なかなか、こだわっとうとね。あなた、銭湯マニアか何か? なかなか渋いこだわりたい!」
俺は東京理数大学理学部四年のタマオってモンだ。覚えといてくれ、メガネの子よ。
そっちだってなかなかノスタルジックだが、いったいどこの学生だ。番頭のオヤジが学生だと言ってたから、学生だと思ってんだがな。
「へぇ。タマオさん理系なんね。アタシは女子日本大の二年。高校出て、福岡から上京したとよ」
なにっ。女子日本大じゃ、俺んちのほんとすぐ近くか。それにしても、九州だとは思ったが、福岡だったのか。あっちの学校は全然わからん。てか、地元栃木の高校すら、何校あるのか知らんし。
「福岡一の私立高校出身なんよ。福岡天満学園高校。スポーツ推薦で、女子日本大に入ったとよ」
ど、どこまで謎が多いんだメガネの子。
スポーツ推薦ってこたぁ、何らかのスポーツで福岡じゃ名が通ってたってことか。そんなにすごそうにも見えんが、いったい何をやってんだ。
「アタシ、『薙刀のマイサ』って呼ばれた、なぎなたの九州女王やったとよ。一応、有名やったと」
な、薙刀のマイサ。何だその一昔前のレディースみたいな通り名は。そこまで昭和風だとは。
なぎなたっちゃ、弁慶が担いでるデカイ包丁のようなやつだよな、確か。それの九州チャンピオンだったのかマイサちゃんよ。頼むから、俺のことをロース肉に切り落としたりしないでくれよ。
「アタシ、来週に全国学生選手権があるとよ。部活で一週間の疲労が溜まると、ここに来るんよ」
なるほど、そういうことだったか。部活の疲れ抜きに、でかい風呂で朝夕浸かるってわけか。
「そうたい。銭湯帰りはいつもラーメン屋に行くんよ。でも、とんこつが無くて物足りなかねー」
やはりとんこつ派かマイサちゃん。しかし、とんこつの話題でなぜ俺の腕と脚を見てるんだ。