■ 木曜日の子は、スキップして駆け抜ける
今日も朝から美味い弁当だったぜ。新作の「カレー&麻婆豆腐フュージョン焼き肉弁当」だそうだ。とんでもねぇ見た目だったが、これがまた、俺には大ヒットな弁当だった。木曜日の固定メニューにしてもいいくらいだ。
だが、弁当を固定せずとも、木曜日だとわかることが一つあるんだ。こうして、いつも通り窓枠に寄っかかって、文庫本を片手に道を眺めてりゃ、すぐわかる。
たたった たたった たたった たたった・・・・・・
ほら、来たぜ。木曜日になると必ず俺んちの前を通っていく、ショートヘアの可愛い子だ。ただ通るだけなら、何の印象にも残らねぇが、この子は必ず朝夕ともに、スキップしていくんだ。
何がそんなに楽しいのか、俺に教えてくれスキップの子よ。
たたった たたった たたった たたった・・・・・・
毎週思うが、スキップってぇのは、非常に優れたリズム感とそれに付随する運動神経がマッチしてこそ、できるんじゃなかろうか。
ちなみに俺も、できるぜ。トドのダンスだと昔言われたから、やらないけど。少しだけ傷ついたのさ、その時に。
たたった たたった たたった・・・・・・ ぴたり!
ん、なんだ。止まりやがった。これはまた、ミズキちゃんの時と同じパターンか。でも、ゴミは片付けてあるし、いったい、何だ。スキップの子が俺の方を見ているぞ。そんなに見つめないでぇ。
「その文庫本、ウチの持ってる本と、同じだべや!」
だ、だべって言ったか今。言ったよな、今。なんだ、スキップの子、初めて声を聞いたが、アニメ声だが訛ってるぞ。
「ウチも今、大学の図書館で読んでんだぁ。それ、『ハンガリーの森』だべ? ほぉだんべぇ?」
なんだとっ。見た目は垢抜けた女子学生なくせに、どんだけ訛ってんだスキップの子よ。いや待てよ。その話し方をあえて標準語に直さず、この東京のど真ん中で貫き通す心意気や良し。
そう、この文庫本は数年前のベストセラー小説『ハンガリーの森』だ。デブの俺がこんな純文学作品を読んでることに、何か文句あっか。
「やぁっぱり、そうけ! 嬉しいなや! それ、面白いよねぇ! ねー。よがっぺや?」
よ、よがっぺやだと。この訛り方、恐らくは、茨城出身と見た。ハンガリーの森は面白い小説だが、俺が「良いよな」と言う前に、またスキップして行っちまいやがった。
なんでそんなにスキップが上手く、そして速いのか。気になって、学校行く気が失せちまうぜ。
―――― 夕方 ――――
みんながすなる、げぇむといふものを、俺もしてみむとて、するなり。
久々に、ホコリの被ったゲーム機を引っ張り出し、やってみたぜ。まず、テレビに繋ぐまでに一時間かかっちまった。タンスから引っ張り出したゲーム機は何ともなかったが、その奥からクモだのゴキブリだのが出てきやがったからだ。俺の一番嫌いな虫のツートップが出たんだ。ゲームどころじゃねぇだろう。わかってくれ。
殺虫剤が無くなったから、塩と小麦粉をぶっかけてやったぜ。
鉄道で日本全国の物件を買い占めてゆく、すごろく型ゲーム。俺はこれが大好きだ。高校生の頃、夏休みの九割をこれに費やし、宿題や課題をぶん投げて踏み倒したという武勇伝があるんだぜ。
たたった たたった たたった たたった・・・・・・
ん。あの、スキップの子が来たな。大学の図書館でハンガリーの森を読んでるって言ってたが、いったい、どこの大学なんだか。どれ、朝の流れもあるし、ちょっくら話してみようじゃねぇか。
「ん? なんだべ? あんたの部屋から、好きなゲームの音楽が聞こえっぺや! やってんのけ!」
や、やはり見た目とのギャップがすげぇ訛り方だ。まるで、漁船の漁師と話してる感覚だぜ。
「それ、ウチも実家にあんだー。良かっぺや、面白くて。スマホにもウチ、入れてっぞー」
なんだと。ハンガリーの森を読んでるって言ってたから、てっきり文学女子かと思ったじゃねぇか。意外とゲーマーなのか。何なんだ。スキップの子よ、あんたはいったい、何者だ。どこの大学で、何故にいつもスキップしてんだか教えてくれぇ。
「ウチ? 習学院大のカナってんだぁ。スキップに意味は無ぇ。楽しいとき、いつもやるんだー」
い、意味は無ぇだと。楽しいとスキップするってこたぁ、いつも木曜日は楽しいってことなんかよ。羨ましい人生だぜ。そんなに楽しいんじゃ、その楽しさは持続させた方がいいぜカナちゃん。
「ありがとさまー。ところであんたは、何なんだや? ニートか何かけ?」
ば、ばか言うな。誰がニートだ。
俺は東京理数大学理学部四年のタマオってモンだ。覚えといてくれ、スキップ上手なカナちゃんよ。
「り、理数大なんけ! たまげたなや! 理数系で太ってても純文学を読むなんて、すげぇなや」
理系の男だって、文学作品に触れるさ。だがなカナちゃん、太っててってのは関係無ぇだろう。読書にデブは関係無いのさ。俺は理系も文系も関係無い、ハイブリッドな脳みそだぜ。
「そうけー。ウチ、嬉しかっぺ。趣味が合う人なっかなかいねーんだ! 茨城から出てきて初だわ」
な、なんと。この俺と、読んでいる本ややっているゲームが一緒ってだけで、そこまで言ってくれるとは俺も嬉しいぜ、茨城出身なカナちゃんよ。どうだ。今度一緒に、対戦でもしないかい。
「やめとくー。ウチ、留年しそうで、実はヤバイんだ、タマオ! それどころじゃなかっぺよ!」
カナちゃん、留年の先輩が教えてやるぜ。留年は、大してビビるほどのもんじゃないんだぜぇ。