■ 弁当売ってくれよ、水曜日の子
さて、朝飯の時間だ。俺の水曜日は、いつも決まったメニューの弁当で固めてんだ。聞いて驚くんじゃねぇぞ。その名も、「ビッグうぇどねすでぃ角煮弁当」だ。水曜日の朝限定の、三千キロカロリーある超豪華な肉弁当なんだぜ。これを朝に食うと、水曜日って感じがして、いいんだ。
さぁて、待ってろビッグうぇどねすでぃ角煮弁当。このタマオがまた今週も、美味しくいただいてやるとするぜ。
弁当屋までは歩いて三分。
アパートを出て左に曲がり、突き当たりを右に曲がり、また左に曲がって突き当たりを右に曲がる。
するとどうだ、見えてきたぜ。昭和チックな、黄色いネオン球が光る、何とも言えねぇ、貧乏じみた店構えの小さな弁当屋だ。見た目で味を判断するなという良い見本だぜ。
この貧乏じみた弁当屋が、実に美味いんだ。しかも、朝七時からやってんだから、なかなかの店だぜ。
「・・・・・・いらっしゃいませぇ。おはようございますー・・・・・・。・・・・・・はぁ・・・・・・」
ん、なんだ。今まで見たこともねぇ、若いお姉ちゃん店員だな。そうか、パートのオバチャンが辞めちったから、きっと、新しいバイトの女子学生を雇ったんだな。絶対に、このお姉ちゃん店員は、大学生だ。俺の第六感が、そう感じてるぜ。
「ご注文、何にいたしましょうか・・・・・・?」
おいおい。それにしても、元気があまり無ぇ子だな。客商売で、朝から溜め息ついちゃダメだろうが。どれ、ここはひとつ、この俺が元気よく、いつも以上に注文してやろうじゃねぇか。
ん、なになに。ネームプレートを見たら「カナザワ」って書いてあらぁ。よし、カナザワちゃん。俺の注文を聞いて、元気を出しやがれ。
「・・・・・・えっ? 本当に? 本当に本当に? そんなに、召し上がるんですか・・・・・・っ?」
おう、もちろんだぜ。ビッグうぇどねすでぃ角煮弁当、ビッグとんかつ重弁当、ビッグ赤ハムカツ弁当、そしてビッグ唐揚げ弁当、この四つを頼むぜ。
「か、かしこまりました・・・・・・。・・・・・・はぁ・・・・・・」
おいおい、頼むぜカナザワちゃん。俺が威勢良く頼んだんだから、溜め息はやめて、笑顔で対応してくれよぉ。
「・・・・・・あー、やんなっちゃうよぉ。・・・・・・店長ー、注文入りましたーぁ・・・・・・」
やれやれ、大丈夫かよカナザワちゃん。何でそんなに、やる気無ぇんだ。それとも、低血圧で朝が弱いから、参ってんのか。何だかわかんねぇが、とりあえず俺は腹が減ってる。
「・・・・・・すみません。ビッグうぇどねすでぃ角煮弁当、さっき、終わっちゃいまして・・・・・・」
な、なんだと。俺の水曜日が、売り切れ。どこのどいつが買い占めやがったんだ。まぁ、人気商品だから仕方ねぇ。そんなに落ち込んだ顔するなよ、カナザワちゃん。こんなことも、あるわさ。
―――― 夕方 ――――
どうも水曜日ってのは、なんだか中途半端でしょうがねぇ。しかも、理由はわからんが、週の中で一番腹が減る。きっと、前半と後半に挟まれているせいで、無駄に無意識下では疲れてカロリー消費をしているに違いねぇ。根拠は無いけど。
さて、夕飯に備えて、また弁当を買いに行くとするか。カナザワちゃんは、お昼に買いに行った時はいなかった。きっと昼間は、大学に行っているんだろう。どこの学生かは知らんが、元気が足りないこと以外は、なかなかいい女だった。
お、そんな話をしていたら、弁当屋にいるじゃねぇかカナザワちゃん。どれ、ここはまた、この俺がインパクトのある注文をしてやろうじゃねぇか。
「あ、いらっしゃいませーっ! あなたは、朝のお客さん! また、たくさん食べるんですか?」
朝とは違って、やたらと明るい対応だなカナザワちゃん。どういうこった。まぁ、俺としては嬉しいが。とりあえず、朝のリベンジだ。ビッグうぇどねすでぃ角煮弁当を四つ、もらおう。
「よ、四つ! あ、あのー、もしかして、この近くの相撲部屋の方かなにか・・・・・・」
し、失礼な。どこをどう見たら俺が相撲取りに見えるってんだ。
俺は東京理数大学理学部四年のタマオってモンだ。覚えといてくれ、カナザワちゃんよ。
「が、学生! 失礼しました! はーぁ、早とちりで、やんなっちゃうー・・・・・・」
ま、まぁいいんだぜ。デブだからきっと、相撲部屋だの言ったんだよな。ところで、見たところカナザワちゃんも大学生にしか見えねぇが、実はまさか五十歳なんてことは、無いよな。
「い、いやいやいや。普通に、学生です。早稲畑大政経学部の四年ですよ」
なっ、なんだと。あの名門、早稲畑の四年。ってことは、年齢はわからねぇが普通ならカナザワちゃんは俺の一つ下ということか。そういうもんだとして、関わるとしようではないか。ってなことを話しているうちに、ビッグうぇどねすでぃ角煮弁当が四つきた。今度は食えるから安心だぜ。
ところで、踏み込んだことを聞くが、何で朝と夕で、こんな別人なくらいにテンションが違うんだ。ビッグうぇどねすでぃ角煮弁当が朝に売り切れたことよりも、そっちのが気になるぜ。
「・・・・・・はぁ・・・・・・。聞いて面白い話じゃありませんよ?」
構わんさ。せっかくこうして美人なカナザワちゃんと知り合ったんだ。聞かせてくれたまえ。
「父が・・・・・・心配性でしつこくて。電話やメールで『ちゃんとやってるか』ってうるさいんです」
それは、親父さんがカナザワちゃんを大切に思ってのことだろう。心配されてるうちが華だぜ。俺みたく、適当にぶん投げられた長男のボンボンより、幸せなことじゃんか。じゃ、帰るわ。
「あ! タマオさん! タマオさん! タマオさん! ・・・・・・これも一つ、サービスします!」
な、なんだと。ビッグうぇどねすでぃ角煮弁当を四つ買った俺に、「ちゃんこモツ煮込み弁当」をサービスとは粋だなカナザワちゃん。だが、もう一度言っとく。俺は相撲取りじゃないかんね。