元聖女とポンコツ貴族
個人的に聖女を題材にした初の作品、実験作とでも言いましょうか。居酒屋を舞台にした方が書いてて楽しいなと思って、こう言ったタイトルとなりました。
短話ですが人物の設定にはあまり触れずノリとツッコミに傾倒した作風になります。
最後までお読み頂ければ嬉しいです。
ーーーーーー立ち飲み居酒屋『公爵聖女』。
王都の下町にひっそりと佇む立ち飲み居酒屋、ここはかつて国政の中心人物だった元公爵家当主のイケメン大将と国家の象徴として扱われた元聖女の看板娘が切り盛りするお店。
粗暴で喧嘩っ早いが人情味あふれる街の労働者が夜な夜な一日の疲れを癒すためにこの店に訪れる。
「……らっしゃい」
大将のゲンさんが僅かに開いた引き戸に向かって渋い声をかける。男性らしい低い声だけど店内の喧騒に負けない芯のあるしっかりとした声はお客さんご来店の合図だ。
ひょっこりと顔を覗かせてお客さんは笑顔で小さく返事を返してくれた。
ここから先はホール担当の私の出番。お客さんをしっかりとお出迎えしなければと私は手招きでお客さんを誘導しつつ席数が十にも満たない小さな店内を体を細めて進む。
女性らしい凹凸のある私の体はこう言う時に悩みの種だ。
「こっちの席でお願いしても良いですか?」
「マリューちゃんとりあえず生で」
「はーい、先にお通し置いときますねー」
私の愛くるしい笑顔と一緒に突き出された小鉢を見てお客さんは完全に硬直してしまう。だよねー、突き出した私すらも顔を引きつっちゃってるもん。
お客さんは壊れたブリキのオモチャみたい動きで私に視線を向けてきた。
「……これ何?」
「お通しです」
「マリューちゃん、どうして目を逸らしちゃうの?」
だって小鉢の中身が……絶対におかしいんだもん。
「……焼き鳥です」
ウチの大将はお通しの器に盛られたデカい七面鳥の丸焼きに手を添えて静かにお客さんの質問に答える。
この店の大将であるラフシモンズ・ニーバレット・ラルフ・シャルナード・シュピーゲン、通称ゲンさんはいけしゃあしゃあと小鉢の中身を説明するのだ。
違うってばゲンさん。
お客さんは小鉢の中身を知りたいんじゃないんだってば……。
この店のコンセプトは美味しいお酒と安いおつまみでしょうが。大将のアンタがおつまみはオール三百円って決めたんでしょう? ゲンさんが本当にこれが立ち飲みスタイルの居酒屋にとって正しいお通しと考えているのかと聞いてみたいものだ。
どう言う経緯があって七面鳥の丸焼きを焼き鳥と言い張るんや? アンタは実家が貴族だから焼いた鳥と言えばこれだと嫌味を言いたいんか?
よりによって丸々と太った七面鳥を出しやがって……。
どうせこの七面鳥も実家から持ち込んだんでしょ? このポンコツは頻繁に実家を出入りして目に留まった食材を値段や価値を知らずに店に持ち込んでしまう。当然貴族の実家にある食材など高級食材が当たり前。
そもそもアンタはこの七面鳥を何処で焼いたの? この店には『通常の』焼き鳥を調理する設備しかないでしょうが、さては実家の屋敷で焼いてから持ち込みやがったな?
目がぶっ飛ぶ様な価格の食材を立ち飲み居酒屋のおつまみに使うとか冒涜でしかないじゃない……。
アンタのオール三百円の定義とは?
その頭をかち割って是非とも確認したい。
「いや、そう言う事じゃなくて……。なんでもない」
だけどゲンさんは元貴族だけあってとにかく男としての色気がすごい。眉間に皺を寄せて切長の美しい青い瞳でジッと覗き込まれて渋い声で堂々と言い切られたらそれっぽく聞こえるのよ……。
お客さんがツッコミを諦めちゃったじゃん……。
と言うか小鉢と言いつつお通しの器がデカすぎじゃない? 盛られた中身が中身だけに小鉢とは名ばかりの大皿からはみ出てカウンターからもはみ出てるじゃん。
狭い店内でたださえ幅の狭いカウンターがお通し一つでパンパンになる。必然的にお客さんは飲み物のグラスすらカウンターに置けず、置く場所がないと常連さん全員がおつまみの追加を頼もうとしない。
瓶ビールを飲んでるお客さんなんてずっと右手にコップ、左手にビール瓶を握りしめてお通しに箸すら付けられない……。
ここって本当に居酒屋ですか?
ゲンさんも天然でお客さんに嫌がらせしてどないすんねん……。だがお客さんからのクレームはまだまだ続く訳で。
「……マリューちゃん?」
「はい? そんな真っ青な顔になってどうかしました?」
「この七面鳥……お腹に卵が入ってるんだけど?」
「……当店からの……サービスです」
「マリューちゃん? どうして俺と目を合わせてくれないの?」
合わせられるか!!
ううう……、ゲンさんも何してるの? まさか「……それはうずらの卵です」とでも言うつもりか!?
「マリューちゃん……俺っち体型が太いじゃん?」
ふと一人のお客さんが私に話しかける。この人も店の常連さんで確か近所では割と有名な家事職人さん、名前は確かバッハさんだったかな? ゲンさんもこの人に包丁の研ぎを依頼するからよく見知っている。
この人はお世辞にもスマートな体型とは言えず立派なお腹ではあるけど優しげな見た目から体型にも大らかさが滲み出る職人さん。そんな人がドン底にまで落ち込んだ様子を滲ませて真っ青な表情になって自分を下卑する発言を吐き出した。
一体何があったの?
「まあ人よりはちょっと大きいかもしれませんけど私は嫌いじゃありませんよ?」
「お通しの器がデカくてカウンターからはみ出るんだよ……」
「……はあ」
「でさ……店の通路も狭いじゃない?」
「狭い店ですいません」
「いや、それは良いんだよ。悪口じゃないんだ、俺っちも好きでこの店に来てるんだし……、ただ狭くて壁と器に俺っちの腹が挟まれて……身動きが取れなくて……さ」
おおおおおおおおお……、ゲンさんの天然が大切なお客さんの心の傷を抉っちゃった!? お客さんのお腹に七面鳥を乗せた器が食い込んでるじゃない!!
「ひっひっふー……」
いやあああああああああああ!!
お客さんがラマーズ呼吸法で一命を繋げてる……コレはあかん。この人の表情が真っ青なのは落ち込んでるんじゃない、本当に死にそうなんだ!!
これは一秒でも早く救出しないとダメだ、どうして居酒屋の看板娘が職場で世界仰天ニュースで紹介される様なシチュエーションに出くわさないとダメなの?
どうして居酒屋でテコの原理を使ってお客さんを引っ張らないとダメなのお?
「……せーので引っ張りますよ?」
「マリューちゃん悪いねえ。俺っちがデブなばっかりに」
「謝られるとツラいから止めて下さい……」
「バッハさん……今日は箸が進んでませんね? 顔色も良くないみたいだ……体調が……優れませんか?」
ゲンさんも何を言っとるんじゃ!?
アンタの出したお通しのせいで常連さんの食が止まってるのに真面目な顔で心配そうに話しかけるんじゃねえ!! あああああああああ……お客さんも死にかけの子鹿みたいな顔色で申し訳なさそうに「ゲンさんの料理は美味いよ?」と必死に返す。
アンタは天然とポンコツでお客さんに気を遣わせないでよおお……。
て言うかアンタもお客さんの救助に手を貸しなさいよ!!
もう私の方が胃がキリキリしちゃうじゃない。
「……マリューちゃん」
「何ですか?」
今度はゲンさんが私に話しかけてくる。イケメンオーラを撒き散らして綺麗な金色の瞳で静かにジッと私を見つめて何かを問いかける。
貴族らしく凛とした態度で至近距離で話しかけられるとその正体がポンコツだと知っていても流石にドキドキするのよお……、私もポンコツにトキメキを感じるのは屈辱なんだからサッサと要件を済ませてほしいんですけど?
とそんな風に願う時ほどゲンさんは会話に間を使う。
どうしてアンタはそんなに間の使い方が上手いんじゃい……、貴族だから本当に大物っぽくて色気が凄まじいから私も平静を装うので大変なの!!
「マリューちゃんは……子供はたくさん欲しい?」
おっふう……。
アンタはなんちゅう質問をするんじゃい、これはお店が営業中だと知っての狼藉か? 子供が欲しいですって? もしかしてこれはゲンさんなりのプロポーズなんだろうか、だったらなおタチが悪い。
店内のお客さんの視線が一斉に私たちに集中するのが分かる。
ゴクリと全員が唾を飲み込んだ音すらも聞こえるほどに場は静まりかえってしまう。
それほどにゲンさんは真剣な目で私に話しかけるのだ。
アンタみたいな絶世のイケメンに告白されたら流石の私だってお断り出来る自信は無いんですけど?
「こ……子供?」
うわあああああああ……ゲンさん相手に声が上擦っちゃって恥ずかしい……。
「賄いが……鮭イクラ丼なんだ」
だったら最初から卵って言って!! て言うかこの格安設定の居酒屋で賄いにイクラを使うんじゃ無いっての!!
まかないの単価をおつまみより高くしてどうするんじやい!?
「どうしてイクラ? そのイクラの単価は一体いくら?」
「実家に有ったんだ……それに……頑張ってくれてるマリューには……美味しい賄いを作ってあげたくて」
そして私の渾身にギャクを無視するんじゃねえ!
「賄いの原価が……三百円の大気圏を……余裕で超えていく」
赤字ロケットはグングンと高度を上げる。
こうして今日も立ち飲み居酒屋『公爵聖女』は乾いた笑いに包まれていく。今日もお客さんはお酒を笑顔で煽る。私もこの雰囲気が好きで悔しいけれどこれはゲンさんを慕ってお店に集う人々が自然とこぼすもの。
ツッコミは疲れるけど心は決して乾かない。
今日も人情深い下町の労働者がこの店で店主の人柄と看板娘の笑顔に酔いしれて一日の労働の疲れを癒す。明日のために活気と笑顔を充電させて機嫌良く家路に着くお客さんへ私はサヨナラを口にして最後はニコニコ笑顔でお見送り。
今日も今日とてお客さんの笑顔に元気を貰って、暖簾を畳んだ時には明日の営業が今か今かと待ち侘びる。
私はこの国の元末っ子聖女、第百聖女のセリーナ・ヒルデブルグ・フォン・マリューマリア、ぱっちりと瞳を輝かせて三つ編みに編んだ艶やかな赤髪をたなびかせ、お客さんの笑顔が見たくて張り切ってお店の給仕に全力を注ぐ。
共同経営者のゲンさんと力を合わせて王都の片隅で居酒屋を経営しています。
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