短編 一握りの勇気がもたらすもの
短編小説初心者です。普段はナイトランタン系列の別サイトで長編を連載しています。
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人生の転機って奴はいつ起こるか分からない。
少なくとも、今日という日を夢想はしていても実際に来るとは思ってなかった。
一握りの勇気がもたらした奇跡。それが幸せをもたらすことになった俺と彼女の始まりの話。
俺の名前は兵藤祐介。大学3年生だ。
ことの始まりは大学の3年が始まったばかりの春先での出来事。
大学のツレに男女比のバランス取りで来てくれと頼み込まれて新歓コンパに参加した俺は、ただいま後悔の真っ只中にあった。
もともと人がたくさんいるところや騒がしい場所が苦手な俺は、周りで盛り上がっている男女の喧騒に辟易しながら隅っこでチビチビ飲んでいた。
一応コミュ障ではないつもりだが、よく知らない人と積極的に話せるタイプではないのであまり偉そうなことは言えない。
まあそういうのをコミュ障と言うのだろう。肝心のツレは既に遠くで女の子とのおしゃべりに夢中になっている。
ともかく俺は場の空気に馴染むことができず、ひたすら時間が過ぎるのを耐えながら周りを眺めてぼんやりしていた。
座敷の座布団の端っこにあるポンポンみたいなのをイジりながらオレンジジュースを口にする。
酒が飲めれば勢いでいけるのかもしれないが、俺は飲むとますます喋れなくなるタイプだ。
どっちにしても空気なのは間違い無い。かといって人知れずいなくなるのも何か寂しい。
そんな決断力のない男なのだ。
「ねえねえっ、霧原さんって彼氏いないんだよね! おれ立候補しちゃって良いッ?」
「い、いえ、その……えっと」
ふと、そんな声が聞こえて視線を向ける。
気になったのは、名前。その人物を、俺は知っていた。
「このあと二次会行くっしょッ。親睦ふかめよーよ」
爽やか目だがしゃべりのチャラい同学年(名前忘れた)にグイグイ迫られている一人の可愛らしい女の子。
同じ高校の後輩だった女の子、霧原綾乃だ。
艶のある長い黒髪。細い肩。整った眉建ちに低い鼻。
色を染めていない天然の黒髪は光を反射して天使の輪を作っているようにも見える。
見た目清楚で箱入りお嬢様って感じの彼女は学校でも男子からの人気は高かった。どっかどう見ても美少女そのものだ。
高校での彼女は学校中の有名人で告白した男子は数知れず、なんて噂もよく聞いた。
俺なんかはそういう輝いた人種と縁のない人間を気取っていて、彼女のことは遠くから見ていただけで話したことはなかった。
お嬢様オーラビンビンで近寄りがたい雰囲気の彼女だが、どういうわけだか今回の合コンに参加していて驚いた。
というより同じ大学だったんだな。
彼女との接点は、実は1度だけある。といっても、俺が一方的に関わりをもったに過ぎず、彼女は俺の事なんて覚えちゃいないだろう。
そんな彼女は困り果てた表情で爽やかチャラ男の話を受け流している。
勝手な想像だが、俺と同じく周りに流されてイヤイヤ参加しているような雰囲気だ。全然楽しそうじゃないように見える。
周りがグイグイ行きすぎてドン引きしているにもかかわらず男共は引き下がる空気はない。
「あの、えっと、私、そういうのはちょっと」
「良いじゃん良いじゃんッ。こういうのはノリだよ。社会人になったら必要なコミュニケーションスキルだっつー話だしさ。飲み会慣れしとこーよ」
「え、その、えっと……」
なんだか困り果てているのが丸わかりだが、周りの男共も彼女が二次会に参加することを望んでいるのだろう。
彼女に対してあまりにもご執心な奴が多すぎて女性陣も引き気味だ。
無理もない。自分達を放置して一人にばかりご執心なら機嫌も悪くなるだろう。
だが彼女は嫌がっている、というか断っているのに周りが盛り上げて無理やり二次会に引っ張ろうとしている。
何故だろうな。ああいう人の気持ちを無視した行動をみるとムカムカする。
もちろん彼女の本当の気持ちが分かる訳じゃない。俺の勝手な想像だ。
しかし奴らのノリはそのあとの目的が見え見えだ。
確実に下半身全開の目的に違いなかった。
だからといって助けに入る勇気があるわけでもない俺が偉そうなことをいう資格はないだろうが。
そういうどっち付かずの自分にイラつきながら、合コンは終わりを告げ、男共は霧原綾乃を担ぎ上げて勢いで二次会に連れ去ろうとしていた。
女性陣はすっかり冷め切っている。
「あの、ホントに無理ですから」
「いいからいいからっ。食わず嫌いは良くないよ。行けば楽しくなるからサッ」
「そうそう、絶対たのしいから。っていうか俺達が楽しくするよッ」
爽やかチャラ男は肩なんか抱いちゃって霧原さんを逃がさないように取り囲む。
もう、見ていられなかった。
俺は、多分この瞬間に人生で何番目かってくらいの勇気を出して行動したんだと思う。
「悪い、霧原さんは俺が送ってくことになってるから」
「は? なにお前?」
男共の射殺すような視線が突き刺さるが無視だ。その中には我が友人も入っている。
「行こう霧原さん」
「あ、はい兵藤先輩ッ。すみません皆さん。そういうことなので失礼します」
名前、知っててくれたのか。ちょっと嬉しくなってしまった。
話したこと、なかった筈だけどな。
「え、マジで約束してたの?」
「いつの間にぃ?」
「ゆうすけぇ、マジかよぉ!!」
「ちょっとあんたらいい加減にしてよね!!」
「綾乃っちが可愛いのはわかるけどさぁ、あたしら全員ないがしろかよ!」
「い、いや、そんなつもりは。じゃあ今から二次会に」
「じゃあって何だよ! ざっけんなっ!!」
「冷めるわーッ。女子だけで行こ~」
霧原さんの手を引っ張りながら足早に立ち去る。
後ろの方からはブチ切れた他の女性陣からの罵声が聞こえてきた。
ちょっといい気味だとか思ってしまう。
「あ、あの、先輩ッ」
「あ、悪い。痛かったか?」
連中から離れる十分な距離を歩くことしばらく。
不意に霧原さんが声を上げる。
夢中になっていたため気遣いができなかった。
女慣れしていない童貞だとはいえ不覚だ。
「いえ、その。連れ出してくれて、ありがとうございます」
「ああ。どうにも、余計なお世話だったかな」
「そんなことないですっ! 私、ああいうの苦手で…今日も人数が足りないからって友達に引っ張られて、さっきも、凄く怖くて強く言えなくて……」
「そっか。まあ、俺も同じだよ。ああいうのは苦手でさ」
「私もです。おそろいですね」
くぅう、そんな可愛い笑顔で同意しないでくれ。
勘違いしてしまう。
そんな痛い行動をとるわけにはいかない。
かといって女の子に免疫なぞない童貞の俺には気の利いた台詞の一つも出てきやしないのだ。
まったく情けない。
「……」
「……」
なぜだか沈黙が流れる。
気まずい。なんだこの空気は……。
「えっと…俺らだけで二次会やる?」
「……え?」
しまった…何を言っているのだ俺は。
アホだ。完全にミスった。
気が動転して自分でも信じられないことを口走ってしまう。
ドン引きだよな。助けたつもりが結局目的は同じと思われても仕方ない痛すぎる発言だ。
さっきの爽やかチャラ男と何も変わらない。だいたいにして俺らは顔見知りですらない筈。
彼女がなぜ俺の事を知っているのかは謎だが。
だが返ってきたのは予想外の答えだった。
「いいんですか!! 本当に!」
「え…?」
霧原さんは見たことないくらい明るい笑顔で食いついてくる。
え、これはなんだ? どう反応していいのか困る。
「どうしたんですか先輩。やっぱりお嫌ですか?」
「そ、そんなことはないよ。なんていうか、ここは駅まで送るべき場面だったのに失敗だったって思ったから、って、俺は何を言っている」
「クスッ、先輩って面白い人だったんですね」
「えっと……俺らって、そんなに話したことあったっけ?」
「いいえ、ありません。私が一方的に知ってるだけです」
高校時代の俺と霧原さんの接点はたったの一回しかない。
「あの時から、お会いしたかったんです。でも、お礼も言えないまま卒業されてしまったから」
「あの時って、やっぱりあの時、だよなぁ」
2年と少し前になる。卒業も間近に迫った冬の日曜だった。
町でナンパされている女子を見かけて、助けに入ったことがある。
不良っぽいにーちゃん達に絡まれていたのが彼女だったのだ。その光景を見た瞬間は彼女だとは分からなかった。
俺も遠くからしか見たことがなかったしな。逃げ去っていく彼女の後ろ姿を見て、ああ、そういえばと気がついた程度のものでしかない。
今日みたいに断ろうとする彼女を勢いで連れ去ろうとする場面を見かねて、俺は思わず飛び出して仲裁に入った。
おかげで霧原さんを逃がすことには成功したがそっからが最悪だった。
ナンパを邪魔されて怒り狂ったヤンキー共に路地裏に連れ込まれ、ボコボコにされて入院するハメになった。
卒業式も棒に振った俺は高校最後の思い出を病院のベッドの上で過ごすことになったという、なんとも笑えない話である。
まあ今となってはその傷も勲章と思うようにしている。
女の子を助けることができたのだから何も恥じることはないと同級生達は励ましてくれた。
「あの時、先輩わたしのこと助けてくれたのに……お礼も言えないままで。先輩が同じ高校だって知ったの、卒業式のあとだったから」
「そうなんだね。どうやって知ったの?」
「2つ上の幼馴染みの女の子に卒業アルバム見せてもらってお顔を知りました。あの時の人だってすぐに分かったんですけど、住所も分からなかったから」
「なるほど」
「今日、再会できて嬉しかったです。でもごめんなさい。私、引っ込み思案で、流されやすいから、すぐに話しかけることできなくて」
「い、いや……まあ俺も似たようなものだしな。君が困っているのを見ていたのに、助けに入る勇気がなかった」
「でも、最後は助けてくれました。あの時と同じように……」
「……」
「……」
再びの沈黙。
今度は重く気まずいものではなく、気恥ずかしいと言った方が良い。
「あの、さっきのお話しですけど」
「さっきの?」
「その、二人だけの二次会、しませんか?」
顔を真っ赤にする霧原さん。これは、つまりそういうことか。
「うん、しよう……」
◇◇◇◇◇
霧原さんとの二次会は、何のことはない。
お互い酒は飲めないのでファミレスでどうかという俺の提案に、彼女も実はその方が気楽で助かると言ってくれた。
俺達はお互いのことを確認し合った。主にあの時から今日に至るまでのあらましだ。
「じゃあ、俺のことわざわざ探してくれたんだね」
「はい。同じ学校の先輩だって知ったのは後になってからで、卒業式の間近にナンパしてる不良に割って入って入院した先輩がいるって話をたまたま耳に入れたんです。それって兵藤先輩のことなんですよね?」
情けない話なので頷きたくはなかったが、嘘をついても意味はない。
「うん、まあ大したことはなかったけどね」
「やっぱり。本当にごめんなさい、私なんかのためにッ!」
「いやいや、そんなこと気にしなくて良いよ」
どっちかって言うと、アレは自分の為だ。
「俺、普段から決断力がなくてさ。でも、あそこで助けなかったらずっと後悔を引きずるかもって思ったら、飛び出してた。だから君のためじゃなくて、情けない自分を救う言い訳が欲しかっただけだから」
「そんなこと……」
「はは。まあ、あんまりスマートな助け方じゃなかったから、ちょっと恥ずかしいんだ」
「そんなことないです!! 私、先輩が同じ大学だって知って嬉しかったんですッ!! 私にとってはすごく格好いいです!!」
「き、霧原さん落ち着いて……」
「あ……」
公衆の面前であることを思い出したのか霧原さんは顔を真っ赤にして押し黙る。
なんだか、思ってたより感情表現が豊かな子で驚いた。
バツが悪くなってお会計を済ませて外に出る。
「ごめんなさい先輩、私、つい……」
「いやぁ、なんだか霧原さんって表情豊かで面白い子だったんだね」
霧原さんはションボリしながら帰り道を歩く。しかし言われたことに対して悪い気はしていないらしい。
「は、恥ずかしいです……」
照れながらはにかむ彼女は、俺のイメージしていた近寄りがたい雰囲気は微塵もない。
とても親しみのある、普通の女の子だ。二人で歩きながら、いつしか会話も少なくなっていた。
だが、先ほどのような気まずさや気恥ずかしさは不思議となく、心地良い沈黙が流れる。
俺達は、どちらからともなく距離が近くなっていった。
「先輩」
「うん」
「私、どうしてもお礼がしたくって…でももう会えないって思ってたから、今日、再会できたの、凄く嬉しかった」
彼女の細い指が絡まる。
いつしか霧原さんは俺の手を取り、訴えるような表情で真っ直ぐに見つめる。
暗がりの街灯に照らされる彼女の表情は幻想的ですらあった。
「今日、このままお別れなんてイヤだったから、誘ってくれて嬉しかったです。また、大学であってくれますか?」
「ああ、もちろん」
「……」
「……」
「俺と、付き合ってくれないか……」
「え……?」
自然と、そんな言葉が口を突いていた。自分でもなんでこんなことを言ってしまったのか分からない。
しかし、彼女の真っ直ぐな瞳を見ている内に、ほんの短い時間だったが、彼女と過ごした時間が愛しかった。
だから高鳴りをやめてくれない心臓の音を鼓膜に響かせながら、そして血迷った発言を撤回したい臆病な自分を必死に抑えながら握られた彼女の手を強く握り返した。
「はい……お願い、します……先に、言われちゃいました」
その時の彼女が見せた本当に嬉しそうな顔を、俺は一生忘れることはないだろう。
それが、俺達の始まりだった。それからのことは、また語ることもあるかもしれない。
春の風が冷たく心地良い夜の灯りの中、一握りの勇気がもたらした奇跡は形を為したのだった。
初心者なので全部勉強中です。厳しい意見たくさんください。