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亡国の老騎士と夜の律に抗う者たち——  作者: 和泉發仙


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 徴税船と星の封蝋



I 黒い帆の影


 夜明けの港に、不穏な気配が漂った。

 北の水平線から、黒い帆を掲げた徴税船タックス・バークがゆっくりと近づいてくる。

 その帆には、薔薇と王冠――紙と骨の二重紋が刻まれていた。

 甲板には白い箱と黒い樽が積まれ、風を裂くたびに、金属と墨の混じった匂いが鼻腔を刺す。


 ナディアが笛を額に当て、低く言った。

「嫌い。あれは“物”じゃなく“人”を取りに来てる」


 ボミエが尻尾を膨らませ、杖を握る手に力を込めた。

「ニャニャ……。あんな船、入港させたら絶対にロクなことにならないニャ!」


 ヨハンは胸の銀を押し、静かに目を閉じる。

「鍵は胸に、鍵穴は“あいだ”に。扉は残る――掴め」



II 港のざわめき


 港の住民たちは、遠くから黒い帆を見上げ、不安げな声を漏らしていた。

 魚商たちは慌てて網を片づけ、子どもたちは親の影に隠れる。

 そのざわめきの中で、ひとりの老漁師がぽつりと呟いた。


「徴税船が人を取りに来るのは、百年ぶりだ……」


 ルーシアンは霧の瓶を肩に担ぎ、低く言葉を重ねた。

「港ごと“管理対象”にする気だな。座主を数字に書き換えるつもりだ」



III 最初の通告


 船が桟橋に着くと、銀色の仮面をつけた役人たちが無言で甲板に整列した。

 その中央から降りてきたのは、黒衣の書記官だった。

 胸元には、紙の紋章と骨の刻印。声は冷たく、乾いていた。


「本日付けで、この港の“座主”を管理対象とする。

 該当個体を“保全”の名のもとに徴収する」


 その声に港中が凍りつく。

 灯りの席が、潮窯の梁の向こうで静かに光った。

 座主は黙っていたが、港の空気には微かな震えが走る。



IV 抗議と準備


 ヨハンが前に出た。掌の逆薔薇が淡く輝く。

「座主は数字でも物でもない。ここから動かすことは許さん」


 ヴァレリアは袖の中の棘を握り、礼の角度を整える。

「順番はこちらが決める。――どんな名目であろうと、奪わせはしない」


 ナディアの笛が低く鳴り、ボミエが杖を構えた。

「嫌いニャ……。でも、負けないニャ!」



V 交渉の罠


 書記官は淡々と書簡を広げ、星を模した印を見せつけた。

 それは「星封蝋」と呼ばれる、紙と骨の連名による拘束印。

 港全体を“契約の内部”に組み込むための呪文だった。


 ルーシアンが唇を歪める。

「……あの印を許せば、この港の呼吸まで“税”に取られる」


 ミレイユは名録を開き、鋭く息を吐いた。

「反誓で余白を取るしかない。……けど、一度きりだわ」



VI 星封蝋の破綻


 港を覆うように光の網が降りてきた瞬間、ボミエが叫んだ。

「《句点の網》!!」


 星の粒が夜空を駆け、封蝋の線を細かく切り刻む。

 ヴァレリアの礼の棘が一点を抑え、ルーシアンの霧が糸の結び目を曇らせる。

 ナディアの笛が逆拍を刻み、港全体の拍が星と同期した。


 封蝋の輝きは軋み、ひときわ大きな音を立ててひび割れた。

 やがて、空に散った光の破片が、港の上空で淡い星座を描きながら消えていった。



VII 代償


 しかし、その瞬間、ボミエの耳に鋭い痛みが走った。

 星の力を借りすぎた代償だった。

 ヨハンが彼女の肩を支え、眉をひそめる。


「無茶をするな。……だが、よくやったぞ」


 ボミエは小さく笑い、震える声で答えた。

「大丈夫ニャ……。でも、ちょっと耳が変な感じニャ」



VIII 第二の波


 封蝋を破られた徴税船は、すぐに第二の策を打ち出した。

 甲板の黒い樽が開き、そこから数体の骸骨兵と、紙の仮面をかぶった影の兵士が現れる。

 彼らは無言で港に降り立ち、冷たい足音を響かせながら人々を取り囲んだ。


 ヨハンは拳を握りしめ、掌の逆薔薇が光を帯びる。

「来るぞ、構えろ!」



IX 港の戦い


 骸骨兵が一斉に槍を振り下ろす。

 ルーシアンが霧を展開し、視界を奪う。

 ヴァレリアの礼の棘が骨の関節を断ち、ナディアの笛が敵の動きを狂わせる。

 ボミエの杖が夜空に光の檻を描き、骨兵の一部を封じ込めた。


 ミレイユは名録を掲げ、声を張った。

「港の名はここにある! 誰にも奪わせない!」


 その声が合図となり、港の仲間たちが一斉に動き出した。



X 退却と予告


 戦いは短く、しかし激しかった。

 骨と紙の兵士たちは押し返されたが、完全に撤退したわけではない。

 徴税船は港を離れる直前、甲板の上から冷たい声を響かせた。


「次は“満月”だ。座主の誓約を、改めて取り立てる」


 その声が海に溶け、黒い帆が夜の向こうに消えていった。



XI 静かな港


 戦いが終わり、港には重い沈黙が落ちた。

 人々は互いの無事を確かめ合いながら、震える声で小さく安堵の言葉を交わす。

 灯りの席が、潮窯の梁の上で静かに光り、短く「とん」と鳴いた。


 ヨハンはその音に答えるように、胸の銀を握った。

「鍵は胸に、鍵穴は“あいだ”に。……扉はまだ残ってる」



XII 次なる策


 潮窯の卓に集まった仲間たちは、息を整えながら今後の策を練った。


 ルーシアンが言う。

「次は満月。奴らが本気で来るのは、その夜だ」


 ミレイユは名録を閉じ、深く頷く。

「反誓の余白を広げておくわ。……だけど代価が必要になる」


 ボミエは杖を抱きしめ、静かに告げた。

「次は……負けないニャ。どんなことがあっても、守るニャ」


 ナディアは笛を握り、低く息を吐く。

「嫌い。でも、歌うわ。何度でも」


 ヴァレリアは袖の中の棘を指でなぞり、冷静に言った。

「順番を崩さない。それが勝ち筋よ」


 ヨハンは拳を握り、掌の逆薔薇を見下ろした。

「掴めるものは全部掴む。……港を渡させはせん」



XIII 遠くで響く骨の歌


 その夜、遠い沖の闇から骨の合唱が聞こえてきた。

 低く、静かで、しかし抗いがたい呼び声。

 ネクロ・ロードの声が波間に混じる。


「嫌い……。だから、試す。

 座主よ、おまえが本当に“在”でいられるのか――満月で確かめる」



つづく:第四十六話 満月の夜、扉の裁き

満月の光が港を照らす夜。

徴税船が再び現れ、骨と紙の連合が扉を試す。

そして港の誰かが――選ばれた“代償”として、連れ去られる。

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