骨写経、灯りの席
I 港の朝、重たい光
夜が明けた港には、重たい光が差し込んでいた。
海風は冷たく、朝の市場はいつものざわめきを取り戻しているのに、どこか空気が薄い。
それは昨日の戦いで失われた「拍」が、まだこの街に戻っていないからだ。
ヨハンは胸の銀を握り、港の鐘楼を見上げた。
あの棚は、今も静かにそこにある。
《返照の帳》の脇に、新しい巻物が差し込まれていた。白い骨で作られた、異様な「紙」だった。
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II 骨写経
潮窯の仲間たちが集まり、ナディアが巻物を広げた。
骨で作られた紙には、黒い線で文字が刻まれている。
それは「名録」に似ていて、だが何かが決定的に違っていた。
ミレイユが眉を寄せ、指で文字をなぞった。
「これは……“写経”。骨で作った記録を、王が自分のものに書き換えてる……」
その声は低く震え、部屋の空気を冷やした。
ルーシアンが霧を濃くして言った。
「奪われた“記憶”を骨に刻んで、奴の王国に運ぶ気だ。名を消せば、拍も、息も奪われる」
ボミエが杖を抱きしめ、耳をぴんと立てた。
「……わたしたちの“名前”が、消されちゃうニャ……?」
ヨハンは銀を握り直し、低く答えた。
「奪わせるわけにはいかん。骨を砕く……それだけじゃ」
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III 灯りの席の予兆
潮窯の奥、灯りの席に置かれた空の椅子が、ゆっくりと光を帯びた。
ジュロムが最後に座った席――その灯りが、呼吸するように明滅を繰り返す。
ナディアが静かに目を閉じる。
「……“灯りの席”が反応している。まだ……声が残ってるのかもしれない」
ボミエが驚いたように振り向く。
「ジュロム……ニャ……?」
ヨハンは椅子に近づき、手を伸ばした。
その瞬間、骨の巻物が淡く光を放ち、空気に冷たい声が響いた。
――「まだ終わっていない。返しに行くぞ、骨を。」
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IV 骨の王の使者
その夜、港に冷たい霧が流れ込んできた。
遠くの海面が、白く泡立つ。
骨の舟だ。骸骨の漕ぎ手たちが、潮に逆らいながら港に近づいてくる。
ヴァレリアが棘を構え、低く呟いた。
「……迎えが来た」
舟から降り立ったのは、骨で組まれた犬のような影――骨犬たちだった。
彼らは口を開き、乾いた声で告げる。
「――写経は進む。返照の帳は貸借を記した。お前たちは利子を払わねばならない」
その声に、港の空気がざわめく。
ナディアが笛を握りしめ、仲間たちに視線を送った。
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V 作戦会議
潮窯に戻り、港の有志たちが集まった。
ルーシアンが地図を広げ、海蝕洞までの経路を示す。
「骨の舟を使って洞の奥まで入り、写経の中心を叩く。それしかない」
ミレイユは名録を開き、赤い印を指差した。
「王は“灯りの席”を狙っている。記録を奪われたら、わたしたちの存在が消される」
ボミエは杖を抱きしめ、唇を噛んだ。
「……絶対に守るニャ。ジュロムの席も、エステラの匂いも、消させないニャ」
ヨハンは皆を見渡し、短く頷いた。
「行くぞ。――借りを返すために」
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VI 骨犬との戦闘
翌夜、港を出た一行は骨の舟に乗り込み、海蝕洞へ向かった。
霧の中、骨犬たちが現れ、舟を取り囲む。
「――利子を払え。主語を置け。」
ナディアの笛が鳴り、ボミエが星を放つ。
「スターライト・バースト!」
光の雨が骨犬たちを焼き、舟の周囲に波紋を広げた。
ルーシアンの霧が骨を縛り、ヴァレリアの棘が一体ずつ確実に沈めていく。
だが、骨犬は次々と現れる。
港の灯りが遠ざかり、闇が濃くなる。
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VII 洞窟への侵入
舟が洞の入り口にたどり着くと、冷たい空気が肌を刺した。
奥から響く骨の合唱が、空気を震わせる。
ヨハンは銀を胸に押し、低く呟いた。
「……鍵は胸に、鍵穴は“あいだ”に」
ミレイユが名録を広げ、仲間たちの位置を確認する。
「ここから先は、音でしか道が読めない。絶対に拍を崩さないで」
ボミエは杖を掲げ、星の光を灯した。
「暗いけど……行くニャ。怖いけど、見るニャ」
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VIII 骨写経の間
洞の奥、広間にたどり着くと、そこには巨大な骨の祭壇があった。
壁一面に骨の巻物が並び、黒い光で脈打っている。
その中心には、胸に王冠を浮かせたネクロ・ロードが立っていた。
王はゆっくりとこちらを振り向き、冷たい声で告げた。
「――ようやく来たか、港の子らよ。借りは積もった。返済の時だ」
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IX 戦いの始まり
ナディアの笛が鳴り、仲間たちが一斉に動いた。
ルーシアンの霧が王の足元を縛り、ヴァレリアの棘が骨の壁を切り裂く。
ボミエが杖を掲げ、星を広げる。
「ジュロム……見ててニャ!」
星の光が広間を照らし、骨写経の巻物が一斉に震えた。
その瞬間、洞全体が低く唸り、王の声が轟いた。
「――愚かなるものよ。骨の合唱は終わらない。お前たちの拍は、私の血肉となる」
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X 決戦の火蓋
ヨハンは銀を掲げ、叫んだ。
「鍵は胸に! 鍵穴は“あいだ”に! ――掴め!」
仲間たちの声が重なり、洞の空気が震える。
骨の合唱と港の合唱がぶつかり、石壁が軋む。
戦いの幕が、今まさに上がろうとしていた。
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つづく:第三十八話 骨の王冠を砕け
骨の祭壇を巡る決戦が始まる。
王の力に押され、仲間たちが追い詰められる中、「灯りの席」の声が再び響く。
借りを返すため、そして失われたものを取り戻すため、港の子らは最後の拍を合わせる――。




