生贄の村編 第2話 囁く契約
村の夜は静まり返っていた。
だが、その沈黙は平和ではなく、何かを必死に隠しているように重苦しかった。
ヨハンたちは宿代わりに与えられた古びた納屋で、灯火を絞りながら身を寄せていた。
軒下を吹き抜ける風は冷たいが、外の空気よりはまだましだった。
ナディアが声を潜めて言う。
「……あの祭壇、ただの石積みじゃなかった。刻まれていたの、見た? 生贄の血が染みこんで、石そのものが黒くなってる」
ジークは拳を握り、低く答えた。
「ああ。俺の村の供物台と同じだ。……“契約”の証として、血が継がれてるんだ」
ヨハンが眉をひそめる。
「契約……か。神と? それとも、もっと別の者と?」
ボミエの耳がぴくりと震えた。
「ニャ……聞こえた。丘の方から、声。風に混じって……“もっと寄こせ”って」
彼女の毛並みが逆立つ。
ナディアは顔をしかめ、思わず記録帳を閉じた。
◇
翌朝。
村の子供たちは石を積み、黙々と遊んでいた。
その中でひとり、細い肩を震わせている少年がいた。
ヨハンが近づき、膝を折る。
「坊主、名は?」
「……ルカ」
か細い声だった。
そのとき、背後から村の老人が声をかけてきた。
「御坊、子供と話すのはお控えを。……選ばれし者は静かに夜を待たねばならぬのです」
ヨハンの目が鋭く光った。
「選ばれし者、だと? それが供物か」
老人は答えず、背を丸めて去っていった。
残されたルカは唇を噛み、涙をこらえるようにうつむいた。
ナディアがそっと肩に触れた。
「大丈夫よ、必ず守るから」
◇
夜。
広場では再び焚き火が燃え、村人たちが集まっていた。
黒い祭壇の前に村長が立ち、掠れた声で告げる。
「今年の供物は……ルカ」
ざわめきは起きなかった。
誰も驚かず、誰も抗わず、ただ祈りのように目を閉じていた。
そのとき、ボミエの耳が再び震えた。
「ニャ……聞こえる。祭壇の下から。……“代価を守れ、血を差し出せ”って」
異形の囁きが、夜風に溶けていた。
ヨハンは杖を強く握り、低く呟いた。
「契約の相手は、神などではない。……人を喰らう影だ」
炎に照らされた黒い祭壇が、まるで心臓のように脈打っているように見えた。




