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亡国の老騎士と夜の律に抗う者たち——  作者: 和泉發仙


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灯を喰む薔薇、骨の潮鳴り




I 祝祭の剥がれ目


 市場に残る薔薇の香りは、四日目の朝には砂糖菓子の表面みたいに薄くひび割れていた。

 子どもが描いたタコの旗は潮風に揺れ、焼きたての「星の角」には粉砂糖が淡雪みたいに積もる。だが、エステラはアーチの上で鼻先をすっと上げ、扇の骨で自分の踝を二度叩いた。


「匂いが“逆立って”る。……甘さの裏で、塩が怒ってるわ」


 ヨハンは胸の銀を指で押さえ、港の方角を見た。波の拍は整っている。だが底で、何かが歯ぎしりをしていた。

 ボミエは鐘楼の踊り場で星潮の杖を抱え、耳を立てて空を見た。


「星は昼でもいるニャ。……でも、きょうはいつもより、さむいニャ」


 芯が、かすかに脈打って答える。その律は「気をつけて」と言っているように思えた。



II 英雄の影――接吻印の灼き


 昼下がり、勇者イーサン・ローグフェルトが礼拝所の脇に姿を見せた。いつもの陽気な笑みは半歩ほど浅く、肩で息をする癖がわずかに強い。外套を外すと、肩甲骨の下に刻まれた薄い白の接吻印が、皮膚越しに熱を帯びていた。


「また灼かれておるのか」


「……舞台の灯りが強い。蝶番は熱をもらいやすい」


 イーサンは軽く冗談めかしつつも、目は笑っていなかった。ライネルが一瞥し、短く言う。


「“契約の脈”が早い。お前の血が“扉の身代わり”にされている。……破棄しないなら、せめて逆位相の印を上から刻め」


「俺にできるか?」


「俺がやる。ただし痛む」


「構わない」


 ライネルは刃先を火で炙り、古い言語で短い句を紡ぐ。印の輪郭をなぞるのではなく、その“反句”を皮膚に置く。灼けた匂い。イーサンは歯を食いしばり、眉間に皺を寄せ、それでも声を上げなかった。

 ボミエが思わず半歩、彼の手に星の光を落とした。


「これで、すこしはやわらぐニャ……!」


 イーサンは目を瞬かせ、短く礼を言った。「ありがとう」


 ヨハンはその横顔に目を細めた。英雄の顔は舞台のためにある。だが、灼かれた皮膚の匂いは舞台に載らない。――誰かが、その匂いに名を与えねばならぬ。



III 海鳴りの予感――鏡潮


 夕刻、ルシアンが水路に片膝をついた。潮の拍を指で数え、鼓動と重ねては外し、目を閉じる。

 やがて彼は顔を上げ、短く告げた。


「“鏡潮ミラーティド”が来る。満ち引きが互いの影を踏む現象だ。……扉同士が、互いを“映し合う”。開け閉めが遅れても、早過ぎても、ひびが入る」


 アメリアが剣の柄に手をやる。「つまり、やっかいだ」


「やっかいだ」

「やっかいニャ……」


 ボミエの尾がふっと膝に巻きつく。

 エステラは鼻で薔薇の薄皮を嗅ぎ、吐き出すように笑った。


「薔薇の女は“鏡”が好き。姿を整えて見せるから。でも骨の女は鏡を嫌う。影の歪みがバレるから。……つまり、今夜は“ふたり”が喧嘩する」


「なら、街にとっては好機かもしれぬ」


「喧嘩の余波は、だいたい周りの皿を割るのよ、御坊」



IV 薔薇の訪い――“庭”への誘い


 日が沈む前、礼拝所の裏木戸に薄い香が差し込んだ。扉の向こう、ヴァレリアが葡萄色の外套の裾を指で持ち、わずかに頭を傾ける。笑うと夜が少し足りなくなる女だ。


「猫の子。少し散歩をしましょう。“甘くない”話を」


 ヨハンは即座に首を振りかけたが、ボミエが一歩前に出た。


「……行くニャ。すぐ戻るニャ」


 エステラが鼻で合図し、アメリアが陰に添う。ルシアンは水路沿いに気配を散らした。

 ヴァレリアは礼拝所の横の狭い路地を抜け、古いアーチの下へとボミエを導いた。そこは薔薇の庭――ではない。石と塩と影だけの、匂いだけが薔薇の「ふり」をする場所。


「あなたは強い。震えたまま結ぶことを覚えた。――だから、忠告を。鏡潮の夜、祈りの拍は“少し遅れて”聞こえる。甘い香を焚く者もいるでしょう。でもそれは落とし穴。……あなたの線は、甘さに弱い」


「知ってるニャ。だから、いらないニャ」


 ヴァレリアの目が微かに笑う。「可愛い。……そして、ひとつだけ、わたしの“嫉妬”も告げておく。英雄さまを、あまり長く見ないで。彼は“舞台”で見られるほど脆い」


「見てないニャ。……でも、盾にはなるニャ」


「それで充分」


 ヴァレリアは踵を返し、ふっと香を薄めて消えた。

 アメリアが影から出て、ボミエの肩に外套をかける。


「甘くない話、って言ってたけど、十分甘いわね」

「う、うん……でも、ちょっとだけ、さみしい匂いもしたニャ」



V 作戦――塩倉を“釜”に


 夜の入口で、港の小会所に面々が集まった。地図の上に三つの印――塩倉の床下、灯台の影、市場の中心。裂け目は三つ、鏡潮に共鳴する。


「塩倉を“逆祈りの釜”にする」ライネルが指で円を描く。「星の線で内壁を張り、水の道で熱を逃がし、祈りで“間”を呼ぶ。骨の潮が一番食いつく場所をこちらが選ぶ」


「灯台と市場は?」とアメリア。


「灯台は私が見る」エステラ。「市場はナディアの笛と鐘で人の流れを“縫う”。ザードル、火は“灯り”に限定。――燃やさない」


 ザードルは肩をすくめ、指先の火花を自分で潰した。「了解」


「ジュロム」

「おうよ!」

「梁と床。お前が折れたら“釜”が割れる」

「折れねえ!」


 ヨハンはボミエを見る。猫の子は杖を胸に抱いて頷いた。


「塩倉の結び目、ぜったいに外さないニャ」



VI 塩倉の夜――“釜”に火を入れる


 薄闇の塩倉は白い沈黙に満ちていた。壁は塩を吐き、床の隙間に古い粉が詰まっている。中央の磐座に、星の印を三つ。ボミエが杖で結び目を打つたび、薄い音が倉一杯に行き渡った。


「左、わずかに遅れてる」ルシアンが囁く。

「反歌で返すニャ」ボミエは線を引きながら逆位相の輪を重ねる。


 ジュロムは梁に肩を押しつけ、柱の曲がりを身体で確かめ、ぎゅっと唇を結んだ。「ここは俺が持つ。――任せろ」


 ザードルは灯りを三つ、等間隔に置いた。火は揺れず、煙は梁の間を素直に抜けていく。彼はちらりとヨハンを見る。


「信じない顔してるな」

「信じておる。――人は“学ぶ”」

「……火もだ」


 ライネルは磐座の周囲に反句の印を刻み、血の契約の糸口を逆撫でる。ヨハンは胸の銀を掌で温め、息を整えた。


 外で、ナディアの笛が二度、短く鳴った。エステラが灯台で鼻を鳴らし、アメリアが市場で刃を抜く。

 鏡潮が、来る。



VII 鏡潮――扉が互いを映す音


 最初の揺れは床下の水で始まり、次の揺れは梁の影を逆側に動かした。潮が自分の影に触れ、扉の蝶番が互いを見て照れる――そんな奇妙な「間」が倉全体に広がる。


「いまだ、御坊!」

「Ex voco… Misericordia… inter manus.」


 ヨハンが空白に鍵の温度を触れさせ、ボミエが結び目を締め、ルシアンが水の低い道を吸い、ザードルが炎を“灯り”に留め、ジュロムが梁を押さえる。

 祈りは殴るためでなく、掴むために。星は降りず、人は伸びる。


 倉の外から骨の指が床板を撫で、白い粉が霧のように舞い上がった。セラフィナの笑いが低く響く。


「正直に言いましょう。――飢えているの」


「飢えは隠さぬのが、あなたの正直さだな」ヨハンは目を閉じ、呼吸をさらに落とす。「分け合うのが赦しだ。だが“食う”のは赦しではない」


「だから、薔薇の匂いは嫌い」


 骨の潮がいっせいにうねり、床板の隙間から肩を出す。アメリアの刃が倉口で白を弾き、エステラの鼻が灯台で風向きを言い当て、ナディアの笛が“間”を保つ刻を打つ。



VIII 薔薇、来る――甘い契約の提案


 倉の扉がふっと開き、薔薇の薄皮が夜の中に滑り込む。ヴァレリアが蜜蝋の灯りのひとつに指を触れ、炎を細くした。


「骨の女。あなた、本当に正直ね。だから好きじゃない。御坊、取引は続行よ。鍵は“間”に。わたしたちは港外で飲む。かわりに――“供宴”をひとつ。香だけ。甘い噂で、恐怖を薄める」


「噂は鼻を満たさぬ」エステラが低く言う。「鼻は、ごまかせない」


 ヴァレリアは肩をすくめ、ボミエに視線を落とした。「猫の子。あなた、甘さに弱い。でも、正直ね。……だからお願い。英雄さまを、あまり見ないで」


「見るときは、盾をするときニャ」


 ヴァレリアの唇がわずかに震えた。喜びか、痛みか。

 その揺れを掻き消すように、床下で骨の潮が大きく息を吸った。



IX 割れる拍――甘さの罠


 鏡潮が山を迎えた刹那、倉の中の“拍”が一拍だけ遅れた。原因はわずかな香の配合のずれ――灯りの炎に混ぜた夜霧草の重さが、港の湿りで変わった。


「拍が落ちる」ルシアンの声が鋭い。

「反歌で支えるニャ!」ボミエは線を二重にし、結び目の輪を逆に重ねる。


 だが骨の潮は賢い。結び目の“裏側”を指でほどこうとする。ジュロムが梁から肩を外し、床に片膝をついて拳で板を叩いた。


「オラァッ! そこは渡さねえ!」


 梁が唸り、倉が一瞬沈んで跳ねる。星の線がきしみ、しかし切れない。

 ザードルは灯りの配合を嗅ぎ、炎の芯だけを別の皿に移した。香が薄まる。拍が戻る。


「やるじゃない」エステラが鼻先を動かす。

「火も、学ぶんでね」ザードルは片目をつむる。


 ヴァレリアが黙ってその手を見、ほんの少し、安堵の匂いを漏らした。



X 英雄の選択――盾の所在


 セラフィナの影が柱に沿って伸び、ボミエの背を狙う。イーサンの体が無意識にそこへ入った。剣ではなく、肩。外套で影を受け、接吻印が灼ける。


「イーサンさん!」

「大丈夫だ」


 短い声。痛みは舞台に載せない。

 ヴァレリアの舌の裏で言葉が溶け、目にわずかに“嫉妬”が滲む。彼女はそれを薔薇の香で塗り潰し、微笑を貼り直した。


「英雄さま。――今夜は“客席”にいて」


「必要な席にいる」


 イーサンはそう言って、剣ではなく両手で骨の腕を押し返した。祈りに似た動き。蝶番の音が一瞬、止む。



XI “間”の鍵――街の声


 倉の中心――扉と扉の隙間が、鏡のように薄く光る。

 ヨハンは胸の銀を掌で温め、額を垂れ、言葉を落とす。


「Ex voco… Misericordia… inter manus.」


 ナディアの笛が呼吸を揃え、鐘が短く三度鳴り、人々が互いの名を呼ぶ。アメリアは刃を下げ、ルシアンは水を静かにし、ジュロムは梁を抱いて笑い、ザードルの炎は灯りの役目に徹する。

 ボミエが最後の結び目を“逆位相”で締める。芯が歌い、星の線が倉の骨組を外から抱きしめる。


 鍵は扉ではなく、空白に入る。

 骨の潮がひゅうっと息を吐き、床下に引いた。セラフィナの声が、乾いた紙のように薄く笑う。


「飢えは、まだ消えない」


「飢えは、消さぬ。分け合うのだ」ヨハン。

「甘さは、ほどほどに」エステラ。


 ヴァレリアはその二つの声のあいだで目を伏せ、小さく笑った。甘さを薄める笑い。

 倉の灯りが一つ、ふっと高くなり、やがて静かに戻る。鏡潮の山は過ぎた。



XII 余波――落としたもの、拾うもの


 外へ出ると、風が胸を洗った。灯台のほうでアメリアの号令、鐘楼からナディアの合図。市場は大きな混乱もなく、噂だけが夜霧の上に薄く広がっている。


 ジュロムは大槌を床に立てかけ、「へっ」と笑って肩を回した。「折れねえっつったろ」

 ザードルは灯りの皿を一つずつ吹き消し、掌の火を見つめて呟く。「火は灯りにもなれる」


 ライネルはイーサンの背の印を見て、短く頷いた。「逆句は効いてる。ただし長くは持たん。……次は、もっと深く刻む」


「刻め」イーサンは迷いなく答える。


 ヴァレリアが彼の横顔に目をやり、微かに笑った。そこに、ほんの一滴、痛みが混じる。

 ボミエは杖を胸に抱き、耳を撫で、空を見上げた。


「ピックル。ちゃんとできたニャ?」


 芯が、はっきりと歌って応えた。



XIII 港の縁――秘密の告解


 人波が引いたあと、ヨハンとイーサンは港の縁で並んだ。波は穏やかだが、底に重い鼓動がある。イーサンが先に口を開いた。


「俺は薔薇の契約に署名した。街を守るためだと信じた。いまも、半分はそう思っている。……でも、もう半分は違う。俺はヴァレリアを愛している。愛は均衡に似ているが、同じではない」


「違うからこそ、均衡を歪めることもある」


「そうだ。だから、御坊……ひとつ頼む。もし俺が“扉の味方”になり過ぎたら、止めろ。斬ってもいい」


 ヨハンは首を振る。「斬らぬ。……止める。掴んで、引き戻す。祈りはそのためにある」


 イーサンは笑い、短く礼を言った。笑いは舞台から降りた男の重さで、短いのに深かった。



XIV 夜更けの訪問者――薔薇の嫉妬


 礼拝所の裏口に、もう一度薄い香が立った。ヴァレリアだ。今度の彼女は笑わない。目の下にほのかな影を引き、声は囁きよりも低い。


「祈り手。あなたを憎みたい夜がある。あなたの“間の鍵”は、わたしから甘さを奪う。……でも、あなたの祈りはわたしを飢えさせない。憎みきれない」


「憎めぬなら、鼻を頼れ。……エステラに叱られるぞ」


 扉の陰でエステラが鼻を鳴らし、扇で自分の踝を小さく叩いた。

 ヴァレリアはほほ笑んだ――少しだけ、涙の匂いのする笑いで。


「今夜は“供宴”はいらない。鏡潮は過ぎた。……英雄さまの肩が灼けているから」


「見ておったか」


「見るわ。見ないでいられるほど、冷たくないの」


 彼女は踵を返し、香を薄めて消えた。扉の閉まる音が静かで、むしろ重かった。



XV 潮の底――最後の裂け目の囁き


 深更、ルシアンが飛び込んできた。濡れた外套の裾から海水が滴り、目は海月のように光っている。


「灯台の“影”が動いた。――最後の裂け目が“浮き上がる”前触れだ」


 アメリアが剣を握り、ライネルが印の刃を拭い、ザードルが火打石を指に転がし、ジュロムが大槌を肩に担い、ナディアが笛に息を通した。

 ボミエは杖を抱え、耳を立て、尻尾で足を巻いた。


「こ、こわいニャ……でも、逃げないニャ」


 ヨハンは胸の銀を確かめ、静かに十字を切った。殴るためでなく、掴むために。

 エステラは鼻で風を嗅ぎ、短く告げる。


「夜明け前、いちばん薄いときに来る。鏡の裏が、表に出る。――灯台へ」



XVI 灯を喰む薔薇、骨の潮鳴り


 灯台は骨の塔のように夜に立っていた。踊り場の灯りがひとつ、ふたつと消え、代わりに海面の下から白い光があがる。――骨の潮。

 ヴァレリアが踊り場に現れ、灯りに指をかざした。炎は消えず、ただ細く、長く、息をする。


「今夜は“香”なし。……正直な夜」


 セラフィナの笑いが下から泡立つ。「正直は、時に残酷」


 イーサンはふたりのあいだに立った。剣は下げたまま、肩で潮の気配を受ける。印は灼けるが、先ほど刻んだ逆句が火を散らす。

 ヨハンは踊り場の中央に立ち、空白を探った。ボミエが星の線で灯台と海門、鐘楼と市場、塩倉と港橋を一気に結ぶ。線は震えない。震えたまま結ぶことを覚えた指が、今は“震えを線の中に入れる”ことを覚え始めている。


「御坊」ルシアン。「拍、いける」


「――Ex voco… Misericordia… inter manus.」


 鍵が“間”に触れ、街の声が波と合わさる。ナディアの笛が夜の肺に空気を入れ、鐘が胸骨を叩く。アメリアの刃は影だけを断ち、ジュロムは足場を押さえ、ザードルの灯りは星の補助線になった。


 骨の潮が一度だけ、本当に一度だけ、ためらった。

 その隙を、ボミエの結び目が掴む。ピックルの芯が歌い、星は降りず、人は伸びる。

 セラフィナが低く舌打ちし、ヴァレリアが目を伏せ、イーサンはわずかに笑った。


「――まだ、終わらない」


 ヨハンが静かに言い、灯りがほんの少し明るくなった。

 夜は喰えなかった灯を恨めしそうに見上げ、海の底へ指を引っ込める。

 骨の潮鳴りが遠のき、灯台の影が“ふつうの影”に戻る寸前、海の底からかすかな囁きが上がった。


 ――次は“名”を呼ぶ。


 エステラの鼻がふっと震えた。「来る。……名を、返せる?」


「返すとも」ヨハン。「主語のない赦しで、間で」


 ボミエは杖を胸に抱き、はっきりと頷いた。


「ピックル。つぎも、線を逃さないニャ」


 星潮の杖が、夜明けの端で静かに鳴った。

 港の風は塩を運び、薔薇の香は遠のき、骨の匂いは底へ沈む。

 満潮はまた来る。だが、そのたびに“間”は広がり、結び目は固くなる。

 鍵は胸に。鍵穴は、わたしたちの“あいだ”に。祈りは殴るためでなく、掴むために。


 ――そして、次の夜。誰の口が“名”を呼び、誰の手が“名”を返すのか。

 街は、なお試され続ける。だが今、蝶番の音は、昨夜よりも少し、静かだった。

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