転生先の両親は悪役令嬢製造機!
「やっば遅刻!!行ってきまーす!!」
「ちょっと!◯◯!!近くで工事してるからそこ
は避けて行くのよ、ってもう聞こえてないわ。」
「うわ、アイツ置いていきやがったな!!!行っ
てきます!」
「あ、××!近くで、って速!」
桜の木がすっかり緑色に染まった、ある5月の月曜
日。珍しく寝坊してしまった私◯◯といつも私に
叩き起こされているアイツ××は、一緒に遅刻寸前
を狙って走っていた。
「なんでさっさと起きてくれなかったのよ!アン
タのせいで遅刻しちゃうじゃない!」
「元はと言えばお前が寝坊したから悪いんだろ!
お前が寝坊しなけりゃ今頃学校で寝てたのに!」
「いや学校でも寝るのかよ!?授業中は寝るんじ
ゃないわよ?」
「…ハイワカッテマスヨー」
「その間は何!?そして棒読みやめろ!!」
私たちは、いつも通り近道を抜けて行くことにし
た。そう、お母さんが言っていた、工事が行われ
ている建物の近くの道を。
「っ!◯◯!!危ない!!」
「えっ!?っ××!!」
急に影が落ちて、上を見上げると無数の鉄柱が落
ちてきて…。
という夢を見た。夢というより、過去の記憶だ。
私はミュゼレット・リア・ヴァイオレット。ヴァ
イオレット公爵家の長女として生まれ落ち、今ま
で蝶よ花よと育てられた7歳児である。まあ、そん
な大切に、たーいせつに育てられた身ではあるけ
ど、愛されることを知らない子供になりました。
それもそのはずで、このヴァイオレット公爵家の
当主である私の父と、社交界の百合と呼ばれた過
去を持つ私の母は、この上ないほど仲が悪い。キ
ンッキンに冷え切った夫婦仲だ。その影響からな
のか、使用人たちも仮面のような笑顔を貼りつけ
て、中身のない褒め言葉をつらつら並べるだけの
人形のようになってしまった。だって私が何をし
ても怒らないし悲しまないし嬉しそうにしない。
正直すっごい怖い。屋敷の中には居づらいから、
私はよくサンルームや中庭で過ごした。いくら前
世より何倍も綺麗な容姿に生まれ変わったって、
こんな暮らしならね〜…。
「で、何の御用?ダリオス。」
「んでわかるんだよ…。」
ダリオス・ノア・ヴァイオレット。公爵家の長男
で、次期当主。そして私の双子の兄だ。
「何ため息ついてんだろーなーって。」
「そりゃつきたくもなるでしょ、こんな愛なんて
言葉が存在するかどうかもわからなくなる暮らし
の中で。」
「…まあ確かに。あー、婆ちゃんのなすの漬物食
いてえ。」
「アンタ本当に渋いわよね。私はお母さんの煮物
が食べたいわ。」
コイツにも前世の記憶がある。私たちは今も昔も
双子に生まれた。そしてこの物語を、私は知って
いる。
「…そろそろよね。」
「ん?あー、アイツか。今は5歳だよな?」
「日に日に我儘で傲慢になってるあの子の話を聞
くと、なんだか実感が湧くのよね。」
窓から乗り出し、中庭で真っ赤に染まったバラを
愛でている妹を見つける。彼女の名前はカルティ
エナ・エマ・ヴァイオレット。父譲りの金色の髪
に、母譲りの青い瞳を持つ美しい女の子だ。5歳で
この完成度なんだから、物語が始まる16歳になっ
たらどうなることやら。ここは、前世で私が好き
だった恋愛漫画の世界だ。主人公は白い髪に赤い
瞳を持つ子爵令嬢。もちろんその容姿から周囲の
人々からは気味悪がられて成長する。しかし、彼
女は珍しい光の魔力を持つ娘だった。15歳になっ
た主人公は魔力を持つものだけが入学を許可され
る魔法学園に入学し、運命の相手と出会う。この
国の王子だ。二人は互いに一目惚れして、学園を
卒業後、晴れて結婚、主人公は王妃となり、最愛
の夫を一生支える…というストーリーだ。そして
王子には婚約者がいて、その婚約者が我が妹、未
来の悪役令嬢カルティエナ。カルティエナの主人
公に対する極悪非道な行為により、ヴァイオレッ
ト公爵家は破滅し、カルティエナは国外追放され
平民に成り下がるのだ。ファンブックではその後
ヴァイオレット家の長男が家を継ぎ、一代で伯爵
家へと上り詰めたうえ、長女が隣国の王太子に見
初められて王太子妃へと迎えられたことから、ま
た公爵位を得ることができたらしい。つまり、悪
いのはカルティエナだけ!どのみち私たちの身は
大丈夫!だからなーんにもしなくておっけ!
……なんて出来るわけないでしょ!?
今や長男長女は私たちであるわけで!コイツは一
代で伯爵家に上り詰められるだけの知識とカリス
マ性を取得しないといけないわけで私は私で隣国
の王太子に見初められないといけないんだよ
ね!?隣国の噂知ってる!?王様妻が8人いるんだ
ってよ!?しかも昼ドラとかにありそうな後宮が
あるんだって!!!そこに嫁いでいくとか最早罰
ゲームだよ全然平和じゃない!!しかもその時の
年齢は推定でも26歳、この世界だと22過ぎたら嫁
ぎ遅れなんだよ!
「私この世界で一番かわいそうだと思うのは私た
ちだと思うんだよね…。」
「……否定はできないな。」
どうにか回避できないかな…。そんな浮名垂れ流
すようなやつのところに嫁ぐのは流石になー…。
「…よしっ!決めた!」
「何を?」
「私、早く婚約者を見つけて、16になったら嫁ぐ
わ!」
さっさとこんな冷たい家からおさらばしたいのよ
切実に!