電子と霊子
ベルゼクトは語る。
「より正確に言うと私は君たち墓守が匿っている魂こそを観察させて欲しいのだけどね」
…………うん? ……どういうことだ?
亡くなった村人たちの墓を管理しているという点で言うならキャロルは確かに墓守だ。
しかし『君たち』と述べたベルゼクトの言いようはまるで……。
墓守を『怪異』の1つと捉えているように聞こえた。
……気のせいか?
どちらにしろ、キャロルには興味がないと言っているも同然のセリフである。
「どうだろう。これを機に魂の解放に踏み切ってみては」
「……言っている意味が分かりません」
「アンダーテイカーは眠る者のいない墓には現れない。君の存在がここに在るということはそれすなわち君が守るべきとする魂もまたここに在るということだ」
そんな、証拠はすでに揃っているんだぞ! みたいな顔で詰め寄られても……。
キャロルはただ墓を守っているだけの墓守だ。
魂を匿うなんてそんな超常の力を持った覚えはない。
だいたい、魂を匿ったって————。
「もしかして他所じゃ違うのか……?」
「うん?」
首を傾げたベルゼクトにキャロルは少し考えてから「何でもありません」と返した。
多分、説明すると十中八九で面倒なことになる。
「僕に言えるのは魂を匿ってなんていないし、そのような力も持ってはいないということだけです」
「……ふむ。自覚がない、ということかい?」
「いいえ」
「まいったな。自覚がないということ以上に面倒なこともない」
……本当にこの人、ひとの話を聞かないな。
墓守にできるのはその名の示す通りに墓を守ることだけだ。
傷付きやすく穢れやすい魂を1日でも早く天へと還すために。
英気を養うための場所として墓を用意し鎮魂歌を歌う。
ただそれだけのことしかできない。
傷付き穢れた魂は輪廻の巡りから外れて腐り落ち消失する他なくなるから……。
匿うのではなく見送らねばならない。
少なくともキャロルの村では。
墓守も魂もそういう存在だった。
他所じゃ違うか。
ベルゼクトたちが知らないだけか。
……もし、後者だとするとベルゼクトたちには視えていないのだ。
世界の在り方が造り変えられようとも変わらない。
電子ではなく霊子の世界————。
彼らが研究しているという霊魂の姿が。
「……とりあえず、あなた方の目的は城にあるんですよね」
「うん? まあ、うん……。別に城でなくても構いはしないんだけど……」
「案内します。代わりに村と森は通るだけにしてください」
「それはつまり、城にはなくて村と森にはあるってことかい?」
「城にもありますよ。僕の管轄ではないというだけで」
鴉が脅威じゃないというならさっさと城に送り届けてしまおう。
……研究してるっていうから勝手に視えてるものだと思っていたけど、もし仮に視えないままに研究しているとしたらただの『ヤバイ奴ら』だ。
いや、森でいきなり原子の講習を始めた辺りから察するものはあったけど。
これ以上は関わらないが吉。
「君の管轄ではない、ねぇ……」
立ち上がったキャロルに含みのある声が落とされる。
……嘘は言ってない。
城に居着いている魂というのは確かに存在するし、彼らはキャロルの管轄外だ。
「それってどんな魂なんだい?」
どんな?
「……色々、としか」
「時代や服装、状態、男女比、そういったものは?」
「色々です」
「へえ、ふーん……へえ…………」
目を細めたベルゼクトはニヤニヤと笑う。
…………なんだ?
「先生、笑ってないで《異空間》を開いてください。道具が仕舞えません」
「……ふ、ふくくっふふふ」
「先生、聞いてますか先生」
「そうか。そうかあ!」
水魔法で綺麗に洗った食器類から一旦手を離したシャンテルはそれを空中で静止させると見事な飛び蹴りを決めた。
……さっさと城に案内しよう。