研究者の真意
闇深き森を抜けた先。
湖の中央に浮かぶように建てられた廃城の正式な名前を覚えている者はいない。
旧世界も中世の頃に建てられて以降。
補修がなされていたのは新世界に入るまでの話だ。
今もなお建造物としての形を残しているのはそれこそ魔法原子を通した人々の畏怖の表れであろう。
その敷地内には、ある高貴な血筋の娘が幽閉されていたとされる塔がある。
娘の犯した罪とはなんだったのか。
囚われた理由については判然としない。
冤罪だったとも言われているが当時の文献は失われて久しく、もはや調べようがなかった。
ただ、無実を訴え続けた娘が死後、幽鬼となって現れるようになったことから呪われた城としての語り継がれることとなる。
————幽鬼城。
それがベルゼクトたちの目指している城の通り名である。
「怪異種は畏怖を集めることで強靭な力を得て中には不死といった異能で身を守っている者もいます」
……なるほど。
話が見えてきた。
「先にも述べた通り鴉に遅れを取るつもりはありませんが……概念は制約となって陣地を形成し優位性を高めますから……それを崩すだけでも一定の弱体化を計ることができるのです」
「……つまり、奴らがどういった存在かを僕に理解させることはあなた方の理にかなっている訳だ」
城を目指すに当たって。
不測の事態を避けるために敵の力を根源から断とうというのである。
————君の知らない世界を授けよう。
講習の前にベルゼクトが述べた言葉を思い出す。
キャロルの見識を広めることは彼らにとっても利のある行為で、悪戯に知識をひけらかして現実を突きつけたかった訳ではないらしい。
肺に溜まった空気を入れ替える。
「想像するな、畏れるな、自らの勝利を疑うな、というのはああいった手合いと相対する時の三原則でして……意識レベルが結果にもたらす影響というのは、おそらくキャロルさんが想像しているよりもはるかに大きい……」
「まあ、言ってしまうと根性論なんだけどね」
食後のココアを片手にベルゼクトが会話に混ざる。
「為せば成ってしまう今の時世じゃこれ以上ないくらい有用だよ」
「もちろん意識の改革だけではどうにもならない問題もありますが、もしも、あなたが村の再興を願うなら避けては通れない壁ともなります」
思わず目を見開いた。
どうして、と先程から繰り返している言葉が再び脳裏を巡る。
顔を上げてシャンテルに視線を向けるも彼女は変わらない真っ直ぐさで灰眼にキャロルを写すばかりだった。
浮かんだ疑問符を声に出すより先にベルゼクトが答える。
「君が森の外の事情をどれだけ把握しているかは分からないけれど、根性論が成り立つ時勢だと無駄に長生きな輩ばかりが増えて新しい命というのが生まれがたくなっているんだ。霊魂の研究に身をやつす者としては実に嘆かわしいと言わざるを得ない」
視線を移すと彼はわざとらしく肩をすくめてみせた。
……たまに鴉の目を盗んで村の方の墓を参る程度で森の外の事情には疎い。
新しい命が生まれがたいからと長寿の何を嘆くことがあるというのかキャロルには想像もつかないけれど、ともかくとして行動原理が目的に沿ったものであるということだけは理解した。
「だけど、それは、僕があなた方を信じる理由にはなりませんよね」
「もちろんだとも」
言葉に棘を滲ませてもどこ吹く風。
はっきりと頷いてみせたベルゼクトに額を押さえてため息を吐き出す。
…………そうか……そういうことか。
彼らは初めからキャロルが何を思い何を選ぶかなんて気に留めちゃいない。
どうだっていい。どちらだっていいのだ。
上手く転べば儲けもの。
悪意と呼ぶにはお粗末な、その程度の認識しかない。
第1の目的が『実証のための被験体を見付けること』なら城へ向かうのを後回しにしてまで出会ったばかりの、彼らの話を信じる保障もない相手に時間を割く理由は————。
「僕も観察対象って訳か……」
「その通り!」
取り繕うこともせず、にっこりと笑って肯定の言葉を吐いた青年に思わずしかめ面を向けたのは仕方のないことだったと言わせて欲しい。