第2話 舞台裏 傑物と怪物
睡眠は大事だという哲学に似た自分の考え方を彼は大事にしている。それもこの場所に望むと望まないに関わらずこの席に座ることを求められた時から彼の変えていない哲学、そして美学だ。なぜなら人類がこの世に生まれた時からそうしたほうが最大限の能力を発揮できるからだ。だが、当然状況によってはそれが許されないことも十二分に彼は承知しているのであった。
白髪混じりの黒髪、整えられた髭をたくわえたその顔に刻まれた皺は彼の目の前にある書類を通して見る度に深くなっていく。時刻は夜半であるがホワイトヘザー社の代表取締役室である部屋は明るく照らされており、変わらぬペースでクライスは書類に目を通し、稟議の承認と所見を連絡していく。
七番街襲撃予告当日、緑化組合の切り札であるアサイラントプログラムを搭載したM,Aが向かっていると情報を掴んだため、それに合わせてイミテーションを派遣することにした。できる限り、企業秘密は秘匿していたいと考えていたからこそその場にいる機体は全て殲滅するようにと伝えたがまさか報道機関に大々的に報道されるほど傭兵を取り逃がすとは思わなかった。
結果として責任者が動かなければならない事態が多発し、火消しに追われることになっていた。部下の報告を待ち、自分が言ったという事実が必要になるのであればこちらから直接連絡する必要があるため、その哲学に反し、彼は本来眠る時間を仕事に当てているのであった。
皆の働きの結果によって、『敵の情報戦略により若干の味方への被害を与えたが無事敵勢力を撃破』、というシナリオになったが、この労苦は想定以上に傭兵が生き残っていたことが遠因となる。しかし、生き延びていたがゆえに当初用意していた傭兵組合への慰謝料が減ったともいえるため、悪いことばかりではないだろう。
「ふむ、10機投入し、緑化組合の主力機体を全滅。こちらは2機戦闘不能。内訳は1機全損、1機大破か。予想より味方の被害が大きかった、か。」
概ね本日中に仕上げなければならない稟議の確認を終えられたため、背もたれに身をあずけながら目頭をもんでため息をつく。傍机にあるサンドイッチは稟議の確認が落ち着くまでと放っておいたため乾ききっていた。が、構わずに手に取って口に放り込む。忙しさに区切りがつき落ち着いて自覚してみると思いのほか空腹になっていたらしい。
黙々とサンドイッチを口に運んで覚えた空腹が紛れたような感覚になったころ、部屋の端末が高い音で鳴り響いた。
「・・・?」
クライスは怪訝な顔をして端末を見た。
―外線―
と一言表示されているが、通常、この部屋の端末は取り次ぎを受けてから鳴るものであり、外線で鳴ることは無い。今の時間を考えれば鳴らす人間も急ぎのようだろうし、自分のところに直接かけられるほどの立場からかかってきたということであるが、この表示された番号を見た記憶はない。
逡巡は一瞬、端末を取り上げて、いつも通りの対応をする。
「こちらクライスだ。」
「映像回線ではない形で話すのは初めてね、失礼するわ。エルセレナよ。」
驚いたと同時に腑に落ちた。端末の向こうで声をあげているのはこの星で2番目に力を持つ会社『ティタニアル』の社長だ。ならば、この番号を知っていても無理はない。しかし、わざわざこの回線にかけてきたということの意味が分からない、が、大方意表をついて主導権を握ろうとしたのであろう。
脳裏に褐色の肌をした黒髪の女性が浮かぶ。まだ、20代とは聞いているが、自分がその時これほどの能力を持っていたかは疑念を抱かざるを得ない女だ。
「どうした?緊急か?」
「ふふ。いえ?ただ、情報提供をしにきたの。アルダベーンの老人が自分のところが破壊されたのを理由に五社企業連合からの脱退を願い出たいと下話があったわ。」
「だろうな。それだけではないだろう?」
五大企業の一つ、アルダベーン社の社長の顔が浮かぶ。イミテーションで全損したのはアルダベーン社の機体であり、戦闘データをえられなかったとあれば、あの老人がいる企業ならばそう動くであろうことは予想していた。もとより、企業連合という形式を始めたのはイミテーションの共同開発が目的であった。また、機密保持のためお互いに所持数の制限を定めていたが、実際に報道発表され衆目の目に晒されるうえ、運用できることが分かった今の時期であれば脱退を考えていてもおかしくは無い。
今回の戦闘データの開示拒否はもっともらしく脱退のために使える理由となったのだろう。
アルダベーンは自社機体が全損したため他の4社に全ての戦闘情報の開示を求めたが、企業秘密の部分を明かせないとして断られた。このままではアルダベーンは大損になるがそれならば足かせとなる企業連合は脱退する、ということが大まかな流れだろう。
「ええ、それでこれからが本題。イミテーションとの戦闘報告を受けた会社6社のうち、実際に2機を撃退したのは『サジタリウス』と『ガイア』という会社の機体だということは知っているでしょうが、さらに『アステリズモ』という会社も該当するみたいよ。撃破報酬や戦果報告にはないのだけど、当方の下部組織による聞き取り調査によって判明したわ。でも、それは映像機器が全部死んでいるから証拠は無し、だけどね。」
「それは助かった。上手く情報が隠されていたんでな、こちらで調べるのには骨が折れそうだった。」
片眉をあげてその新情報を聞く。情報を精査したところ当時迎撃行動に出た機体が数機いたという話を聞いていたため、急ぎ調べていた。
撃退したと言われる会社のその名には覚えがある。数か月前に実施された六番街の人材調達任務を隠れ蓑とした、イミテーション試作機を極秘にテスト戦闘させる際に名前が挙げられた会社だ。評判通りなかなか腕が良いと報告に上がっていたためその名を覚えていた。
「そう、それで教えてあげたのだからそちらも教えて?この五社連合は形式だけでも維持するの?」
「いや?アルダベーンに備えることは必要だろう。一強を防ぐために足並みを整えたが、アルダベーンが脱退した以上その目論見は意味がないからな。だからこそ、アルダベーンとは今後も協力を得たい、という方向性にしたいが、な。」
「そう、教えてくれてありがとう。・・・良かったの?」
「教えたことか?構わんよ。ここで隠して貴社の信用を損なう方が問題だ。」
ふっと笑って嘯く。いずれ分かる情報を早く明かしてくれたのだから、こちらもいずれ分かる情報を明かしたまでだ。むろん向こうもそれは織り込み済みだろうが。
これでこの星はまた小さくない闘争が始まるだろう。この星に残された時間が少ないことは明白だ。向こう200年後は4分の1の居住区画が使用不可能になる可能性がある。今のうちに更なる成長行為を行わねば人類は停滞の上、絶滅してしまう。
「これからは企業も紛争行為に積極的に参加することになるだろう、貴社のような味方は大事だよ。」
「嬉しいわ。天下のホワイトヘザーにそんなことを言ってもらえるなんて。じゃあ、サービスよ。アルダベーンにはそういう風に提案するようにこちらから働きかけてみるわね。」
「感謝を。用件はそれで終わりだろうか?この話をしているうちにまた目を通さなければならないものが増えたんでな。」
「えぇ、貴重な時間をありがとう。有意義な時間だったわ。それでは、また。」
その言葉を最後にエルセレナからの通信が切れた。クライスはため息をついて、窓の方向を眺める。窓にはブラインドがされており外の景色は見えないが、一番街の外は夜半である今も煌々と街の明かりが照らされているのだろう。
「ああいった人間がいなければこの星はもたん、が、な、どうにも・・・。いや、歪であったとしてもよりよくあろうとすることが人の本質か。」
こうしてひとりごちている間にも目を通さなければならない書類はたまっていく。改めて嘆息してクライスはまた自分の手元の端末や書類を陰鬱な顔で睨み付けるのであった。
手元の端末を眺めながら楽しそうな声音で通信を切ったエルセレナは満足げに椅子に深く腰掛けた。その部屋にそろえられた数々の名品たちも霞むような美貌の女性は隣に控える女性に語りかける。エルセレナが据わる豪奢な椅子の隣には女性が表情を含めて一切微動だにせず、脇に控えるように立っている。
「必要と考えたら最短距離で走り抜けるような男ね、彼は。だからこそ目的も分かりやすいというものだけど。」
鼻歌を歌いながら情報を流し読んでいく。
「にしても、やっぱり若いということは損ね。どうしても報告内容でも舐められてしまうもの。まったく、予定通りにはいかないものよね、何事も。
ふふ、私自身の事ですら上手くいかないのだから当然かもしれないわね。」
くすくすと自嘲気味に笑いながら端末を流し見ていく。
「にしても、何らかしらの思惑が動いているとは見ておくべきね。緑化組合の機体の出来上がりといい、何もかもがタイミング良すぎるもの。」
鈴を鳴らすような声が部屋に響く。
「だれが原因だとしても困ったちゃんがいたものね。」
そして端末から目を離し、上を見上げる。
「さて、ここまでは来れたけど、あの上には何が待っているのかしらね。」
まるで肉食獣のような獰猛さを感じさせるような笑みを浮かべて呟く。
これから激動の時代が始まる。これまでにない戦争と競争。求め続けた実験の結果が間もなく判明することに期待を膨らませながらエルセレナは端末に目を落とすのであった。
これで2話終了です。
気が向いたら書き溜めして続けます。
ハードっぽいロボものが読みたいけど見つからないから書いてみたけど難しいです。
ロボもの流行ってくれ~




