第1話 幕間 整備士アルガスの悩み
ファルフリードが丁寧に機体をチェンバーに寝かせられるよう、トレーラーで指示を出すアルガスの声が響く。
―これから長い戦闘になるとはいえ、本当に直撃無しで帰ってくるとは・・・。しかも、できるだけ間接による挙動は行わず部品の摩耗は最小限か。やっぱりあいつはこういう逃げ場のない戦場を繰り返してきたのかもしれんな・・・。
アイーシャが突然「そこで拾った」と連れてきた時は本当に驚いたが、あれから2年、戦闘行為が多くあったわけではないがこの男の操縦技術は本当に高く、通常考えればありえないほどだ。特に今回の戦場の結果はなおさら疑問がわいてくる。社長に危害を加える様子が全くないため、会社に有効と思いそのままにしているが・・・、
「オーライ!オーライ!そのままあと5m!1m!オーケーだ!」
ひとまず、この男がアステリズモの戦闘員である以上、整備士として歩んだ人生のプライドにかけ整備はする。機体にはどうやら近くをミサイルが飛んだようで煤がついているが、ミサイルの直撃は無く、傷といっても小銃による表面上のダメージのみで関節部に被害は無いようだ。
「おし、ファルフリード。なかなかやるじゃねぇか。あれだけの相手に直撃弾はおろか関節部へのダメージも無しとなるとなかなかだな。」
コクピットが冷却の煙を噴き上げつつ開き、パイロットスーツを着込んだファルフリードが顔を出す。開口部はまだ熱を持っているためまだコクピットからは降りられないため、空を見上げている。
「おやっさん、正直、今回の敵戦力は明らかに民兵では無かった。装備を暴徒鎮圧用から同規模以上戦力撃退用に切り替えてほしいんだ。」
ふと、こちらに向き直りひどく真面目な表情で言ってくるが、この男が言うことはつまり、人間を相手にする兵器は一切積載しないということでもあり、威嚇射撃で人が死ぬ可能性があることでもある。
「だいぶ物騒な話だな。つまりこれからの相手はほとんどが傭兵になるってことか?」
「ああ。それもかなり金を積まないと雇えないレベルでありそうだ。正直、今の戦闘も手加減できないレベルで危なかったからな。」
「・・・わかった。換装しとく。武装変えたことは俺からお嬢に伝えとくぞ。」
この男が言うからには本当に高いレベルの傭兵が来る可能性があるということだ。
今回の任務は厳しいことになりそうだという予感からかどうにも年老いた自分の体には頭痛という形で現れる。日はまだ高く、まだ終わりは見えない。
「社長は帰らせたいんだけど、難しいよな。」
ファルフリードのつぶやきを聞き、この頭痛は高い位置にある太陽を見たせいだと自分に言い聞かせてため息をつく。
「難しいだろうよ。それに、もうどうしようもねぇ。社員のわしらが来ちまってる以上、お嬢は自分だけ帰るってことができないじゃろうよ。」
だがしかし、これからの戦場の厳しさが予想される中でパルサーのキーを持つ社長を帰らせるという提案をしてくることに笑いが込み上げてくる。
つまり、この男は分の悪い戦場をパルサー無しでも生き延び、切り抜けるつもりなのだ。
「それにパルサーが無ければ、お前さんとて今回はかなり危険じゃないか?」
くっくっと笑って問いかけると想像通り、肩をすくめてこの男はなんてことも無いように言い返してくる。
「それが俺の仕事だし、何とかするさ。んじゃ、俺は手伝えることがないかどうか他の奴らに聞いてくるよ。とりあえず、今回の整備は燃料弾薬程度で大丈夫だ。電磁金属液の補充はしなくていいから、多分、最後に大量に使うことになる場合に備えたい。」
ファルフリードは機体の蒸気が治まってきたことを確認してコクピットから飛び降り、片手をひらひらと振りながらもう片方の手に持つ機体の出撃データが記入されている携帯端末を渡してきて、そのまま通り過ぎて歩き出す。
報告書には今回の戦闘データとパーツの摩耗状況が示される。
この機体の切り札のデータを確認したのだが、どうやら今回も使用しなかったらしい。そもそも搭載はされているものの、あれを使用したのは先日のアルケーの依頼だけであったのだが。
使用した弾薬と燃料の確認をし、改めて手元の端末に目を通す。手渡された端末には整然と報告がされているがその様式はまるで正規軍のようでもある。
―まぁいいさ。ファルフリード、お前が何者だろうとこの会社でお嬢を守る意思が本物である以上、俺は
自分のベストを尽くすだけだ。俺の誓いのために。
自らに立てた誓いを思い出しすことで体を震わせ気合を入れる。
―ひとまず、換装作業にはいらにゃいかんな。人手はないし時間もないからな。
照りつける太陽は暑く、遠くの陽炎を横目に眺めつつ汗をぬぐい、治まらぬ頭痛を抱えながらアルガスは自分の戦場に帰っていく。