第1話 日常 帰り道と不穏
外は日が傾き始めているがまだ、夕方というには早い時間だ。ただ、時間も夕方に近づくとなると湿気も薄くなり、歩いても汗ばまなくなってきた。
周囲に多く並んでいた出店も片付けしている姿が見えてきており、今日の市が終わりに近づいて来ていることがわかる。慌ただしく片付けする出店もあれば、最後の最後まで売りぬこうという意思の元一生懸命に道行く人々に声をかける人と様々だ。
「そこの若夫婦!いいものがあるんだが買わないかい!」
そんな中、最後の売り込みをかけてきた露店の店主に声をかけられた。この時間に売り込みをしているということは昼に売れなかったということでもあるので、あまり買うことに気は進まないが夫婦という単語に引っかかって止まってしまった。すると、止まってしまったことで、店の主人が胡散臭そうな笑顔でもみ手をして営業してきた。余りのうさん臭さに足を止めてしまったことに後悔してしまう。
「・・・夫婦ではないのだけれど。」
「なはは、そりゃ失礼。おきれいなお嬢さん、何かの縁だ面白い商品を見せてやるよ。」
ごそごそと乱雑に並んだ品の中から不思議な光沢のある金属がついたペンダントを取り出してきた。
「こいつぁ、触れた人間の感情を色で記憶してくれる金属でな、面白いんだ。どうだ、思い出の一品として、5000クレジットなんだが?」
「高いわよ!何考えてんの!」
思わず突っ込みを入れてしまったが、500クレジットで普通にいつもの夕飯が、2000クレジットも払えばそれなりに高い場所でディナーとしゃれこむことができるのに対して5000とは露店で売るにしたらもはや訳が分からない。売る気がないのではないだろうか。さらにペンダントヘッドとなっている金属が大きいので自分に似合うデザインだとは思えない。
「いやいや、本当にレアな金属なんだよ。俺ぁ金属小物商としてそれなりに生きてきたが本当に見たこともねぇやつなんだよ。」
どうしたものかとファルフリードを横目で見てみると、ファルフリードが難しい顔をしていたことに驚いてしまった。大体この男は気を抜いた表情しかしていないはずなのだが・・・。ファルフリードは金属をしげしげと眺めて店主に問いかけた。
「驚いたよ、オヤジ。これ、どこで取り扱っていたんだ?こっそり教えてくんねぇか?情報料もほしいってんならある程度交渉するぞ。」
「いやぁ、ちょっと言えないところで見つけたもんだから情報料をもらっても言えねぇんだ、悪いな。」
「・・・そう、か。ならいいんだ。・・・ちょっと、アイーシャ、プレゼントだ。お守り代わりに買ってやるよ。」
「は!?」
いきなり耳打ちされて驚いた。こんな大金をポンと出すということ、プレゼントなんて気が利いたものをこれまでもらったことがないということがあいまり、かなり大きく驚いてしまった。
「これは、一応、いいものさ。そしてこのオヤジの言っていることは正しくもある。持っておいて損はないさ。」
そういって5000クレジットをポケットの中から無造作に取り出し、店主の手から商品をするりと取り上げた。
「ぉお?っ!?・・・ちっ。まぁ、毎度ありだ、こんちくしょう。」
恐らく買う気になっているファルフリードを見て値上げでもする気だったのかもしれないが、取り上げられてしまったので何ともうまくいかなかったと店主が舌打ちしている。なんとも、腑に落ちないがそのままここにいてもよくないと思い歩き始めた。
「・・・ファルフリード、一応聞くけど、これって?」
「んー、まぁ、うまく説明することが難しいんだが・・・、これはいわゆる感情を持った金属なんだ。たぶん、普通にこれの価値を知っている人からしたらこれだけの大きさだと1万クレジットは軽く出すだろうよ。」
からからと笑いながら、ファルフリードは1万クレジットの物を扱っているとは思えないほどペンダントを無造作に放ってくる。
「そして、これは額に当てて強い感情を持ってくっつけると、その感情を記憶してくれるっつー機能もあってな。んで、その感情より少ない感情を持った状態でもう一度額にくっつけると、だ。純度が低いからそんなに反応は少ないだろうけど、その記憶を少し反響みたいな感じで返してくれるのさ。」
自慢げに語るファルフリードに困惑しながらしげしげとその金属を眺める。
「身に着けるにはその価値含めて向かねぇが、記念に持っておくにはいいもんだぞ。」
笑うファルフリードに腑に落ちない感情が湧き出ないこともないが、その笑顔が余りにも屈託がなかったためため息をついてアイーシャは礼を言って微笑むのであった。
「ありがとう、ファルフリード。大事にするわ。」
・・・-・・・
さらに歩くこと数分、街の景色は住宅街というには閑散とし始めた。関所の近くにはあまり住居はなく、先ほどまでいた市の雰囲気に比べると物さみしさを感じさせる。
「楽しかったわね、また、来年も来たいわ。」
そんな少し寂しさを感じさせる道を歩く中、アイーシャはファルフリードに声をかけた。
「うん?ああ。そうだな、なかなか面白いもんだな。」
「この時間に関所を出られれば、日付変わるころには帰れるかしらね?」
一昨年は色々あってくることはできなかった。昨年は忙しく、それどころではなかったのでやはり来ることはできなかった。今年はやっと来ることができたのだ。楽しかったがそれ以上に懐かしく思えた。
一昨年はアステリズモの本来の社長であった父親と副社長の母親と従業員がテロに巻き込まれて会社は当時飛ぶ鳥落とす勢いだった会社がつぶれる寸前までになってしまっていた。自分の好きだった場所が崩れ、放っておくと本当に取り返しがつかなくなると思ったあの時から必死にずっと走り続けてきたのだ。
幸い、ファルフリードに出会うことができ助けてもらったことでアステリズモの業績も安定している。
思い返すと懐かしさと寂しさを感じるが、心に深く黒い怒りと憎しみの感情が湧いてくるのを感じる。取り戻せないとわかっていても報復を求める感情が湧き、なぜうちの会社の前で反政府テロが起きたのかと嫌になる。あの時テロを起こした集団は全て処罰されたが、やり場のない怒りはまだくすぶり続けている。
「どうした?」
そんな心の動きが顔に出ていたのだろうかファルフリードが心配そうに声をかけてきた。肩の力を抜いて笑顔にして振り向く。
「昔のことを思い出して少し、暗くなっちゃった。」
「はっはっは。まだうら若い乙女が何を言う。まだまだ昔のことなんて言えるほど年を重ねちゃいないだろ。つらいものはつらいものさ。無理して突っ張るってのも必要な時はいいが、無理しつづけるのはよくねぇものさ。」
どうやら、思ったより自分の笑顔はうまくなかったらしく、後ろから頭を撫でられる。身長差みたいなものを少し感じて不服に思いもするが、足を止める。
「ファルフリードだってまだ20代でしょ?おっさん臭いんじゃない?」
少し、自分とファルフリードの年齢が遠く感じた。
しばらくは、無言で道を歩き続ける。
少し余裕を取り戻して周囲を見回すと、ゲートに向かう人々の姿は一様に今回の買い物による疲れが見て取れる。だが、満足した顔をしている。落ち着くまで待ってもらってから歩き始めたので、人が多くなってきてしまっている。ゲートを通る人によって混雑することが目に見えているので歩く人の足は早足だ。
久々の買い物に名残惜しさを感じてしまっていたから、自分は道行く人々にくらべて少し遅く歩いているが、ファルフリードは文句言うことなく隣で歩調を合わせてくれている。
「ファルフリードって27だっけ?」
「いや、この前28になったな。もうおっさんだ。アイーシャが20になるのはあと半年か?」
誕生日を覚えてくれていたことに少しうれしくなる。
「そうね、やっと一区切りよ。でも、まだまだなのよね。」
ため息をつきつつ、答える。
正直、この仕事をやっていると若いというのはデメリットばかりだ。相手はなめてくるし、社長だなんて思ってくれる人はごくわずかだ。結局直接交渉する際には声を変えて、姿も見せないであたらないと対等な条件すら得られない。
「そりゃそうさ、アイーシャがひとつ年をとったら向こうも年を取る。いつまでたっても若造は若造のままなのさ。」
笑ってファルフリードは答えるが、納得できないものもあるというものだ。
「にしてもアイーシャはケイティのようにはなれなかったな。」
ファルフリードが遠い目をしながらぼそっと呟いたのが聞こえた。
「聞き捨てならないわね、何が?」
「ん?いや?あれだ?落ち着きとか大人っぽさというか、だ。いや決して体つきとかそっちを言ってるんじゃ。」
自分でも驚くほど冷たい言葉が出たと思ったが、それに焦ってファルフリードはフォローを入れてくるがどうにもフォローになっていない。
拳をファルフリードの鳩尾に向かって突き出した瞬間、破裂音が遠くから響いた。
「・・・爆発!?」
アイーシャを庇いつつ鳩尾を抑えて青い顔をしながらファルフリードは周囲を警戒し始めた。周りの人々も破裂音に驚き、頭を守りつつ身を低くしている。爆発物がどこにあるかわからない以上、物陰に逃げる方が危険な時もあるのあり、むやみやたらに逃げようとしても意味がないのだが、何人か慣れずに逃げようとしている人がいる。逃げようとしている人々も近くに人が多くいるためにうまく逃げることができず、立ち往生している。
音の方角を見てみるとゲートの方から黒煙が立ち上っているのが見える。
「事故ってわけではなさそうですね、サイレンの鳴り方が火災情報ではなく、緊急事態情報です。」
「・・・テロかもしれないってことね。ゲートの内側か外側か、どっちで起きたかわかる?」
ファルフリードが仕事モードになって周囲を警戒している。
無差別の暴力に対しての怒りで頭の芯が冷えるような感覚が身を襲う。だからといって今の自分に何ができるかというとできることなど何もない。ただ、ひたすら周りに迷惑をかけないように体を縮めてあたりを伺う。
「音の鳴り方が遠すぎるんで、壁の外の可能性があるかもしれないですね。しばらく待って車両が通っていくようなら関所内、通らないなら関所外だと思うんですが・・・、」
続く破裂音が遠くに響く。どうやら破裂音は近づかず、むしろ離れていくようにも聞こえるためこちらは安全らしいことが分かる。
「アイーシャ、この音だと恐らく関所外だと思う。落ち着いたら情報を集めよう。」
ファルフリードが緊張を解かずに体を起き上がらせ、周囲を見回し警戒する。
しばらく時間がたつと、人々も慣れたもので関所に向かう人々と今日はひとまず引き上げようと街に戻る人々に分かれ始めていた。
アイーシャたちはとりあえず状況の確認をと考え、関所に向かうことにするのであった。
・・・-・・・
「ゲートを開門することはできません!現在、ゲート外側付近で対政府テロが起きております!安全のためゲートは開門できません!」
夕焼けの色が濃くなってきた時間、街区の関所にはなんとか向こう側にいけないかどうか声を上げる人々により大きな人だかりができていた。どうやら、先ほどの事件で通行止めとなり多くの人間が立ち往生となっているようであった。
周りのいらだつ雰囲気に辟易しながらひとまず情報を集めようと門に向かったのはよかったが、その空気にあてられため息も出るというものであった。
―これから、また荒事が起きそうな空気ね。なんとも嫌な予感がするわ。
「最近こういうこと多いわね、どうする?多少役所に握らせて強引に向こう側に行っちゃう?それとも待つ?」
眉根を寄せて人だかりにぶつかりながらアイーシャはファルフリードに問いかけたところ、後頭部をかきながらファルフリードはつぶやいた。
「どうしますかねぇ。いつまで封鎖されるかわからんですし、アステリズモのみんながいる七番街に被害が出ているとも限らない、か。通れるか確認してみる、ってことでどうでしょうか。」
正直、ダメもとでの提案だったのだが、ファルフリードはもう被害は無いと踏んでいるらしい。
「あら、それじゃ実は昔馴染みがいるの。ちょっと聞いてみて情報を集めて、可能なら通らせてもらおっか。」
「まぁ、正直、テロの目的次第ですけどよほどの力が無い限り、トレーラーは装甲しっかりしているし被害も受けないでしょうからね。」
「確かにそうね。それじゃ自慢の用心棒、ファルフリード、何かあったら守ってね?」
いたずら心込みでいっぱいの営業スマイルでアイーシャはファルフリードの顔を覗き込んで反応を期待したが、
「ん?ああ、了解了解。なんとかしますよ。」
ファルフリードには何でもないように右手をひらひらとさせて答えられてアイーシャは口をへの字に曲げ、少しぐらい反応してくれてもいいじゃないかと気落ちしつつ、人のごった返す公的機関の事務所に向かうのであった。
少しずつPV数が増えてきて嬉しいです。
ご覧になって頂きありがとうございます。
今後も頑張ります