飛翔
ごきげんよう、フランボワーズです。
前作に引き続き、診断メーカーのお題で短編を書いてみました。比べるとちょっと長めですが。
あらすじはほのぼのした感じで書いてありますが、割と後味悪めです。バッドエンドは苦手だという方にはあまりお勧めできない……かも?読んでからのお楽しみ、ということもございますし、ね?(?)
今回の診断は「君に恋したあの日から。」をお借りしました。
↓こちらURLです↓
https://shindanmaker.com/287899
結果↓が出たとたんこの話を思いつきました。どうぞご賞味くださいませ。
でも、そんな君が好き。
「隠れても無駄だよ」
君を視線で追う毎日
昔から、かくれんぼが得意だった。隠れるほうじゃなくて見つけるほう。
その中でも特に、S君を見つけるのがすごく早かった。なんで、ってそりゃあ彼のことが好きだったからよ。いつでも見てたから、なんとなくどんな行動するのかわかっちゃうの。授業中にぼーっと窓の外を眺める横顔、右足から靴を履く癖、はにかんだような笑顔。S君はいうなれば私の王子さまだった。君を視線で追う毎日が続いた。私はそれで幸せだったんだ。この思いを伝えようと思ったことはない。だって、恥ずかしくて言えないじゃない、それに……
私がS君を見つけるたび、彼は笑って「また一番に見つかっちゃった」って言ってくれる。「そんなに隠れるの下手かなぁ」って。その顔が見たくて、その声が聴きたくて、いつもS君を一番に探した。S君がそんな風に笑いかけてくれるのは私だけだった。
年齢を重ねるにつれて、S君はますます光り輝くようだった。みんな成長していつしかかくれんぼもしなくなったけど、幼いころからの癖って抜けないもので、中学生になっても高校生になっても、私の好きなS君は右足から靴を履くしはにかんだように笑うんだ。
彼はとても頭がよく、地域で一番の進学校に進級した。私も必死に勉強して受験して、おんなじ学校に通ってる。自称進学校じゃなくて、本当に頭のいいところなので、集まった生徒たちもみんな賢そうな顔をしてた。それでもやっぱり私のS君が一番賢くてかっこよかった。
おんなじ最寄駅からおんなじ電車に乗って、学校付近で降りて、長い坂道をのぼるS君の後ろ姿を見つめる。毎日毎日、それの繰り返し。それで幸せだった。会話をしなくても、目が合うと昔みたいに微笑んでくれる。それが私たちだった。
でも、でも最近少し胸騒ぎがするの。どうしてかしら……
その不安の正体はすぐにわかった。風の噂だけど、どうやら好きな子がいるらしい。うそでしょ、そんな……細々と聞こえる声。クラスの女子はひそひそ噂話をするのが好きだ。小さな声で話す癖に、自分の知りえたことは他人に言いたくてたまらないみたいで、なぁんにも知らないふりして聞いたらすぐ教えてくれた。
「えー、そうなんだ……かっこいいもんねS君」
クラスメイトに同調するそぶりをしつつ、私は内心ほくそえんでいた。なぁんだ、みんな気づいてなかったのね。S君に好きな人がいることくらいわかってたわ。そう思ってた。
S君が好きなのはきっと私。いえ、私に違いない。昔から一緒に遊んだのはこの私。誰よりもS君のことを知ってるのは私なんだから。というか、好きでもない人間にあんなにやさしく微笑むことなんてできないでしょ?
S君は私の王子さま。私はS君のお姫様。両想いだって、舞い上がった。
だけど。
「きいてきいて!S君に彼女できたみたい!」
ある日クラスメイトによってもたらされたその知らせは、深く私に突き刺さった。どういう、こと?私とS君の関係は何も変わってない。別段二人で遊んでるわけでもない。まさか、S君たら自分でカミングアウトしたの……?
「えっうそ、誰誰???」
クラスの女子がわっとその子に群がる。私も友人に引きずられるふりをしつつ、内心どぎまぎしながらその輪に加わった。知らせ主は得意げな顔をしながら全員を見渡すと、「あのね、私、この間の土曜日にね、見ちゃったの。S君が女の子と腕組んで歩いてたのよ!」といった。
土曜日?私は家族と水族館に行っていた。S君にはお姉さんがいるけど、腕を組んで歩くほど仲良くはなかったはず。だとすると……?
「誰なの??もったいぶってないでおしえてよ!」
興奮した様子で誰かがせかす。周囲もつられて、そうだそうだ、と声を上げる。まあまあ落ち着き給え、とでも言いたげなそぶりをして知らせ主は言った。
「あのね、相手はね-----」
彼女の口から語られたのは、この学校一の美人と言われているRの名前だった。周囲からはホゥ……とため息が漏れ、「絵に描いたような美男美女カップルだねぇ」といった感想が飛び交っている。
いやいやいやなんで、おかしいでしょ、なんでみんななんとも思わないの?R?なにそれ?S君が一番好きなのは私でしょ?一目瞭然じゃん、だってあんなにやさしい笑みを私に投げてくれているのに?
「Rさんなら仕方ないかあ」とかよくわかんない感想を漏らしながらこちらを振り返った友人が私の顔を見て戸惑ったような表情をする。
「どうしたの、顔色悪いよ?具合悪い?」
「……ちょっと、お手洗い」
何とかその一言を絞り出すと、踵を返して教室を出た。
ありえない。
こんなのありえるわけがない。
S君が好きなのは私でしょ?Rじゃないでしょ?なにが「お似合い」よ、「Rさんなら仕方ない」よ!みんなわかってない、わかってないわ----そう、そうよ、S君、きっと騙されてるんだわ。それか弱みでも握られて脅されているに違いない。かわいそうなS君、私が助けてあげる。そうよ、今時王子様を待ってるだけのお姫様なんていない、私が助けてあげなくちゃ。
よし、そう思ったら元気になったし、がんばれそう。まずはS君を探して話を聞こう。今はお昼休みだからS君は屋上にいるはず。チャイムが鳴るまでにはまだ間がある。階段を一気に駆け上がって屋上の扉を開け、まばゆい日差しの中S君の姿を探した。
いた!柵にもたれかかり、物憂げに校庭を見つめるその姿は絵画のようだった。
「あの、S、く……」
ちょっと緊張してかすれた声になっちゃった。それでもS君は私に気が付いて笑いかけてくれる。
「久しぶり。どうしたの?」
中学の変声期を経て少しハスキーになった声にときめく。ああ素敵。
「S君、あの、付き合ってる人がいるって……本当?」
最初はびっくりしていたようだったけど、伏し目がちに「もうばれちゃった」と笑うS君。その伏し目、やっぱり弱みを……
「心配、しないで。私が何とかしてあげる」
え?とかわいらしく首をかしげるS君を取り残して、私は屋内に戻った。R、Rだけは神様が許しても私が許さない-----
「Rさん、ちょっと相談があるんだけど」
そう言ったらのこのこついてきた。どんだけユルい頭してんのよ。イライラが募っていく。
「ええと、あなたはたしか4組の」
「私のことなんてどうでもいいわ」
吐き捨てるように言い返した。
「S君に近寄らないで」
「そ、そんなこと急に言われても」
「目障りなの。わかるでしょ、聡明なお嬢様なら。私の(・)S君に近寄らないでって言ってるの」
Rのきれいな眉間にしわが寄る。
「あなた、S君のなんなのかしら」
「私は彼のお姫様よ、それに彼は私の王子さま。あなたみたいな泥棒猫が入り込んでこないで」
場合によっては痛い目見てもらうから。それだけ言い残して彼女に背を向けた。
私、S君を守ってみせる。待っててね、S君。
それからしばらくというもの、私はS君とRを観察し続けた。登下校のルート、二人の待ち合わせ場所……Rがどんな情報でS君を脅しているのかわからないけど、S君を守るためならなんでもするって決めたんだから。
でも、でも何か変なの。S君が私に向かって笑ってくれなくなった。顔を背けてそそくさとどこかへ行ってしまう。きっとあの悪魔にそうするよう言われたんだわ。絶対助けてあげなくちゃ。
「隠れても無駄だよ」私はつぶやく。「鬼は得意なの。久しぶり過ぎて忘れちゃった?」
ある日。
いつも通り、並んで下校する二人の後をつける。ちょっとでも不健全なこと仕掛けてみようとしなさい、八つ裂きにしてあげる。S君の隣に立つのは私なんだから。
そう、思ってた。
けど今日は殺気があふれていたみたい。前を歩く二人が立ち止まり、S君が振り返った。Rは横顔しか見えなかったけど、今までに見たこともないくらいおびえた顔をしていた。とうとう、観念したのね……!でも、S君の口から出たのは感謝の言葉でも愛情の言葉でもなかった。
「もう一体全体なんだっていうんだい、ずっと僕たちを付け回してくるのはもうやめてくれ」
かつてないほどおびえている。どうして、どうして?
「なんで?S君は私が好きなんでしょう?なのにその女と一緒にいるなんて……何か脅されているんでしょう?」
「君は一体何を言ってるんだ……?僕は一度も君にそんなことを言った覚えはないし、それに僕がRに告白したんだ。もうやめて、ほっといてくれよ」
「あんなに……あんなに一緒にいたのに?私に笑いかけてくれたのに?」
「あなた、一度でも明確にS君に好きだと言ったことがあって?もしくは彼があなたに」
ない、一度も言ったことなんてない、だって私たちは心が通じ合って-----
「これ以上続けるようなら、僕らは先生にも親にも相談するし、警察にだって行く。現にRはそうしたがってるんだ。だけど僕は小学校からの顔見知りにそんなことはしたくない。お願いだ」
半分以上は耳に入ってこなかった。顔見知り、顔見知り……ですって……強調した彼の声が頭に響く。嘘だ、そんな……
気が付くと二人の姿は消えていた。すっかり日も落ちてあたりは薄暗くなっている。鉛のように重たい体を引きずって、学校へと引き返す。野球部、サッカー部、陸上部……運動部の掛け声が響くグラウンドの端を横切った。S君は運動が得意だった。下駄箱で靴を脱いで上履きに履き替える。右足から履く癖。階段をゆっくりと上る。吹奏楽部員のものと思しきトロンボーンのロングトーン。彼のハスキーな声。アルトサックスがカントリーロードを吹いている。彼は洋楽が好きだった。パレットを洗う美術部員の背中。完璧なくせに、絵だけはあんまり上手じゃなかった。
屋上の扉を開ける。いつもの、S君がいたあたりの柵にそっと触れる。夕方は風が強い。校舎を吹きあがる風は私の髪とスカートを揺らす。
ええ、そう、そうよ、私はS君に言う勇気がなかった。ずっと好きだったのに。傍にいたのに。好かれてると思っていた。特別だと思っていた。でも違った。ただの顔見知りだった。
ふと、うっとおしくなって上履きを脱いだ。これは重たい。いつもS君が立っているあたりにきちんとそろえて置く。そろえるのは私の癖だ。S君の足跡と私の足跡が重なった。うん、満足。
背伸びを一つ。少し体が軽くなる。柵に手をかけた。まだまだ重たい。真っ黒なセーラー服のせいかしら。腰まである黒髪のせいかしら。もっと軽く、そう、いま頭上を飛び去った鳥のようにならなきゃ。
S君のようなまなざしで校庭を見下ろす。あなたはどんな気持ちでここから見下ろしていたのかな。
大好きなS君。私のことは好きになってくれなかった。でも、そんな君が好き。どうしたら私のことも好きになってくれるかな。
……そう、そうだ、S君は鳥が好きだ。鳥になって会いに行こう、黒と、赤と、白の羽を持った鳥になって。
みんなは不吉だっていうかもしれないけど、カラスは知恵の象徴でもあったって話してくれたS君ならきっと、かわいがってくれる。さあ、飛び立つよ。コンクリートの地面を蹴って、大きく飛躍するんだ。
君に、会いニ逝クヨ。
どさっ、とも、ぐしゃっ、とも取れない音を立てて啼いた鳥は、お世辞にもきれいとは言えませんでした。逃げ惑う悲鳴の中、鳥は静かに夢をみます。幸せだったあの日を、永遠の走馬灯のように。
さて、いかがでしたでしょうか?
もうちょっと丁寧に仕上げたかった気もするし、これ以上の描写もいらないような気もします。だけど最後にちょこっとだけ付け加えたかったのをあとがきにもってきてみました。
実はエンディングは2パターン考えていたのですが……またいつかそのお話をするときも来るでしょう。
ありふれたあっけない終わり方だとお思いでしょうね?人生とは案外そういうものだと思っております。
お読みいただきありがとうございました。