どこにいても目立つ人
「お姉ちゃん大丈夫なの!?ちゃんと帰って来られるの!?」という内容のメールから始まり「お母さんに説明するのめちゃくちゃ大変だったんだからね!」という非難を込めた内容を経て「今高速。お父さんと二人っきりなんてマジ苦痛。一時間もしたら高速下りる」という現状を嘆くメールを受け取った私は苦笑いしてフリップを閉じた。
「妹さんですか?」
ゆっくりとハンドルを左に切りながら宗明さんが聞いてくる。
ウインカーがカチカチと鳴る車内は今まで無言でちょっと息苦しかったから内心ほっとして「はい」と答えた。
「一時間後に高速を下りるそうなので、結とお父さんが帰って来るのは七時半くらいになりそうですね」
左折を終えた宗明さんがちらりと見たのはナビに表示してある現時刻で、そこには十七時四十五分という表記がされている。
車は家まで二十分もかからない距離まで来てるから二人が帰ってくるまでの一時間半で家の仕事を片付けられるなと頭の中で掃除する場所と洗濯――は結の持って帰ってくる汚れ物があるから後にして、それよりお風呂の用意と夕飯の準備をしておいた方が良いかな。
そんなことを考えていたら突然宗明さんが「この辺りに軽い食事かお茶がいただけるようなお店はありませんか?」と聞いてきた。
「軽い食事かお茶、ですか?ええっと」
びっくりしながらも家のことを一旦頭の中から追いやって近くの地図を思い描く。
醤油ラーメンが美味しい中華料理屋さんやボリュームたっぷりの定食屋さん、大手の回転ずしとうどん屋さんのチェーン店と焼肉屋さんに大衆居酒屋さん。
今通っている場所の近くに私立大学と短大があり、新興住宅が立ち並ぶ地域なので必然とそういうお店ばかりが多いんだよね。
気軽に入って時間を潰すようなお店といったらMの文字が大きく掲げられたファーストフード店くらいなんだけど。
「あの。大丈夫ですか?」
「紬さんが良ければ俺は構いません」
「はぁ」
看板が見えてきたところでウィンカーを出し、減速してから駐車場へと入っていく。
白い枠線の中にきっちりとバックで駐車した宗明さんが躊躇いも無く下りたので私もドアを開けて外へと出る。
いつも作務衣か黒い僧衣なのに部屋に迎えに来てくれた宗明さんは長袖のシャツとジーンズで上にパーカーを羽織ったラフな格好で現れた。
だからまあ学生や若者がたくさん集まっているファーストフードに入っても違和感はないんだけど。
坊主頭にキャップを被った宗明さんがカウンターで手際よく注文する姿はちょっと新鮮すぎる。
入ってすぐに固まってしまった私を振り向き手招きをしている口元が微笑んでいてあたふたとしてしまう。
「紬さんはどうしますか?」
「え!?あ、えと」
短大卒業してから来ていないのでメニューを見てからじゃないと自信が無くて注文できない。
対応してくれている店員のお姉さんがにこにこと待っていてくれているので急がなくてはと駆け寄りメニューを覗き込む。
「あの、フィレオフィッシュとカフェラテMサイズで」
「かしこまりました」
「それぐらいでいいんですか?」
お姉さんは察してセットを勧めずにいてくれたのに宗明さんが念押ししてきた。
いつも真希子さんのご飯を美味しい美味しいってぱくぱく食べているのを見ているから純粋に不思議がっているんだろうけど。
それでも飲み物だけにしようと思ってたのに、美味しそうな写真が並んでいて我慢できずにバーガーも頼んじゃったんだから。
そこはそっとしといて欲しかったなぁ。
「お父さんと結が帰ってきたら一緒にご飯食べると思うので」
「ああ。成程」
「以上でご注文よろしかったでしょうか?」
「お願いします」
お姉さんは落ち込んでいる私に同情の眼差しを向けつつも笑顔で接客を続ける。
「紬さん先に席を取ってきてもらっていいですか?」
「え、でも」
後で私の分を渡そうとしても宗明さんは絶対に受け取らないような気がするのでお会計の前に離れたくないんだけど、日曜なので確かに開いている客席は少なそうだ。
「早く」
そういって優しく背中を押された私は仕方なく賑やかな客席へと向かう。
ゆっくりと歩きながら開いている席を探していると壁際のテーブルに座っていた女子高生が二人喋りながら席を立ったのに気づく。
そこは二人掛けのテーブルが集まっている場所で、音楽を聴きながらスマホを弄っている若い男の子とかパソコンを開いて書類作成をしている男性や読書に夢中になっている女性とか一人で席を使っている人が多い。
三人とか四人でわいわいと騒いでいる所に比べたら静かで落ち着けそうだ。
私はレジカウンターが見える方の椅子に座り宗明さんが来るのを待っていると、飲み物が乗ったトレーと番号札を持って宗明さんが歩いてきた。
キャップのツバを片手で少し上げて店内を見渡す宗明さんの近くを通りかかった女子高生が立ち止まり驚いたように振り返る。
友達の袖を引いてなにか耳打ちしたあとキャーキャー言っているのは宗明さんの尋常じゃない男前っぷりを見て盛り上がっているんだろうなと分かった。
彼女たちだけじゃなくて他のテーブルに座っている女の子や若い女性がぽかんとしたり、あからさまにうっとりとした眼差しで宗明さんを見ている。
向かいに座る彼氏の不機嫌そうな顔さえ無視して眺めている人もいてちょっとした騒ぎだ。
「あー……」
そんな素敵な男性の連れが私だと知った時の女性たちの反応が怖くて見つからないように思わず顔を伏せてしまう。
でもそんなことをしても無駄な抵抗だし、そもそも宗明さんに悪い。
ちらりと視線を上げると目が合い彼が安心したように小さく笑った――その瞬間黄色い悲鳴があがった――ので余計に罪悪感と劣等感がチクリと胸を刺す。
「日曜だからか混んでますね」
「普通の日でもこの時間帯は高校生が学校帰りに寄るので変わらないかもしれません」
「ああ。普通の学生はそういう楽しいことをしているんですね」
俺はそういう所は疎くて、と申し訳なさそうにしながら椅子に座った。
「そういえば宗明さんは高校から家を出たんですよね。仏教の学校って聞きましたけどどんな感じなんですか?お休みの日とかどうしてたんですか?」
周りから注がれる好奇と嫉妬の視線を気にしないように必死で宗明さんだけを見て尋ねる。
「基本は寮生活ですが割と自由ですし普通の学生と変わらないと思いますが、俺は寮ではなく宿坊にお世話になりながら通っていたので放課後に友人と寄り道などできませんでしたから」
宗明さんのストイックな部分はその頃から既に育まれていたってことか。
カフェオレに砂糖を入れて混ぜながら役目のために修行に励んで生きてきた彼の世界が本当に狭くて特殊なんだなとため息を吐く。
「勿論規則は厳しいですし、仏教の教えや歴史などを学んだり様々な経を唱えたり、四国を徒歩で遍路したり、望めば夏休みに特別な加行を受けられたりと普通科の学生と比べると何かと忙しいので大変充実した学生生活を送れましたね」
満足そうに言い切ってストローを唇で挟み黒っぽい液体を吸い上げているけど、どうみても中身はアイスコーヒーじゃなさそうだ。
「えと、なに飲んでるんですか?」
「え?コーラです」
「コーラ!?」
好奇心から思わず聞いちゃったけどまさかのコーラ!
意外過ぎて声が裏返っちゃったよ。
「変ですか?」
「変というか」
イメージと違うんだよね。
「宗明さんって甘いものが好きだったり、コーラを飲んだりギャップがあり過ぎて――ああ、すみません。勝手なイメージで宗明さんを見てしまって」
「いいえ。母が料理に手を抜かないからか、たまにこういう感じの食事や飲み物が欲しくなることがあって。外出したついでにこっそりと食べることもありますよ」
「え?こっそり?」
「はい。こっそり」
なので母には内緒にしてくださいってお願いする宗明さんが可愛くて思わず笑ってしまった。
「だから慣れてたんですね」
「お恥ずかしいですが、その通りです」
「お待たせしました!ビックマックとポテトとフィレオフィッシュをお持ちしました」
語尾がぴょんと跳ね上がりにこにこ笑顔で注文したものを持ってきてくれたお姉さんに「ありがとうございます」と丁寧にお礼をいって宗明さんが受け取るとほわっと頬を赤くしてお姉さんはウキウキとカウンターに戻っていく。
宗明さんは周りの視線も気配も気にも留めず手を合わせて目を閉じる。
たっぷりと感謝の気持ちを込めて「いただきます」を済ませてから、ビックマックの包み紙を外して大きなお口で頬張る姿を見ながらカフェオレを飲む。
いつも静かに食べる宗明さんが口を大きく開けて食べるなんて目の前で見ていても現実とは受け入れがたい。
まあパテが二枚にバンズが間に一枚入っているからかなりの高さになるから小さいお口では食べられないのがビックマックなんだけど。
「紬さんは食べないんですか?」
「うえっ?あ、食べます」
口の端に着いたソースを親指で拭って唇に含んで舐めとるっていう一連の動きを見ていた私を宗明さんが促すので慌ててカップを置いてトレーの上の包みを取った。
カサカサと音を立てて食べる分だけバーガーを出してぱくりと齧ると揚げ物の甘い香りとタルタルソースのほんのりとした酸味が口の中に広がる。
間に挟まっているチーズが熱で溶けてバンズやフライに絡みあいながらするりと喉の奥へと下りて行った。
「おいしい」
外はカリッと中はしっとりふっくら。
久しぶりで懐かしい味は思わず微笑んでしまうほど。
「よかった」
「――っ!」
宗明さん。
どうしてそこでそんなにいいお顔で笑うかな!?
時々笑顔を見せてくれるようになったけど、顔全体で笑み崩れるような感じなのは初めて見た。
本当に嬉しそうに。
楽しそうで。
「ああ……宗明さんと差し向かいで楽しくハンバーガー食べたって宗春さんに知られたらまた焼きもち妬かれちゃうなぁ」
「ああ、あり得ますね。宗春にも内緒にしておいてください」
「ねえ?本当にお兄ちゃんが大好きなんだから。宗春さんは」
同意してくれたのでうんうんと頷きながら宗春さんの宗明さん好きを呆れつつ好ましく思っていると、かのお兄さんは表情を硬くしてじっとこっちを見つめてきた。
お互いの会話が噛み合ってないみたいって気まずさが小さなテーブルの間に微妙な空気を作って居心地が悪い。
「いえ。宗春が好きなのは俺ではなく恐らく」
すごく難しいなぞなぞの答えを考えている時のような顔で呟く宗明さんの口ぶりにあれだけ力説したのに信じてもらえていないことを感じて私は身を乗り出した。
「なにいってんですか。宗春さんが尊敬してやまないのは宗明さんなんですよ?自信持ってください」
宗春さんの嫉妬に満ちた眼差しや態度を知らないからそんなことをいうんだ。
あれを見れば宗明さんだって納得してもらえるんだろうけど、宗春さんはきっと宗明さんの前ではそういう感情を見せないだろうし。
いくら伝えても今はきっと届かない。
だから私は必死でさっきまでの楽しい雰囲気に戻せないかと鈍いなりに頭を働かせる。
「あー、えーと……う、そういえば!お休みもないくらいに学生生活を忙しく過ごしていた宗明さんがファーストフードに目覚めたのはいつ頃なんですか?」
下手くそな話題替えだったけど宗明さんは瞬きひとつで気持ちを切り替えて「そうですね」と記憶を遡ってくれたようだ。
「確か高校を卒業して祖父との修行が始まって二年ほどしてからなので、二十歳くらいだったかと」
「二十歳っ!?」
成人してからファーストフードに目覚めた人って日本にどれくらいいるんだろう。
探せば意外といるんだろうけど、なにせ近くにそういう知人も友人もいなかったから驚いた。
「修行ばっかりしていると頭がおかしくなるといって無理やり修一に寺から連れ出されてそのまま駅前にある店まで引っ張られたのが初めてでした」
なるほど。
柘植さんならやりそうだ。
「あいつくらいですから。俺に構うのは」
ぽつりと呟いて不安げな顔をする宗明さんは友だちとして付き合ってくれる柘植さんに感謝しつつとっても心配している。
たくさんの覚悟と努力をしている柘植さんだからきっと大丈夫だって思いながら、いつか自分が渡したお札が効かないほどの妖と遭遇したら、狙われたらって恐怖が常に宗明さんを襲っているのかもしれない。
だからこそ宗明さんには柘植さんが必要なんだと思う。
そうやって大事な人がいるんだって自覚が宗明さんの命を繋ぐことがあると思うから。
「柘植さんのこと離しちゃダメですよ?」
「紬さん」
「宗明さんが離れても柘植さんは絶対諦めないと思いますけど。それに新しいことを教えてくれる友達は貴重ですから」
特に宗明さんのような生活をしている人ならなおさらだ。
「LINEのお返事もできるだけしてあげてくださいね?滅多に返事くれないって文句いってましたよ」
「一体修一はなにをあなたに――いや。そうですね。できるだけ善処します」
柘植さんが他になにか失言してないか気になったんだろうけど確かめるのは私では無く本人にするべきだと気づいたのかな。
目元を鋭くしつつも努力はするって約束してくれたので既読後に宗明さんがスルーする回数は減るだろう。
多分。
もぐもぐとフィレオフィッシュを咀嚼して大きな窓の外へと目を向けるとすっかり暗くなっていて、鏡のようになった窓にお店の中の賑わいが映っている。
もうみんな宗明さんの方を見ていない。
そのことにほっとしながら正面を向くと背筋を伸ばした美しい姿勢の凛とした宗明さんが座っていて、ハンバーガーを食べている所作の美しさや清廉な空気を纏った宗明さんは見た目だけじゃなくて内側から魅力が滲み出ている。
だからこそみんなの目を惹くんだ。
それはきっとこれまで積み重ねてきた厳しい修行だったり、それを乗り越えたことによる自信だったりするんだろう。
私はまだまだ未熟で、人としての魅力も全然ない。
そりゃ比べる相手が宗明さんでは当然太刀打ちできるはずないんだけど。
眼鏡の縁に触れその滑らかな手触りに満足する。
「宗明さん。龍姫さまを救うために私ができることってなんでしょうか?」
本当は自分で考えなくちゃいけないんだろうけど、そこはやっぱりその道の専門家であり、長く共に歩んできた千秋寺の人でもある宗明さんの意見を聞きたかったんだけど。
この距離で聞こえないってことはないのに食べ終えた包み紙を黙って丁寧に折り畳んでいる宗明さんは無表情で近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
そのままポテトを摘まんでコーラを飲み一度だけ窓の方へと顔を向けて。
またポテトを口に運んでコーラを飲んで。
「あの、宗明さん?」
「……すみません。聞こえています。宗春は狒々の時のようなことを紬さんに期待しているようです」
「狒々の時のって」
狒々がかみさまだった頃に仲良くしていたマサちゃんと再会させたことをいっているのは間違いない。
つまり。
龍姫さまと戦争に行った語り部さんと会わせて、お互いに思っていることを話してもらうってことだけど。
「語り部さんが時の流れを普通に戻すことを拒んだら?」
そもそも呼ぶことができるかっていう所が問題だけど今はできると仮定するしかないし、やれっていわれたらなんとかしてやらなきゃいけない立場なんだからそこは無視しておく。
「山本幸広さんが拒むかどうかは分かりませんが、恐らく池の主を説得し正常な状態へと戻すことができるのは彼だけでしょう」
「……それならまず山本さんを説得しなくちゃいけないんでしょうね」
マサちゃんは狒々を助けて欲しいって思っていてくれたから繋がれたけど、山本さん相手ではどうやって近づくかから考えなくちゃいけない。
「商店街の協力が無ければ上手くいくものも行かないですから。話が纏まるまでは気負わずに体調を整えることを第一に考えてください」
「そうですね」
宗明さんのいうことは至極もっともだ。
カフェオレのカップを手の中で右に左に揺らしていると、残りを勢いよく食べ終えて「そろそろ行きましょうか」と宗明さんが立ちあがりゴミとトレーを片付けるための歩みはちょっと早い。
慌てて荷物を抱えて後を追うと狭い通路で椅子の脚に引っかかって転びそうになった。
白がいたら寄り添って助けてくれんだけど、今は結と一緒にいるからふらふらとよろけて今度は反対側のテーブルにぶつかる。
「あ、すみません」
そこに座って読書していた大学生らしい男の子が驚いて顔を上げたので謝ると腕をそっと引かれて白檀のいい香りが傍で香る。
え?と思いながら斜め上を見ると宗明さんが男の子に会釈をしているところだった。
「行きましょう。そろそろご家族もお戻りになる頃でしょうから」
そのまま腕を取られたまま自動ドアに向かいながら宗明さんの言葉にああそっかと納得する。
宗明さんは誰もいない家に私を長時間ひとりにしないようここで時間つぶしをしてくれてたんだ。
家に簡単な結界のようなものを施してくれているにしろ、白が傍にいないのでは確かに無防備すぎる気がする。
「色々とお気遣いしてくださってありがとうございます」
「いいえ」
駐車している車の運転席の方へと歩き手を伸ばした宗明さんはふと動きを止めて助手席へと回り込む私の方へと視線を向けた。
お店の周りを照らす明々としたライトのせいかいつもは澄んでいる瞳がどこか熱を帯びているように見えてドキリと息を飲む。
慌てて目を逸らしてドアを開けると宗明さんの掠れた声が追いかけて来た。
「俺が好きでやったことなので」
「!?」
もちろん深い意味はないはず。
ない、はず、だけど!
こんな変な空気というか、流れでこんなこといわれたら。
落ち着いて。
深呼吸――。
よし。
大丈夫。
「宗明さんは本当に優しいですね。ほら。帰りましょう。あんまり遅くなると真希子さん心配しますから」
「――はい」
乗り込んでシートベルトをする間も家へと向かう間も変な顔してないか気になって宗明さんの方を見れないままだった。
ほんとごめんなさい。




