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あとから あとから



 正面に大きな木が一本。


 なんの木なのかは元々詳しくないし、そもそも暗すぎて葉っぱの形さえもよく見えない。

 それでも数千年は経っているのが分かるくらいに幹は大きく、枝も伸び伸びと空へと向かっていた。


 細い細い右側が大きく欠けた三日月と触れられそうなほど近いたくさんのお星さまと一緒に黒いシルエットの木がくっきりと見える。


 視線を落とせばすぐ横にあった岩壁が左右に広がり、大樹を中心に丸く空間を切り取っていた。


「よく来た。阿呆」


 呼ばれて右を向くと露草と同じ嘴がついた真っ黒いお面を被っている成人男性が立っていた。


 信じたくはないけどくるんと巻いた茶の髪に面影があるから彼はきっと茜なんだろう。


 手には手袋をしているし、首元には布を巻いていて露出部分が全くないから肌の色まで変わってしまっているのかどうかは分からないけど。


 私への呼びかけ方やトーンが一緒だ。

 声は低くなってしまったけどそこは変わってない。


「来るつもりなかったんだけどね」

「乱暴な方法を取ったことは謝る。許せ」

「ちょっと!その言い方。ほんとは悪いって思ってないでしょ!?」


 さらっと謝罪されたことが気に食わなかった結が横から飛び出してきたのを茜がチラリと見下ろしてから何故いるんだと言いたげに私を見たので「露草に頼んだの。結とじゃないと行かないって」と手短に説明した。


「あいつめ」


 話が違うではないか、とかなんとかぶつぶつ文句を言っているけどそっちの事情は私たちには関係ない。


「詳しいことは茜に聞けって言われた。寒いし、速く帰りたいから急いでくれる?」

「寒い……?これでか?」


 案の定不思議そうに聞かれたので大きく縦に頷いた。


「寒いよ。風邪引きそうなくらい。人は妖ほど丈夫じゃないよ」

「……そうであったな」


 忘れていたと呟いて茜がお面の向こうで溜息を吐いた音が小さく聞こえる。


 そのまま黙ってしまったので物思いにでも浸っているのかもしれないけど、結を攫ってまで私をここまで来させておいてほったらかしはどうなのか。


 ぶるぶると寒さを堪えている結の姿が視界の端に映っているので、ぜひとも茜には現実へと戻ってきてもらわねば。


「茜!私はなにをすればいいの?天狗さまが病気って本当なの?」

「――ああ」


 そうだ。

 主が。


「あそこに」


 茜が顔だけで木の方を向く。

 そこで初めて太い幹の根元に誰かが座っているのに気づいた。

 でも暗いのと少し距離があるのとで夢の中で見た天狗さまかどうか判別はできない。


「主が言うには呪いであると」

「呪い?」


 話しながらゆっくりと歩き出した茜の後を追って結の手を引き進む。

 白は私の少し前を行き、茜と木の下にいる何者かを油断なく警戒してくれている。


「十二年程前まで主の傍には眷属である烏天狗が常に控えていたのだが、幼い子どもを喰らおうとして主の怒りを買い処分された」

「つまりその烏天狗さんが天狗さまへ呪いをかけた……と?」

「恐らくは」


 上下された肩の上で茶色の髪がふわふわ揺れる。

 どうやら茜も詳しい内容までは分かってないみたいだ。


 もしかしたら分からないからこそ私の力が必要なのかも。


「呪いが解けたら天狗さまは助かるの?」

「分からぬ。本来であれば大天狗である主が烏天狗の呪いにやられるはずがないのだ。しかも十二年の月日が経って発動するなど」


 理解できぬと今度は頭を横に振って。


「此度のことは我らとて困惑しておるのだ。主が病んでいると告げたのもここ数日前のこと。阿呆がこちらへと来ていると知った主が突然、呪いを解くには紬の力で見てもらう必要があると申されて」


 なるほど。

 主には逆らえない茜と露草は結を使って私を誘い出すことにしたのか。


「すまぬ」

「しょうがないね」


 謝られてもここへ来ると決めたのは私だ。

 できることをするしかない。


 大きく息を吸って進む先を睨んだ。

 ゆらゆらと揺らぐ蝋燭の火が影を躍らせはっきりとその姿を見せようとはしないけど、近づいて行くほど相手が大きいのが分かった。


「主、連れて参りました」


 茜の声に影の上の部分が動き、大きな眼がぎょろりと光る。

 普通の人なら白い部分が金色だから余計に目立つし、私が掲げた提灯の光りに反射して黒々とした黒目がこっちをじっと観察しているのまでよく見えた。


 ゾクリと寒気がして全身が総毛立つ。


 夢の中の天狗さまはもっと大らかで温かみのあるような目をしていたのに。

 まるで別の妖みたいだ。


 これも呪いのせいなのかな。


 ここから先一歩も近づきたくないのでその場で足を止めて「小宮山紬です。おじいちゃんが随分とお世話になったようで」とご挨拶する。


「……漸く来たか。総二郎の孫」


 名乗ったのに孫呼ばわりされるのはちょっと気分が悪いけど、それだけ天狗さまの中でおじいちゃんの存在は特別だってことなんだろう。


 さっさと済ませてお暇させて貰うためには要件を聞くほかない。


「あの、具体的に見るってなにを見たらいいんですか?」


 呪いをかけた相手のことを見て欲しいってことならちょっと難しい。

 妖は死んだら消えてしまう。

 消えてしまった相手を見る方法を私は知らないし、知らないことはできない。


 だから。

 天狗さまの頼みが不可能なことだったらいいなって思った。

 そうしたらそれを理由にできませんって言って帰れるから。


 でもそう簡単にはいかなかった。

 そりゃそうだよね。


 天狗さまは「どこで間違ったのかが知りたいのだ」って言って笑った。

 白い歯がキラリと光ったから間違いない。


 体中がゾワゾワする。


「……天狗さまの過去を覗くことはできますけど、私にはなにが間違いだったかなんて分かりません。それは天狗さまが判断することですし」

「無論判断は我がする。呪いのせいか記憶が曖昧で思い出せぬことが多々あるのだ。お主の力があればそれらを解消し、断ち切ることが可能となる」


 全て。


「まずはこちらへ来い」


 天狗さまが腕を伸ばして指先で呼ぶ。

 私はゆっくりと左右に首を振り、見るだけならここからでもできますと拒む。


「天狗さまが抵抗するなら近くても遠くても見ることはできませんし、協力してくれるなら距離は関係ないですから」


 それでも近くに来いって言うのならそれなりの理由が無くちゃ。


「成程」


 クククッと笑い差し出していた手首をくるりと回して、再び手のひらが上を向いた時にはその手に黒い羽根がたくさん重なった羽団扇を持っていた。


 チリチリチリッとポケットの中から鈴の音が響く。


「グゥウウウウ――!」


 身を低くして白が唸り、私はやっぱりそうかとがっかりしながら結の手をしっかりと握りなおそうとして、するりと向こうから逃げられた。

 慌てて振り返った先で茜に腕を掴まれて引き離された結の姿がありさっと青ざめる。


「結――!?」


 だけど結の目は恐怖にも絶望にも染まっていなかった。


「っざけんな!こ、れ、で、も」


 茜へと身体を捻り、自由な方の腕をしならせて叫ぶ。


「食らえ――――!!!!」


 辺りに響き渡る大声と共に札を持った手を顔面へと叩きつけられた茜は、まさか反撃されるとは思っていなかったんだろう。


 中途半端に左手を上げた状態で固まったように動かなくなった。


「あ、すごい。効いた。やるね。あの人」

「そりゃ妖専門のお坊さんだし、才能有り余る宗春さんも尊敬してやまない人だからね。宗明さんは」


 目を丸くしながら結に宗明さんを誉められて何故か私も誇らしい気分になる。

 こんな状況なのにへらへら笑ってたら片方の頬をぷうっと膨らませて「なんでお姉ちゃんは詐欺師の評価の方が高いかな!」と文句を言われた。


「ええー……今、私宗明さんを誉めてたつもりなんだけど」

「いーや。宗明さんを誉めてるフリして弟の方の優秀さをアピールしてた」

「してないよ」

「してた!ってかさ。こいつの手、離れないんだけどぉ!?」


 茜に掴まれた手をなんとか離そうともがいているけど、結の腕を握ったまま固まってしまったので叩いても引っ掻いても指をこじ開けようとしてもビクともしない。


「うう……早まったかも」


 勢いでお札を使ってしまったことを後悔している結には悪いけど、先に天狗さまをなんとかしなくちゃいけない。


 気を取り直して向き直ると天狗さまは座ったまま手のひらの上でくるくると羽団扇を回している。


「茶番は済んだか?」


 欠伸でもしているのか語尾の方は不明瞭だった。

 呑気なやり取りを待っていてくれたことはありがたいけど、さすがにカチンとくる。


「あなたには茶番でも私にとっては大事な家族とのコミュニケーションですから」

「ではついでに永久の別れも済ませておけ」

「……ということは結の命までは取らないってことですか?」


 相手がどこまでを――なにを望んでいるのか確かめるための話術や賢さが私にはない。


 せめて結だけは無事に返してあげたくて縋るような気持ちで問えば、天狗さまはまた喉の奥でククッと笑って「それは分からぬ」と冷たく流された。


「全ての事柄に絶対はないのでな」


 それでもお主の命を獲るのは揺るぎようのない未来だが。


「本気で来い。でなくてはつまらん」


 のそりと立ち上がる影は大きくて思わず膝が震えた。


 たくさんの神通力を持っている天狗さまに本気を出したところで敵うわけがない。

 私が妖に対抗できる武器といったら宗明さんのお札と白だけで、茜と共に身動きが取れない結を後ろに庇いながらこの窮地を切り抜けるのはかなり不利な状況だった。


 そもそも私は戦ったことがない。


 誰かと競ったことすらないんだ。

 情けないことに。


 結を掴んでいる茜の手をなんとかして逃げた所で安全な場所なんてどこにもない。

 いずれは追いつかれてしまう。


 ただ逃げるだけじゃ意味が無いからお札を使って天狗さまの動きを封じる必要があって、そのためには近づかなくちゃいけないんだけど、殺す気満々の相手の懐に飛び込むにはかなりの勇気と覚悟がいる。


 ちらりと私の横で尻尾を下げ姿勢を低くした白を見下ろすと、視線に気づいてひょいっと顔を上げ美しく青い瞳を輝かせ見つめてきた。


 力強い白の瞳に励まされて私はゆっくりと深呼吸する。


 血や穢れに弱い白は戦うという行為そのものがきっと負担になるだろう。

 それでも私は彼に守ってもらわなくちゃいけなくて、結と三人で無事に帰るためには目の前にいる天狗さまと戦う必要がある。


「天狗さまを倒す必要は無いからね。弱った所を宗明さんのお札で動きを止めよう」


 簡単にはいかないことだってことは承知の上だ。


「ァオンッ!」


 私の気持ちが固まったことが分かった白の眼は天狗さまに向けられていて、いつでも走り出せるように毛皮の下の逞しい筋肉が準備を始めるのが感じられる。


「お願い、白」


 死なないで。


 言葉を聞き終えると下顎に力を入れて口を閉じ青い瞳を静かに輝かせて返事もせずに駆け出していく。


 力強い四肢が大地を蹴り、身を低くしたまま一直線に。

 その姿に穢れへの恐れも迷いもない。


 どこまでも一途な白の勇姿に胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


 天音さまが「絆を結べば、この狼は誠心誠意お主を守り、例え穢れることになろうとも敵を滅するまで戦い続ける」って言ったことは大げさなことでは無くて真実なんだと改めて心に刻んだ。


 そして柘植さんが利用できるものはなんでも躊躇わず利用するんだって覚悟も思い出す。


 人間(私たち)は弱い。

 弱いからこそその方法を選ばざるを得ないんだと分かる。


 柘植さんだって強いふりをしているだけ。

 コン汰さんは分かっているからお店で働き、彼の傍にいてくれているんだ。


 ごめんね。


 私が考えなしのせいで命を削ることになって。

 でも白の力に頼らないとなにもできないから。


 利用させてね。

 あなたの神聖さに付け入る私の狡さを今だけは見て見ぬふりをして。


 気付けば風が渦巻き始め、天狗さまへ轟々と風が集まっていく。


 私や結の髪や服を乱暴に引っ張ってバタバタと音を立て、踏ん張らないと転びそうになるくらいだ。

 仕方がないのでお札を貼られて身動きできない茜の腕に捕まって体を支えながら光を放つ白銀の毛を目で追う。


 大きな体を少し前屈みにして立っている天狗さまの羽団扇を持っている腕を狙って伸び上がったけど、軽く手首を捻って風を作り敏感である鼻先に向かって叩きつけられ白は弾かれたように少し離れた場所に着地した。


「うう、白、頑張れ……頑張れ、白!」


 手に汗握って応援していると結はじいっと天狗さまのいる方を穴が開くほど見つめながら不安そうに「ねえ。大丈夫なの?」と聞いてくる。


「大丈夫。白は強い妖だから必ず無事に帰れる」

「そういわれても……あたしにはでっかい天狗しか見えないし、なにがなにやら」

「そっか」


 忘れてたけど結には白の姿が見えないんだった。


 見えない相手のことをいくら強いから信じろっていわれてもピンとこないだろうし、不安なのは消えるどころか増すのかもしれない。


 かといって実況するのもなんだか違うだろうし、私だって白の速い動きを見失わないようにするので精一杯だからなぁ。


 今も天狗さまの後ろにある大樹の幹をジグザグに駆け上がってくるりと反転して牙を剥いて勢いよく襲い掛かった。


 背後――しかも上――からの攻撃だっていうのに天狗さまは腰を捻って羽団扇を思いっきり振り下ろし起こした風で白の体を巻き込んで簡単に凌いでしまう。


 白だって普通の狼や犬を基準にしたら大きい方だけど、二メートルを超えている天狗さまに比べたらどうしても小さく見える。


 それでも小さい分小回りは聞くし、動きだって速いから劣っているっていうわけじゃないし、妖は見た目の大きさで強さが決まるわけじゃない。


 ないけど。


「必死になりおって。見苦しい」

「――――!」

「邪魔だ。退けぇ!」


 大声と共に天狗さまへと集められた風が一気に外へと向けて放出された。


 白が踏み止まれずに吹き飛ばされ、私も結も声にならない悲鳴を上げて目を閉じる。


 息もできなくて苦しいし、髪が引っ張られて地肌が尋常じゃない位に痛い。

 茜の腕に自分の腕をしっかり絡めていたはずなのに気づいたら離れていて、ちょっとの浮遊感の後、背中から落ちた衝撃に内臓が思いきり揺れた。


 消化途中の夕ご飯が胃から追い出されて食道を上がってくる気配に軽くパニックになりながら必死でうつ伏せになってなんとか両腕で上体を少しだけ上げることに成功する。


 嘔吐することは避けられなかったけど、着ている服だけじゃなくて顔まで汚れることを考えればほんのちょっと髪や袖に着いたことくらいは目を瞑ってもいいよね。


 うう。

 くらくらする。


「お姉ちゃん!」


 口元を手の甲で拭いながらのろのろと起き上がると結が泣きそうな声で呼んでくる。

 心配してくれているんだと思って声の方にへらりとした笑顔を向けようとした私の背後から黒くて長い影がスッと伸びた。


「へ?」

「終焉だ」


 恐る恐る振り仰いだ先に私に覆いかぶさるようにして前のめりになっている天狗さまがいた。


 赤い顔の真ん中から突き出た長い立派な鼻。

 ぎょろりと丸い眼。

 真っ白な髪と髭。

 大きな口の隙間から見える綺麗に並んだ歯と先が尖った犬歯。


 間近で見る天狗さまは本当に大きくてその圧倒的な存在感と強者の迫力に圧されて私はぶるりと震えた。


 天狗さまの瞳には激しい憤りの感情が宿っていた。

 今まで向けられたことが無いような強い負の想い。


 それがどうして私に向けられているのか全く分からなくて、せめて理由が分かれば少しは納得できるのかもしれないけど。

 夢で見た天狗さまの姿と見た目は同じなのに、中身はすっかり変わってしまっていることは分かった。


 呪いのせいなのか。

 それとも違うのか。


「安心しろ。その命喰ろうてやる。因果を、えにしを断つためにな」

「お姉ちゃん!逃げて!」


 そりゃ逃げられるものなら逃げたいけど、今すぐ立ち上がるのは無理そうだし、足が遅い私を掴まえるなんて天狗さまなら本気を出さなくてもできちゃうだろう。


 それでも右手をズボンの後ろのポケットへと移動させて中から宗明さんのお札を一枚引き抜く。


 勝利を確信した低い笑い声が聞こえてなぜだかカチンときた。


 ここで終わり?

 もう諦めるの?


 ううん。

 まだだ。


 まだできることはある。


「天狗さま!」


 すごく怖かったけど膝を着けたまま向き直りその眼を真っ直ぐに見上げる。

 両目をしっかりと合わせて。

 その奥を探る。


「本当にそれでいいの?」


 あの夏の日。

 おじいちゃんが出会った天狗さまを求めて。


 語りかける。


「因果が断てるかどうかはどうでもいい。縁を断って終わらせたいってことは、天狗さまは後悔してるの?」


 おじいちゃんと出会ったことを。

 おじいちゃんとの日々を。


「天狗さま」


 ああ。

 蝉が鳴いてる。


 どこまでも白い夏。

 むせ返るような生き物と植物の匂い。

 汗と笑顔と木々を抜ける微かな風。


「おじいちゃんは深く繋がることを選び、別れを惜しみ、死を悲しんでくれたあなたたちに感謝してたよ?」


 心の底から。


「おじいちゃんは後悔してなかったよ」

「煩い!黙れ!黙れ!黙れぇええ!」


 降り注ぐような蝉の音が消えた。

 暗闇に塗りつぶされる。


 世界は薄闇に染まって静かに巻き戻った。


 コトコトコト。


 眼鏡をかけた坊主頭の子どもは明るく奔放でどこか危うかった。


 好奇心が旺盛で気になるものを見つけると時間を忘れて観察するので、暗くなる前に人里へと送り届けるのに苦労した。

 総二郎は学び舎での勉学より妖や能力について知りたがり、口を開けば「なんで?」「これはどうなっている?」と質問攻めにあう。

 最初は面倒で無視していたが諦めずしつこく食い下がってくるので、こちらが教えてやれば早々に黙ることに気づいてからは全ての疑問に答えてやった。


 そうすることが苦痛ではなく案外楽しいと思い始めてからは素直に負けを認めた。


 いつまでも危うく放っておけない存在だったが、総二郎は器用に力を使いこなし、元来の懐っこさで人とも良好な関係を続け、時に“見る”ことで人の役に立つ。


 年を経るにつれて普通は濁ってゆく魂の輝きを失うこともない。


 子どもは成長し、大人になり、働き、伴侶を得て新しい家族を作っていく。

 彼らを守り、町を守り、穏やかな日々を愛した。


 だが時は無情に過ぎてゆく。


 我らには永遠でも人には限りがあるもの。

 どんな力を使おうとそれは変えられぬ。

 変えてはならぬ古よりの理。


 老いて尚、総二郎の魂は自由で瞳には一点の曇りも無い。


 欲望に忠実で尽きぬ好奇心を原動力としていた友人が何故この狭い土地で働き、嫁を取り、子を育て時折遊びに来る孫を迎える一生を選んだか。


 それは総二郎がこの場所の外では生きられなかったからだ。


 我が守護する土地と護られた立場が無ければその力故、その魂故に妖に食い物にされるだけだと知っていたからだ。


 総二郎は賢かった。

 そして愛情深い男だった。


 だから願ったのだ。


 妻や子や孫の幸せを。

 安全を。


 我に。


 頼んだ。


 だがそれがなんだというのだ。

 既に総二郎はいない。


 あの男を。

 あの友を。


 喪った空虚うつろは誰にも埋めることなどできぬ。


 やめろ。


 やめろ。


 やめろ。


 あれは総二郎ではない。

 総二郎のような振る舞いは許せぬ。


 認めぬ!


 彼はもういない。

 もう二度と会えぬ。


「その眼で我を見るなぁああああ!!」




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