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促され 触れてみる 小宮山さん 




『塩でもかければ』


 いつも以上に投げやりでどうでもよさそうに言い放った宗春さんの声に軽く怒りを覚えながら私は携帯電話をぎゅっと握りしめた。


「真面目に答えてください」

『真面目も真面目、大真面目だよ。霊を撃退するのに塩を使うって有名かつ常識的なことを今更答えさせられる方の身にもなってみて欲しいんだけど』


 そりゃ場所や身を清めるためにお塩が使われてるのくらい知ってるけど。

 そうじゃなくって。


「私が聞きたいのは相手に知られずに霊をどうにかできる方法なんですよ?そんなダイレクトに塩とかかけたらびっくりされるじゃないですか!」


 そもそもお塩持ち歩いてないし。


『まあ塩をかけて逃げ出すような霊が起こす災厄なんてたかが知れてるから別に放っておいたっていいんだろうけど』

「良くないです!あれは善くないやつでした!」


 あれだけお守りが危険だって知らせてくれてたし、白だってすごく警戒してたし。

 放置してたら高橋先輩にどんな災いが起こっていたことか。


『で?どうしたいんだって?』

「できれば穏便に退いてもらいたい……です」


 今回は榊さんの魔除け効果で退散してくれたけど、今後もまた同じようなことがあった時なにか対処できた方が絶対に良い。


 いつだって榊さんやみんなが助けてくれるわけじゃないんだし。


『まったく、相変わらず甘いことを』


 鼻で笑われたけどごもっともなので反論できない。


 相手の声が聞こえない私にとって穏便に――つまり会話での交渉やお願いはできないわけで。

 そうなるとできることは限られていて、結果リスクを冒すしかなくなる。


 分かってる。

 分かってるけど希望は持ちたいし、できるだけ私の意思は伝えたいから。


 それが通じる宗春さんじゃないのは理解してる。


『札も使わずにってなると、一番手っ取り早いのは叩き落とすことかな』

「は?え?叩き落とすって、手で?」


 相手は霊で触れないのに?


『堂々と話してるってことは今部屋だろうから、そこに丁度いい相手がいるはずだよね』

「え?丁度いい相手って……まさかお侍さん?」

『そうそうそれ』


 視線を向けると居ずまいを正してキリリと表情を引き締めるお侍さん。

 定位置のテレビの横で正座してる。


『触れるかどうか確かめてみて』

「いくら私でもそれくらいは」


 やるまでも無く結果は分かってる。


 だって芙美さんが儚くなった時に必死で謝りながら縋ったけど私の手は彼女に触れることはできなかったんだから。


 一応ベッドの上からテレビの横に移動して床に座ると、お侍さんが緊張したような顔で視線を左右に揺れさせてぎゅっと腿の上で拳を握る。


「えっと、ごめんね。今からちょっと触れるかどうか実験というか、試させて欲しいんだけど」


 いきなり触れようとするのは相手が霊とはいえさすがにマナー違反だから、確認の意味でも言葉にして彼の許しを求めた。


 お侍さんは唇を引き結んでから一度深く頷いてくれたので、私は深呼吸してからそっと手を伸ばしてほんの少し迷う。


 こういう時どこに触れたらいいのかな?


 手を握るのはなんだか意味深だし、頭に触れるのは失礼になる。

 顔なんて以ての外で。

 肩?それとも腕?


 ああ、もう。

 いいや。


 どうせ触れられないんだし、手首より少し上の辺りにしよう。


『どう?』

「――えっと」


 えいやと出した手のひらは、やっぱりお侍さんの腕を突き抜けてその奥の壁へとぶつかった。


 だけどなにも手ごたえが無かったかと言われればそれも嘘で。


「なんか、感触が、あったような……?」

『ふうん。どんな?』

「どんなって」


 ええっと。

 言葉にしろっていわれたら難しい。


 強いて言うなら感触と言うより感覚に近かったかな?


 お侍さんに触れた瞬間冷気に触れた時に感じるピリッとした痛みのような、刺激のようなものがあった。


 それを無理やり言葉にするとすれば。


「冷たくて、固い?」

『ん。悪くない』


 良かった。

 宗春さんが求める答えには程遠かっただろうけど、納得してもらえる答えは返せたみたい。


『浮遊霊とか地縛霊とか怨霊とか生霊とか霊にも色々あってね。

 浮遊霊はその辺をウロウロしているだけであんまり悪さを働かないものなんだけど、地縛霊はその場所に執着せざるを得ない理由があって、動けないけど執着が強い故に力も強い。だから下手に近づけば危険なんだ。

 怨霊は更にその上。誰かを怨みながら死んだ霊だから言葉も通じないような相手が殆どだし、危害を加える理由すら一方的で理不尽なことが多いね。

 逆に生霊は生きている人間が相手を妬んだり、憎んだりすることで思いが霊となり相手の所に飛んでいき厄を招く』


 突然始まった霊についての講義を必死で聞き取りながら、目の前にいるお侍さんを見つめる。

 彼はこの場所から動けないからきっと地縛霊なんだろう。


 じゃあお侍さんをここに縛り付けているものってなんなのか。

 それを解消することができたらここから自由にしてあげられるんだろうけど。


 澄んだ真っ直ぐの瞳をした彼がどんな理由でここにいるのか、どんな人生を送ってきたのか。


 すごく気になる。


『――――で。つまり本能的に人は異質なものに対する防衛本能として霊気と呼ばれる寒気を感じるんだけど――、紬、聞いてなかったね?』

「!」


 しまった。

 気づかれた!


 でもなんで分かるの?

 電話だから私の様子なんて見えないはずなのに。


『知りたくないなら別にいい。おやすみ。良い夢を』

「や!待って!すみませんでした!宗春さんの説明からいくとお侍さんは地縛霊で、どうしてここに縛られてるんだろうとか考えてたら、ちょっと、うう、ごめんなさい!」


 通話を終わらされそうになって慌てて謝ると宗春さんはたっぷり一分半くらいは無言のままだった。


 うう。

 無言の圧力辛い。


『“冷たい”は霊気。“固い”は執着や怨念といった思いに通じる。だから紬の感じたものは間違いないって話だったんだけど』


 どうやら私の答えの裏付けに関することを話してくれようとしていたみたいだけど、ザクッとまとめて終わらせてくれた。


 なんかすみません。

 飲み込みの悪いバカな生徒で。


『で、最初の疑問点。叩き落とせるのかどうか』

「はい!そうでした」

『そうでしたじゃないよ。まったく。それぐらいはちゃんと覚えておいてくれないとこっちのやる気が失われる』

「すみません」


 落ち込んだ私の横に白がトトッと寄ってきてペロリと頬を舐めて慰めてくれる。

 遅れた!とばかりに小人さんたちも走ってきてくれて、もうそれだけで気分は上昇してくるよ。


 ありがと。


 でもせっかく教えてくれている宗春さんに失礼なのと、真剣さが足りないと思ったので気を引き締めて携帯の向こうの声に集中する。


『続けるよ。触れなくても叩き落とすことはできる。そうじゃないと除霊できないからね』

「あ!そうか」


 確かにそうだ。

 触る必要は無い。


 宗春さんや宗明さんのようにちゃんと修行した人たちはその方法を知ってるし、もしかしたら道具とかもあるのかもしれない。


『まず手のひらに気を集めて』

「気を集める」


 あれかな。

 眼鏡の力を使う時みたいな感じの手のひら版という認識でいいのかな?


『で、そのまま憑いている場所に触れて勢いよく払い落とす』

「え!?その場所に触らないとダメなんですか!?」

『当然だよね?別に触れた所でそれは憑りつかれた方の人間の身体なんだから問題ないはずだけど』

「……そりゃそうなんですけど」


 気持ち悪くて怖い霊がいる場所に手を当てるのってやっぱり勇気がいると思うんですよ。


 甘ったれるなって怒られそうだけどさ。


『それが嫌なら見てみぬふりしてればいいよ。ある程度干渉して満足したら別の人間に移るかもしれないし、命を奪うまでそのまま憑りついているかはその悪霊次第だしね』

「すみません。イヤじゃないです。我慢します」


 最初から知らんふりできれば相談なんかしないわけで。

 私の気持ちよりも命の方が大事ですから。


『もちろん払い落とされておとなしく引き下がるような霊なら悪霊とは呼ばれないし、兄さんのお守りの鈴も鳴らないからね』

「え?」


 ということは。


『間違いなく紬に牙を剥く』

「――――っ!?」

『でも紬には役立たずの犬がついてるから大丈夫だろうし。それで駄目でも兄さんの札があるから問題ないよね』


 絶対に良い笑顔を浮かべているのが分かるほど最後の「よね」の部分が高くなってますけど。


 確かに白は私に向かってくるのなら嫌がらずに対処してくれると思う。

 榊さんの退魔オーラでどっかへ行っちゃうくらいの悪霊ならきっと簡単に片付けてくれるんだろうけど。


『霊障や妖に関わることで犠牲無く済ませることはなにひとつない。代償を払う覚悟が無いのなら無視するだけの強さを持つべきだ』


 そうだ。

 宗春さんはなにも間違ったことは言ってなくて。


 誰かを助けたいのなら、危険に飛び込むことを覚悟しないといけない。


 でもそうすると白に負担がくるし、結局は千秋寺のみんなに心配をかけた上で手を借りなくちゃいけなくなるんだ。


 払う代償は命。


 だから慎重にならなくちゃいけなくて。

 その時の感情だけで動いちゃいけない。


 悔しくて、情けなくて俯いた私の耳に受話器越しに宗春さんの呆れたような溜息が聞こえる。


『その先輩、悩みかなにかあるんじゃないの』

「へ?」

『どんな人間でも防衛本能があって、たとえ見えなくても元気で前向きな時は簡単に憑りつかれたりはしない。よほどの霊媒体質なら話は別だけどそういう人間は稀だし。憑りつかれた先輩をどうこうしようとか考える前に、紬ができることあるんじゃないの?』


 私ができること。

 つまり。


「悩みごとがあるなら聞く、とか」

『ん。いいんじゃない』

「はい。それならできそうです」

『良かったね。じゃあこれで』

「うわ、あ、ありがとうございました」


 要件が終わったからってさっさと切ろうとするとか、本当にあっさりしてるんだから。

 お礼くらい言わせてくれてもいいのに。


『……そういえば』

「なんですか?」

『ずっと誰かを待ってるよ』

「えと」


 誰が誰を?


『その誰かも動けずにいる』

「あの、宗春さん」


 一体誰の話をしているのか教えて欲しんだけど。


『知りたいなら聞いてみたらいい』

「誰にですか?」


 クスリと笑った吐息が妖しくて私は身震いする。

 何気なく目を泳がせた先にいたお侍さんが何故だか固い表情で視線を逸らした。


「まさか」

『じゃあごゆっくり』

「ごゆっくりって」


 それはあれですか。

 許可ですか?


 それとも。


 新たな試練ですか?


 無情なツー、ツーという通話が切れた音が聞こえてくる。

 私は携帯を握りしめたままゴクリと唾を飲みこんだ。




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