小宮山さん 酔っぱらう
「ほらほら、紬ちゃんも飲んで」
「え?あ、はい」
勧められてグラスに半分くらい入ったビールを慌てて飲み干して、横から差し出された茶色い瓶の下へと持って行く。
新たに注がれていくビールからそっと視線を外してにこにことお酌をしてくれている亜紗美さんを見上げた。
既に頬と目元を赤く染め、潤んだ瞳をしている彼女。
相談した結果お夕飯を千秋寺でいただいてから出掛けたらいいと言っていただけたので商店街にある狛井という居酒屋さんで落ち合う約束をした。
帰りは誰かをお迎えに行かせるから心配しないで楽しんでらっしゃいと送り出され、向かった狛井は暖簾と赤提灯を出した昔ながらの居酒屋さんって感じのお店だった。
入って正面が五人座れるカウンター、右手奥に座敷があって三つテーブルが並んでて、私たちはカウンターの左端に座って飲んでいた。
左手奥の方に調理場があるようで、注文が入ると元気で可愛い女の子がそこへオーダーを通して出来上がったら客席に運ぶために何度も目の前を往復していく。
値段も手ごろで料理も家庭的なものや定番ものが多い。
忙しく働いている女の子とお客さんのやり取りを聞いていると常連さんがほとんどみたいだった。
「百ちゃん私いつもの」
「は~い」
亜紗美さんは私のグラスに注いで無くなったビール瓶を置いて、カウンターの向こうで洗い物をしている女の子――百花ちゃんっていうらしい――に手を上げてアピールする。
「いつもの」って注文できる亜紗美さんも相当な常連さんなんだよなぁ。
まあ気取ったお店より居心地は良いし、料理も美味しいから分かる気がするけど。
「そういえばさ。ずっと気になってたんだけど、紬ちゃんってどうして千秋寺に出入りしてるの?」
「え?どうして」
まずい。
答えにくい質問きちゃった。
「えと、どうして、でしょうかね?」
「ちょっとぉ。自分のことでしょうが」
「そうなんですけどね……あの、えっと」
蛸と胡瓜の酢味噌和えを箸で突きながら頬を膨らませる亜紗美さんにじっとりと見つめられてどんどん変な汗が出てくる。
これは誤魔化せそうにない感じだなぁ。
ああ。
確かにコン汰さんや銀次さんが言っていた通り。
秘密を隠し通すのは本当に難しい。
「千秋寺と親戚とか?」
「あ、違います」
反射的に否定した後で後悔する。
そういうことにしておけば良かったのに私のバカバカ!
「――――あのですね」
仕方がない。
覚悟を決めて打ち明けようとした私の言葉を遮るようにして明るく弾んだ声が響いて打ち消した。
百花ちゃんが琥珀色の飲み物を手に笑顔で亜紗美さんの注意を奪う。
「お待たせしました。いつもの大梅入り梅酒ロックです」
「わあ!待ってました!ありがと!百ちゃん」
「どういたしまして。ところで亜紗美さん最近どうなんですか?――コン汰さんと」
「え!?ヤダッ!百ちゃんったらあいつとはなんでもないったら」
「え~?ほんとに?」
「やめてよ!もうっ」
一応コン汰さんの名前は小声だったけど、亜紗美さんは彼の名前が出た途端に頬だけじゃなくて頭の先から首まで真っ赤にして必死に否定している。
百花ちゃんも亜紗美さんの気持ちを知っているようで、にこにこというよりもにやにやといった笑い方でカウンターの向こうから楽しそうに体を揺らしていた。
話が逸れたことにほっと胸を撫で下ろしていると百花ちゃんがこっそりと私に目配せしてくれたのでどうやら助けてくれたらしいと分かる。
亜紗美さんが照れまくっている隙に手を合わせて感謝すると百花ちゃんは小さく首を振って洗い物を再開させた。
「わた、私のことより!紬ちゃんはどうなの?」
「へ?どうって、なにがですか?」
「銀次と!」
「ええ!?銀次さんと?なんもないですよ。それこそ」
「だってこの間うちの店に来た後で一緒に和良日でランチしてたって聞いたよ」
「あ」
行きました。
しかもそこのお店のご夫婦に誤解されてたような気が。
「良い雰囲気だったって直樹さんも恵子さんも言ってた」
白状しなさいって詰め寄られてもなぁ。
なんもないんだけど。
そりゃあの後送ってくれたり、その時に手を繋いだりとかしたけども。
全部銀次さんが私をからかってただけで。
「今日はそのことを聞きだそうと思って誘ったんだから」
「えー……でも、ほんとになにも。銀次さんってあんまりにも慣れ過ぎてて、ときめくというよりはどぎまぎしちゃうんですよね」
口説いているような感じが無いように会話を続けてくれたらいいんだけど。
なんか言動が全部意味ありげで落ち着かないんだよ。
「あー……」
亜紗美さんと百花ちゃんがどこか呆れたような遠い目をして苦笑いしてる。
「確かに遊び慣れてる銀次じゃそうなっちゃうかも。じゃあさ」
どんな人がタイプなの?
なんて聞かれて真剣に悩んだ。
だってそんなこと考えたことも無い。
「ええっとぉ」
そうだな。
「誠実な人……ですかね」
「誠実!それは真っ先に銀次が除外されるね」
「はい。できれば銀次さんと違って自然に誉めてくれた方が素直に嬉しいし、程よい距離感とか細かな気遣いとかしてくれる方が一緒にいて安心する……かな?」
「安心感大事だよね!うん、分かる!」
激しく同意を頂けたのでなんとか問題なく質問には答えられたみたい。
それでも無難な感じは否めないんだけど、酔っぱらっちゃってる亜紗美さんには気にならなかったようでほっとした。
「落ち込んでいる時にそっと寄り添って話を聞いてくれたり、いつも笑顔で優しい人とか最高だよね」
「ですね」
笑顔で相槌を打つと亜紗美さんが半分閉じた瞼の向こうでキラリと瞳を輝かせた。
なに?
なになに?
「紬ちゃんの周りにそういう男の人いないの?」
「え?周りに?」
誠実で褒め上手で距離感と気遣いが絶妙な人。
ええっと。
宗春さんは全然当てはまらないし、宗明さんは気遣いできるけど距離感がちょっと遠い。
大八さんは逆に近すぎるし、銀次さんは最初から除外して。
こうしてみると私の周りって異性が少ない。
職場にはそこそこいるけど年上の男性で既婚者ばっかりだから論外だしなぁ。
後は社長の息子さんくらい?
隣の県にいてほとんど帰ってこないからまともに話したことも無いので判断できないし、そもそも社長の息子さんをそんな目で見たくないかな。
ああ、そうだ。
榊さんはどうだろう。
彼は誠実だし、明るくて前向きで人の良い所を見つける天才で――。
「あれあれあれぇ?いたぁ?タイプの人」
「ええぇ!?いや、違います。いません。そんな人」
「そぉう?怪しいなぁ」
グラスに口を着けてにやにやと笑いながら梅酒を飲む亜紗美さんはすっかりできあがってる。
舌も回らなくなっているようで喋り方も間延びしてなんだかかなり可愛らしい。
「でも、そっかぁ。銀次じゃだめかぁ……あいつ良い奴なんだけどなぁ」
「それは否定しませんけどね」
女性の扱いに慣れているってことは必ずしも悪いわけじゃないと思うし、一緒にいて楽しくないわけでもないから友だちとしてなら私の方からお願いしたいくらいだけど。
私には分からない。
「亜紗美さんどうして銀次さんと私をくっつけようとするんですか?」
「あー……ごめん。自分が別れた彼氏を薦めるってちょっと無神経過ぎたねぇ」
「いえ。それは全然気にならないんですけど、亜紗美さんが拘る理由が分からなくて」
だって別に私じゃなくてもいいのに、それでも私に銀次さんをって思っている理由が亜紗美さんの中には多分あるんだろうから。
そこが知りたい。
亜紗美さんはしばらく無言で掌の中のグラスを眺めて色んなことを思い出したり、考えたりしているみたいだった。
氷も溶け切って体温で温くなったお酒をぐいっと勢いよく飲み干してグラスをカウンターに置く。
「銀次には」
水滴で湿った掌を合わせて指を組むと祈る様に目を伏せて。
震えそうになる声をゆっくり慎重に吐き出しながら続けた。
「幸せになってもらいたいから」っていう亜紗美さんの優しい思いを。
「亜紗美さん」
「本当に腹が立つんだけど、私ね、銀次と付き合ってたわけじゃないんだ」
「――え?」
どういうこと?
付き合ってないって。
「遊ばれて捨てられたの」
「は――っ!?」
なんだそれ!
やっぱり不誠実で最低な男だ!
そんな相手と今も仲良くして、幸せを願うなんてどれだけ亜紗美さんは心根が清らかなんだろう。
「すごく泣いて、別れたくないって縋ったんだけど、銀次からすごい言葉で傷つけられて」
「――ひどいっ!」
「ああ、違うんだよ。紬ちゃん。銀次はわざと私を傷つける言葉を選んで嫌われようとしてたんだから。そこは怒らないであげて。諦めの悪い私のために」
そしてきっとコン汰さんのために。
分かる。
分かるけど納得はできない。
「恋愛ってね。綺麗なことばかりじゃないんだよ。今まで知らなかったようなドロドロとした感情とか、醜くて卑しい自分に嫌気がさしたりする。誰かを好きになるってすごく幸せで、そしてすごく苦しいんだ。だからね」
銀次さんには幸せになってもらって今までの自分の行いを悔い改めてもらいたい。
同時に亜紗美さんが味わった苦しみや悩みや、幸せを失うかもしれないという不安と恐怖を存分に経験してもらいたいと。
その裏ではコン汰さんと結ばれない自分の分まで彼には幸せになって欲しいという気持ちが隠れているんだろうな。
コン汰さんの幸せを素直に祈れないのは致し方ないよね。
「まあそんな厄介な男を紬ちゃんに押し付けようなんて考えしてた私がいけなかった。そこは謝る。ごめんなさい。でもね。紬ちゃんならあいつを変えてくれるようなそんな気がして」
亜紗美さんは全てを吹っ切るようにグラスを百花ちゃんに差し出しておかわりを所望した。
「飲もう!今日はとことん!」
「はい」
亜紗美さんと色んなことを話しているうちにいつのまにかすごい量を飲んでしまったみたいで、常連さんたちも少なくなってきてそろそろ帰った方がいいと判断してお会計を済ませた頃には二人ともふらふらになっていた。
やばい。
具合は悪くないけどふわふわしてて足元が不確かだ。
まっすぐ歩けない。
しかも千秋寺を出てくる時に帰りは迎えに行くからってお言葉から安心してこんな時間まで飲んでしまってた。
後五分で日付変わっちゃうんですけど。
「ええっとぉ。亜紗美さんお家何処ですか?」
「んー……」
それに私よりもたくさん飲んだ亜紗美さんは泥酔状態で会話が成り立たないくらいで、少しはましな私が送り届けるしかない。
でもお家がどこか分からないから教えてもらわないと。
「亜紗美さんは置いて帰っても大丈夫ですよ」
「え?」
「コン汰さんに連絡して迎えに来てもらいますから」
最後のお客さんの会計を済ませた後、スマホを手に百花ちゃんがカウンターから出てきて笑う。
もしかしたら亜紗美さんが飲み過ぎてお迎えをコン汰さんにお願いするとこまでがいつものコースなんだろうか。
慣れた様子で電話をかけて短い会話で切る所を見るとそうなのかもしれない。
「紬さんのお迎えはどうしますか?」
「私は千秋寺から誰かが来てくれるはずで」
だから安心して飲み過ぎちゃったんだけど。
足元で座っている白が大きな頭を私のお腹の部分に押し付けてきたので、ふわふわとした毛並みを堪能すべく耳と耳の間を撫でていると百花ちゃんがくすりと笑った。
「ではお迎えが来るまでゆっくりしててください」
そう言って百花ちゃんは店じまいの為にきびきびと動き始めた。
無駄のない動きは見ていて気持ちがいい。
だんだん百花ちゃんを追うのが難しくなってきてゆっくりと瞼が落ちてくる。
隣りで寝息を立てる亜紗美さんに誘われるように心地よい睡魔が私の所にもやって来て。
うとうとし始めていると微かに外から誰かが話す声がする。
百花ちゃんは暖簾を中に入れる為に出てるから亜紗美さんを迎えにきたコン汰さんかお寺から迎えに来てくれた誰かとお話ししてるのかも。
ふわふわと浅い眠りの心地よさを感じていると耳元で名前を呼ばれた。
そっと肩に触れられる掌の温かさ、大きさに誰だか分かる。
白が低く唸る声が聞こえて自然と口元が緩んじゃうけど。
喧嘩はダメだからね。
「紬、起きろ。迎えに来たぞ」
「ひゃい」
「しっかりしろ。起きれないならあれだ。おんぶか姫抱っこになるぞ」
「――!?だめ、だいじょぶ、ちゃんと歩けます」
大八さんの逞しい身体なら私を持ち上げることも抱え上げることも簡単だろうけど。
実際に千秋寺の階段下で倒れている時に天音さまのいる奥の院まで運んでくれたのも大八さんだからなぁ。
既に前科があるとはいえ、それを甘んじて受け入れられるかといえば否でして。
「おいおい本当に大丈夫か?」
ふらふらとしながらも椅子から立ち上がると大八さんが心配そうに背中を支えてくれる。
それだけじゃなくて心なしかぐいっと引き寄せられたような気がして少しだけ酔いが覚めた。
「ひょわっ!だい、じょうぶですからっ」
私が大八さんの腕を押して離れるのとその隙間に白が鼻先をぐいっと突っ込んできたのはほぼ同時だった。
危ない。
どんなに親しくても妖との距離の取り方には十分気を着けなきゃいけないんだった!
酔った頭でもそれを思い出せて良かった。
迎えに来てくれるからって勧められるままに調子に乗って飲むんじゃなかったよ。
とほほ。
「んじゃ帰るぞ」
「はい……おっとそうだ。亜紗美さん私お迎えが来たので先帰りますね。今日は楽しかったです。ありがとうございました」
入口に向かう大八さんの後に続こうとして思い留まり、幸せそうに寝ている亜紗美さんに声をかけると聞こえてはいるのかむにゃむにゃと何事か言っている。
翻訳不可能だけど。
「また飲みましょうね」
「んん……」
イエスかノーなのか判断つかないけど私は肯定だと信じて離れた。
そっと寄り添うようにして白が私を支えてくれて大八さんが待っていてくれる所まで行くと丁度コン汰さんがお店に入ってきた所だった。
「こんばんは」と呼びかけるとコン汰さんはくしゃりと顔を歪めてへなへなっと頭を下げてくる。
どうしたんだろうと首を傾げていると「銀次が失礼なことばっかりして申し訳ありませんでした」と謝まられた。
確かに私だけじゃなくて亜紗美さんに対する失言も多々あったので曖昧に笑っておく。
「シメておいたんで少しは分かったとは思うんですが……。最近すっかり大人しくしていたので油断していました。しばらくは小宮山さんに近づくなときつく言い含めているので安心してください」
「……大変ですね」
「ほんとにもう情けない」
とほほという声が聞こえそうな表情で項垂れるコン汰さんは結局面倒見が良いんだろう。
「亜紗美さんのことよろしくお願いします」
「ああ、今日は相当飲んでますね」
カウンターで眠る亜紗美さんの小さな背中を見てコン汰さんの瞳が揺れ、深くて長いため息を漏らした彼の思いに胸が痛んだ。
「では。小宮山さんもお気をつけて」と会釈して亜紗美さんの元へと歩いて行くコン汰さん。
苦しくて切なくて。
でも好きだから困っている時には手を差し出したくなる。
思いを伝えるつもりはなくても。
傍でその人の笑顔を見ていたいんだろうな。
「なんでだろ」
上手くいかないのは。
幸せになるのってこんなに難しい。
お父さんやお母さん、それから真希子さんたちみたいに世の中には結ばれている男女はたくさんいるのに。
その裏で想いが届かずに涙と共に消えていく恋もあるんだって。
そっちの方が遥かに多いんだと。
知ってはいたけど。
分かってなかった。
「紬」
「うん?」
「……帰るぞ」
ぼんやりとしている私に声をかけた後、大八さんはくるっと背中を向けてほんの少し屈んで入口を出て行く。
「ありがとうございました。お気をつけて」
「こちらこそ美味しいお酒と料理をありがとうございました」
「ぜひまた来てください」
暖簾を手に私が出てくるのを待っている百花ちゃんと目が合うと丁寧にご挨拶してくれた。
いつまでも居座ってたら片付けられないよねと反省して急いで外へと出ると、冷たい風がアルコールで火照った頬を冷やしてくれて気持ちがいい。
「じゃあまた」
手を振ってから大八さんと並んで千秋寺へ向かって歩き出す。
間に白を挟んで。
等間隔に並んだレトロな街灯が商店街の真っ直ぐなメインロードを照らしてくれていて明るいから歩きやすい。
夜は静かで。
でも家々にはこんな時間でも灯りが点いていて人の気配もある。
ゆっくりと夜が深まって、時がのんびりと流れていて。
本当にこの商店街は不思議な所だ。
「そういえば、すみません。こんな遅くに迎えに来てもらって」
お寺の朝はとっても早い。
しかも大八さんは力仕事が多くて常になにかの作業をしているのに。
いくら妖でも休息は大事だし、睡眠が足らなかったら疲れも取れないだろうし。
「折角女同士楽しく飲んでんのに、こっちの都合で迎えに行くなんて無粋なことできないだろ?それに紬のためならこれくらいなんでもないしな」
「いや、どちらかというと私の我儘で外出したのでそちらの都合で全然良かったんですけどね」
大八さんは優しいな。
「でもお気遣いありがとうございます」
「いいってことよ」
ああでも楽しかったけど本当は飲んでる場合じゃなかったんだけどなぁ。
宗春さんのこと宗明さんに相談しようと思ってたのに。
「宗明さん、もう寝ちゃってますよね?」
まあ起きていてもこんな遅い時間にお話しできるとは思ってないけど。
「宗明?おれがちゃんと紬を連れて帰って来るまではおちおち寝てらんないだろ。なんたっておれは信用されてないからなあいつに」
そう言いながら大八さんは首にかけられている数珠を摘まんでみせる。
これがある限り宗明さんには逆らえない。
「さっきも出てくる時に脅されたくらいだ」
「ええぇ!?」
帰りが遅い時には問答無用で数珠の力を発動させるって言い渡されたらしい。
「なら早く帰らないと大八さんの命に関わりますね」
少しだけ歩くスピードを上げた私とは逆に大八さんは何故だか立ち止まってしまう。
なんで?と振り返ったけど灯りを背にした彼の顔は陰になってよく見えない。
「大八さん?」
「紬は――」
迷ったのか。
途中で言葉を止めて。
でも結局大八さんは続けた。
「紬は宗明が好きなのか?それとも宗春が」
「大八さん」
「……なんだ」
帰ってきた声は低くて掠れていた。
どう返せばいいんだろう。
分からなくて。
でもここは素直な気持ちを言った方が良い。
「好きですよ。私、宗明さんも宗春さんも大八さんも、みんな」
好きだ。
それは大八さんが求めている回答ではないだろうけど今はそれしか返せない。
「――そうか」
「はい」
なんで急にこんなことを確認されたのか分からないけど、酔った頭では上手く考えもまとまらない。
「だから大八さんが宗明さんに痛い目に合されるのは嫌なので急いで帰りましょう」
「……だな」
どこか吹っ切れたように溜息だけで笑って。
大八さんは大股で私に追いついてきた。
それからは言葉も無く千秋寺を目指して歩いた。
帰り着いた私を真希子さんが寝ないで待っていてくれて「おかえりなさい」って迎えてくれた。
遅くなった私を叱らずに、おやすみなさいって部屋に送ってくれて。
優しさと温かさに包まれてたくさんの反省をしながらお布団に包まるとお酒のせいですっと眠りに落ちた。
無礼で最低男の銀次には兄コン汰に制裁を加えていただきました。




