羞恥に震える 小宮山さん
前回から間が開いてしまい大変申し訳ありませんでした。
できるだけ続けて投稿できるように頑張りますので、これからもなにとぞよろしくお願いいたします。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。小宮山さんと――」
ほのかの引き戸をガラリと開けると満面の笑顔でコン汰さんが迎えてくれた。
開店直後だから今まで仕込みや準備で忙しかったんだろう。
おでこに光る汗を手の甲で拭う姿も後ろでひとつに結んだ長い髪が首筋に張り付いているとことかもどことなくセクシーだ。
そして視線をそっと白の顔がある私のみぞおち辺りにおろすので紹介を待っているんだと思い至り慌てて「あ、白です」と自分がつけた名前を伝えた。
「なるほど。白殿ですね。時折お見かけすることはありましたが、こうして言葉を交わすのは初めてです。おれは狩野孝太若輩者ですがなにとぞよろしくお願いします」
コン汰さん丁寧な言葉遣いの後、目礼をしてから改めて私の方へと顔を向けた。
「では改めて。おいくつ必要ですか?」
「えっと千秋寺の分だけでいいので六パックください」
「なるほど。今日は菊乃さんの分はいいんですね」
クスクスと笑いながらビニール袋においなりさんを入れてくれるコン汰さんの声は意外と低くて柔らかい。
「はい。八百屋さんに今日はいいよって断られちゃいました」
一応通り道だから声をかけたんだけど、昨日の夜ご飯にいただいたから遠慮しとくって言われちゃったんだよね。
「小宮山さんは優しいですね」
「え?そんなことないですよ」
もしかしたら前回お届けするのが遅くなったことが原因かもしれないし。
「初めてうちに来てくれた時も見ず知らずの人から買ってくるのを頼まれちゃうくらいですから十分優しいですよ」
「それは、菊乃さんがあんまりにも自然にお金渡してよろしくねっていうから、ここではそれが普通なんだと思って」
戸惑ったけどお店を離れられないんだったら目的は一緒なんだし、ついでに買ってくるくらいはいいかなと。
「でも私が断れなかったことよりも、初めて会った人にお金を渡しちゃう菊乃さんの大らかさというか、警戒心の無さの方がちょっと心配じゃないですか?」
「あー……」
コン汰さんが視線を泳がせて返答を迷っている様子を不思議に思っていると奥の厨房からぴょこんと顔を出した銀次さんから「お前がいうなって」と何故かツッコミをいただいた。
ん?
なんで?
「飲み過ぎて外でうっかり寝る紬の警戒心の無さのがやばいだろ」
「あれは」
飲みなれないお酒とか料理とか、乗り気じゃない合コンっていう状況がね。
ああ、うん。
でもごもっともだ。
言い訳はするまい。
「すみませんでした」
「分かればよろしい」
なんか上からな感じだけど美少年の笑顔の前ではそれすらどうでもいいことの様に聞こえちゃうから不思議だ。
ズルい。
「じゃあ後は銀次に」
「おう」
お金のやり取りを済ませたら終わるのに、コン汰さんはカウンターの中に入ってきた銀次さんと入れ代りで奥へと引っ込んじゃった。
「えと。そうだ!この間はごちそうさまでした――って危なっ」
和良日でご飯食べた時すっかりごちそうになってしまったことを思い出して慌てて頭を下げると、見上げている白の鼻とぶつかりそうになった。
身を引こうとしたのに何故か首を伸ばしてきてぺろりと顎の下を舐められ、戸惑っているうちにふんふんっと鼻先を押し付けられてもぐもぐやられたんだけど。
え?
ちょっと、なんで?
白は基本的に一日に一回しか食事をしない。
いやもしかしたら私が寝ているうちにこっそり食べているのかもしれないけど、一応お伺いを立ててから匂いを食べることにしているみたいなのに。
今問答無用で召し上がっていらっしゃるのは何故ですか?
「は、白!?ちょっと、待って。今日は起きてすぐ食べたでしょ!?」
「はふはふ」
尻尾をぐるんぐるん回しながら器用に後ろ脚だけで立ち上がっている白の勢いはちょっと怖いくらいだ。
「もぉおお!」
意味が分からない。
会話ができないって本当に不便。
白の行動の理由が全く分かんないのは困る。
「……まるで盛りのついた獣だな」
「へ?」
「紬とこんだけ仲良いんだって見せつけたいんだろうけど、人型でつきあえるオレの方が断然有利だっつうの」
いやいや。
ちょっと待って。
盛りのついた獣はないでしょ。
「白はそんなヤラシイ下心なんてないんだからっ!」
「マジで?この状況見てそれを信じられるのは紬くらいだわ」
にやにやと笑いながらカウンターの上に腕をついて身を乗り出す銀次さんは完全に面白がってる。
「まあ下心があるかどうかは別として、独占欲はかなり強いみたいだからちゃんと躾けないとあとあと紬が困ることになると思うけど」
「え?躾ける……?」
神聖な妖を飼い犬かなにかみたいに躾けるなんてそんなことできるわけない。
そもそも命がけの対価が私の匂いっていうだけでも申し訳ないのに。
「……それ、むり」
「そうはいってもその狼の様子じゃ紬に近づく男たちみんな寄せ付けないようにしそうだ。紬が嫌がらなきゃこれでいいんだって付け上がるぞ。好きな男ができても邪魔されて彼氏にすることすら難しくなってもいいのか?」
「ええぇ……」
ちょっと大げさすぎじゃない?
「疑ってんだろ。いいか。神性が強いってことは今まで世俗とは接することなく生きてきたってことにも繋がる。つまり人間の社会的常識も基本的常識も持ち合わせてないってことだ。あるのは願いを叶えるという使命感と邪を嫌うという本能的な部分だけ」
つまり。
「世間知らず。しかも相当年季の入った――ときたもんだ」
これだけ聞けば分かるだろうと銀次さんに促されて私は渋々頷いた。
今まで人の世界で暮らしたことが無い白とこれから問題なく一緒に生きて行くには私がちゃんと教えていかなきゃいけないんだ。
それは私の責任であり、また私と白の為でもある。
「白、お願い。匂いを食べるの止めて」
「くぅん」
鼻にかかった甘えた声に絆されそうになるけどぐっと堪える。
「外では私がいいって言わない限り食べるのは禁止」
「きゅん」
「だめ。それから他の人がいる時の過剰なスキンシップの要求も禁止」
「きゅぅうううん」
「あと私が大切に思っている妖さんとはなるべく仲良くして。初対面で唸るとか絶対だめだから」
「――――!」
絶望だと言わんばかりに青い瞳を揺らしてヨロヨロと横へ傾くようにして私から離れると白は尻尾を下げてきゅんきゅん鳴いていた。
うう。
辛い!
ごめんね。
「まあ……最初は難しいだろうから少しずつ覚えていこうね?」
一緒に頑張っていこう。
お互いがいい関係を築いて行けるように。
目と目を合わせて言い聞かせると白は口をきゅっと閉じてから小さく瞬きをした。
「前途多難だな」
「そうでもない」
だって楽しいし。
白が妖に対して警戒するのは私を守ろうとしてくれているからだって分かってる。
絆を結んでまだ三日しか経ってないんだから少しのズレくらいあって当然なんだしね。
これからだよ。
「社会復帰は無事問題無しか?」
「うん。まあ心配事も多いけど」
「なんだよ。あんまり無理すんな」
「してないよ?」
心配事も仕事のこととかじゃないし。
「その服、見覚えある」
「え?服?」
唐突に話題が変わったなと思ったら銀次さんが手を伸ばして紺色のブラウスの襟――レースで立ち襟になってる――に触れる。
「そりゃ見覚えあると思う。これ亜紗美さんからいただいたやつだし」
全体的にレース素材で袖と胸元から下は二重になってて、ちょっとロマンチックと言うか、乙女な感じで可愛いんだけど。
首元はレースだけだからちょっと薄くて、銀次さんの体温がほんのりと感じられてなんかすごく落ち着かない。
「あの、銀次さん」
手を退けてはくれませんかってお願いするより早く銀次さんはにやりと笑って爆弾を投下した。
「亜紗美が着てた時は思わなかったけど紬が着たらなんかエロいな」
「はあぁ!?え、えろ……!?」
「ああなるほど。亜紗美の胸は慎ましかったからか」
ちょっと。
胸の大きさとか関係ないでしょ!
なにそれ!失礼じゃないの!?
「銀次さんはお姫さまのドレスを見て綺麗だなって思うより先にエロ――ああ!もう!最低!」
銀次さんの不埒な手を叩き落とし、急いで着ていたカーディガンの前を掻き合わせて隠した。
「お姫さまのドレスがエロいかどうかなんて分かんないけど、透けて見える肌の色とか柔らかそうな胸の盛り上がりとか見せられたらエロいと思うのが普通だけど」
「もうやだっ。銀次さんのバカっ!この服もう着れないよ!可愛いのに」
今すぐ帰って着替えたい。
っていうか今まで道行く人にそんな風に見られてたの!?
こいつ恥ずかしい格好して歩いてるなって――ああ、だめだ。
「わ、泣くなって!悪かった。謝るから!」
「……も、銀次さん、今更、遅いよぉ」
「グゥウウウウ!」
私が泣きだしたからか白が激しく唸り声を上げ始め、銀次さんは必死に「ごめん」「悪かった」と連呼する。
まあでもよくよく考えたら銀次さんは指摘してくれたんだから悪くない。
普通なら言いにくいことを教えてくれたんだと考えたら、白から非難を受けるのも理不尽なことで。
「諸々の失礼な発言は目をつぶって、可愛い服を私が至らないせいで破廉恥に着てたことを教えてくれた部分だけ受け取っておきます」
「あ、いや。オレは別にそういうことを言いたかったわけじゃ」
ないんだけどって髪をくしゃくしゃと右手で掻き回して溜息をつく銀次さんはちょっと困ったような顔をしてた。
「どちらかっていうと好みの服っていうか」
「え?」
これ?
エロいのが?
でも。
「銀次さん仕事できる系の綺麗めの服が好きなんじゃ」
「は?」
「え?あれ?」
違ったっけ?
「それ亜紗美情報?」
「あ、はい」
「なら“仕事できる綺麗系の女”な」
「あ!服では無くて女性のタイプの話」
「まあ……それも表向きの話つうか」
なにそれも違うの?
どういうこと。
「オレは後腐れなければどんな女でも良かったんだけど」
そういうこと平気で言っちゃう辺りやっぱり銀次さんは本当に最低だと思う。
だけど妖であることとか、同じ時の長さで生きられないとか、色んな事情を知っちゃうと同情しちゃうところもあるわけで。
なんて思ってたら。
「今はメンドクサイ女が一番かな」
「――――!?」
すぐにそんなこというからどう反応したらいいのか分からなくなるんだよ!
もぉおお!
「銀次さんのタイプとかどうでもいいです!お会計早くしてください!真希子さんのおいしいお蕎麦が待ってるんですから!」
「なんだよ。怒るなって」
「いいからはやくっ」
「はいはい」
真希子さんから預かったがま口を取り出して催促すると銀次さんは楽しそうに笑いながらも計算してお会計を済ませてくれた。
気があるような素振りを見せたり言ったりするのは女心を擽って落とすテクニックのひとつなんだろうけどさ。
それを私に使ってからかうのやめて欲しいっ。
ほんとに。
「まいどあり」
「さようなら」
少し素っ気なく挨拶して白と一緒に外へ出ると冷たくなった風がぴゅっと吹いて思わず目を閉じた。
そうだよね。
もう十二月だもんなぁ。
寒くて当然だ。
「紬ちゃーん!」
「でぇえ!?亜紗美さん!?」
ほんの少しの間しか目を閉じてないはずなのに開けた途端に亜紗美さんから体当たりを受けて驚いた。
「紬ちゃん、今日夜時間ある?」
キラキラとした瞳で見つめながらいきなりの夜のお誘いに戸惑いつつ「千秋寺に帰って夜出られるか聞いてみます」としどろもどろで答える。
もしかしたら「夜遊びなんてとんでもない」って止められるかもしれないので期待されちゃうと困るんだけど。
「じゃあ番号交換しよう!今回がダメでも次誘う時に必要だし」
「ああ、はい」
お互いに携帯とスマホを取り出して番号の交換をしつつ、ちらりとほのかの方を見ると銀次さんが心配そうな、気の毒そうな表情で見ていたので、目で訴えてみたけど首を竦められて終わった。
まあ相手は妖でもないし、同じ女同士だし。
大丈夫だよね。
そもそも夜の外出にOKが出るかどうかも分からないし。
「連絡待ってるね!」
手を振ってお店に戻って行く亜紗美さんを見送り、携帯をポケットに入れてゆっくりと千秋寺の帰路へと着いた。




