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本当に可愛げのない人




「大八さん。おはようございます」

「おう!おはよう。紬」


 千秋寺の細く急な石段を登りつめた先に大八さんの姿が見えて嬉しくなる。


 大きな体に明るく力強い笑顔。

 今まで毎日見ていたからたったの二日ぶりだっていうのになんだか懐かしく感じた。


 竹箒と塵取りを持って大八さんもこっちへと歩いて来てくれる。

 だから私もにこにこ笑って駆け寄った。


「なんだ?そんなにおれに会いたかったのか?」

「え?そりゃもちろん――ひゃっ」


 ちょっと!

 なんで!?


「やめて!白、そんなに引っ張らないでっ!」


 後ろからぐいぐいと鞄を噛んで下がられたら私の肩が外れちゃうから!


 なんなの?

 急に。


「なんだ、お前。おれと紬の仲を邪魔しようってのか?」

「え!?ちょ、大八さん」


 目が据わってるよ!?

 怖いよ!


 しかも白もそれを煽る様に低く唸るからどんどん雰囲気が険悪になってるんですけど。


「やめて!やめて!もう二人とも仲良くしてください!」


 なにが原因で始まったのか分からないけど喧嘩はよくない。


 大八さんと白の間に入って二人を交互に睨みつけた。

 妖相手に私の視線が効果あるとは思えないんだけどダメ元だ。


 はっと我に返った大八さんが困ったように「悪い」って謝ってくれたし、白も「きゅん」って耳と尻尾を力なく落として鳴いたので、まあそれなりに効果はあったのかな?


 でも茜ともファーストコンタクトでやりあってたくらいだから、妖同士では初めは喧嘩腰が普通なの?


 分かんないけど大好きな妖さんたちにはやっぱり仲良くしてもらいたいなぁ。


「では大八さん」

「え?あ、ああまたな」


 会釈をして寺務所へ向かって歩いて行くと白は鼻先を上げてどこか得意げな様子で着いてくる。

 それを悔しそうに見送る大八さん。


 もぉおお!ほんとに。

 仲良くしてよぉ。


「白もなんだかよく分かんないけど挑発しないで」


 小声で叱ったけど白は青い瞳で見上げてくるだけ。


 ああこれは伝わってないな。

 もういいや。


「おはようございます」


 ガラガラと戸を引き開けて声をかけると寺務所の中にいた宗春さんが目も上げずに「ん」とだけ返事をしてくれる。

 電卓片手に事務処理しているので、私は立て替えてもらっていた手土産用の料金を入れた封筒をそっと机の上に置いた。


「これ用意してもらっていたお菓子の代金です。その節はありがとうございました」

「うん」

「すごく美味しかったです」


 気が無い返事なのは作業中だから仕方ないんだろうけどせめてお礼と感想は伝えたいと思って口にすると綺麗な指の動きがピタリと止まる。


 え?

 なんか変なこといった?


「……あれは紬の為に買ってきたわけでもないし、選んだわけでもないんだけど」


 「へえ。あれ食べたんだ」なんてなんだか私を非常識なように責めてきた。


 なに?

 え?

 おかしいの?


 えとえと。


「あ、もしかして宗春さんも食べたかったんですか?」


 そうだ。

 きっとそうに違いない。


 私だって誰かのとこにお菓子を持っていく時は自分が好きなのとか食べてみたいものを選ぶもんね。


「なんだぁ。それならそうと早く言ってくれれば買って来」

「相変わらず頭沸いてるね。甘い物なんてこれっぽっちも好きじゃないって何度も言ってるのに」


 にこりと微笑みながら目は笑ってない宗春さんってなんか久しぶりな気が。


「……すみません」

「どういたしまして」


 この間電話ではあんなに素直だったのに。

 本当にこの人は掴み所が無いなぁ。


「じゃあ宗春さんはなにが好きなんですか」

「は?」


 語尾が不穏に跳ね上がるけどもう気にしない。

 しつこいくらいいかないと宗春さんは教えてくれそうにないし。


「ないよ。好きなものなんて」


 それも何度も言ったはずって苛立っているのも感じるけど。


「じゃあ食べたいものは?」

「ないよ」

「それじゃ食べてみたいものとか」

「ちょ――紬!」


 なんでって聞かれたから。


「今まで食べたものに好きなものが無いんだったら、もしかしたら食べたことのないものの中に宗春さんが好きなものがあるかもしれないでしょ?だから」


 教えて欲しかった。

 なんでもいいから。


 本当は宗明さんに譲っている物の中にも宗春さんが好きだったものがあったかもしれないし。


「……興味ない」

「なぬっ!?そんなこと言ってるから好きなもの見つけられないんですよ」

「面倒くさい」

「もう、宗春さん」


 そんなこと言わないで。

 ちゃんと――。


「食べる物だけじゃない。生きることも死ぬことも全く興味ないんだよ。だって僕は所詮」


 予備スペアだからね。


「そのために生かされているに過ぎない」

「そんなわけ」


 ないよ。

 どんな人だって誰かの代わりになんてなれないのに。


「あ」


 でも役職としての話だったら。


 ここは妖専用の数少ないお寺で。

 今外でそのお仕事を命賭けてやっているのが宗春さんのお父さんである隆宗さんで。


 もしなにか不幸なことがあって隆宗さんができなくなったら次の跡取りである宗明さんが代わりに仕事を引き継ぐことになる。


 そしてまた宗明さんにもなにかあったら。

 宗春さんへとその役目は回ってくる。


 でもでも、それをスペアだなんて言うのは違うんじゃ。


「代わりでしかない僕のことなんかでそんなに悩まなくてもいいよ。しかも好きなもの探しなんてくだらない」


 にこりと笑う宗春さんの顔には悲壮感も諦念もない。

 微塵も。


 きっとずっとこうやって色んなことを冷めた目で見て来たんだ。

 頭の良い宗春さんだから自分の立場だとか環境とか全てを小さな頃に理解したのかもしれない。


 もしかしたら宗明さんが長男の役割を覚悟して受け入れるのよりもうんと早く。


 なんかクラクラする。


 宗春さんの徹底的な自分にも他にも無関心でいる態度はそこへと辿り着くのかもしれない。


 もうこの人はなんて面倒くさい人なんだろう。

 本当に。


「私にとって宗春さんは代わりのきかない大切な人ですから。それだけは忘れないでください」


 例え宗春さん自身はそう思っていなくても。

 私がそう思っていることを知っていて欲しい。


「……僕は誰でもない。紬の為に生きているわけでもない。僕の存在理由はただひとつだよ」

「それでも」


 悔しい。


 この人は強情で。

 憎たらしいほど一途で。


 宗春さんの目を覚まさせるには彼が誰よりも尊敬している宗明さんじゃなきゃダメなんだ。


 でも宗明さんは弟である宗春さんのことを理解できずに怖がってるから、向き合わせるのはとっても難しいけど。


 二人を救うにはなんとかして両方を歩み寄らせないといけない。


 いや宗春さんより宗明さんの方を説得すればなんとかなるかな?


 それでも簡単なことじゃない。


 何年も何十年も拗れたままの兄弟の仲をどうやって正常に戻すか。


 自分の妹との問題も上手くできないのに。

 私がやれるのかな。


 でもこのまま見てみぬふりはできないから。


 どこか切っ掛けを作って宗明さんとよく話してみないとなぁ。


「他に宗春さんの存在理由ができるようになるといいですね」

「は。ならないよ」


 それすらくだらないって言い放って。

 綺麗な本当に綺麗な笑顔で微笑むから。


 やっぱりこのまま放っておいちゃいけないんだと思う。


「いつか絶対に教えてもらいますからね!宗春さんの好きなもの!そしたら買えるだけ買ってきてお腹いっぱい食べましょう」

「……紬ってほんと諦め悪いよね」

「そうですよ!知ってるでしょ?」


 宗明さんから眼鏡を外しなさいって言われても、不思議との共存を望んだくらいなんだから。


「好きにしたら」


 宗春さんの話なのに本人が一番その気がないんだから。

 ほんとにもう。


「好きにさせてもらいます」

「どうぞ」


 視線はもう私に向けられてない。

 切り替えが早く集中力も人並み外れた人だから完全に仕事モードになっている。


 これ以上の邪魔をしては申し訳ないからそのままそっと離れて真希子さんに挨拶するべく奥へと向かった。


「真希子さーん?」


 時間的には台所かテレビの前だと思うんだけど、一応お洗濯ということも考えられるので名前を呼びながら居間を覗く。


 ちょうどテレビ番組のチェック中だったようで華奢な肩がぴょこんって跳ねて勢いよくこっちを向いた。

 白い頬がわずかにピンク色に染まってなんとも可愛らしい。


「紬ちゃんっ!」

「はい。紬です。おはようございます」

「や~ん!本物だ!もうわたし寂しくて寂しくて!」


 わたわたと立ち上がろうとしたので私は笑いながら中に入った。


「これ。母からです。お口に合うか分からないですけど」

「え?え?なになに?」


 家を出る前に母から渡されたタッパーを渡すと真希子さんは茶色の瞳をキラキラと輝かせながら蓋を開ける。


 中には母の手作りの肉じゃがが入っているんだけど、料理が好きな真希子さんにとってお裾分けに煮物って大丈夫なのかなって少し不安なんですが。


「わああ!美味しそう!良い香り!これはしいたけの香りね!ちょっとつまみ食いしても構わない?」

「どうぞどうぞ」

「いただきま~す」


 嬉しそうに指でじゃが芋をつまんで頬張る姿を見ると嫌そうでも喜んでいる演技でもなさそうでほっとする。


「ん~!?美味しい!お醤油とお砂糖とみりんのバランスがすごく絶妙ね」

「ありがとうございます。料理が上手な真希子さんにそう言ってもらえると母も喜びます」

「この大きくて不揃いなじゃが芋も味があっていいわ~。紬ちゃんのお家の肉じゃがは煮汁のないホクホク系なのね。わたし余所様の家庭料理いただくの本当に久しぶり。なんかほっこりする」


 そのままひょいひょいっと人参やいんげんを摘まんで食べてから真希子さんは「止まらないわ」と焦ったように蓋を閉じた。


「やだ。わたしとしたことが。仏さまにあげる前に食べちゃった!」

「いやいや。いいんじゃないですか?煮物ですし」

「だめよ!こんなに美味しいんだから仏さまにも食べていただかないと」


 タッパーを抱えて立ち上がった真希子さんはそのまま部屋を出て廊下を横切り台所へと行ってしまう。


 なんだか楽しそうな鼻歌を聞きながら小さな背中を見ていると宗明さんが廊下の奥からやって来た。


「あ。おはようございます」

「おはようございます」


 丁寧に頭を下げて挨拶をする宗明さんは作務衣姿で随分と身軽な格好だ。


 できればさっきの宗春さんの予備スペア発言について相談と報告をしたかったけど、真希子さんに聞かれたくはなかったのでぐっと飲み込む。


「小宮山さんが来てくださったおかげで母の機嫌が直りました」

「え?真希子さん、機嫌悪かったんですか?」


 基本にこにこしていて優しいイメージがあるのでちょっと意外だった。

 宗明さんは眉を寄せて口の端をきゅっと下に下げると神妙な顔で頷く。


「私と宗春では母には物足りないようで」

「物足りない……」


 それは話し相手としてということかな?


 でも男の人だと照れだったり、どう返していいか分からなかったりするものだから仕方がないと思うんだけど。


 できれば常にお喋りしなさいって無理はいわないから、ご飯食べるときくらいはなにかお話するくらいの気遣いはあってもいい気がするなぁ。


 小鉢に綺麗に盛られた肉じゃがを持って廊下に出てきた真希子さんはそれをそのまま宗明さんの手に握らせる。


 問答無用だ。


 黙って受け取った宗明さんがちらりとなにか言いたげに私を見るけどだせませんからね。

 助け船もフォローも。


 それから「そうそう」って軽い口調で真希子さんが私を見つめて微笑んだ。


「紬ちゃん、今日は泊まってくのよね?」

「え?」


 なんか泊まっていく前提になってませんか?


 なんの用意もしてきてませんが、きっとそれを理由に断ろうものなら「着替えならわたしのがあるから」ってごり押しされる。


 忘れてたけど自分の思いを通すのがとても上手な方だった。


「ええっと……そのつもりはなかったんですが、こちらが迷惑でなければ……」

「よかった!じゃあお部屋の準備しておくわね」

「あは、あはは……すみません」


 宗明さんがそっと溜息をついたのに気づきつつ。

 でもこうして歓迎されているのはやっぱり嬉しくて。


 もしかしたら宗春さんのこと宗明さんとお話する機会があるかもしれないし。


 うん。

 良い方に考えよう。


「お世話になります」

「紬ちゃんならいつだって大歓迎よ。ね?宗明」

「……そうですね」


 なんで俺に振るんだって顔を一瞬した宗明さんが面白くて吹き出すと真希子さんも楽しそうに笑って。

 だから宗明さんも諦めたように目を伏せてほんの少し。

 ほんのちょっとだけ頬を緩めて。


 微笑んだ。


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