可愛いの努力は無駄じゃない?
「なんか小宮山さん雰囲気変わりましたね」
信号待ちをしているからかルームミラー越しに私の方へ視線を向けた榊さんがにこにこと笑いながら話しかけてくれた。
先輩を家まで送り届けた後の二人っきりの車内の気まずさを、こうやってさり気なく和ませようとしてくれる所は本当に見習わなきゃならないなって思う。
運転席に座る榊さんを斜め後ろから眺めてみるけど相変わらずキラキラしている。
随分と目が慣れたから不自然に目を細めなくてもよくなったけど、これって一体何なんだろう?
金色の輝きは光というよりはどこかおぼろげで流動的に見える。
オーラっていうのかな?
こういうの。
害はなさそうだけど、それにしてもすごいなぁ。
後で聞いてみよう。
宗春さんに。
「小宮山さん?車酔いでもしました?それともやっぱり調子が」
「あ、いや!大丈夫です。ちょっとぼうっとしてました!」
うっかり返事をしなかったせいで余計な心配をかけてしまった。
気を付けないと。
えっと。
なんだったっけ?
確か、雰囲気がどうとか――。
「ぼうっとしてたってことは小宮山さんを不安にさせる運転じゃないってことだから喜んでいいのかな」
「はい!もちろんです!」
一生懸命肯定するとあまりの勢いに榊さんは苦笑いを浮かべている。
しまった。
やりすぎた。
「あのですね。榊さんの細やかな気遣いとか話し方とか見習わなきゃと反省してたら反応遅くなってしまいました……すみません」
私は人より鈍いから。
それで相手に不快な思いをさせてしまうことが多いってことは自覚がある。
「オレはただ人と話すのが好きなだけで、逆に小宮山さんみたいなおっとりしている人はあんまり話しかけられるのいやだったりするかもなぁとか、時々思うんだけど」
車を発進させて、左折しながら「どうなの?」って聞かれ、私はぶんぶんっと首を横に振る。
「大丈夫です。榊さんとお話しするの楽しいですから。それに私おっとりしてないですよ。そそっかしくて落ち着きが無いので、よく失敗するし」
実際それで何度も危ない目に合っているので気をつけなきゃなんですよ――なんてこと言えないから視線を窓の外へと向けると、すかさず横から生温かい空気を感じたと思ったらぺろりと頬を舐められた。
ちらりと顔をそっちへ向けると嬉しそうにふさふさの尻尾が左右に揺れる。
車のシートの上を音がしそうなほど動いているのに、なんの音もしないのは白が普通の人には見えないように姿を消しているから。
これはなんだろ。
うん。
やっぱり慰めてくれているんだろうな。
本当に優しい妖。
撫でまわしたいけど榊さんの目があるから、見えない白に触れるとパントマイム状態になるので我慢だ。
「オレの目には小宮山さんは一生懸命で心根の綺麗な癒し系に見えるけど。誰だって失敗はするし、人の良い所は羨ましくもなるから――ええっとこの辺でしたよね?」
「あ!はい。もうすぐそこなので、ここで下ります」
「そう?じゃあ、そこの広くなってる場所に停めるから」
「あの、送っていただいてありがとうございました」
榊さんが車を左側に寄せて停めてくれたので荷物を抱えてぺこりと頭を下げる。
運転席から上半身をほんの少しひねって「どういたしまして」とふわりと笑う彼の金色のオーラがまたキラキラっと輝いて私は堪らず目を瞬かせた。
「気を付けてね。なんか小宮山さんってどこか放っておけないというか、しっかりしてそうなのにどこか隙があるからちょっと心配だな」
「え?あ、はい」
「そういうアンバランスなとこ結構グッとくる男いるだろうから」
「あー……いますかねぇ?そんな奇特な人」
「いるいる。さっき雰囲気変わったっていったのは、前より可愛くなったなって思ったからなんで」
榊さん。
それはあれですよ。
前がちょっとひどかったからでは?
特にファッションセンスが。
「……少し身なりに気を付けようと思いまして。前より良くなっているなら努力の甲斐があったというものです。ありがとうございます」
「うん。女の子ってメイクとかヘアースタイルひとつで変わるからほんとすごい。大変だろうけど自分磨きも楽しくなってくれば苦にもならないだろうから頑張って」
悪気も無くにこにこって笑われたら私もなんだから「頑張ります」ってへらへらって返しやすい。
営業職でもある榊さんは人を誉めるのも、人の良い所を見つけるのも上手だなぁ。
銀次さんあたりが口にすると口説いてるように聞こえるようなことも、榊さんが言うとなんとも爽やかで嫌味が無い。
「お世話になりました」
「じゃあ、またね」
「お仕事頑張ってください」
ドアを開けて外に出る前にご挨拶してから下りる。
手を振ってくれている榊さんに軽く振り返した後で会釈してドアを閉めると軽やかに車は発車して去って行く。
ああ、本当に良い人だなぁ。
榊さん。
私もああいう人になりたいな。
そういえば今朝もこうして宗春さんの車を見送ったなぁ。
同じ日に二回も誰かを見送ることになるのって珍しい。
とことこと家までの短い道のりを歩きながら携帯を取り出して、謎のキラキラについて聞いてみようかどうしようかと悩んでいたら突然手の中で震えだす。
「え?え?なんで?は、宗春さん……」
着信者の名前を確認して驚き、もしかして近くで見ているんじゃないかと立ち止まって周りを確認してみたけどやっぱり宗春さんの姿はない。
犬の散歩をしているおばあちゃんがひとり。
道の向こう側を歩いているだけ。
「こんなとこまで天才的な直観力発揮しなくてもいいのに」
でもありがたい。
いつかけたらいいかなって悩まなくて済んだんだから。
「もしもし」
『なかなか出ないからまだ仕事なのかと思って切るところだった』
「すみません。ちょうどかけようかどうしようか考えてたところだったので」
『は?じゃあどうしてすぐ出ないのか理解に苦しむ』
通話ボタンを押して始まった宗春さんとの会話は、電話を通してもやっぱり相変わらずだ。
呆れたような声を聞きながら「あまりにもタイミングが良かったのでどこかから見てるんじゃないかって警戒してました」と返答すると大きなため息を吐く音が耳元でする。
『で、どうだった?』
「え?まさか」
ちゃんと問題なく仕事に行って帰ってこられたかどうかを心配して電話してくれたの?
え?ウソでしょ?
「宗春さん頭でも打ちましたか?」
『…………もういい。それだけ元気そうなら問題なかったってことだろうから切る』
「うわっ!ちょ、待って!待ってください!切らないでっ!聞きたいことがっ」
『…………なに?忙しいんだけど』
ものすごーく不機嫌そうな宗春さんが、それでも切らずに待ってくれたことは奇跡に近い気がする。
だからそのまま勢いで聞いてしまおう。
「あのですね。仕事でお世話になっている銀行員さんがいるんですけど。その人がすごくキラキラしてて、前はそんなことなかったのに。そういうことあるんですか?」
『はあ?キラキラ……?なにいってるのか全く分からないんだけど』
「あ、えっとすみません。えー、えー……金色のオーラみたいなものがその人から発されているというか。白も嫌がったりしてはないんですけど、なんだか戸惑っているようで」
うーん。
なんだか上手く説明できない。
それでも宗春さんは電話の向こうで私の言葉から数少ない情報を拾い上げて吟味し、考えられるだろうことを補足しつつ答えを導こうとしているのか暫く無言が返ってくる。
『その人バカみたいにポジティブで、無駄に笑顔を振りまいて悩みが一切なさそうな人じゃない?』
「……なんか色々と端々に悪意を感じますが、概ねその通りです」
『偶にいるんだよね。歩く魔除けみたいな人間が』
「ふぇ?歩く魔除け……?」
悪運や邪気や霊を跳ね除ける力が強い人はそういう金色の光を纏っているらしく。
本人は霊感なんか少しもない無自覚な人が多いらしい。
そういう人と一緒にいるだけで運も転がり込んでくることもあるから、余計にまた人が寄ってくるらしくて。
そういえば前に真琴さんが榊さんに頼んで買ってきてもらった宝くじで十万円当たったことあったなぁ。
確かに榊さんは周りの人にも幸せを運んできているかも。
「でも、急にそんな風になっちゃうもんですか?」
『急にそんなものが見えるようになったのはどっちか考えてみれば分かると思うけど』
「あ」
なるほど。
そういうことですね。
榊さんは元々キラキラのオーラを放っていた。
それに気づけなかっただけだ。
だって見えなかったから。
「おじいちゃんの眼鏡をかけるようになってからは初めて会ったかもしれません」
断定はできないけど。
『もしくは紬の力が強くなって今まで見えなかったものも見えるようになったか、だね』
「そういうことも、あるんですね」
『なにいってんだか。紬には眼鏡の力、恐らく半分も使えてないと思うよ』
「半分も!?」
驚いた。
記憶を見たり、見えないものを見るだけで十分すごいのに。
半分も使えてないなんて。
おじいちゃんの眼鏡ってすごいんだなぁ。
『このまま使えないままなのか、それとも使えるようになるのか分からないけど』
今のままで十分なんじゃないの?
「その通りです」
『うん。他は?』
「他?えっと今朝茜が来て連絡用に小さな鏡をくれました」
『あかね?なに?誰?』
ああ、名前覚えてないのね。
なんだか切ないけど、白のことだって犬呼ばわりだしね。
仕方ない、のかな?
「赤い方の小鬼です」
『……ああ』
「大きくなってました」
成長していたことを告げるとどうでもよさそうに「ふうん」って呟いて。
ちょっとの間があって『吉と出たか』と笑った。
『なら青い方は面白くないだろうね』
「えー……でも小さい方が可愛いんですけど」
『妖にとってはどうでもいいことだね』
うう。
確かに可愛いかどうかより妖である露草にとっては強く大きくなりたいのかもしれないけどさ。
ああ。
でも。
そっか。
「だから露草が『茜の方がいいのか』って不機嫌だったのか」
自分より大きくなった茜に対しての劣等感と嫉妬があんな発言になったのだとしたら。
私は本当にひどいことをしたんだ。
あの後、露草を抱き上げて小さくて可愛いなんて。
ああ、もう。
ごめんね!
露草……。
「なんてことを」
『紬らしいけど』
「もう、いいません」
ええ。
心の中では思っていても決して口にはしませんとも。
『他にないなら切るけど』
「あ、大丈夫です」
『そ』
「わざわざ心配してくれてありがとうございます」
『ん』
「?」
あれ?
そこはなにいってんの?心配なんかしてないよって返ってくるところじゃ。
びっくりしている間に電話は切れて。
あまりにも素直な反応だった宗春さんに感動というよりも恐怖を感じる辺り私も相当ひどい女だなぁ。
でも疑問は解けてひとつまた知識を得た。
立ち止まっていた足を再び動かし、玄関を開け「ただいまぁ」と呼びかければお母さんの「おかえり」が返って来る当たり前の日常に戻れたことを改めて噛みしめて。
今日も無事に過ぎたことに感謝した。




