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ケダモノ



 暗闇の中。

 前を駆けて行く背中を追って笑い声が響く。


 ヒィヒィヒィ――イィ!


 イヤだ。

 怖い。

 なんなの!?

 アレはっ。


 やめて。

 来ないで。


 やめて、やめて!

 追いかけて。

 来ないで――!


 逃げるのに必死な女性の心の声は恐怖で揺れて聞いていて辛くなる。


 違う。

 ここじゃない。


 私が見たいのはこれじゃない。


 集中して。

 呼吸を整えて。


 いち、に、さん――。


 繋がっている糸を切る。

 すかさず新しい糸を出して狒々の中を目当ての記憶を目指して探った。


 だけどそうは簡単には許してくれない。


 横から無理やり接触をしてくる狒々の思念に囚われて。


 グシャリ――。


 大きな足の裏で力任せに頭を踏み潰された女性の眼球がコロリとアスファルトに転がった。

 周りはビルに囲まれた暗い路地裏。

 すぐそこに二十四時間営業のファミレスの灯りが見えているのに誰も気づかない。


 マズいなぁ。

 年々マズくなル。


 零れた液体とぐしゃりと潰れた――多分脳なんだと思う――モノを啜りながら愚痴る声にはなんの感情も無い。


 白いバッグの中でスマホが震えて鳴っているのに気づいて狒々はバッグをひょいっとひっくり返した。


 バラバラと散らばった手帳や財布、飴や飲みかけのカフェオレのペットボトル、化粧ポーチと文庫本の間からスマホを取り上げて。


 薄暗い路地に着信者の名前を報せている画面が鮮やかに浮かんだ。


 『お母さん』


 きっと遅い帰りを心配してかけてきたんだろう。


 出て。

 早く出なさい。


 不安な親心を映したようにスマホはブゥンブゥンと震え続けている。

 狒々はつまらなさそうな顔をしてポイッと放り投げ、右脚を上げて思い切り。


 グシャッ!


 だめ。

 違う。

 繋がりを切って――。


 どこ?


 夕暮れ時の公園でひとり残った女の子の長い影に狒々の手が伸び――ああ、これも違う。


 薪拾いをしている赤ちゃんを背負った少女に近づく狒々――これも。

 蝉の鳴き声、虫カゴ、麦わら帽子、坊主頭の男の子に襲い掛かる狒々――これも。

 狸を八つ裂きにする狒々、猪を喰らう狒々、犬を、馬を、鶏を――。


 違う、全部。


 ――ヒィヒィ!バカめ。何処を探そウガ無駄ダ


 そんなことない。

 だってまだ。


 ――終りダ。お前ガ、どンナニ足掻こうガ


 待って。

 私まだ。


 どうしたらいいのか分からない。


 手の中のくしゃくしゃになった宗明さんのお札を見下ろして首を振る。

 覚悟を決めろって言われても簡単には割り切れないし、私が狒々の命の火を吹き消すなんて正直怖くてできない。


 虫を殺すようにはいかない。


 宗春さんにとっては虫となんらかわらないのかもしれないけど、私にとって妖は――狒々は――意思疎通のできる相手なんだから。


 ――弱キ者は生き残れナイ


 ――お前弱イ


 分かってる。


 ――分かてナイ。ヨク見ロ。コレヲ


 暗闇に青白い光が舞う。

 まるで蛍のようにゆらりゆらりと。


 その光の下でなにかが蠢いて黒い川のようなものを作っていた。

 時々なにかが飛び出して、白い柔らかそうな部分を覗かせる。


 魚かな?


 なんて考えた私の頭は本当におめでたい作りをしているのかもしれない。


 よくよく見たら魚のお腹だと思った部分は人間のふくらはぎで、その先に小さな五本の指が並んでいた。

 川は人間の髪の毛で、その向こうから昏い瞳と真っ黒い口内がなにかを訴えるように私を見つめていて。


 ――コレ見テも、お前赦スノか?


 ポコリ、プカリ、ザブリとさざめいて手が次々と突き出してくる。

 なにかを求め彷徨い、なにかを掴もうと指が動く。


 イソギンチャクが夜の海で波に踊らされているように、何百という手が絡み合う光景は美しいわけでもないのに胸を締め付ける。


 ――コロセ


 それだけの悪さをしてきた妖だ。


 ――殺セ


 たくさんの命を喰らった妖だぞ。


 ――赦すナ


 お前が人であるならば。


 ――ハヤク


 この世から。


 ――今スグ


 悪しき存在を消せ。


 ――コロセ


 お前の手で。


 コロセ、消セ、赦スナ、無駄ナことナドせズ。

 一思いに。


 ――消シテクレ


 ああ。


 そっか。

 あなた。


 死にたいんだね。


 そうすることでしか救われないから。


 あなたも。

 この人たちも。


 でも。

 知りたいんだ。


 あなたがどうして道を踏み外したのか。


 ――知っテどうスル


 忘れないため。

 そして悲しみを繰り返さないために。


 お願い。


 マサちゃんをどうして食べることになったの?

 なにがあったの?


 ――ソンナ名前知らナイ


 だって。

 あなたは本当はかみさまだったんでしょ?


 マサちゃんの。

 そして村の人たちの。


 ――モウ、忘れタ


 昔のこと。

 思い出せない?


 なら一緒に。

 探そう。

 ほら、手を出して――。


 赤い目を左に、そして右に動かして。

 狒々は恐る恐る赤黒い手を伸ばしてくる。


 私もその手に向けて腕を伸ばした。


 触れあった指先からオレンジ色の光が溢れて星が散り、手を重ねるとトロリと全てが溶けて。


 混ざり合った。



「かみさま」


 微笑んで差し出される大きなおむすびを受け取った。

 桜散る日のこと。


「かみさま」


 小川で水をかけあった夏の日のこと。


「かみさま」


 一緒に栗拾いをした秋の日のこと。

 冬に雪投げをして遊んだ日のこと。


 山を駆け、野原に転がり、花を摘み、木の実を食べ、笑い、拗ねて、怒って、泣いて。


 楽しかった。

 だからこそ。

 別れて寝床に戻る頃には寂しくて。


 でも星や月を眺めながら酒を呑み、朝が来ればまた会えるからと慰める日々が愛おしかった。


 かみさまと呼ばれるたびに力は満ち、できることは増えていく。


 この地を住処に選んだのは歩んできたこれまでの土地の夏の暑さに比べて格段に過ごしやすかったから。

 その後山間に広がる青々とした水田と畑を耕す人々の日々の暮らしの様子が気に入った。


 穏やかで。

 慎ましやかで。


 これなら静かに暮らせると思った。


 初めは警戒していた村人も山の動物たちも、やがて害はないことが分かると興味を失ったようだ。


 酒さえあればなにも必要としない己と違い、山の恵みを糧に生きる動物とおこぼれに与る人の在り様は逆に興味深く少し離れた場所から観察を続けた。


 敏感な動物たちは始終落ち着かなさ気で、見られていると知ると獲物を前にしても逃げて行くが、鈍感な人間は時に喋りながら複数人で野草や木の実を採り、こちらに気づけば手を振って挨拶までしてくる。


 変わった生き物だ。


 興味は尽きないが、互いの暮らしを脅かすのは良くなかろうと遠くから眺めるだけにした。


 一年が経ち。

 二年が経ち。

 三年目の夏の終わり。


 その年は雨の少ない夏だった。


 ジメジメとしたものがないのは過ごしやすくはあったが、毎日毎日白い太陽に焼かれて空気も大地も罅割れていた。


 洞窟から出るのも億劫で引きこもる日々。

 それでも猛烈に暑い。


 寝返りを打っても。

 洞窟の奥へ行っても。


 暑い。


 こう暑くては敵わない。

 雨でも降れば少しは違うだろうが。


 ああ、そうか。

 雨を呼べばいいのか。


 むくりと起き上がり徳利を持ち上げゴクリと飲んだ。


 気分がふわりと良くなり重い腰を上げて。

 鼻歌を歌いながら洞窟の入り口でぴたりと両足を揃えて立った。


 左足を前へ。

 右足はそれより少し前へ。

 左足を右足に揃えて。


 次は右足から。


 同じように足を運んでいると興が乗ってきて、気づけば村の中までやって来てしまっていた。


 しまった。

 これでは領域を侵したとして追い出されても仕方がない。


 蛙がケッケッケッと大合唱の前の練習を始めるのを聞きながら、空気に湿り気が混じってきたのを感じて。


 歩みを止めた。


 ポツリ。

 一滴。


 白茶けた地面に黒い染みが落ちる。

 空を仰げば青空と雨雲がせめぎ合っていたがどちらが優勢か直ぐに分かった。


 今まで我慢させられていた分を取り戻そうと降り出した雨は激しく、天からの慈悲を受けて蛙たちが一斉に鳴き始める。


 ひとり。


 村人が駆けだしてきて両手を合わせて「ありがとうごぜえます」としきりに感謝をする。

 地面に倒れ伏して。


 訳も分からず一歩後退さると。


 次から次と戸が開き村人たちが歓声を上げて飛び出してくる。

 「かみさま」「かみさま」と連呼され怯えて山へ逃げ帰ったが、次の日洞窟の前ににぎりめしと萎びた野菜が置かれていて。


 どうやら追い出されるわけではないらしいとほっと安堵した。


 それから二年後。


 茸を採っている女児の様子を木の上から見ていると下ばかりを向いていて疲れたのか。

 大きく伸びをしたその子どもと目が合った。


「かみさま!」


 声を弾ませてどこか興奮気味のその子は木の下までやってくると無謀にも細い手足を巻きつけて登ってこようとする。

 ささくれ立った木の肌で怪我をするかもしれないと慌てて飛び降りるとキラキラとした瞳で顔を近づけてきた。


「な、なんだ」

「なんでもないよ。ただ」


 かみさまをこんなに近くで見られるなんて。


 嬉しいのだと微笑んだ人の子は幾つくらいなのか。

 彼らと話したことが無いので正確な所は分からない。

 ただ大きくも小さくもない。


 黒い髪を後ろで結び、裾や袖が少しほつれた着物を着ている。

 細面のさっぱりとした顔立ちだが左目の目頭と目尻のちょうど真ん中の下辺りに小さな黒いほくろがぽつんと彩りを加えて。


 その子はマサと名乗り。

 また会いたいと願った。


 だから「おまえがのぞむなら」と応え、マサは次の日から毎日山へとやって来るようになった。


 村の子と喧嘩したと泣いて来る日もあれば、良く仕事をする孝行者だと誉められたと自慢げに話した日もある。

 悪戯心で中々出て行かずに隠れて見ていると泣き叫んで怒って帰ったこともあった。


 山の頂上で並んでおにぎりを食べたこと。

 淡い桃色の花を髪に挿してやったこと。

 手を繋いで歩いたこと。

 足を挫いたマサを背負って村まで送ったこと。


 笑顔に。

 呼ぶ声に。

 その温もりに。


 何度。


 癒されただろう。


 マサがいる村を守りたい。

 この山で彼らの幸せを。


 見守れたら。


 それだけで。

 良かった。


 だから妙な気配が山に入り込んできたのを感じた時に迷いはなかった。


 いつものようにやってきたマサにしばらく来るなと告げて、そいつを探し追いかけた。

 その先々で血まみれの兎の脚や腸だけを喰われた獣の骸を見た。

 そいつは巧妙で匂いを残さない。

 風を知り、痕跡を消すのが上手かった。


 だが気配だけは隠せない。


 遠くで動く気配を頼りに山を駆ける。

 地の利ならこちらにあった。


 どんな相手だろうとここを守るためならば戦い抜く。


 獣を喰い散らす様子から大型の――おそらく自分と同じ――妖の類だろう。


 血を好む。

 ケダモノ。


 虫唾が走る。


 気配が住処にしている洞窟へと向かっているのに気づき総毛立つ。


 あそこから村へは近い。


 そうはさせないと徳利の酒をひとくち含み。

 更なる力を出して追いかけた。


 ガサリ。


 繁る草を踏み越えようとして立てた音は近い。


 木の枝から枝へと飛び移りながら音のした方へと顔を巡らせば、黒い毛に覆われた牛の頭が目に入る。


 こちらに気づいたか。


 振り向いた顔は大きく厳めしい。

 空を向いた大きな角が二本。

 胴体は筋骨たくましい鬼のもの。


 腰に猿の死骸をぶら下げて、食いかけた狸を手に持って。

 赤いまなこでギョロギョロとこちらを見て舌なめずりをする。


 戦いの予兆に昂っているのか。

 それとも獣だけでなく妖すらも捕食するつもりか。


 本物のケダモノめ。

 汚らわしい。


 徳利を煽り、酒を身の内に注げば。

 湧き上がってくる力は無限で。


 喉の奥で唸り声を上げながら一歩踏み出そうとした牛鬼は耳を動かしてニタリと笑う。


「ニ、オウ。ニオウゾ」


 耳障りな声を聞きながら、馴染んだ気配が近くにあることに呆然とする。


 何故。

 来た。


 何故。

 遅れた。


 なんとしてでも守りたい相手であったはずなのに。

 後れを取るとは。


「だれ?かみさまなの?」


 牛鬼がゆっくりと背中を向ける。


「そこにいるの?」


 更に近づく声と気配。


 ああ。

 そんな莫迦な。


 お前なぞに触れさせてたまるか。


 マサは幸せになるんだ。

 誰よりも。


 そのために。

 護らなければ。


 何者からも。


「マサ!」


 叫んで木の枝から飛び降りる。

 丁度鬼が木々の間から顔を覗かせた所だった。


 その頬に爪を立て、足で胸を蹴りながら。


 揉みあいになり地に転がる。

 太い首にガブリと噛みつけば嫌な味と匂いが口いっぱいに広がった。


 そのまま肉ごと噛み千切り、唾と共に吐き出すと黒い瘴気を上げて大地が腐る。


「マサ!にげろ!」

「――!!」


 突然始まった乱闘に驚き固まっていたマサになにをすべきかを伝えると、はっと我に返ったマサは青い顔で二歩下がり。


 そのまま止まってしまう。


 恐怖で足が動かないのか。

 それとも心配で動けないのか。


 どちらにせよマサがその場に留まるのならばこちらに取るべき道はひとつしかない。


 牛鬼の重い拳が腹に埋まる。

 グゲェと吐き出した酒が鬼の目に入ったか。


「お、ノレ」


 苦しみながら目を押さえて四つ足で地を蹴り逃げ出した。

 その背を。


 追う。


 そしてマサの声が細く遠くになっていくのを聞きながら。

 無事で良かったと安堵した。


 その日から鬼を追いかける日々が始まった。


 追いつけば戦い、怪我を負えばどちらかが引く。

 なかなか決着はつかず、ずるずると時間だけが経過して行った。


 よくよく考えれば追い払えばいいだけのことで、なにも相手を消す必要は無い。


 それに気づいた時には随分とあの山から離れており、必死で帰路を急いだが命の水である酒を呑めぬことが祟り日に日に進む距離が短くなった。


 負傷した傷も治るどころか膿み、毛艶も悪い。

 痛みより乾きが酷く意識は朦朧として、向かっている方向があっているのかも定かではなかった。


 よろよろと歩み、山から山へと渡り。


 見慣れた木々や道に入りようやく帰れたのだとほっとした。

 マサが水を飲み、夏には水遊びをした小川へ行きつき半ば溺れるようにして顔を浸す。


 痺れたように冷たい感触に季節が夏から冬へと移り変わったことを知った。


 酒ほど満たしてはくれないが一心地着くくらいの渇きは癒えた。

 そうなると気になるのは村の様子。


 これだけ長く離れていた間に変わりは無かっただろうか?


 毛に着いた水滴をブルブルっと身を震わせることで飛ばし、両手両足を使って山から下りた。


「いやな、においがする」


 秋にはすすきが美しく流れる野の向こうから、饐えたような糞尿の匂いに似たものが風に乗って漂ってくる。


 そして微かに血の匂いも。


 胸騒ぎがした。

 この血の香りは嫌な匂いに紛れることも無く花のような芳しさで心を強く惹く。


 まさか。


 ちがう。

 そんなはずは。


「ねえ……本当にあれで治まるのかい?」

「大丈夫さ。かみさまのお怒りもこの疫病も全部」


 これで治まる。


「でも、あの子ひとりを犠牲にして」

「今更どうこう言っても遅いよ。文句があるならどうしてさっさと言わないのさ」

「だって」

「怖いんだろ?あんた」


 土手を挟んでいるが女たちの声はよく聞こえた。

 怖気づくひとりの女を様々な女たちが低い声で詰る。


「あたしらだって怖い」

「死にたくはないからね」

「子どもひとりの命でみんなが助かるなら」


 ありがたいことだろ?


「マサを贄にすると決めたわたしらも、それを止めなかったあんたも同罪だ」

「ひとり善人であろうとするなんざ卑怯さね」


 そうだ、そうだと責めたてる複数の声。

 彼女たちは恐ろしいことを言っていた。


 マサを。

 犠牲に。


 贄にと。


 ならばやはりこの血の匂いは。

 マサの。


 逸る気持ちを抑えられず飛び上がり土手を超えた。

 突然現れたことに女たちは悲鳴を上げて逃げ回る。


 ひとりの女が青白い顔で立ちつくし、こちらを真っ直ぐに見ていた。


 その瞳に浮かぶは後悔か。


「マサはどこだ」


 問えば女は手を合わせて涙を流す。

 そして男たちによってかみさまの住まう場所へと運ばれたと告げる。


 泣いて詫びる女を置いて再び戻れば。


 胸と腹を裂かれたマサは既に事切れ、幸せであれと望んだ少女の魂は手の届かぬ場所へと旅立った後だった。


「マサ……マサ」


 甘美な香りは洞窟中に充満し、精根疲れ果てた我が身には抗うことなどできず。


「ああ、うまい……うまいなぁ」


 涙を流しマサの残した全てを喰らう。

 失われた力が少しずつ蘇る。

 かつての澄んだ力ではなく淀んだものであったが。


 それでもいい。


 マサの血が己の血と混ざり、マサの肉が己の筋肉となり、マサの骨が全てを切り裂く牙と爪になる。


 これでひとつだ。


 マサとずっと。

 一緒だ。


 膿んだ傷もすっかり癒えて全てを平らげた後。


 欲するがまま村を襲ったがそれでも満たされない。

 己がずっと腹を空かせていたことを長い間忘れていたことを思い出した。


 転々と。

 あの味を求めて移動する。


 アア、チガウ。

 コレじゃナイ。


 ハラが減ッタ。


 胸ガ。

 頭ガ。


 心ガ欠ケテ。


 どこまで行けば満たされる。

 どこまで食べればいいんだ。


 求めているあの味は。


 一体誰の?


 苛み蝕む空虚はなんだったら埋められる?


 ――かわいそう


 可哀想?

 誰が?


 ――あなたが


 誰だ。

 お前。


 まさか。


 お前か。

 お前が。


 ――私はちがう


 ちがう?


 ――マサちゃんじゃない


 マサ?

 まさ――マサ……


 ――会いたい?


 …………。


 ――会わせてあげられると思う


 …………。


 ――どうする?


 ……あい。


 ――うん


 あいたい。

 マサに。


 もう一度。


 ――うん


 黄色の光と星がチカチカ。

 大きく弾けて。


 コトリ――。


 切れた。




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