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すすきの



 一度繋がったからか。

 それとも狒々の気紛れか


 目が合うだけでおでこからなにかが吸い寄せられるように飛び出して狒々と繋がるようになった。


 そのほとんどが女の人や子どもを食べているシーンで戻って来るたびに宗春さんに抱えられてトイレに連れて行かれては吐くを繰り返していた。


 せっかく断食があけて真希子さんの美味しいご飯を食べられるようになったっていうのに栄養になる前に戻してしまっては意味が無い。


 うう。

 もったいないよぉ。

 それに疲れた。


 一日に何度もグロテスクな経験をして嘔吐してたら体力が持つわけがない。


 それになにかを食べるという行為そのものが生々しい記憶と味を蘇らせるのでできればしばらく遠慮したいくらいでね。


 うん。


 また断食でもいいかもしれないなぁなんて思わせるんだから。

 食べることが生きている中で一番の楽しみでもあったのに狒々なんてひどいことを!ですよ。


 これから私はなにを生きがいに生きて行けばいいの?


 畳の上に頬をすりすりしながら大荒れに荒れている胃が静まるのをひたすらに待っているとススッと障子が横に開いて隙間から大八さんが顔を覗かせた。


「大丈夫か?なんなら胃薬持ってくるけど」

「……いいです。今飲んだら全部出しちゃいそうだから」

「そうか」


 せっかく飲んだ胃薬を飲み込んですぐにリバースしては意味が無い。

 心配して声をかけてくれた大八さんには悪いがお断りした。


 そのまま行くのかと思っていたら神妙な顔で廊下に正座してじっと動かずにいるのでどうしたんだろう?とぼんやり見つめる。


「まあ、あれだ。道を踏み外した妖魔の記憶を覗くなんてとても気持ちのいいもんじゃないだろうけど、それを強要しているのはこっちの方だしおれができることは殆どないが」


 なにかして欲しいことがあったら言ってほしいといわれて、その優しい言葉と気持ちだけで十分ありがたいと思う。


 それに。


「自分で体験して味わったから妖が人を食べたくて堪らなくなるの、分かるようになれたのでなにも悪いことばかりじゃないですよ」

「そんなのは人である紬が分からなくていいんだ。そんなことは望んでない」


 まあ確かに妖と「人の血って甘くてクラクラする。まるでお酒みたいだよね」なんて話題で盛り上がりたいわけではないけど。


「あんなに美味しかったらどんなことをしてでも、もう一度食べたいって人を襲うようになるのも分からなくはないし、だからこそみんなが危険だからもっと自覚しなさいって言ってくれていたことも分かりましたし」


 普通に生活している人たちでもあんなに美味しいんだから、霊的な力が強い人はもっと美味しい上に妖の力を増すことができるとしたら。


 狙われる危険度はすごく高くなる。


 特に私みたいな自分を守る力も無くて、更に自覚も無かったら格好の獲物にしか見えないはず。


 むこうは匂いとか霊力とか私には見えないもので簡単に見つけられるだろうけど、残念ながら隠れるのが上手な妖を見つけるのは難しいだろうから。


 それを考えると普通の生活に戻れるのかどうか不安なんだけど。


 いつまでも千秋寺にお世話になるわけにもいかないし、家族が恋しいからお家にも帰りたい。


 仕事だってあんまり休むと迷惑かけちゃう。

 特に十二月に入ったら業務はどんどん立て込んでくるから高橋先輩だけじゃ大変だろうし。


 正直そんなに余裕も時間も無いんだよね。


 それから。

 もうひとつ分かったこと。


「美味しいのが分かってて我慢できる大八さんや露草や茜は本当にすごいなぁって」


 そんな風に必死で我慢している大八さんたち妖の前で不用意に血なんか流すなんて彼らにとっては拷問でしかなくて。

 だからこそ怪我をしないようにと気をつけなきゃいけないし、過剰なスキンシップは控えなきゃいけないんだよね。


 共存を望むならそのことを忘れちゃいけないんだ。


 超えちゃいけない部分を私から侵すのはよくない。

 だって妖はただでさえたくさんのことを耐えて生活しているんだから、そこは私の方が弁えてなくちゃいけないと思う。


「今までなにも分かってなかったとはいえ私本当に気の毒なことをしてたんだなと反省しきりです」


 本当は起き上がってごめんなさいって謝るべきなんだけど、まだ胃は静まらず頭を上げたら胃液がこんにちはしちゃうから。

 視線を合わせてごめんなさいの気持ちをたくさん込めて謝罪する。


「おれは」


 眉だけじゃなく肩もがっくりと下げて大八さんは泣きそうな顔で俯いて。


「紬が苦しんでいる姿を見るのが辛い。おれが狒々の代わりに練習台になってもいいが、それじゃ意味ないらしくて」


 ぎゅっと腿の上に置いた大きな手を握り締めて「すまん」と呟いた大八さんはどこまで良いひとなんだろう。


 代わりに記憶を読まれてもいいだなんて普通は言えないよ。


 記憶だけじゃなくてその時思ったことも、今思っていることだって見られるかもしれないのに。


「おれの記憶も狒々に比べりゃマシってくらいだしな……見て気持ちのいいもんじゃないのは変わらない」


 どうにもならないことを自嘲気味に笑った顔は大八さんらしくなくて私はきゅっと眉を寄せてきつい眼差しを作る。


「大八さんの記憶は力を使って見るんじゃなくて大八さんの口から聞きたいです。それがどんなものでも大八さんの声で言葉で伝えてくれたら私はちゃんと受け止めるから」


 だからそんな顔しないで欲しい。


 今の大八さんを見てたら分かるよ。

 誰かに恨まれたりするような生き方はしてきていないって。


 そりゃ長く生きていれば色んなことがあっただろうし、誤解やすれ違いでぶつかったりすることや仕方なく悪いことをしなきゃいけないこともあっただろう。


 それでも大八さんの笑顔には曇りもないし、温かい言葉に私は励まされているわけで。


「いつか、教えてください」


 ちゃんと笑えたかな?


 きっと吐き気で顔は青いし頬は引きつっているかもしれないけど。

 今出せる最上級の笑顔だから許して欲しい。


「紬は、ほんとに――」


 何故か怖い顔で言葉を飲み込まれたけど、これは必死で浮かべた笑顔が見るに堪えないぞという意味ではなかろうか。


 もしそうなら本当に申し訳ない。


 これからは具合と調子が悪い時は笑わないようにしよう。

 無理は良くないよね。

 相手も不快に思うんだからそうしよう。


 勝手に反省していると大八さんが少し居心地悪そうに体を揺らした。


「……これ以上長居しても紬が辛いだろうからそろそろ行くが」


 本当になにもいらないか?と目で訴えられたので、ちょっと考えてから疑問をひとつ解消してもらおうかなと口を開いた。


「えっと、あのですね。行く前に教えてもらいたいんですけど、狒々の意識と繋がるたびに食べているところを見てるんですが」


 大八さんは立ち上がりかけていた腰をもう一度下ろして無言で頷き先を促してくれる。


「でも一番最初に食べた女の子の時よりすごく落ちるんですよ……味が。それって初めて味わったって言う強烈な印象があったからなのか、それとも最初の子が霊力的なものが強かったからなのかどっちなのかなと思って」


 狒々も食べながら何度も「ちがう」って思ってたみたいなんだよね。

 あの女の子の味を追い求めて次から次へと人を襲っていたけど結局あの味に匹敵するような人は今の所いなくて。


「それはおれにはなんとも言えんが」


 腕を組みながら大八さんがもしかしたらと続ける。


「狒々と縁の深い子どもだった可能性もある」

「縁が深いって……仲が良かったってこと?」


 今の狒々が子どもと仲良くなるなんて想像もつかないけど、道を踏み外す前ならもしかしたらなにかの拍子に知り合って心を通わせることもあるかもしれない。


 そういえば最初に記憶を見た時の狒々の毛の色は綺麗な赤だったし、声だって言葉だってもっとはっきりとしてた。


「……そうだ、サケ!お酒より美味しいって」


 ふと猿の妖でお酒の好きな妖がいたのを思い出す。

 確か名前は。


「おいおい、あいつが猩々(しょうじょう)のなれの果て?……まあ無くはないだろうが」

「そう!猩々!猩々って、神さまですよね?」


 大八さんの言葉に思わず飛び起きて、込み上げてきた不快感に震えて口を押える。


 うわっ。

 危な……っ!


「おいおい。大丈夫か?神さまつっても妖に変わりはないしな」


 神さまも穢れれば妖魔になる。

 狒々が――猩々が仲の良かった女の子を食べて狒々へと堕ちたんだとしたら。


 きっとそうしたくなるようなことがあったんだ。


 一体なにが。


「紬?本当に大丈夫か?気分が悪いならトイレに連れて行くがどうする?」

「だ、い……じょうぶ」


 胃液は考えごとをしているうちになんとか定位置にお戻りいただいたので心配してくれる大八さんには問題ないと首を振っておく。


 でも大八さんのお蔭で狒々の秘密に少し近づけた気がするし、これを使って動揺だったり、隙を作ることができるかもしれない。


 やっぱり知識や助言は大切なんだなと学ぶ。

 後は恥ずかしがらずに分からないことは聞くことも大切。


「大八さん、ありがとう」

「なんか役に立ったか?」

「とっても」

「そうか」


 いつも通りニカッと笑って大八さんは腰を上げる。


「休める時に休んどくのも大事だからな。ゆっくり休め」

「はい。ありがとうございます」


 掌をひらひらと振ってさっさと横になれと勧める大八さんにお礼を言ってそっと寝転んだ。

 まだ胃が痛いけど道が開けそうな予感にほっとしているのか目を閉じるとゆっくりと睡魔がやってくる。


 障子が閉まる音と大八さんの温かな気配がその向こうに消えたのを感じながらちょっと寂しいなぁなんて思いながら眠りに落ちた。


 どこかから風が吹いて。

 それを追いかけた先にすすきの広がる場所があって、その中に小さな人影がぽつりと立っていた。

 穂が揺れてキラキラと日の光を弾きながらこちらを見たその人――ううん、その子――の左目の下にほくろがひとつ。


 にこりと笑って手を振ったその女の子のもとへ駆けていく赤い影がすすきの間から見えたり隠れたり。


 これは夢?


 これは狒々の記憶?


 分からないけど私は白い色に包まれて。

 そこで切れた。


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