まさか 私が目覚めるなんて
三軒隣のミサちゃんちで結と一緒に遊んでいたはずなのにいつの間にか一人になっていた。
年が近い二人は私がなにか別のことに気を取られているうちに外へと出て行ってしまったらしい。
仕方がないので立ち上がり玄関に置いていた麦わら帽子を頭に乗せておじいちゃんの家まで帰ることにした。
足元にくっきりと落ちる影を見ながらセミの声に追われるように道を行く。
畑には赤や緑が濃く輝き、太陽の光も痛いくらいに肌を焼いた。
息を吸いこめば胸の中に熱い夏の香りがいっぱいに満ちて段々と嬉しくなってくる。
「ただいま」
網戸を開けて土間へと駆けこむとひんやりとしていて一気に汗が噴き出してきた。
おばあちゃんが団扇を仰ぎながら出てきて「おかえり」と笑いながら首にかけていたタオルで帽子を脱いだ私のおでこを優しく拭いてくれる。
「喉乾いたやろ。スイカ食べるかね?」
「うん」
「すぐ切ってあげるわ。おじいちゃんも呼んできてちょうだい」
「はぁい」
おばあちゃんは台所へと歩いて行き、私はそれとは反対側。
おじいちゃんの部屋がある方へと向かって廊下を走った。
おじいちゃんの家は古くて広い。
部屋はいっぱいあるし――だけど襖で仕切っているので取ってしまえばひとつの大きな部屋になる――古い箪笥やなんの道具か分からないものだってたくさんあった。
廊下は薄暗いし二階へ上がる階段はとても急で、ぎしぎしと音が鳴るのがちょっと怖い。
お風呂はヤモリが出るし雨の日はナメクジだっている。
トイレは水洗だけど妙に細長くてドアまで遠いから夜入った時はすごく不安になって。
でも畳の上に直接お布団を敷いて眠るといつもと違って――時々途中で枕が無くなったりして起きたりするけど――良く眠れるし、車の音やざわざわとした空気がないから静かだし。
私はちょっと不気味で不思議だけど温かいこのおじいちゃんの家がすごく好きだ。
廊下の突き当たりにあるおじいちゃんの部屋は襖があいていて、そこからひょっこりと覗き込むとおじいちゃんの後ろ姿が見えた。
胡坐をかいてなにかを腕に抱いているように肘を曲げて下を向いている。
誰かとおはなししてる――?
他には誰もいないはずなのにそう感じたのは、なんだかとても楽しそうにおじいちゃんが笑ってたから。
「おじいちゃん?」
呼びかけるとおじいちゃんはゆっくりと顔を上げてこっちを振り返った。
ウェーブの柔らかな髪が揺れてその奥で青みがかった黒い瞳が細められる。
「おう。どうした、紬」
「おばあちゃんがスイカ食べようって。呼んで来てって」
「いいなぁ。よし、行こか」
立ち上がろうとしたおじいちゃんの腕に可愛らしいお人形があったのに驚いて固まると、おじいちゃんはクスクス笑い声をたてた。
「可愛いやろ」
どこか自慢げに差し出されたそのお人形は肩までの黒髪が艶やかな日本人形だった。
とても古いものなのだろう。
肌は少しくすんで象牙色になってたけど小さな赤い唇とうっすらと紅を刷いたような愛らしい頬をして、黒い黒い瞳に澄んだ光を宿していた。
「……かわいい」
「お袖っていうんよ」
「おそでちゃん」
「そう。漢字で書くと紬って名前とちょっと似とるなぁ」
はははっと笑っておじいちゃんはお袖ちゃんを私の手の中に抱かせてくれた。
飾られて眺めるだけの日本人形と違ってこの子は着せ替えしたりおままごとをしたりして遊ぶように作られていて、しっかりとした重さと簡単には壊れないと思わせるだけの意思を感じる。
「かわいいおそでちゃん。初めまして私つむぎだよ」
紺色の着物には小菊模様が散りばめられていて鮮やかな緑色の帯には蝶々の柄が織り込まれていた。
きゅっと抱きしめるとお人形の手が背中の方へとまるで体に沿うようになって愛しさが込み上げる。
髪に頬を寄せゆっくり吸い込むと微かに埃っぽい太陽の匂いがして胸の中がほんわかとした。
「ほう。お袖も紬が気に入ったようやな」
「私もおそでちゃん好き。あったかい。……いっしょに帰れたらいいのに」
心のどこかでおじいちゃんがこのお人形を連れて帰っても良いよって言ってくれたらいいなと思っていたけど。
おじいちゃんは顔をくしゃりとして困ったように笑う。
「ごめんな。お袖はこの家からは離れられんから紬が会いに来てやってくれんか?」
腕の中の小さなお友達を私がそっと見下ろすとお袖ちゃんも「ごめんね」と申し訳なさそうにしているような気がした。
「うん。わかった。私が会いに来る」
待っててね。
指切りげんまんする代わりにお人形の手を握り締めて約束を交わすとおじいちゃんが私の頭に手を乗せて優しく撫でてくれた。
お袖ちゃんも笑ってくれているように見えて私は嬉しくなる。
「行くか。スイカ」
「うん!」
左手にお袖ちゃん右手におじいちゃんの手を握り廊下へと向かおうとした時だった。
心地のいい風が入ってくる開けっ放しの縁側から慌ただしい足音と「総二郎さん!」とおじいちゃんの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
大きくちょっと急いでいるような声。
「大変だよ!」
「どうしたい。カヨさん」
お向かいの家のカヨおばあちゃんが青い顔で縁に手を着いて身を乗り出してくる。
「アケミさんが目を離した隙にノリさんが家を出て行ったらしいて」
「畑は探してみたんか?」
「探したわ!いっとう先に、でもおらんがね。もしかしたら川か山に行ったかもってみんなで準備しとる」
ノリさんは自分が今いくつなのか、ごはんを食べたかどうかも忘れちゃうし、自分の息子さんの名前も顔も分からなくなってるって聞いた。
ひとりで出かけたら帰り道が分からなくて迷子になる。
それはきっと怖いことなんだ――おじいちゃんとカヨさんが眉を下げて早口で話しているのを見てじわじわと身に染みてくる。
ふとおじいちゃんが廂から空を覗き込むようにして「まずいな」と呟いた。
「いかん。雨が降るわ。川が溢れるほどの。カヨさん、川には近づかんようみんなに言っとくれ。ノリさんは――」
不自然に言葉を切っておじいちゃんは視線をここではない所へと向けてじっと目を凝らす。
眼鏡の向こうになにかが見えるかのように。
いつもは穏やかなおじいちゃんの険しい顔。
部屋の隅でなにかが動いた気がしたけど、腕の中のお袖ちゃんに呼ばれてはっと意識を戻すとおじいちゃんが堂々とした声で「ノリさんは山におる」と告げた。
「山やね。分かった。みんなに伝えてくるわ」
「そうしてくれ。すぐ行く」
カヨさんは心得た風に走って行き、おじいちゃんはもう一度私の手を掴んで台所へと向かいながら「ごめんな。スイカは紬だけで食うておくれ」と謝られた。
山の方から暗い雲が流れてきてすぐに降りだしたけど、ノリさんはみんなで必死に探したからか本降りになる前に見つかり無事にアケミさんの元に帰ってきて――めでたしめでたし。
★ ★ ★
硬い。
背中が痛くて寝返りを打つと激しく脳が揺れて吐き気がする。
寒くてたまらないのに血は熱くて気分が悪い。
「動くでない」
ひんやりとした掌が額に当てられ、その心地よさにほっと息を吐く。
胃が引っくり返りそうな吐き気も不思議と落ち着いてきて、細い手に誘われるまま重い瞼を押し上げた。
見えたのは板張りの床。
フローリングなんて素敵な響きの建材ではない。
でもしっかりとした純木製の床で年月と共に燻された煤や油で艶々としている。
「目を使うにはまだ辛かろう」
労わるような声は優しいというよりもどこか軽やかで、古風な話し方だけど相手がとても若い女性であることを教えてくれていた。
「……ここ、は?」
「安心せい。毎朝お主が訪れている場所じゃ」
そういえば仕事中に不可思議な現象が起こって一瞬気を失い、心配してくれていた高橋先輩や真琴さんに見送られてタクシーで千秋寺まで来たんだった。
眼鏡が無いから見える範囲はすごく限られているけど、今いるここは八畳ほどの板の間でほとんど物はない。
板の上にごろりと無造作に転がされているから布団すらないんだと思う。
でもこういう場所千秋寺にあったかな?
それにこの女の人の声、一度も聞いたこと無い。
真希子さんや宗春さん、それに宗明さんや大八さんはどこ――と少し不安に思い始めた私の耳と体に馴染んだ声と足音が響いた。
「おう、天音。紬の様子はどうだ?」
ガラリと板戸が引かれる音。
「もうちっと静かに入っては来れんのか。まったく無粋な男」
舌打ちの後で毒づいた女の人の冷たい指が私の頬を撫でてそっと離れていく。
夜の冷えた風が流れ込んできて思わず震えると「あ、悪い。毛布持ってきた」謝りながらすぐ戸は閉められふわりと毛布が掛けられた。
お線香の匂いが染みついたその毛布に顔を埋めると何故か鼻の奥がつんっと刺激されて涙腺が緩む。
「大丈夫か?」
「………」
大八さんが顔を覗き込んでくる気配に私は小さく頷いた。
どかりと近くに座り込む音がしてわしわしと乱暴に頭を掻き混ぜられる。
「ちょ……大八さん」
「ほんと安心した。階段の下で倒れてる紬見た時は心臓ぶち破れるかと思ったわ」
「お前の心臓がそう簡単に破れるものか。雪女の氷の手で掴まれてもしぶとく、浅ましく動きそうじゃな」
「おっ。珍しく天音に褒められたな」
「誉めてなどおらぬ!ほんに単純でめでたい頭をしておるわ」
「バカにしてるだろ?」
「今度こそ褒めてやったというのに……理解に苦しむ」
やれやれという呟きと嘆息と同時にきゅぽんっという小気味良い音が続き液体が注がれる。
そしてほんのりと香る酒精の甘いようなスッと鼻を通るような匂い。
日本酒だ。
しかも寒い所の。
ごくりと喉を鳴らして私はそっと体を反転させて後ろを向いた。
「どうした?」
朱色の盃を傾けて呑み干した口元を拭う仕草。
緑色に見える黒い髪はとても長く、床の上に水が流れ落ちるように美しい模様を描いている。
凛とした雰囲気。
纏う銀色の着物の艶やかさ。
寒さを和らげるため肩にかけられた黒い打掛に見事な龍が刺繍されているのを見て私はひっと悲鳴を上げた。
思わず上半身を起こし、お尻を引きずりながら後ろへと下がると大八さんにぶつかってそれ以上は動けなくなってしまう。
「ひぃええええっ!?」
「おいおい。どうした?」
「だだだだって!大八さん、この方は」
「よいよい。今更じゃ」
コロコロと笑うこの美しい女性こそ。
千秋寺奥ノ院に祀られている竜の化身。
ありがたい仏さま。
「天音と呼べ」
「いいぃい!?そんな!恐れ多いですっ!」
「龍だか仏だか偉そうに祀られてるが、こいつたいしたことしてないからな。紬が敬う必要ない」
「なにを。私がここにいるからこそ、この地の清浄さは保たれ結界が成されるのだ。ちゃんと働いておるわ」
「ここが正常でもあちらが異常であるなら意味が無いだろ。いい加減あの石頭の目を覚まさせてやれ」
「お前は相変わらず姉が嫌いじゃのう。龍姫とて分かってはおるわ。分かっておっても語り部との約束を破ることができんのは守護者として仕方なきこと」
この二人。
仲が良いのか悪いのか。
喋り出したら私が口を挟む余地もないくらいに話し続ける。
龍姫とか姉とか語り部とかよく分からない内容だけど、部外者のような私が聞いてもいいことなのかな?
視線を彷徨わせていると龍の化身さまは吐息を漏らしながら微笑んで。
「もう随分とよさそうじゃの」
「あ……はい。本当なら立ち入り禁止のお堂の中にお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
「よいよい。お主の霊力が溢れだして暴走した挙句に底ついた空っぽの器に力を漲らせるにはここで休ませるのが一番手っ取り早かったからの」
逆に年頃の娘を敷き布も無く横にして悪かったな――と謝られ恐縮する。
霊験あらたかな仏さまがただの人である私に謝罪をし、しかもこうして優しく介抱してもらうとか後でとんでもない罰が当たりそうだ。
「あの、ええっと――」
宗春さんに目の前の女性の正式名称を教えてもらったんだけど、とても長い上に難しくて覚えられなかった。
なので言い淀んでいると仏さまは口元だけは微笑んで、目だけは笑わないという背筋が凍るような表情で「天音」と呼べと促される。
ああ。
はい、そういうことですね。
素直にそう呼ばせていただきます。
覚えられないし。
「天音さま」
「なんじゃ」
「私の、いいえ。おじいちゃんの眼鏡は過去や未来が見えるんですね」
幽霊や妖精や妖が見えるだけじゃなかった。
本来は見えてはいけないものが見えるようになる。
「そのようじゃの」
簡単に肯定して天音さまはその膝元に私の――おじいちゃんの眼鏡をそっと置いた。
「毎朝ここへ通ううちに紬の力は高められ、蓄えられ、いつ溢れてもおかしくはないほどに満たされておった。そうなる前に制御する方法を身に着けさせるべきだったのだろうが、兄弟の意見が割れておっての」
兄弟?
宗明さんと宗春さんのこと?
「兄さんは紬の考えは変わらないのだから教えるべきだというし、僕としては紬自身がこれからどうなりたいか正しく理解して決めてからがいいって思ってたしね」
「……宗春さん」
声がするまで気づかなかったけど音も無く気配もなく宗春さんは薄く笑って堂内に立っていて、私を見つめる瞳には今までにないほど生々しい感情が揺らめいているような気がする。
視力を助ける眼鏡無しでそんなにはっきりと見えるわけがないのに、宗春さんの目の中に炯々と瞳を燃やして歯ぎしりをしている黒い影のような化け物の姿が見えた。
「あんなに人ではない者と慣れ合うことなど愚かなことだと紬に教えることを拒んでいたくせにさ。今度は力を使いこなせるように導くべきだとか言うんだから」
信じられないよ。
「お主ら兄弟の意見が一致したことなどこれまで一度もなかろう。その原因はお前が一番分かっているだろうに」
「ねえ。その姦しい口を縫い留めてやろうか?」
いつもなら饒舌に嫌味を言った後で脅し止めを刺すというのに、宗春さんは言葉少なく冷たい微笑みで天音さまへ暴言を放った。
仕えている大切な仏さまだというのに平気な顔をしているし、言われた方もけろりとして日本酒を飲んでいる。
大八さんはこの件に関しては口出ししないと決めているのか、それともできないのか静観しているし。
「あの、眼鏡をかけたらまた暴走しちゃいますか……?かけてないと見えなくて不便で」
せっかく落ち着いて来たのにまた制御不能になってしまうのは困るので、一応かけても問題ないかを尋ねた。
微妙な空気の中口を開くのはとても勇気がいったけど、視界がぼやけたままなのはとても心細い。
「ああ、よい。問題無かろう」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げてから天音さまの膝近くへといそいそ手を伸ばす。
「――――っ!?」
その指先すれすれになにかが振り下ろされて一気に肌が粟立った。
ガッというなにかが削れる音と共に床が揺れる。
眼鏡の助けが無い私の目には黒い影と一瞬揺らめいた白い光の残像しか映ってなかったけど、正面に座っている天音さまの息を飲む音が聞こえ大八さんが腕を伸ばして後ろへと引き寄せてくれなければ恐ろしい結末が起きていたかもしれない。
「宗春!お前っ!」
怒号と言ってもいいほどの大きさと激しさで大八さんが宗春さんを呼んだけど、彼はいつものように平然とした顔をしているのだろう――大八さんは喉の奥で唸り声を響かせている。
「えっと、なにが?」
自分でも間の抜けた質問だと思う。
でも見えないんだから仕方がない。
私は眼鏡が無ければまともに物を捕えることもできないし、現状を把握することすらできないんだから。
「お主の大切な眼鏡を宗春は叩き切ろうとしたが失敗に終わったようじゃ」
「違うだろっ!紬の指ごと斬ろうとしたんだろうが!お前本当に信じられないくらい最低な奴だなっ!」
ああ、なるほど。
宗春さんがいつも腰に隠し持ってる小さな刀で斬りつけられたのか。
爪がチリチリと痛いようなむず痒いような。
落ち着かないのはそのせいなんだ。
指を掌で揉んで刺激を散らしながら膝で前へと進むと、眼鏡があった場所に鈍い光を弾く匕首が行く手を阻む様に床に突き刺さっていた。
眼鏡はその向こう側。
飴色と深い茶色の美しいフレームは傷ひとつついていない。
温まった手で拾い上げレンズについた汚れを一拭いしてから眼鏡をかけると、あるべきものが帰ってきた安心感にほっと息を吐く。
「眼鏡が無事ならいいよ。別に」
像を結んだ眼鏡の向こうで宗春さんは苦いものを口にしたように顔を顰め、大八さんはそれでいいのかとむっつりと唇の端を下げた。
天音さまだけは興味深そうに宗春さんをしげしげと眺めて楽しそうだ。
「宗春さん」
「……なに」
素っ気ない言い方だけど返事があるだけましかもしれない。
私は座りなおして宗春さんに向かって正座をして自分の膝の少し前に指先を床に着けた。
宗春さんはさっき言った。
ちゃんと私は聞いてたから。
ぼんやりしてても聞き逃しはしてない。
だからゆっくりと指先に額が着くくらいに頭を下げた。
「お願いします。私に力の使い方を教えてください」
「紬っ!止めとけ!こいつは――」
「止めるのはお前の方じゃ。大八。これは紬の意思」
「だけどよっ!」
心配してくれている大八さんを諌めてくれたのは天音さまだった。
心の中で感謝しながらもう一度「宗春さん。お願いします」と頼めば彼は困惑の滲んだ声で「どうして僕なの」と返してくる。
顔を上げるとどこか不安そうに見える宗春さんが私を見ていてしょうがないなと笑う。
「私の先生は宗春さんだから」
「今まではそうだったけど、もう違う。兄さんは紬の手助けを拒んだりしない。だから僕じゃなく」
「違う。私は宗春さんが良いの。頭悪くて呑み込みの悪い私に付き合ってここまで色々と教えてくれた宗春さんに私は教えてもらいたい」
宗明さんの方が丁寧に事細かく教えてくれるかもしれない。
私だって最初から宗明さんが快く受け入れてくれていたら失礼な宗春さんよりも宗明さんを選んでいたと思う。
でもしょうがないじゃない。
簡単に人に刃物を向けるし、笑いながら物騒なこと言う人だけど心底悪い人じゃないから。
私がどうなりたいかを決めるまで待とうって言ってくれる人だから信じたい。
「どうなんですか?教えてくれるんですか?教えてくれないんですか?」
立っている宗春さんを下から見上げて詰め寄れば、彼は眉を寄せてふいっと横を向いた。
それは拒絶ではなく表情を読まれたくないという単純な反射だ。
「宗春さん」
「あー!もう、分かった。分かったよ!後から兄さんの方が良いって言っても途中で交代してやらないからね」
「言いません」
「どうだか!母さんがご飯作ってくれてるから動けるようになったら下りてくれば」
そう言って一度もこっちを見ないまま宗春さんは出て行った。
天音さまが盃に酒を注いで美味しそうに呑み干し「紬は物好きじゃの」と笑い、大八さんは頭を抱えて。
私は目が覚めるまで見ていたおじいちゃんの過去にあったできごとを思い返しながら勇気をもらい、そして同じくらい不安と恐怖を胸に覚えながら大きく深呼吸をした。
久しぶりのおじいちゃん登場でやっと名前出せました。
更に千秋寺の奥の院で祀られている仏さまもようやく出せてほっとしております。
彼女のお姉さんである龍姫のことやなにが異常なのかもいずれは明かされるのでそれまでお待ちください。