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失言にて取り乱す



 一肌脱ごうじゃないか――とは言ったもののなにをしたらいいのか全然思い浮かばない。


 生まれてこのかた二十三年間浮いた話も無ければ、甘い思い出もない私に誰かの恋を応援しようなんてそんな大それたこと考えるだけでも烏滸がましかったのかも。


「でも、なにかやりたい」


 長年片思いを続けるコン汰さんのためにも、兄の思い人を知らなかったとはいえ奪ってしまったことを申し訳ないと思っている銀次さんのためにも。


 私にできること。


 昨日おうどんと絶品おいなりさんを頂いた掃除の後、仏様が描かれた見本の絵の上に紙を置いて透けて見える線を上からなぞって描く写仏というものを本堂でやったあと「帰っていいよ」とあっさり宗春さんに解放されて家へと帰る間も、帰ってご飯食べてお風呂に入りお布団に沈むまでずっと考えていたんだけど。


「だめだ。ほんとなんにも思いつかない」


 落ち込みながら千秋寺の暗い階段を登り終え、山門を潜って境内へと出ると珍しいことに宗明しゅうめいさんと鉢合わせした。

 僧衣ではなく動きやすい作務衣を着ているけれど眼差しの強さや凛とした雰囲気は変わらないのでちょっと気後れする。

 ここに通い始めてから二週間になるので今更門前払いされることはないと思うんだけど。


「おは、よう……ございます」


 それとも図々しく平日は朝食とお弁当を作ってもらい、週末は朝とお昼ご飯をいただいていることを注意されるのかと恐る恐る挨拶をすると澄んだ声で「おはようございます」と返ってきた。


 えっと……怒ってはいない?


 でも機嫌がいいわけでもなさそうだけど、そもそも宗明さんが楽しそうにしている姿なんて見たことないから判断できない。


 これはきっと通常運転だと思うんだけど。


 宗明さんに妖のことでなにか尋ねても素直に教えてくれると思わない方が良いと宗春さんに言われてからなんとなく疎遠になっている。

 毎日千秋寺に来ているのに顔を合わせることも少なくて。

 不思議なこと以外は共通の話題を探すのも難しいからこうして向かい合ってもなんとなく気まずい。


 視線をあっちこっちへと動かしていると宗明さんがきゅっと眉間に皺を寄せて小さくなにが呟いたのがちらりと映る。


 でもそれから唇の端に力を入れて黙ってしまう。

 なにか言いたいことがあるなら早く言ってもらいたい。


 こんな生殺しみたいな状態で黙り込むとか勘弁して。


「あの、なにか?」


 しょうがないのでこっちから歩み寄ってみる。


 普通お坊さんって説法とかするからお話上手なんじゃないんだろうか?

 まあ宗明さんのお話はありがたみのあるものは聞けても、面白くてお腹抱えて笑うようなものはやらないだろうけども。


 でも、もう少しさぁ。


「……宗春は、小宮山さんになにか失礼をしていませんか」

「へ?」


 胸の中で燻る小さな苛立ちへ肥料を与えていたから一瞬なにを問われたのか理解できなかった。

 過ぎた肥料は逆に怒りを鎮火させてしまったようで私は間抜けな顔をして宗明さんを見上げる形になる。


「ですから宗春は小宮山さんにとって良い師となっていますかと聞いているのです」


 どこか焦れたように言われて驚いたまま固まってしまう。


 え?

 どういうこと?


 宗明さんは私が妖や幽霊や妖精といった不思議と関わることには反対だったはずなのに。

 どうして宗春さんがちゃんと教えてくれているかと心配するのか。


「考えは変わりませんか?」


 なにがあっても共存していきたいと思っている気持ちに変わりはないかと聞かれているのだと気づいて私はゆっくりと、深く頷きそれだけじゃ足りない気がして「変わりません」とはっきりと口にした。


「悪霊や魔を祓うということは生半可なものではないのです。命を失う可能性が高く、それなりの覚悟と技術と力が必要です」


 それを。


「あなたはなんの修行もせず、確たる覚悟も知識も無く行った」

「……私を責めているんですか?」

「いいえ。あなたの思いの強さを甘く見すぎていた」


 棘のある言い方をした私の目の前に宗明さんが右手をそっと差し出した。

 掌を上に向けて。


「小宮山さん。お約束のものです」

「約束……?」


 薄いピンクと紫の和柄の布でできた可愛らしいお守りが宗明さんの手の上に乗っている。

 お守りと言っても千秋寺は境内にも本堂にもそういったものを取り扱っている売り場も無い。

 だから表に千秋寺の名前も効果を示す表記もなにもないし、そもそも宗明さんとしたらしい約束の内容がちっとも思い出せない。


「以前電話で他の方法を考えておきますとお伝えしたはずですが」


 忘れてしまったのかと確認されてはっと我に返る。


 お札の代わりになる対策を考えると言ってくれたあの時の――。


「ありがとうございます!」


 まさか本当に考えてくれていたなんて思ってもいなかったから驚いたけど、私のためにと用意してくれたお守りが嬉しくて宗明さんの手から奪うように掴みとる。


 手に取ってよく見ると生地はどうも古い着物のもののようで、柔らかな手触りと少し褪せた色がなんともいえない味わいがあった。

 飾り結びになっている白い紐がお守り袋の口をやんわりと締めていて、小さな銀色の鈴が綺麗な音色を響かせる。


「可愛い……」

「祖母の着物を解いて作りました。お気に召したのならなによりです」

「え?もしかしてこれ、宗明さんが――?」

「他に誰が?」


 不思議そうに首を傾げる宗明さんの視線を感じながらそっと指先でお守りを撫でた。

 中には固い木の札と紙のようなものが入っている。

 それだけじゃなく丁寧に針を運んで仕上げてくれているのを見れば、どれほど宗明さんが時間をかけて真剣に作ってくれたか伝わってきて。


「宗明さん、ほんとに」

「お礼など必要ありません。いいですか。本当に危険な時にだけ小宮山さんの身代わりとなりあなたを守ることができますが、これは一度しか効果がありません」

「は、はい」

「あなたを害そうとする相手を一瞬怯ませることはできるでしょうがそれだけです。その隙をついて逃げることは恐らく難しいでしょう」

「……はい」

「これと共に以前差し上げた札も携帯してくださることを強くおすすめします」


 それすらも心許ないものですが、と謙遜する彼に大きく首を横に振って見せた。


「宗春さんに聞きました。宗明さんのお札は古い妖ですら身動きできないようにするくらい効果があるって」


 宗明さんは二度瞬きして「宗春がそんなことを」と驚いたように呟いた。


「はい。宗春さんは無茶苦茶なことを言ったり時々信じられないような酷いことするけど、聞けばちゃんと教えてくれますし鈍臭い私を呆れながらも見捨てないでいてくれますし」


 だからちゃんと先生してくれてますよ、と私が笑うと宗明さんはどこか信じられないような顔をして「そうですか」と頷く。


「しかしあなたも相当なお人好しですね。多くの人を殺してきた女性の霊に心を寄せて、いかなる方法でかは知りませんが還してやって」

「ひどい言い方ですね」

「宗春ほどではないでしょう」

「まぁ確かに」

「宗春に死んでも構わないと思われていながら、それでも弟を嫌悪しないんですから」


 本当に相当のお人好しです。


 そう言い頬を緩めて目を細めた宗明さんを前に私はびっくりして見入ってしまった。

 張りつめた空気が和らいで、まるで仏様のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる彼が私の知っている宗明さんとは別人のようで。


「小宮山さんの命が脅かされることなく、信念を貫くことができるといいですね」

「うっ、ああ、はいぃい!」


 すっとなにもなかったかのように笑顔を消して宗明さんは今までとは違って好意的な言葉を残して本堂へと歩いて行った。

 私は宗明さんが作ってくれたお守りを胸に抱いて跳ね上がって落ち着かない鼓動を鎮めるべくゆっくりと深呼吸した。



  ★  ★  ★  



 宗明さんの急な変化に驚きつつも、昨日小鬼たちと約束したのでちゃんと鞄の中にお札は入れてきている。


 更に宗明さんからもらったお守りまであるんだからもう百人力。

鬼に金棒だ。


 見える部分――トートバックの把手部分――に着けているのを目聡く宗春さんが見つけて「へえ、兄さんがねぇ」とどこか冷たい顔で微笑んだけど取り上げられることは無かったのでほっと胸を撫で下ろした。


 前に宗春さんを頼らずに宗明さんに泣きついたことを次の日にちくちく嫌味を言われ、しかも刃物まで持ち出し恐ろしい脅しをかけられた記憶は忘れたくても忘れられないものになっている。


 そもそもこの兄弟は仲が良いのか悪いのかちょっと分からない。


 宗春さんが誉めていたことを聞いて宗明さんはとても驚いていたみたいだし、どう受け止めていいのか戸惑っているようにも見えた。


 突拍子もないことを言ったりしたりする宗春さんを宗明さんはどんな風に思っているんだろう。


 危なっかしいって心配してる?

 それとも不安がってる?

 いい加減にしろって呆れてる?


 もしかして


 ――理解できないって怖がってる?


 もしそうだとしたら悲しい。


 確かににこにこ笑いながら意地悪なこと平気で言うし、無茶なことだって平気でやらせるけど、なにも分からない私に色々と教えるなんて面倒なことを引き受けて毎日付き合ってくれてる宗春さんはきっと分かり辛いだけでちゃんと優しいんだと思うから。


「あー、昨日の子だ。確か……えっと紬ちゃんだっけ?どこ行くの?」


 今日はお母さんと結にほのかのおいなりさんを食べてもらいたくて帰りに寄ろうと真希子さんに教えてもらった小道を抜けて商店街へと入った所までは覚えていたけど、いつの間にかお店の前にまで着いていたらしい。

 それどころか通り過ぎて商店街のアーチを抜けて住宅街へと向かいそうになっていたようで慌てて立ち止まる。


「お家、そっちなの?」

「あ」


 名前を呼ばれなければ自分のことだと気づかずそのまま知らない場所へと足を踏み入れていた。


 危ない、危ない。

 この歳で迷子になる所だった。


「すみません、ちょっと考えごとしてたら通り過ぎてしまいました」


 振り返った先にいたのは亜紗美さんで、店先の掃除をしていたのか箒と塵取りを両手に持っている。

 真っ赤な夕日が商店街を染めて、亜紗美さんの白い頬もオレンジ色に輝いていた。

 大きくて綺麗な瞳がじっと私を見つめている。

 その視線が全身を眺めた後、ぎゅっと眉が寄せられて小さく頭を振られた。


 言いたいことは分かる。


「紬ちゃん、そりゃないわ―……」

「すみません」

「うん。自覚があるようだからまだ救いはあるけど……ちょっとこっちにおいで」


 手招きしながらエプロンタイプのワンピースの裾を翻して亜紗美さんは板チョコみたいな形の白い扉を開けて中へと入って行く。

 おずおずと近づいて行きお店の外観を確かめると細長い窓には白い文字で雑貨屋Naturalと可愛らしい書体が踊り、青い壁と白い窓枠のコントラストが眩しい。

 軒下にハーブなのか葉っぱだけの植物なのかよく分からないけれどさり気なく白いプランターに植えられていた。

 ちゃんと手入れされているのが分かるように生き生きしているし、何より気持ちよさそうにピンク色の肌の丸々とした妖精の赤ちゃんが眠っている。

 ふと視線を横に向けるとどうやらお隣さんはお花屋さんのようで、見たことも無いようなスレンダーな美人さんが閉店準備をしていた。

 目が合ったのでなんとなく会釈をすると、美人さんも小さく頭を下げてくれる。


「なにしてんの?紬ちゃん、早く入っておいで」

「あ!はい」


 中々来ないから大きな声で呼ばれ、急いで中へと飛び込むと雑貨屋さん特有のなんだか癒されるような落ち着く香りに包まれてほっと肩から力が抜ける。


 そうそう、これが本当の良い匂いだよ。


 この中に一日中居れば素敵な香りが染みついて全身から匂うようになるかもしれないけど、最近は朝早くから動き出して汗をかくばっかりの私から発することなどあるわけがない香り。


「ああ、和むぅ」


 店内に流れている音楽もオルゴールのような曲でよくよく聞くと懐かしい歌だったりするんだけど、白磁に繊細な青い花が描かれたティーセットや木でできた子どもの玩具だったりくるみ割り人形をモチーフにした仕掛け時計だったり、お洒落なキッチン用品や可愛い便利グッズ、木製の棚や小物、外国の文房具などをゆっくり見るのを邪魔しない配慮がされていた。


 店の奥の方には洋服がかけられていて、バックや靴アクセサリーも置いてある。

 ちゃんと試着室まであるんだとクリーム色のカーテンに囲まれている場所を見ていたら「お待たせ」と亜紗美さんが奥から段ボールを抱えて出てきた。

 レジの横にあるスペースによいしょと無造作に放り出し亜紗美さんはにっこりと笑う。


「これね。売れ残りなんだけど良かったら持って帰らない?」

「え!?いや、持って帰るとか……お店の商品なんですよね?」


 そんなの悪いです、と断ると亜紗美さんはきょとんとした顔の後でぷっと吹き出した。


「ああ、違う違う。夏に商店街のバザーで着なくなった洋服を持ってきて売った残りなの。私の完全な私物だからそれは気にしないで。持って帰るのが面倒で置いてたんだけど、ちょうど良かった。気に入ったのがあったら――うん、いや。私が選んであげる」


 本当は好きなものをどうぞと言いたかったんだろうけど、私のセンスの無さを亜紗美さんは察してくれたようだ。


「う~ん。紬ちゃんは髪が黒いから明るい色の方がいいかなぁ。染めたりしないの?」

「え?あ、はい。染めたら髪が傷んで更に手におえなくなってしまいそうで」

「えー?紬ちゃんの髪ちゃんと手入れしたら綺麗なウェーブ出そうなのに勿体ない」

「いや……私みたいな地味で冴えない女はどれだけ手をかけてもそれなりにしかならないので」

「ちょっとなに言ってんの!?どんな女の子だって可愛くなるんだから。そんなこといって自分を甘やかすからこんな所にお肉とかついちゃうの!」

「ひぃやぁああああ!?」


 卑屈な言葉にぷりぷりと怒りながら亜紗美さんは容赦なく下っ腹をむんずと掴む。

 恥ずかしさとくすぐったさに悲鳴を上げて飛び上がって逃げた私を「あれ?」と亜紗美さんが不思議そうに首を傾げて自分の手を見下ろした。


「な、なんですか……?」

「え?いや、隠してるからもっと、ついてるのかと――ちょっと、こっちきなさい!」

「いぃいい!?」


 問答無用で腕を取られ強引に試着室のカーテンの向こうに押し込められる。

 亜紗美さんが興奮気味に顔を真っ赤にしてギラギラとした目で私を睨んで、ワンピースの裾をぐっと握り締めて一気にめくり上げてきた!


 ちょ、ちょっと待って!?

 なんで私こんなことに。


 危険なのは銀次さんじゃなかったの――!?


「あさ、亜紗美さん!ちょっと、ちょっと待って」


 いくら相手が女性だとはいえコンプレックスの集合体ともいえる部分を見られるなんてとてもじゃないけど辛すぎる。


 亜紗美さんは露わになったお腹周りやむちむちしている太腿、膝、ふくらはぎを真剣に眺めた後ゆっくりとスカートを元の位置に戻し箱を物色し始めた。


 パンツを見られたことやずっと必死に隠してきた場所をまじまじと観察されたことがショックでへなへなと床に座り込み泣きたい気持ちに浸っていると「これ着てみて」とゆったりとした淡いピンクのブラウスとキャメル色のズボンを渡される。

 そのままカーテンを閉められてしまったのでノロノロと立ち上がり着ていたワンピースを脱いでブラウスとズボンを試着した。


 いつもなら腿の辺りがきつくて上がらないんだけど、このズボンは太腿がゆったりとしていて足首に向かって細くなるようになっているので案外スムーズにはけた。


 更にベルト部分がリボンになっていてお腹が出ていてもあんまり気にならない。


「終わった?」

「あ、はい!」


 返事を待たずに亜紗美さんはカーテンを開けて全身をチェックした後で満足そうに笑い、出したままのブラウスの裾をズボンの中に丁寧に入れてから「うん上出来」と頷いた。


「紬ちゃん的には気になるから少しでも隠したいんだろうけど、こういう時は裾はパンツにインしてリボンベルトを見せた方がすっきり見える」

「え?あ、はい」


 お洒落な人はズボンではなくパンツと言うのは知っていたけど、私は正確に下着のパンツとズボンのパンツの発音の違いが判らず使えない。


 それをさらっと使う亜紗美さんはやっぱりお洒落さんで可愛い。


「紬ちゃん自分で思ってるより全然太ってないし、隠すよりむしろ出していった方が良いと思うよ。見られてるって意識がそこにいって緊張感から引き締まるし、足首細いからそこも出して可愛い服いっぱい着なよ。そしたらもっと楽しくなるし、自信もついてくるから」

「亜紗美さん」

「銀次はどちらかというと仕事できる綺麗系の女の人が好きだから、付き合うの大変だと思うけど」

「は?付き合うって」

「え?だって口説かれたんでしょ?」

「違いますよ!」


 あの後銀次さんとはコン汰さんと亜紗美さんの恋が上手くいけばいいのにみたいなことを話しただけで。


 でもこれは亜紗美さんには言えないし。


 どうしようという焦りがぐるぐると頭の中で回りながらしどろもどろになりながら必死で口を開く。


「あの、あのですね!銀次さんのことよりも、私コン汰さんのことが」


 その瞬間、亜紗美さんの顔からサッと色が消え失せたのに気づき「え?」と不思議に思ったことで運悪く途中で止まってしまった。


 言葉も思考も。


 向かい合ったまま妙な空気が流れる。


「銀次よりコン汰の方がいいだなんて、紬ちゃん変わってるね」


 青い顔で固まっていた亜紗美さんが唇の端を歪めて笑うと、くるりと背を向けて段ボールを持って戻ってきた。

 無言でグイッと押し付けられてなんとなく受け取ってしまった私の背中を今度は痛いくらいの力で後ろから押してくる。


「ごめんね、紬ちゃん。閉店の時間だからまたきてね」

「う、え?亜紗美さん!?ちょっと待って――」


 顔は見えないけど声は震えて少し上ずっている。

 亜紗美さんが動揺しているのを感じて感染したかのように私の脳みそも上手く働かなくて。


 白い扉を抜けたところで後ろからの圧力から解放され、ほっとする間もなくすごい音を立てて入口が閉ざされてしまう。


「一体、なにが――?」


 なにが起こったのか理解できないまま立ち尽くし所在無く段ボールを見下ろす。

 選んでくれると言ってくれたのに、選別されること無く全ての服の入った箱は結構重い。


「あ、鞄」


 試着室の中に置いて来てしまった鞄と着てきた服を今更ながらに思い出す。

 携帯も財布も全部あの中に入っている。

 それにお札も今日貰ったお守りだって――。


「あっあの!亜紗美さん!すみません、鞄!開けてください!亜紗美さーん!!」


 下に段ボールを置いて慌てて扉を叩いてみるが出て来てくれる気配はない。


 半分泣きながら「亜紗美さん!お願い!開けてー!」と叫んでも聞こえているのかいないのか。


 どうしよう。

 鞄が無いと家に帰れないんですけど――!?



やれやれ小宮山さん、やっぱり失敗してしまいました。

財布も携帯もお札もお守りもなくて果たして無事に家へと帰れるのか。



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