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少年は再び自室に戻った。白い無地のタオルを首に下げ、コップ一杯のアップルティーを机に置くと学生の部屋にありがちな回転する椅子に腰を下ろした。適当に取った元数学Ⅰのノートを一枚破りとるとに何かを箇条書きにし、生意気にも自分用のノートパソコンに電源を入れたる。
慣れた手つきでパソコンを操作すると、濡れた髪の毛にはお構いなしにヘッドホンを着け、深呼吸を挟むと画面上にあるボタンを躊躇いつつもクリックした。
「お久しぶりです」
その世界を開くと同時に100人ほどがその声に耳を傾けた。そして同じような言葉を吹き出しに込め、少年に返した。
「久しぶりでーす」
「お! テルさん!」
「一か月ぶりぐらい?」
少年はゆっくりと画面に流れる少量の言葉の滝の一滴一滴を丁寧に受け取っていく。
「はい、テルです」
「そうですね。恐らくちょうど一か月ぶりです」
徐々に来客が増え薄っぺらい台本を確認し、そろそろオープニングを迎えようともう一度画面を見たとき少年の人差し指はエンターキーの寸前で止まった。
「なにしてたの?」
「なんかあったの?」
受け取り方に問題があった。プラスに受け取ればただ純粋に心配してくれている良いコメント。心配してくださってありがとうございますの後に、嘘をついて終わらせてしまえばスムーズに進めただろう。でも少年はそう器用ではなかった。
焦り沈黙を作ってしまった。それがまた悪影響になり同じようなコメントが増え、戸惑いも生まれ始めた。その様子を固まって眺めている少年の目には涙が生まれた。折角変身したのにと心の中でつぶやいた。
収まることはない戸惑いに、心無いコメントが混じった滝を見て、少年はもう後戻りができないことを悟り悔しさからくる嗚咽に耐えながら口を開いた。
「僕、高校辞めました」
***
「隠し味はなんでしょーか?」
突然の問題に頭を悩ませつつも、自分の味覚を信じて少年は応えた。
「チョコ」
「そこは外さないと」
違った流れを求めていた母親は眉をㇵの字にして少年を見つめた。それを少年の方も感じて自分の味覚と勘と運の良さの発揮する芭蕉を間違えたと後悔した。
「ごめん」
スプーンまでおいて謝る少年に母親は驚き「もぉ~」と言うような顔をした。
「それだけ味わって食べてたってことだからそれはそれで許してあげる。お父さんに同じようなこと聞いたらきっと「隠し味を言ったら意味がないじゃないか」とか言うんだもん。いやになっちゃう」
よく特徴をとらえた父親の真似に心がくすぐられた反動で忘れかけていたものが飛び出し、少年はそれを丁寧にキャッチした。
「お父さんは変わってるから。僕が学校辞めたいって言った時も怒らなかったし」
母親が一瞬表情を固めたことを確認した。母親は優しい人間だから時々そうなる。しかし、少年のその言葉は次の話に移行するための接続詞のようなもので、すぐに母親も理解した。
「あのね母さん。あした近くにある喫茶店に行こうと思ってるんだけどいいかな?」
母親はすぐに表情を柔らかくした。安心した顔だ。少年は母親のこの顔が一番好きだ。
「いいよ、行ってきな。なんていうお店?」
少年の久々に見せる顔に母親は心の中で嬉しさをかみしめた。
「人生の停留所っていう不思議な店、久しぶりにわくわくするんだよね」
二人の口角は同時に同じだけ動いた。