第一章『魔術使いのいろは』
第一話「魔術世界」
魔帝歴922年、王族や一部の魔術使いの家系のみが扱っていた魔術が一般の人々の普及してからおよそ600年。かつては魔術士狩りなどで弾圧されていた魔術使いと呼ばれる者たちだったが、新王国樹立の際に制定された国際魔術保護規定により人権が保障され、また魔術を国の発展に役立てようという活動によって、魔術は瞬く間に広がり、今では総人口のうちおよそ90%以上が魔術を扱えるようになっていた。
これは、そんな不思議な世界に生まれた一人の男の物語である。
春、出会いの季節。誰もがこれから始まるであろう新しい日々に胸を躍らせていた。しかし、そんな周囲の空気とは裏腹に郵便受けの前でうなだれる男の心の中は、過ぎさったはずの真冬のようだった。
「なぜだ、なぜなんだ、、、」
体を小刻みに震わせている男の手にはいくつかの封筒が握られている。封筒の差出人はどれも、ごくありふれた魔術学園からのものであった。
ーーこの度は、数ある魔術学園の中から当学園をお選びくださったことありがとうございます。
さて、早速ですが貴方様の魔力適正、魔術錬度並びに学術成績を当学園の入学基準と照らし合わせ、慎重に選考を重ねました結果、まことに残念ながら今回についてはご期待に添えない結果となりました。
つきましては、当学園が作成しました魔術指南書の方を同封させていただきましたので、貴方様のこれからのご研鑽心より応援いたしております。
敬具
...同じ内容の封筒が三つ。
つまりは入学審査を受けたすべての学園に落ちたということである。今の時代、魔力と契約印さえあれば、どれだけ素行が悪かろうと、どれだけ頭が悪かろうと落ちないといわれているのにもかかわらず、受験したすべての学園から断られるとは思っていなかった。
「まさか、ここの地区でも中の下といわれるランクの魔術学園にすらひっかからないとは...いよいよもって行き先がなくなってきたな...」
(このままだと路頭に迷った挙句、安い金で死ぬまでこき使われる底辺商人の仲間入りだぞ...)
こんな心躍る素晴らしい季節にもかかわらず、悪魔のような結果を携えてきた不合格通知。それを強く握りしめ仰ぐ空は、いつもよりすがすがしく見えた気がした。若干ぼやけているように見えるが気にしてはいけない。
しかし、そんな感傷に浸っている余裕も時間もないのである。このままどこの魔術学園にも所属することができなければ、本当に底辺商人人生の幕開けだ。それだけはなんとしてでも防がなくてはいけない。
そのとき不意に胸元の携帯が鳴る、相手は確認するまでもない、きっとあいつだろう。
「よう、大親友。そっちから掛けてくるなんてめずらしいじゃないか。なにかいいことでもあったのか?」
口ではこういうが実際のところ、めったに携帯を使うことのない友人からの電話だ。要件なんて一つしかない。
「いや、いいこともなにも、今日は学園の合格発表の日じゃないか。親友として君の合否が気になって連絡をよこしてもおかしくはないだろう?」
(わかってはいたが、やはりか。)
この俺の大親友こと、近衛響は魔術学校一年からの付き合いで、ひょんなことからこうして付き合うとこになったのだが、いまはそんな話どうでもいいだろう。
軽く現実逃避でもして惰眠を貪ろうかと思った瞬間に電話をよこすとは、タイミングが良いのか悪いのか。
先ほどまでの暗い気持ちを透き通った青空に投げ捨て、ふざけたようないつも通りの口調で返す。
「自分の心配よりも、大親友のことを心配してくれるとは、いやはやうれしい限りだねぇ。感動してお兄さん泣いちゃいそうだよ。」
まぁ別の理由では泣いていたが。
「当然じゃないか。君は僕の数少ない友人、もとい大親友だからね。それと、試験の結果なら今しがた確認したばかりさ、ギリギリではあるけれど志望通りの学園に行けるみたいだ。」
「ほう、それはよかった。自分の親が通っていたからとか言って、わざわざ自分の実力ギリギリのところ受けたんだもんな。大したもんだよ。」
「はは、これも毎日遅くまで僕の勉強に付き合ってくれた君のおかげだよ。学年一位につきっきりで教えてもらえるなんてもうないだろうしね。」
「お前は昔から、魔術の実技じゃそこそこの成績だったのに、座学だけはからっきしだったもんなあ。わかりやすく教えるの苦労したんだぜ?」
「本当に感謝してもしきれないよ。それで君の方はどうだったんだい?」
きた。しかしどうする?事実をそっくりそのまま言ってしまえば、親友思いの響のことだ、きっと、自分の受験に付き合わせてしまったっばかりに、俺自身のことをおろそかにしてしまったんじゃないか、そう罪悪感を感じてしまうんじゃないか。このことが原因で響自身に悪影響を与えてしまうんじゃないか、そう考えてしまう。
「あー、そのなんだ。なんていうか...」
つい口ごもってしまう。
「? どうしたっていうんだい、君らしくもない。」
いろんなことが頭の中を巡って言葉にならない。何を言えばいいのかわからない。
結局、うまい言い回しもできずにありのまま話してしまう。
「...落ちたんだ。」
「第一志望をかい?それは残念なことだがそう落ち込むこともあるまい、特段そこである必要もないだろう?」
「いや、違うんだ...第一志望だけじゃなくて、受けたとこ全部落ちたんだ...」
「...」
返答はない。それもそうだろう、もし逆の立場だったら、他人を不幸にして自分だけ喜ぶなんてできやしない。ましてや一番の親友をだ。そうなったとき自分はどんな気分なんだろうか。決していい気分ではないだろう。
想像するだけで胸が苦しくなるのがわかる。では、今それを現実に味わっているであろう親友はどんな気持ちなんだろうか?そんなことで頭の中がいっぱいになる。
返答を聞きたくない。弁明を、謝罪を声を聞きたくないと心が拒んでいる。
「そう...か。」
耳元から声が聞こえるまでの数秒はとても長く感じた。
「...っあ...」
とっさに返答を遮ろうとしたが、うまく声が出ない。緊張しているせいだろう。
「それで、君はこれからどうするんだい?」
「...へ」
返ってきたのは弁明でも謝罪でもなく、これからの話だった。想定していなかった返答に思わず変な声が出てしまう。
「来年もう一度試験を受けるのかい?それでなくとも中途入学という手段もあるが、君はどうするんだい?僕にできることなら最大限尽力することを約束しよう。」
まったくの不意を突かれ、状況を理解するのに時間を要したが、ようやく思考が追いつく。
そうだ、こいつはこういう奴なのだ。いや俺たちの関係性とでもいうべきか。こちらの心境すらもすべて汲んだ上で、今自分にできることを考える。お互いに長い付き合いだからこそ、こういったことが言えるのかもしれない。言葉だけの謝罪や労いはいらない、そんなものよりも相手のために行動することが大事だと知っているから。
「...ふ、ふふっ」
「どうしたんだい?まさか気でも狂ったかい?」
途端に、自分一人だけで悩んでいたのがあほらしくなり、口から笑いがこぼれる。
「いや、らしくないと思っただけだ。そうだよな、これからどうするか考えないといけないもんな」
そうだ、これからまだやることはたくさんあるのだ。まずは自分が所属できる学園を探さなくてはいけない。
「そうさ、たかだか三つ落ちただけだ。それにこの国には星の数ほど魔術学園があるんだ、まだ終わったわけじゃない。」
「うむ、それでこそ君らしいといえよう。」
こういう話をしているとき親友の存在は大変心強い。こうして俺がひねくれず、普通に生活しているのも響の存在が大きい。もちろん本人には言わないが。
「それじゃ」と電話を切り、家に戻る。
「とはいったもののこれからどうするかねぇ」
お先真っ暗な高校生活に向け、これからの計画を考えながら二階にある自室の扉に手をかける。
「ん?なんだこの感じ...?」
あきらかにいつもと空気が違う。重苦しいとか、あやしいとかいう雰囲気ではないことはわかる。一応、最低限の警戒をしつつ部屋の扉を開ける。
部屋を見る限り変わった様子はない。ただ空気だけがこう、新緑の森林のように澄み渡っていた。
「いったいどうしたっていうんだ...?」
ふと、何かに引き寄せられるように視線が机の方に動いた。
「? なんだこれは?」
部屋を出る前にはなかったものが机の上に鎮座していた。それは一般の封筒とは違い、すこし華美な装飾が施されているもので、表の封蝋にはこう印字されていた。
『フィレイル魔術学園』
「フィレイル魔術学園っていえば、生徒数が国内外最大といわれているあの超有名学園じゃないか。そんな学園から俺宛になんで封筒が届くんだ?」
そんな疑問を抱きつつ恐る恐る封筒を開封する。
「え...」
今にして思えばこれがすべての始まりだったのだろう。
春、出会いの季節。それは新しい自分との出会いの季節でもある。
ここまで読んでくださりまことにありがとうございます。
はじめまして、おこにぃと申します。今回が初投稿になりますのでいろいろ至らぬ点もあると思いますが、なにとぞお手柔らかにお願いいたします。よろしければ感想等残してくれると大変喜びます。
次回更新はだいたい一週間をめどに考えています。