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ダブル・ブルスト  作者: 雪折小枝
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和正はいつも通り学校へ向かった後、病院へと向かった。このタカマガハラで、一番大きく設備が整った病院であり、どこか病院らしさを感じさせないホテルのような形をしている。



「えっと……何号室だっけ?」

『332号室でしょ。和正、私寝てていい?』

「あぁ、そうだった。あのすみません」

「はい? どうされました」



近くにいたナースへと話しかけると、笑顔を和正へと向けてくれる。白衣の天使と言われるだけあって、笑顔はとても素敵で。その笑顔に全てを癒されてしまうようなそんな力を感じた。



「332号室ってどこですか?」

「あ、332号室ならここの突き当たりを」

『ねぇねぇ見なさいよ、和正。このナース、お姉さんっぽくて素敵じゃない? こういう年上のお姉さんはどう? ほら、この前買ってきた本に』

「『胸を借りる者(ブルスト)』、少し黙ってろ」

『えぇ~、私、暇~。暇、暇~。相手してよ~、和正。相手しないと揉むわよ?』



手にグローブが装着され、和正の意思に反して。右手がナースの胸を狙うように、上がっていく。

和正は、それを左手で必死に押さえつける。



「あ、あの? 大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です、ありがとうございます!!」



はは、と苦笑いを浮かべながら和正は足早にナースの元を去っていく。ナースは、彼の姿が見えなくなるまで心配そうにこちらを見つめている。



「全く、変な目で見られたろ?」

『いいじゃない、退屈なんだし。胸で遊ばせなさいよ~』

「遊ばせるか!! 俺が逮捕されるっての!」

『ちぇ~、なかなか良いもの持ってたのに。和正、私はね我慢って良くないって思うのよ。こう、思いきって揉んじゃいましょうよ?』

「意のままに動いてたら、法律はいらねえだろ!!」

『揉んじゃってから、始まる出会いもあるわ』

「あったね!! ヴィルヘインと知り合ったのもお前のおかげだね!!」



血圧上がりすぎると体に悪いわよ、と彼女は呟くとある病室の所で話を変える。



『332号室、着いたわね』

「さて、いるだろうか」


入ろうと手を伸ばすが、そこで止まる。

昨日のいつもと違う彼女が、きっとこのドアの先には居るのかと思うと少し気が引ける。

何て言えばいいのか、普段通りでいいのか分からない。

頭を軽く掻いて和正は、うだうだ悩まずに出たとこ勝負を決めて、カラカラ、と引き戸のドアを開け放った。

目の前に見えたのは、肌色の傷一つない背中。

上は、診られていた為か付けておらず。下の白の布が、きゅっと下にある綺麗な桃を包んでいた。

それは、ほんの一瞬だったのだろう。

しっかりと脳内に刻まれた瞬間を確かめる時間も与えられず。次、和正が見たのはヴィルヘインの高く上がったかかと、そして頭へと響く痛みだった。



「ぐぼぴっ!?」

「和正ぁぁぁぁ!! ノックぐらいしなさぁぁい!!」



何故、ノックを忘れたのだろう、と和正は自分へと問い、そして眠りへとついたのだった。





検診を終え、着替えが終わったヴィルヘインの病室へと和正は、やっと入れてもらえた。不機嫌な顔で、和正をヴィルヘインはジッと見つめた。



「まったく和正は……。さっきのはわざと?」

「ま、まさか! あれは、何と言うか不注意で……とりえずすみませんでした!!」



潔く土下座をする彼を見て、ため息をつく。



「いいわ、さっきのは許してあげる。わざわざ見舞いに来てくれたの?」

「はは、当たり前だろ。心配だったしな」

『本当は、登校したら。あの校長に、見舞いぐらい行ってやれなんて言われて来たのにね』

「うるせえ、俺だって学校帰りに寄ろうと思ってたよ」

「えっ? 何か言った?」

「いや、何も。それにしても……傷は大丈夫か?」



見た所、顔や体には既に傷はない。

たまたま見てしまった背中にも傷はなかったが、万が一ということもある。

心配する和正をよそに、ヴィルヘインは平気そうに小さく笑みを見せた。



「傷ならもう綺麗さっぱりないわ。即効性医療ポッド (F・M・P)を使ったから」

「あぁ、なら大丈夫か。良かったよ、とりあえず無事そうでさ」

「そうね……。とりあえずはって、所かしらね」



ヴィルヘインは、重苦しい顔を浮かべる。

昨日の人物が、彼女にとって何か思い入れのある人物なのだと、昨日の様子を見る限り、和正にも分かった。

あの後、救援に来た執行人が襲ってきた人物は『強奪者(プランナー)』なのだと和正に教えてくれた。その『強奪者』は、世界的な犯罪者であり、彼が奪うのは命や宝なのではなく、聖霊なのだということも伝えられた。

聖霊を奪う。

それは、和正の『胸を借りる者(ブルスト)』に似た力であり、違うとしたら和正の場合は聖霊を完全に奪うことは出来ず、返してしまうということだ。



「ヴィルヘイン」

「ん、どうしたの?」

「昨日の『強奪者(プランナー)』と何かあったのか? その……何となくだけど」



その問いに、ヴィルヘインは一瞬、驚いた顔をした。そして、目を合わせず。窓に、当時のことを投影しながら、彼女は話始めた。



「和正、驚かないで聞いてくれる?」

「ああ、分かった」



彼女の真剣な顔を見て、和正は頷いた。

彼が了承したのを確認して、彼女は話始めた。



「私は、ドントシュカーっていう国の王女なの」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「驚かないって言ったでしょ!!」

「いや、だってよ……。王女様ってあの王女?」

「そうよ。和正、私の胸揉んだわよね? ……国でそんなことしたらどうなっていたかしら」

「王女様だなんて知らなかったんです!! どうかお許しを!!」



すぐさま、土下座モードになろうとする和正を見て。深くヴィルヘインは、溜め息をついた。



「忘れてなんかないけど。今は、もうチャラにしてあげてるんだから。ほら、土下座をやめてしっかり聞きなさい」

『和正、怒られてやんの~』

「うるせえよ。あぁ、どうぞ、話を続けてくれ」



こほん、と咳をしてヴィルヘインは話を再開する。



「私の国は、ほんの小さな国だけど……豊かで、戦いを望まない国だったの。戦争とは無縁な国だった私の国が……『強奪者』によって変わった」

「あいつのせいで?」

「ええ、小さな国だから大国は欲しがったの。でも父が、聖霊憑き(ハイルング)ということもあって。攻めてくることなんてなかった……でも父が『強奪者』に敗れて、聖霊を奪われてしまった」

「聖霊を奪われた……」


聞いていた話の通り、『強奪者』が奪うのは聖霊なのだと和正は納得する。



「聖霊が奪われた父は、今でも眠っているわ。そして、聖霊憑きが居なくなったと勘違いした大国は攻めてきたのよ。まだ私がいるとも知らずにね……」

「そんな、じゃあ」

「ええ、戦ったわ。そして、勝利を納めたわよ。大国は、手を出すことは無くなったけど。父は眠ったまま……だから私は国を母と弟に任せて、『強奪者』を探しに世界に出たの」

「『強奪者』を探しに……」



ヴィルヘインは、こくり、と頷いた。



「ええ、父の聖霊を返してもらう為にね……。でもあいつが現れるのは、不定すぎて定まらなかったから……。聖霊憑きを保護する、このタカマガハラなら必ず奴が姿を現すと思って……生活してたのよ」

「そうしたら……本当に来たってことか……」

「そうよ、今回は逃がしたけど。あいつは、和正に興味をかなり持ったみたいだし……こういうことはあまり言いたくなかったけど……」



もごもご、とヴィルヘインは口を動かして、続きをなかなか言い出せない。だが、彼女がそれをはっきりと口にする前に、和正は答えた。



「手伝わせてくれ」

「えっ?」

「何だろ、王女様に非礼なことをした罪滅ぼしってのはあるけどさ……。今は、相棒だろ? だからさ……俺なんかで良かったら、手伝わせてくれ!!」

「いいの……? 本当に?」

「ああ、いいよ。それにさ、もうヴィルヘインにあんな思いはしてほしくないってさ……」



一人で全部を抱え込み、戦う彼女は強くてかっこいい。だが、そんな彼女だって一人のまだ少女なのだ。自分よりも小さなその背中に、全てを背負ってほしくない。出来ることなら、その背中に背負う重荷を少しでも一緒にあげたいとそんな感情が、和正の中に溢れてくる。



「ヴィルヘインはさ、強いよ。かっこよくて、次は、一人できっとあんな奴も倒せるかもしれない。でもさ、あんな酷い傷を見たくないんだ。そんな可愛いのによ」

「か、可愛い……!? ま、また和正はそんなこと言って……私をからかってるの!?」

「からかってなんかないぜ? 俺は、素直にお前のことを可愛いと思うんだ。だからさ、そんなヴィルヘインの背中を勝手ながら守らせてくれよ」



また可愛いって、とヴィルヘインの顔に熱が集まり、まるで太陽のように真っ赤に染まっていく。だが、和正の顔は真剣そのもので。徐々に、ヴィルヘインの顔も真剣さを取り戻していった。



「分かったわ。ならよろしくね、和正。せいぜい私の邪魔はしないようにね!」

「ああ、背中は俺に任せて。前だけ見てろ」

「和正……それ、死亡フラグよ?」

「えぇ!? マジで!? 詰んだ……」



肩をガクリ、と和正は肩を落とした。

それを見て、ヴィルヘインは笑みを見せる。

自分の持ってきたバッグを和正へと投げ、彼はそれを受けとる。



「行きましょ、学生の本分はまずは勉強なんだから」

「ああ……っておい! 俺が荷物を持つの!? お~い」



病室を出たヴィルヘインは、和正の方へと振り向く。そこには、昨日の夜に感じた重苦しさはない。あるのは、前に向かって歩くことが出来る心強さだった。



「勿論よ、それでね……。和正、私のことはヴィルって呼んで。親しい人は、皆そう呼んでるから」

「えっ、いいのか?」

「相棒なんだから当たり前でしょ」

「分かったよ。えっと……ヴィル?」



ふふ、と少女のように彼女は嬉しげに微笑む。

思わず、和正もそれにつられて、微笑んだ。

和正とヴィルヘインの絆が、また少し深くなったことを感じて頂ければ幸いです。


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