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遅くなりました。
主人公の秘技にご期待下さい
『強奪者』と呼ばれた人物は、手のひらを掲げ、大きな剣を出現させた。その剣は、バスターソードと呼ばれる代物で、人を頭蓋骨から股関節まで真っ二つに出来てしまうほどの大きな剣。そして厚い刀身には、独特な反りがあった。
「あらら、何で僕の名前を知っているんだい?」
「忘れる訳がないわ……」
ヴィルヘインの雰囲気が変わる。
先程までの凛々しさと正しさの雰囲気ではなく、あるのはマグマのような煮えたぎった怒りと相手への殺意だった。
「あれれ~? 怒ってる? もしかして、こいつらをボロボロにされたから」
「こいつらの事なんか知らないわ!! ねぇ……覚えてない、ヴォルティス・ドントシュカーって名前」
「ヴォルティス……。あぁ~! 覚えてるよ、小国の王だよね!! ん、でも何で君が」
彼女は、目をかっ、と開けて大きく口を開けた。
「私の父よ!! 貴方のせいで父は!」
目には、うっすらと涙が溜まっている。
彼女は、『神を苦しめる牙』を強く握り、構えた。
敵意剥き出しの彼女を見て、『強奪者』は愉快そうに笑みを見せる。
「いやだなぁ~、殺してなんかないよ。凄い聖霊を持っているなんて聞いたから……。奪ってみれば残念……。全然、クズだったんだ。むしろ、被害者は僕だよ……。全く誰が」
怒りで奥歯を噛み締めながら、彼女は『強奪者』へと飛び込み、斬りかかった。だが、一撃はバスターソードへと容易に止められてしまう。
体重と更に力を掛けてみるが、ビクともしない。
『強奪者』は、涼しい顔をしたまま彼女を押し返してしまう。
ヒラリ、と後ろに跳んだヴィルヘインが、次の一撃へとかかろうとするが、そこに姿はない。
「お父様より、君のそっちの方が魅力的だ。僕にちょうだいよ」
「ぐっう……!!」
上から降り下ろされたバスターソードが、ズシン、と受け止めても、全身に響く。押し返したいが、力負けしてしまい。彼女の体が徐々に沈んでいく。
『強奪者』は、動けない彼女を蹴り上げ、一mほど吹き飛ばしてしまう。
「げほっ、ごほっ……ぐっ」
「あらら~、弱いね~君。 僕が憎くて、憎くて、憎くてたまらないんだよね? 本気でやってよ」
「ぐっ……『神を苦しめる牙』、『神殺し』をやるわよ」
彼女に答えるように頭へ直接、男の声が響く。
『いいのか~、嬢ちゃん? あいつ、死ぬぜ?』
「いいのよ……。あいつは、ここで必ず殺す!!」
『そうかい、そうかい。ならやっちまおうぜ!! 俺っちは嬢ちゃんがいいなら、やっちまうだけだ』
ヴィルヘインの手の甲に、Ⅸと数字が現れる。
頬には、炎のような模様が現れ、目は蛇のように金色へと染まる。
「おやおや、もう隠し球かい? もうそこまで追い詰められるなんて。それにしても残念だ、君の隠し球を真っ向から潰してあげるよ」
舌舐めずりをして、『強奪者』は近づいてくる。
だが、ヴィルヘインは両刀を鞘へと戻し。ゆっくりとその目を閉じた。
『強奪者』は、歩くのを止め。振りかぶると、一気に彼女の下まで駆けていき、バスターソードを振るった。
空を裂く凄まじい音と共に、月明かりが刀身を照らす。鉄の塊のような刀身が、ヴィルヘインを引き裂く瞬間、彼女は目を開けた。
「ハァァァァァァァァァア!!」
ビュン、と風のように目の前から消えたヴィルヘインは、『強奪者』と交差するように背中へと移動した。ゆっくりと抜かれた刀身を鞘へと戻す。
「おいおい、失敗かい? 」
「いいえ、死んだわよ。貴方」
はっ、と笑みを見せて『強奪者』はヴィルヘインへと余裕そうに歩みを進める。
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩。
ヴィルヘインは、近づいてくる『強奪者』を冷たい瞳で見つめ続けるだけで、一切動こうとしない。
六歩、七歩、八歩、そして九歩。
「終わりだよ、ヴィルヘイン。君の聖霊を」
「ええ、終わりよ。貴方は、自分で死期を早めたの。死への道を歩いてきたのよ」
「なにぶふっぐ!!」
『強奪者』は、口から血を勢いよく吹き出す。
顔には血管が浮かび上がり、徐々に緑色へと変色していく。体を内部から焼かれるような痛みで、のたうち回り、喉を掻く。
嗚咽を漏らしながら、『強奪者』はぶぼっ、とまるで体内に詰まっていた血液全てを吐き出し、その動きを止めた。
「『強奪者』、世界的な指名手配犯の貴方は、生死なんか問われてないわ。その首、もらい受けます」
チャキリ、と鞘から抜くと首元に添える。
そして振りかぶった時だった、耳元から笑い声が聞こえてくる。
「いやいや~、まさか九歩が鍵とは。危ない、危ない。僕もすっかり、油断してましたよ」
ヴィルヘインは、すぐに振り返るが。わき腹に痛みが走り、彼女の体は吹き飛んでいく。
鉄製の壁に体を沈め、動きを止めたヴィルヘインは口から血を吐き出した。
「な、なんで……」
「よく出来てるでしょ? これは、僕のお人形なんだ。言うなら、影武者」
人形のように、倒された『強奪者』は不快な動きで起き上がり、本当の『強奪者』の隣へと立つ。
人形ではない、『強奪者』の印象は違った。
髪や赤い目は、格好は同じだ。
だが、本物は人形より小柄な少女だった。
「あ、貴方が『強奪者』?」
「ふふ~ん、驚いた? 僕としてのイメージって、こんな長身な人だったんだろうけど。実は、僕はこんなプリティーな美少女だったのです」
自分が追いかけていた『強奪者』と呼ばれる者は聖霊を奪い、保有している凶悪で世界的な犯罪者だ。そんな追い求めていた存在が、自分と同い年か近い年齢の少女と知り、ヴィルヘインは言葉を失った。
「な、何で貴方みたい人が……『強奪者』に?」
「何で? ん~……理由は簡単、僕は僕の能力をフルに使いたいだけ。他の聖霊を奪いつくして、最後は僕以外の聖霊憑きを滅ぼしたい」
『強奪者』は、さも当然のようにそう言った。
そこに何の違和感も迷いもない、そんな口調だ。
「聖霊を奪ったら、どうなるか知らないわけじゃ……げほっげほっ!」
「勿論、聖霊ってのは聖霊憑きの魂と繋がっている、もう一人の自分とも言える存在。それを奪ったらここにいる子達みたいに、一生それこそ人形みたいに眠り続けるね」
「それを分かっていて!!」
「だから? 言ったじゃん。僕は、僕以外の聖霊憑きは基本的にはいらないの。全世界にいる聖霊憑きは、僕の~……そうだね、服みたいなもの。僕を着飾ってくれるただの服」
「ふ……ふざけるなぁぁぁぁぁ!!」
痛みで気を失いそうな体を起こし、ヴィルヘインは『強奪者』へと斬りかかった。だが、人形を盾にされ一撃を防がれ。人形ごと、鞭の一撃を受ける。
右の肩口を鞭で切られ、血が流れる。
痛みで動きが鈍った彼女の足を蹴飛ばし、転がすと。『強奪者』は彼女の首を絞める。
「ぐっう……うぁ……」
「痛い? 大丈夫、大丈夫。すぐに奪ってあげるから。ほら、ほら我慢して」
『強奪者』は、ヴィルヘインの胸へと手を添えると、水面のように波紋が広がり、手が沈みこんでいく。手が入り込む痛みはないが、首を絞められ、息が徐々に出来なくなり。視界にモヤがかかっていくのが、ヴィルヘインには分かった。
だが、意識が落ちそうになる彼女を『強奪者』は叩き起こすように、彼女の聖霊を引き抜いていく。
「あがぐっ……うっ……あぁぁぁぁ!!」
「騒がない、騒がない。痛くなりたくないなら、ほら、心を空っぽにして」
手が引き抜かれていくたびに、ヴィルヘインはまるで脳や身体中の臓器をかき混ぜられるような激痛に襲われる。目からは涙が、口からは唾液が流れていく。
白い円球の光が、少し見え始める。
それがヴィルヘインの体から、外に引き出されるたびに現界していた『神を苦しめる牙』の姿にザッピングが起き、その姿を保てなくなっていた。
あと一歩で引き抜けそうな時、『強奪者』はヴィルヘインから距離をとった。
「あれれ~? まだ仲間いたの?」
「ヴィルヘインから離れろよ!!」
和正は、スリングショットを『強奪者』へと向けたまま、ゆっくりとヴィルヘインへと近づいた。
「だ、大丈夫か! お、おい!!」
「な、なんで……和正が……?」
「心配だから付いてきたんだよ!! くそっ、嫌な予感は的中かよ!!」
「逃げなさい……和正じゃ……無理よ」
「あぁ、逃げたいね。でもお前を置いていく訳には行かねえだろ」
パン、パン、と愉快そうに『強奪者』は手を叩く。
「ヒーローの登場ってやつだね、へぇ~本当にいるんだ」
「お前が、やったのか?」
「そうだよ、もう少しでその子のゲット出来たのに。邪魔されたお詫びは君の……ん?」
『強奪者』は、和正の持っているスリングショットを驚いた表情で、見つめる。
「あれれ? 何で、何で? それってさっき、無様にも逃げた奴の聖霊でしょ?」
「これは、借りたんだよ。さっきの奴に」
「借りた? 聖霊を?」
「強奪者」は、本当に面白そうに腹を抱えて笑った。そして笑い終えると、笑みを浮かべて、和正に言葉を投げかける。
「じゃあ、その借りた聖霊で僕と戦う気?」
「あぁ、お前が退いてくれない限りな」
「そっか、じゃあ無理かも。僕は、退く気がないし。君には、興味が湧いたから奪ってあげる」
ヒュン、と消えた『強奪者』の姿を探すが。気づいた時には、和正の側へと詰め寄り、拳を振り上げていた。
普段通り、『強奪者』は殴りぬけるつもりだった。
だが、和正は後ろへと飛び、スリングショットから光の玉を引き絞り、放った。
だが、こちらの攻撃も当たることはなかった。
「へぇ~、びっくりだよ!! 今の避けられるんだ!!」
「ギリギリだったぜ、助かったよ『胸を借りる者』」
『いいわよ。それより和正、その聖霊はもう返しときなさい。あとは私がやるわ』
あぁ、と彼がスリングショットを放すと、ザッピングが起きて。その姿は消えてしまった。
「あれあれ? いいの? 聖霊、捨てちゃって」
「いいんだよ、俺の聖霊が珍しくやる気だからやらせてやるよ」
『あの娘の大きさは残念だけど。見せてあげるわよ、私の秘技をね』
和正の手は、ワキワキ、と動き。どこかいやらしく何かを狙っている。
狙いは、勿論、胸だ。
「あはは、胸でも揉む気なの?」
「正直、じゃなかったら良かったんだけどな」
「冗談だよね?」
ロングコート越しに、彼女は胸を守るように片手で隠すが。和正の目が、そこしか見てないことが分かり、本気なのだと伝わってくる。
「面白い、面白いよお兄さん!! なら、僕の胸を少しでも触れたら退いてあげる」
「ふっ、いいのかよ? きっと後悔することになるぜ」
『胸を借りる者』と和正は、息を整え、同調していく。
『強奪者』は、光の弓矢を出すと、五発放った。
そんなことに和正は動揺せず、肩や足に矢が刺さろうと駆けていく。痛みなど関係なしに、胸目掛けて特攻を仕掛ける和正の姿に動揺してしまい、動きが遅れてしまう。
和正の両手の人差し指が、槍のように鋭く立ち、彼は指をある一点へと放った。
「あ、あん!」
和正の指は、ロングコートに隠された胸へと突き刺さる。まだ成長途中で、膨らみの薄い胸の中でもある一点、中心には桃色の塔が立っている。
彼は、その塔へと指を突き入れ、胸の奥へと沈めたのだ。そして、指先を高速で震わせ、体の奥まで振動を送り込む。振動は、体内で甘い電気へと代わり、全身へと流れ込んでいく。
「『秘技・桃色の塔、破綻』」
脳内の声が、そのまま外へと漏れ出す。
秘技なんて言えない要は、胸への指突を受けた『強奪者』は体を、ビクビク、と震わせている。
頬はほんのりと赤く染まり、上手く体を支えられないのか、足腰が震えていた。
「う……うぅ……」
『ふふっ、分かったかしら? 私の秘技の恐ろしさを!!』
「はぁ、何かもう少しかっこよく決めたいぜ」
「うぅ……僕の体に何をしたの……?」
『私は、ガチガチなその胸をほぐしてあげただけよ。そう伝えてあげなさい』
「あぁ~……っと、まぁほぐしてあげたんだとよ」
遠くから、数多くの声が聞こえる。
どうやら、増援が来てくれたようだ。
『強奪者』もそれに気づいて、もじもじ、としながら何とか数歩進んでいく。
「お、お、お兄さん……名前は?」
「和正だ、ってかお前は」
「僕は『強奪者』。お兄さんに、興味が湧いたよ……うぅ……また会おうね、次は奪うから!!」
バーカ、と涙目でそう叫んで、彼女がロングコートをバサッと開くと、マジシャンのように消えてしまった。 遠くから、足音が近づいてくる。
「おーい、こっちだ!! 待ってろ、今。助けが……」
肩で息をしながら、和正には一切目を向けず。どこかへ消えていった『強奪者』が先程までいた場所をただ静かに見つめている。
重苦しい彼女の雰囲気に、それ以上。和正は話かけることなど出来るわけがなかった