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ダブル・ブルスト  作者: 雪折小枝
1/8

序章

空は白と青の二色で染色されていた。

汚れを知らない真っ青な広大な海には、似つかわしくない鉄と人々の活気に包まれた都市がある。

名前を新都タカマガハラという。

人口、数十万人が住むその場所で彼は居た。



「悪いって謝っただろう~! もう諦めてくれよ!」



夏用の指定制服に身を包んだ少年がそう叫ぶ。



「逃がすわけがねぇだろ! 待ちやがれ!!」



彼、新内和正しんないかずまさは逃げていた。

時間は、数分前に遡る。

いつも通り、学校に向けての登校していた。

その道で、顔などにタトゥーを入れ。奇抜な髪型をした男達が、震えて声も出せない少年をカツアゲしていた。

関わらなければ済む話だったが、近くにあった缶をたまたま蹴ってしまい、それが壁などに跳ねて。男達の一人にぶつかってしまった。

当然、標的は和正へと移り。彼は追われる身となっていた。



「はぁ……はぁ……た、頼む。み、見逃してくれ」

「あぁ? 喧嘩を売ってきたのは、てめぇだろ?」



元々、体力に自信のない彼は距離を詰められ。行き止まりで、逃げ道を失う。

人々の目を避けて、路地裏に逃げ込んだのだ。

背中にあるのは、壁。目の前に見えるのは、今にも殺しにきそうな男達。どこかへ逃げようとしても、既に体力はない。



「てめぇ、聖霊憑き(ハイルング)だろ? 待ってやるから、見せてみろよ」


聖霊憑き(ハイルング)、それは生まれた時に聖霊と呼ばれる上位存在にとり憑かれた者達のことだ。聖霊憑きは、自分の聖霊を武器に変えることができ。能力や武器は個人によって全く違う。

男達の先頭に立っている男は、得意気に何もない空間からメリケンサックを出現させる。

これが男の武器なのだろう。

和正に対して、男は構えて強気な顔をしている。



「まっ、待てて!! 俺は降参する、だから許し」

「さっきからうるせぇなぁ!! 許さねぇんだよ!」



男が、殴りかかろうとした時だ。

和正の耳に女性の声が入ってくる。



「頭を下げなさい」

「えっ?」



声のした方を和正が見ると、そこには桃色の布があった。柔らかな材質を彷彿とさせる布に、女性独特の可愛らしさを演出している飾り。

それが、パンツなのだと分かった時には。既に声の主は、降り立っていた。

ふわり、と甘い香りが微かに鼻腔をくすぐり。建物と建物の間から注ぐ光が、まるでスポットライトのように彼女を照らしている。

まるで天使のように、和正は感じた。

白と黒に彩飾された軍服に身を包んだ彼女は、和正の前に立ち、男と向かいあう。



「なっ、てめぇ! 執行人グロウを呼んでやがったのか!!」

「うるさいわね、彼は助けなんか呼んでないわ。彼に助けられた生徒が、通報してくれたのよ」



執行人(グロウ)というのは、名前の通り。聖霊憑きを取り締まる為の者達の総称だ。力を悪意的に使う聖霊憑きも少なくない。一般的な警察では聖霊憑きを取り締まるには力不足だ。その為、執行人は成績優秀な者達から選抜されている。

つまり、彼女は相当な実力者であると同時に聖霊憑きに対しての警察と言える。

正直、カツアゲを受けていた生徒を助けたつもりは更々なかったが。和正は彼が通報してくれて助かった、と安堵の息を漏らす。



「さぁ、弱い者いじめなんかやめて。さっさと連行されてくれる?」



彼女は、面倒そうな口振りでそう言った。

そんな彼女の態度に、男が黙っていられる訳もなく。



「な……なめんなよ、くそがぁぁ!」



男は殴りかかってくる。

自分よりも筋肉質で、体格も違う男を見ても。動じることなく、彼女は前に進んだ。

そして、彼女は自らの武器を呼び出す。

レイピアのように、柄に飾り気があり。手の甲を隠すように金属板がある。だが刀身は、反りがあり太く。そして、ノコギリのような刃がついていた。



「フッ!」



彼女は、まるで羽が生えたように男を飛び越えると後ろにいた男達にも制裁を加えるために動く。

男達は、自らの獲物を取り出す前に。頭上を軽やかに通過され、全く身動きが取れない。

彼女が、地面に降り立つと全てが終わっていた。



「なんじゃこりゃぁぁ!」

「私の『神を苦しめる牙(ヨルムンガンド)』で綺麗に散髪してあげたんだから。喜んでもいいのよ?」



ふふっ、と彼女は笑う。

戦った後の彼女は、悪魔だった。

男達の派手な髪は、一本も残らず切られていた。

突然、望まない形でスキンヘッドにされた男達の精神的な苦痛は相当なもので。最早、和正や彼女に構うことなく散り散りにどこかへと去っていた。



「逃げたわ、後は任せたわよ」



彼女は、耳に付けている小型無線機にそう告げた。

そのすぐ後だ、先程の男達の悲鳴が聞こえてくる。どうやら彼女の仲間がしっかりと捕らえたらしい。

彼女は、それに耳を傾けることもなく。和正の元へと近づき、座り込んでいた彼に手を差し出す。



「あっ、ありがとうございます」



彼女の手は、ほんわかと温かく。見かけに寄らず、力強かった。立ち上がった和正は、再度、彼女へ頭を下げた。

頭を上げて、と彼女の言葉に言われるがまま。頭を上げて彼女を見つめる。



「勇気ある行動を感謝するわ。貴方、名前は?」

「和正、新内和正って言います。和平の和に、正義の正で和正です」

「和正……和を保ち悪を正すか、いい名前ね。私はヴィルヘイン・ドントシュカーよ。それにしても……その制服、うちの制服よね? ってことは、貴方も聖霊憑き(ハイルング)?」

「ま、まぁ一応……」



和正は、はっきりとは言えず、苦笑いを浮かべる。

それには、深いワケがあった。



「じゃあ、何で戦わなかったの? 力には力よ、話し合いで解決できる人じゃないんだから」

「そ、それは……ですね」



頭の中で、突如として色気のある大人っぽい声が響く。女性特有の甘い声の中に、熱い吐息を感じる。



『ほら、和正。見せてあげなさいよ、私の力を。私もその子のたゆん、たゆんと揺れそうなマシュマロに触れてみたいし』

「バカ野郎!! そんなこと出来るわけないだろ!!」

「ど、どうしたの? そんな大声を出して?」

「い、いや。こ、これはヴィルヘインさんに言ったわけじゃなくて!」

『和正がやらないなら、私がやっちゃうわね』



頭から聞こえてきた声がそういうと、彼の手に調理などで使うような薄く透明なグローブが身に付く。



「ヴィルヘインさんだっけ!! 俺から離れてくれ、早く!! 全力で……頼む!!」

「ど、どうしたの?本当に大丈夫?」



むしろ心配させてしまったが為に、彼女は離れることなく、両肩を掴み、真っ直ぐ彼の目を見た。

彼女の海のように深い碧色の瞳には、自分の姿が映つり、自然と目を離すことが出来なくなっていた。

だが、それがいけなかった。

既に彼の意識を離れた両手は、『胸を借りる(ブルスト)』の支配下に落ちてしまった。

手の自由を奪われ、和正の両手はゆっくりと、ヴィルヘインの胸へと吸い付いてしまう。

瞬間、触られた彼女の全身に甘い電気が走る。

和正の指が、胸に埋もれていくたびに。電気は強くなり、彼女は立っているのさえままならなくなる。



「な……なにし…て……やめ……あっ!!」

「いや、これは俺じゃ!! 『胸を借りる(ブルスト)』、頼むからやめてくれ!! 満足したろ!!」

『ふふ、この胸……私を離してくれないのよ』



彼の手は揉むことを止めず、甘い電気は徐々に強くなり、彼女の頬を紅潮させていく。

うるっ、とした目を浮かべながら。先程まで毅然としていた彼女の口から、甘い声が漏れた。



「な、なに……?」



そんな時だ、彼女の胸は光を放ち、そこから先程の武器が姿を現す。彼は、それを彼女の胸から引き抜き、軽く素振りをして見せた。

ヴィルヘインは、驚いた顔をする。

それもそのはずだ。

一般的には、他人の聖霊は扱うことが出来ないとされているのだ。契約を交わした本人にしか触れることができないはずの聖霊を、和正は意図も簡単にやり遂げている。



「え、えっと……俺の聖霊。『胸を借りし者(ブルスト)』は……相手の聖霊を借りることが出来るんです。ただ、条件が……胸を揉まないといけないんですよね……ははっ……」



彼女の胸に武器をそっと戻し。ヴィルヘインから、ゆっくりと距離を取っていく。何故なら、まだ足腰が立たない状況ながらも彼女の目は優しさを失い。当然のことながら、怒りの表情を浮かべていたからだ。

ある程度、距離を取ると背中を向けて、全力疾走をした。逃げなければ、髪だけでは済まない。きっとズタズタに切り刻まれるに違いないと思ったからだ。



「じゃ、じゃあ! そういうことで!!」

「ま、待ちなさい!! 和正、人の胸を勝手に揉んでおいて、逃げるなんてずるいわよ!!」



待ちなさい、と叫ぶ彼女の声に怯えながら。和正は、とりあえずその場から避難する。

ここは新都市タカマガハラ、聖霊という特別な加護を受けた者達が住む聖霊都市なのだ。

逃げた彼は、まだ知らない。

彼女、ヴィルヘインと既に切っても切り刻んでも決して切れない縁を結んでしまったことを。

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