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「まったく、余計な探し物のせいで遅れちまった!」
ぶつぶつと文句を垂れながら食料を皮袋に詰め込むセルヴを、ポラーゼは大きな声で笑うだけだった。
「実はトイレの中でした、なんて、かわいいお話なんじゃないの? 許してやれよ、生理現象ぐらい」
「行くにも常識的な時間帯ってもんがあるだろう普通。居候初日からあんな時間に……俺を起こしてしまうかもしれんとは考えなかったのか、あいつは!」
「俺に怒鳴ってもしょうがないでしょ」
冷静に言われ、その通りだと口を閉じる。
本業たる喫茶店はもちろん、セルヴと仲間たちの武装のメンテナンスから食料の用意まで、ポラーゼはありとあらゆることをこなしてくれる。おまけにフィオレの身辺警護まで頼むのは正直気が引けるところだが、ポラーゼは笑いながら「いーのいーの、どーせ暇なんだから」と答えただけだった。彼が狩人を引退するきっかけとなった事件からかなり経つというのに、恐らく彼は未だに事件の原因と結末を引きずっている。それが彼のせいではない、と仲間と口を揃えていったところで、ポラーゼは自分を許しはしないだろう。なんせ……。
「セルヴ、もうサルシャたちが待っているんじゃないのか?」
「お? お、おう。もうそんな時間か。悪いな、いつも」
礼を言ってから袋を担ぎ、傍らの巨大な斧を手に取る。街の中では大きな斧は邪魔かつ迷惑ゆえに短剣装備に落ち着いているが、本来瞬発力よりも筋力に恵まれたセルヴは、短剣よりも巨大斧の利用を好む。
「生きて帰って来い。そのおかしな少年ともゆっくり話がしたいし、今夜あたりにでもフィオレと3人で飯でも食いに来いよ」
「ああ。お前の奢りで頼むわ」
「待て待て、そうなる理由が思いつかん」
軽口を交わしてから、セルヴは大股で店を出た。
既に東の空が白み始めている。急がないと、待たされた彼らは機嫌が悪くなる。
まだ眠っている街の中を、セルヴは思い切り疾走した。
***
「遅ーい!」
開口一番の文句である。声の主はセルヴたちのチームリーダーを務めるサルシャのものだ。大雑把な性格をしているクセして時間にだけは厳しいのだから堪らない。
「主力のあんたが遅刻なんかして、どうすんのよ! 少しは自分の立場を考えて……!」
「分かったよ、以後気をつけますって。ったく、面倒なのは家の中だけで十分だってのに……」
「最後! 何か言ったかこら!」
「言ってませんよ。おら、遅れてんならさっさと行こうぜ」
「誰のせいだと思ってる!」
朝から晩までこの調子である。怒ると通常以上のエネルギーを使う、と聞いた事があるが、この女の場合、消費エネルギーが通常よりも少ないのか、エネルギーが無尽蔵なのか、はたまたエネルギー源が何か特殊なのか。どれなのかは皆目見当も付かないが、そのどれにしろ面倒くさい。
そんなサルシャの肩をポンポン叩くのは、メンバー最年長と思われるディルクだ。堂々たる風格と立派な無精髭から、恐らく30後半と呼んでいる。実年齢は闇の中だ。
「まぁまぁサルシャちゃん。朝からそんなに怒鳴ってると小皺が増えて、老けて見えちゃうよ? 落ち着きなさいな」
「うっさい! 親父は黙ってろ! あと一言余計な!」
実の親子では勿論ないが、ディルクは皆から「親父」と呼ばれている。実際感情的に動くことの多いサルシャを支えるあたり、チームの大黒柱といってもいい。冷静さと適切な判断力、そして空気を読まない立ち回りは、確実にサルシャの上を行く。
「怒られちった」
「当たり前ですよ、乙女に『老けて見える』なんて言って。だからいつまでも独身なんじゃないですか?」
ディルクが一番言われたくないことをさらりと言ってのけたのはアドリアだ。邪魔だ邪魔だと言いながらも長い髪を切ろうとしない彼女は、誰に対しても容赦なく敬語と毒舌を振るう。
そんなアドリアに「乙女なんて柄とちゃうやろ」とジェイが注釈を入れる。チームで最も頭の回転が早いが、その使い方はいつでも独特。更には南地方の方言を使うからか、言っていることがイマイチよくわからなくなる。
「おいこらジェイ、何か言ったか!?」
「5人揃たし、はよ行こかって言ったんや。さっさと行ってさっさと帰らんと、遅うなったら面倒やろ」
「仕切ってんじゃねーよ!」
毎度のことではあるが、果たしてこんなメンバーで大丈夫かと常々心配してしまう。間違ってもフィオレに会わせたら悪影響極まりない。ポラーゼはチームから外れてからというものの、更にメンバーの個性が磨かれた気がする。
かくして、いつも通りの仕事が始まった。