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「俺は断固反対だな」
セルヴのいの一番は、フィオレの予想と一字一句違わぬ一声だった。
「素性が分からない、聞かれても話そうとしない……そんなやつを泊めさせる人間がどこにいる。他をあたりな」
「待ってくれ。今君が言ったとおり、他に僕みたいな風来坊を泊めてくれる人なんていないんだって! 君たちだけが頼りなんだよ!」
「知るかよ……俺たちだって、食っていくのがやっとなんだよ。お前みたいなのを泊めて、飯も食えねえなんてことにしたくないんだよ」
「だから働くって言ってるじゃないか。きっちりがっつり収入増やすから、いいだろう?」
「誰かを増やしたところで客の来るような店じゃないんだよ、『火竜屋』は! おい、姉貴も何とか言ってくれよ」
何気なく傷つくことを言われた気がするが、今はそれどころではない。なんせ「火竜屋」の存続に希望が見えたのだ。今まで口論で勝ったことなど一度としてないが、ここで退いたら商売人の名が廃る。
「セルヴ、いいじゃない。困ってる人を見たら助けなさいって教えがあるでしょう?」
「やっぱり姉貴もこいつの肩持つのか……姉貴、冷静に考えろって。こいつは自分の事を何も話そうとしないんだぞ? 本当に困っているのかどうかなんて分かったもんじゃない」
正論に反駁の言葉が出てこない。思えばフィオレ自身、リアルのことは名前以外に何も知らない。
すると今度はリアルが口論に再戦してきた。
「僕が事実を言ったところで、多分セルヴさんは信用しないんじゃないかな。あまりにも現実離れし過ぎているからね」
「予想する前に話せよ。どうせ判断するのは俺なんだから。それに現実離れした奴ってことなら姉貴だって現実離れしている。多少のことじゃ驚かないさ」
「それは興味あるな。フィオレ、君は一体何が現実離れしているんだい?」
恐らくドラゴンを手懐けていることだろう。しかしそのことを話せば恐らく話はかなり脱線してしまう、と感じ、フィオレは無理矢理話を戻した。
「私も聞きたいな。どんな突拍子のない話だって信じる。約束するよ」
ふたりの「早く話せよ」という空気に挟まれ、リアルはあー、うー……としばらく唸っていたが、やがて小さく頷いた。
「分かった、話すよ……長い話になるから、どこかに腰を下ろしたいな。階上は住居になってるのかな。上がってもいい?」
するとセルヴが間髪入れずに答えた。
「いや、部屋が散らかってるから座る場所もない。どこか外で話そうか」
どう考えてもスザクのことを知られたくないが故の発言に間違いなかった。それだけでも、セルヴがリアルの居候する許可を出すつもりがないのが見えた。
「そう? それじゃ、どこがいいかな……あまり人に聞かれたくないものだから」
相当複雑か、嘘を考える時間稼ぎか。どんな話にせよ、セルヴはあまり信用しないだろう。フィオレだって、さっきのリアルのあの変わりようを目の当たりにしなければ、あのまま帰っていたはずだ。
それを許さない何かが、さっきのリアルの空気にはあった。だからだろう、フィオレはリアルの話を聞こうという気になっていた。
この人が誰なのか、一体どんな過去を持ち、どうしてあんな空気を纏うまでになったのか。
「それじゃ、『ポポ』に行くか。どうせ客の来ない暇な店だし」
現在進行形で「客の来ない暇な店」店主の前でそんな台詞を惜しげもなく口にしながら、セルヴは傍らの短剣片手にゆっくりと立ち上がった。いつ呼び出しがあるか分からない「狩人」は、常々武器を携帯しているのだ。
「え、さっきのあの店? 人がいない方がいいって……」
尻込みするリアルを一睨みしてから、セルヴはいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「店の奥に突っ込めばいいさ。……っと、ちょっと待った。何でお前が『ポポ』を知っている?」
「あ、そ、それは……」
突然道草が暴露され、フィオレは慌てて話題を逸らそうとする、が、時は既に遅かった。
「言わなかった? 彼女に声かけた場所、その喫茶店だったんだけど」
「姉貴……」
遁走を図るが、それよりも早くセルヴがフィオレの襟を鷲掴みにする。
「何で買出しもそこそこにふらふらしているんだ、姉貴ッ!」
怒られた。