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火竜屋の歌声  作者: WS
3章 捜す
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3



 間に数度の休憩を挟んだとはいえ、リャフルカの街を出てから半日歩き通しだ。さすがに疲れたのか、さっきからフィオレの口数もだいぶ少なくなった。一方で人に比べて恐ろしいほど体力のある火竜はまるで疲れを見せず、久々の外の空気に今も興味津々の様子である。


 「フィオレ、一度休もうか。行商に見つからないようにするには、夜になってから歩いた方がいい。今のうちに眠っておこう」


 かなり消耗しているらしいフィオレが、言葉も無く頷き、足を止めた。人目につかないように、と少し道を離れ、背の高い草原を掻き分け進む。


 やがて見えたのは、流れの穏やかな小さな川だった。近くにドラゴンの気配もないし、川辺のほうが随分涼しい。長らく歩いて火照った身体を休めるにはうってつけの場所だろう。


 足取り重く現れたフィオレの為に寝袋を敷いてやると、フィオレは黙然と身を横たえ、すぐに小さな寝息を立て始めた。こんなに歩くことなど一般市民たるフィオレにはまずないことだ。少し無理をさせ過ぎたかもしれない。


 リアルも傍に腰を下ろすと、何を考えるでもなくぼんやりと川のせせらぎに見入っていた。


 本音を言うなら、こんな所でこんなことをしている場合ではない。一刻も早くロゼルタの村壊滅事件の首謀者を見つけないと、()が犯人にされてしまう。もはやあまり猶予はないのだ。


 しかし今は手がかりが少なすぎる。というより、ほぼほぼ皆無。彼が身を隠していられるのも時間の問題だ。


 とにかく手がかりを捜さないと。ミントという女性には悪いが、この仕事そのものにはまるで興味が無い。ただ今言えるのはひとつ、犯人がフィオレ、そして場合によってはスザクを狙っているということ。一体何が目的でロゼルタの村を襲い、そしてこの後に何をしようとしているのか。その全ての鍵を握っているのが、今目の前ですやすやと寝息を立てている少女にある。リアルはそう確信していた。



***



 「やっぱりお前も感じるだろう? この街にいるんだよ」


 彼がそう言ったのは、こっそりとリャフルカの街に入り込んだ直後のことだった。


 彼に言われるまでもない。リアルもはっきりと感じていた。何より昔から胸に刻まれたように居座り続けている痣が焼けるように痛んでいた。


 「感じるね。けど分からないな。どうしてシエラ様の後釜にもなる彼女がこんなところにいるのか。そして何故彼女がここにいると踏んで奴が動いたのか」


 「偶然……と片付けるには少し無理があるな。まあ、後者の疑問は大して重要じゃないさ。我々が奴を片付けさえすれば、の話だが?」


 「随分自信があるんだね。だけど奴の手がかりは何一つ無い。研究所で盗まれた秘薬調合書の内容、君も確認はしたんだろう?」


 「ああ、自在に姿を変えられる『変幻薬』……奴がどんな姿形なのかは予測もつかん。ならば我々の成すべきことはただひとつ。彼女を守ることだけだ」


 鋭い目つきで、彼はリアルを見据えてくる。何もかもを見通されているように感じさせられる彼のその目線が、リアルは苦手だった。


 「まあ、任せてよ。彼女がどんな人であれ、うまくやって見せるから」


 「くれぐれも無礼は控えろよ。今は外見こそただの女の子と聞いてはいるが、シエラ様の……」


 「分かってるってば。ホント、君は神経質だよね。僕ならうまくやれるって」


 「ならいいのだが……」


 珍しく口ごもる彼の肩をポンと叩いてから、リアルはゆっくりと立ち上がる。そんなリアルに、彼はやはり滅多に見せない気後れを見せながら付け加えた。


 「戻るつもりは無いのか? 君は私とは違い、帰る場所も、待っている人もいるはずだ」


 まさか彼がそんなことを言うとは思っていなかった。思ってはいなかったが、決意は固い。故にどんなに驚くようなタイミングで聞かれても、リアルの返答は揺るがない。


 「忘れたわけじゃないだろう? 僕たちの夢を」


 「遠い昔の出来事だ」


 「どんなに昔の約束でも、約束は約束だ。君は僕がうまくやって、冤罪が晴れるのを待っていればいいんだよ」


 返事はなかった。それでいい。これ以上何かに揺らぐ彼を見たくない。彼はリアルにとって、仲間である前に憧憬だった。




***



 いつの間にかまどろんでしまっていたようだ。寒気に身を震わせながら身を起こしたリアルは、固まった筋肉を解すべく伸びをしながら立ち上がった。


 辺りはいつの間にやら暗闇に占拠されつつある。ほんの1時間ほどの休憩のつもりだったが、うっかり寝過ごしてしまったらしい。


 腰のポーチの中に大切な宝物があるのを確認してから、リアルは未だに穏やかな寝息を立てているフィオレに近付き……凍りついた。


 胸が痛い。じかにライターで炙られているような熱を感じる。吐き気がする。


 この感覚はさっきの夢に見た記憶と同じもの……。間違いない。奴が近くにいる。


 「起きろ、フィオレ! 早く!」


 轟くような大声に、フィオレが眠そうに目を覚ました。大きなあくびをしているフィオレに、リアルが声をかける。


 「走れるかい? 今から出発する」


 「うん、待って。この寝袋ぐらい畳むから……」


 「今はいいから、早く!」


 フィオレを力任せに立ち上がらせ、その手を引いて走り出す。


 「ま、待ってって! 自分で走れるから!」


 フィオレが叫ぶが、意に介している余裕は無い。どこからかは分からないが、間違いなく見られている。このまま留まっていたら、いつ襲われるか分からない。


 「リアル! 何かあったの?」


 「狙われている!」


 たったその一言とリアルの常ならぬ声音に、フィオレもようやく緊急事態だと思い当たったようだった。


 「相手は人? それとも、ドラゴン……?」


 「多分ドラゴンだ。こんなところで寝てたからって、誰かが僕らを襲う理由がない」


 正確にはまだ襲われてはいないのだが、細かいことはこの際どうでもいい。


 「でもドラゴンなら、私が何とか……」


 「奴もそうだったが、ドラゴンを手懐けるには時間と手間がかかるものなんだよ! ゆっくりと感情を注いで、信頼関係を築き上げるものなんだ」


 「奴って……犯人が分かったの?」


 「まだ!」


 叫びながら、リアルは容赦なくフィオレの手を引いた。


 このまま街道に出るのはまずい。暗くなり始めたとはいえ、暢気な奴がまだ村に入っていない可能性がある。巻き込むわけには行かない。今はとにかく振り切れることを信じて、闇雲に走るしかない。


 そんな二人と一匹を追いかけるように、不吉な風が草原を撫でていった。


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