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火竜屋の歌声  作者: WS
2章 迷う
13/17

6



 どれぐらい走っただろうか。もう体力も尽き、歩くのと大差ない速度になっていたが、それでもセルヴは懸命に足を前に前にと動かし続けた。


 しかしとうとう限界が来た。木の根に躓き、その勢いのままセルヴは地面へと突っ伏してしまった。身体の節々が痛む。もう起き上がることもままならない。


 もういいだろう。辺りは静寂に満ちている。鳥の鳴き声も聞こえない空気の中、セルヴはまどろみ始めていた。いけない。ここで眠り、そのまま陽が暮れてしまったら、夜行性ドラゴンの餌食となることは想像に難くない。今は誰かが「安全地帯」と呼んだ場所を探さなければ……。


 「寝たらだめですよ」


 耳元でその誰かが囁いた。長い髪がさらりと頬をなでるのを、他人事のように感じる。


 「あともうほんの少しですから。立てますか?」


 立てたらこんな所で横になんかならない、と答えたつもりだったが、出てきたのは微かな呻き声だけだった。しかし読心術を心得ているのか、誰かは「それもそうですね」と勝手に納得をしてから、よいしょ、と掛け声に出してセルヴを抱え上げた。


 筋肉質な体つきのセルヴは、決して軽いわけではない。むしろ重い部類に入るだろう。しかし誰かはそのセルヴを肩に担いだまま、確かな足取りで歩き出した。


 意識を失う前に感じたのは、仄かな柑橘系の香りだった。



***



 パチパチと爆ぜる火の音に、セルヴは意識を引き戻された。


 薄暗い場所だった。どこに運び込まれたのか皆目見当もつかないが、どうやら誰かの言う「安全地帯」に辿り着いたらしい。


 見ればセルヴの身に着けていたコートが見当たらず、上半身にはあちこちに包帯が巻かれている。片目が見えないと思えば、どうやらガーゼと眼帯で保護されているらしかった。


 「起きましたか」


 軽やかな声と共に、唯一外に繋がっているらしい穴から、ひとりの少女が入ってきたところだった。年齢は恐らくセルヴと変わらないか少し上、今は濡れている金髪が印象的だ。どうやらこの少女が助けてくれたようだ。


 「ああ……ここはどこだ?」


 「アンドラの木の穴の中です」


 「アンドラ? 聞いたことないな……」


 「昔から人がアンチ・ドラゴンと呼んでいたのが略されたそうです。読んで字の如く、ドラゴン避けの効果のある、柑橘系に似た香りが特徴です。つまりこの木の近くには、ドラゴンは一切寄ってきません」


 「そうか……俺を助けてくれたのは君なのか?」


 尋ねるまでもない質問ではあったが、それでもセルヴは聞かずにはいられなかった。4頭もの音竜の群れに単身飛び込むなど、勇気でなかく自殺行為そのものだ。


 「はいそうですよ。あなたは……えっと?」


 「セルヴ。リャフルカの街の狩人だ」


 「セルヴさんはどうしてあんなことをしていたんです?」


 「あんたと同じ……襲われている人間がいたらしかったから、助けに入ろうとした」


 すると少女は形のいい眉をひそめた。


 「襲われていたのはあなた一人でしたけど」


 「そんな……そんなはずはない。確かに最初の音竜は誰かを襲っていた」


 「被害者を見たんですか?」


 「それは……」


 見た、と言おうとして、セルヴは曖昧になりつつある記憶の中から襲われていた誰かを思い出そうと顔をしかめた。しかしセルヴはあの場で、少女以外の人間の顔を見たという自信がない。


 「見てない、けど……」


 「最近研究者たちが気付いたそうですが、音竜の出す音に変化が見られるそうです」


 「変化?」


 「そう。なんでも人の声音を真似て、人間をおびき寄せるとか」


 「馬鹿な……あいつらは人間は食わないだろう? 天敵でしかない人間をおびき寄せて、一体何のメリットがあるんだ」


 「あくまで一説ですが、子どもを天敵から守る為の囮の効果ではないか、と言われているそうです。音竜は他のドラゴンよりも哺乳能力が異常に高いと聞きますので」


 言い返す気力もなくし、セルヴは反論を飲み込んだ。


 「そうか……とにかく助かった。礼を言う」


 「お礼なんていいですよ。何か食べます?」


 「いや、いい。色々吐いたからか、食欲がない」


 「そうですか」


 短く答えてから、少女はいそいそとパンにジャムを塗り始めた。携帯しやすく、腹持ちもいいパンは、携帯食として重宝されている。


 「もう陽が暮れちゃいましたから、今夜がここで朝を待つ事になりますから。残念ながら布団はないですけど、寛いで下さい」


 「あんたは狩人なのか」


 「そうですよ」


 「仲間はどこにいるんだ? 今頃心配してるんじゃ……」


 「いませんよ」


 「いない?」


 「はい。私は今まで集団で狩りをしたことは一度もありません」


 「どうして……危険だろう、ひとりだと」


 「危険を恐れている人間が狩りをすると思いますか? あなただって、危険を覚悟しているから狩人なんでしょう?」


 「それは……そうかもしれないが……」


 集団での狩りと単身での狩りでは、危険度は比ではない。ひとりだと、音竜のように内的な殺傷能力をもつ相手に感覚を奪われたら、それをカバーできる人間がいなくなってしまう。あまりにも危険すぎる為、一部の地域では単独狩りを禁止している街もあるぐらいなのだ。


 「あなたはどうして狩人をしているんですか?」


 不意に少女が問いを発した。突然かつ唐突の質問に、セルヴは返答に迷ってしまう。


 「どうしてって……」


 「理由も無く、ただ『なんとなく』で狩りをしている。そんな人が多いから、ひとりだと危ないとか寝言みたいなことを言うんです。はっきりした目的があれば、そんな恐怖は壁でも何でもなくなります」


 「………………!」


 少女の瞳に、何かが宿った。氷になる直前の冷水を思わせる、息苦しくなるような冷たさ。心なしか気温が何度か下がったように感じ、今まで元気に穴の中を照らしていた炎が消える。


 「私は絶対にドラゴンを全て殺す。そうじゃないと、私の戦いは終わらない」


 その冷たさは、やはりどこかで見たものだった。


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