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火竜屋の歌声  作者: WS
2章 迷う
12/17

5


 狩りが行なわれるまでには、幾つかの手順がある。一般住民から討伐依頼が来ることもあるが、その討伐依頼にも一部例外を除き同じ手順が取られる。


 まず観測部隊が周辺地域を探索し、何のドラゴンが、どれぐらいいるのかを記録する。この部隊が戦闘を行なうことはほぼ無い為、戦闘能力よりも生存能力・逃走能力に長けた者が選出される。


 次に討伐部隊が編成される。これは各地の狩人協会が個々の狩人の能力をもとに協議をしてから編成されるが、ドラゴン相手に孤立戦が行なわれることは望ましくないことから、基本的にはチームワークの取れるチームが選ばれることになる。見ず知らずの人と組むことはまず無い為、狩りの日には出発の前にリーダーないしは代表者が協会に出向いて依頼内容を聞くことになる。


 だがドラゴンも生き物だ。移動をするし、死滅したり、逆に増えたりもする。観測部隊の情報というのは、えてして当てにならないこともある。またドラゴンが見当たらない時には、当地の観測を任された者以外で捜索部隊を編成し、ドラゴンを捜すことになる。


 こうした一連の流れをもって、狩りは確実に行なわれる。だが今回はいくらなんでも、情報と違いすぎる。


 音竜4体に囲まれながら、セルヴは歯噛みするしかなかった。


 今確認できるだけで、観測部隊の情報の2倍。足元に転がる死体を含めれば2.5倍。それだけの数を相手に来るかどうかも分からない援軍を頼みの綱としていいものかどうか。つまりセルヴは、完全に孤立無援の状態だった。


 種や個体によっても差はあるが、ドラゴンは基本的には知能が発達している。群れるドラゴンの場合、連携して獲物を攻撃したり、天敵から身を守ったりもする。音竜たちも例外たる馬鹿ではないらしく、後方2体が音袋を膨らませた。前方の2体は相変わらずセルヴを睨みつけたままである。


 「おいおい、それはないだろ……」


 セオリーとしては誰か2人が前方2体の足止め攻撃、その隙を狙って後方の音攻撃を狙う無防備な2体に誰かが特攻。音による攻撃はその場でのダメージこそ大きくないものの、戦いが長引けば長引くほど重荷となる。だがその作戦も、孤立したセルヴにはできない相談だ。ならば出来ることは、ただひとつ。


 「うっ……おおおおぉぉぉっっっ!」


 己を鼓舞し、音竜を怯ませる咆哮を轟かせ、セルヴは一心不乱に地を蹴った。すぐに反応した手前の音竜の攻撃をギリギリで身を捻らせて回避し、奥で膨らむ音袋に狙いを定める。


 足止め攻撃をする者がいないのなら、手前の攻撃はかわせばいい。文字通り囲まれる形になるが、奥の音竜を一撃で仕留められれば問題ない。


 勢いのままにセルヴは斧を音袋の中央へと突き立てた。怒りと苦しみで音竜が声にならない悲鳴を上げるが、それに構うことなく力任せに斧を一閃、音袋を千切り捨てる。即座に距離を取ろうと脚に力を込めるが、平衡感覚の狂った身体は思うように動かず、不恰好にその場に崩れ落ちた。


 追い討ちをかけるがごとく、音竜の奇声が再度響いた。既に耳としての機能を失いかけてはいるが、不快感に吐き気が催される。


 「っ……!」


 更に翼による打撃攻撃が飛来する。反射的に構えた斧に直撃するも、思ったよりも重い攻撃に、セルヴはなす術も無く吹き飛ばされ、背後の大木に打ちつけられた。


 「がはっ!」


 遂に堪えきれず、何かが口から飛び出した。さっき食べた握り飯、ではなく、鮮やかな鮮血だった。


 「ちっくしょ、あいつら……肝心な時に、来ないんだからよ……」


 もう満足に動くことも出来ない。音竜が人を食べる、なんて話は聞いたことがないから、多分死体はすぐに見つかるし、街にもすぐに訃報は届くだろう。そうなればフィオレはどんな顔をするだろうか。悲しんで涙のひとつも見せてくれたらいいんだが。


 ……だめだ。姉貴を泣かすなんてことを、俺はしたくない。群れを殲滅させることはできなくても、せめて襲われていた奴と一緒にこの場を脱出しないと……。


 半ば薄れ行く意識の中、それでもセルヴは斧を握る右手に力を込めた。


 ぼやける視界の中、襲われていた誰かを探すセルヴの前に誰かが降り立ったのは、まさにそのタイミングだった。


 「だれ、だ……?」


 微かに差し込んでいる陽光を反射させ、眩く金色の髪が目に痛い。こんな明るい髪の人間はチームメンバーにはいないから、全く関係のない誰かだろう。もしかしたら襲われていた誰かの仲間だろうか。


 ゆっくりとこちらを一瞥した眼を見たセルヴは、思わず息を呑んでいた。


 底まで見通せる澱みの無い海を思わせる深い蒼の瞳。リャフルカの街の多くの人間と会ってきたが、こんな色の瞳を見たことがない。そして何より驚いたのが、瞳の中の冷たさだ。この冷たさを、俺は何故だか知っている。


 「走れますか?」


 口にされた声は、澄んだ女のものだった。


 「あ……あぁ」


 自分で何を言っているのかもあまり理解出来ないまでに至ってはいたが、それでもセルヴはよろよろと立ち上がった。また立ちくらみがした。


 「それではこのまま北の方角に走ってください。すぐに追いつきますから」


 「北って……草原は西だろう? 早く森を出た方がいいんじゃ……」


 「西からは音竜の増援が迫ってます。それに今から森を出ようとしても、そんな身体じゃ、出る前に日が暮れます。その前に安全地帯に退避します」


 「安全地帯……? こんな森の中にか?」


 「そうです。早くしてください。さっきも行ったでしょう? 音竜の援軍がすぐそこまで来ています」


 お前は大丈夫なのか……そう聞こうとしたが、やめにした。こんな身体で他人の心配をしてもまるで意味の無い事だ。尋ねる代わりに「すまん」とだけ呟いてから、セルヴは重い斧を背中に収めて走り出した。


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