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乙女の花園  作者: 森戸玲有
第5章
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第5章 ③

 思った通り、目を開けると白い空間だった。

 そして、傍らには、少し前に会ったばかりの白い少女が突っ立っていた。

 唯一の装飾品である彼女の翡翠の首飾りがゆらゆらと首の下で揺れている。

 ナユタは不機嫌に眉を顰めた。


「ちょっと……。今は、避けて欲しかったかな。取り込み中なんですけど」

「残念ながら、緊急事態の時にしか君には会えないんだ。悪いね」


 言葉の割に、少女は悪気なさそうだ。

 ナユタも苦笑を零して、少女の前に座る。こうなってはもう仕方なかった。


「あの、女王の側近に、ユウヅキっていう人はいませんでした?」

「……四代元素を操る「四師」の一つに、ユウヅキ家がある。元々は女王の血縁でもあった。君の母親である女王・ユイの婚約者がユウヅキ家の御曹司だったな。子供の頃はユイも彼に懐いてはいた……」

「それは、根に持つかもな……」


 ナユタは深い溜息を吐いた。

 ネアとリリスが暴走したのは、親の代からの恨みだったらしい。


「女王が落ち着いたら、今度こそユウヅキ家の男を夫にする予定だった。側近どもは、女王の中に、女神がいないことに気づいていなかったからな。でも、それは叶わなかった」

「ツキノワでは十五年前に叛乱が起きたんですよね?」

「それも、一つの原因だ。でも、最大の原因はそれでもないんだ」


 少女は目を伏せ、穏やかに告げた。


「すでに、女王は病を患い、死の淵にいたんだ。結婚どころじゃなかったんだよ」

「そう……ですか」


 母親がすでにこの世にいないことは、分かっていたが、いざ話を聞いてみると辛くなる。

 顔は知らずとも、彼女はナユタの母なのだ。


「こんな一生って、……女王はどう思ったんでしょうね?」

「別にいいんだろう。女王はやりたいことを好きなようにやって生きたんだ。だから、結果はどうあれ満足だった。でも、やりきれなかったのは、君のことだ。女王が死にそうになった途端、唯一の子供である君を女王として育てようと、側近たちが躍起になった。死ぬ前に、女神を君に移そうなんて言い出したりして。女神はもう君の中にいたのにな……」


 少女は一切の感情を交えず、淡々とナユタに語った。


「当初、誰もが反乱はすぐに鎮圧されると思ってた。女王が最強なのは言うまでもないけど、女王以外にも強力な術師たちが揃っていたんだ。けれど、反乱軍はヒースクラウトという大国を味方につけ、法術師と呼ばれるツキノワの魔術体系とは異なる能力者たちを連れてきた。女王は病で動けない。少人数の術師だけでは、圧倒的な数に対抗できなかった」

「……あの、一つ聞きたいことがあるんですが?」


 ナユタは、姿勢を正して、慎重に尋ねた。


「……父は、母のいまわの際に間に合ったんですか?」

「君の母は、一国の女王だ。根性が違う。頑張ったよ」

「少しだけ、ホッとしました」


 少女は口元に緩い笑みを浮かべると、何かを振り切るように立ちあがった。


「さて。ここまで話せば、君の選択肢も少しは広がるだろう。補足は誰かに頼むと良い。私は応急処置をしたまで。残念ながら、今度こそ、本当に時間がなくなってしまったしな」

「時間って?」

「私は君の一部だ。君が私を知ることによって、私の存在は君の中に溶けるんだ。もし、少しでも私が表に出てしまえば、君は君でなくなってしまうだろう」

「意味が分かりません」

「分かってほしくて、話したわけでもないんだ。ともかく、君がここにいる時間は限られている」


 白い少女は、言うや否や空間に指で円を描いた。

 そこに映し出されたのは、無数に生まれた黒い竜巻が雷を伴って、山の木々を根こそぎ奪い去り、建物を破壊しながら港に向かって行く様だった。

 地面は割れ、所々陥没したり、盛り上がったりして、島の形を変えようとしている。

 その空の中心で、荒波に翻弄される小舟のように、振り回されているのがナユタの体だった。


「…………私、死にそうですよ?」

「私も、君が死ぬのは本意ではないな」 


 複雑だった。少女にはまだ聞きたいことが沢山あるが、ナユタは死にたいわけではない。


「これ……、女神の力ですよね。何とかできる方法を知りませんか?」


 ナユタが真摯に詰め寄ると、それを待ち構えていたかのように少女は告げた。


「君が、知っているはずだ」

「私が?」

「長い間、君の中に深く女神の力は眠っていた。それが一気に目覚めたんだ。力の暴走は避けられない。……けど、逆に言えば、君はその女神を十五年間も体に入れて生活していたんだ。君が止めたいと思えば、力は止まる。女神は敵じゃないんだ」


 その一言がひどく大切な気がして、ナユタは小声でもう一度つぶやいた。 


「……敵じゃない?」


 男性過敏症だと、このままではまともに、恋愛もできないと、悲嘆に暮れてばかりいたけれど、女神はそうやって、ナユタを護っていてくれたのかもしれない。

 ……だとしたら?


(私は……)


「一つ良いですか?」

「その質問で最後にするのなら、どうぞ」


 意地の悪い言い方だったが、ナユタは不快には感じなかった。

 最後だと彼女自身、言い聞かせているのではないだろうか?

 この少女に感情が生きているのなら、きっと……。


「……貴方は、ツキノワの女神でしょう?」

「そうだよ」


 素早い回答だった。

 だからこそ、逆にナユタは確信した。


「――うそ」


 断言すると、少女は声を上げて笑った。


「君は鈍いんだが、何だか分からないな……」


 同じような台詞を、誰かに言われたことがある。


(……誰だっけ?)


 首を傾げるナユタに、少女は柔和な眼差しを向けて呟いた。


「君が女神と共存していく道を、女王は望んでいなかった」

「えっ?」

「その気持ちを斟酌したうえでの判断ならば、あとは君の自由だ。女神と共存しようが、別れようが、好きにすればいい」


 ーーそうして。

 ぐしゃりと白の世界は歪み、視界がぐらぐらと揺れた。

 少女の姿はすでに消えていて、ただ遠く、声だけがナユタの心にじかに届いた。


「大勢の人間の手で、守られてきた人生だ。精々楽しむことだ」

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