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乙女の花園  作者: 森戸玲有
第5章
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第5章 ①

「……ナユタお嬢様。ご無沙汰しております。あまり、お元気……ではなさそうですが」


 中性的な面差しに、柔らかな物腰。ふわふわの癖っ毛が湿った微風に揺れていた。

 あれだけ仲良くなりたいと思っていた青年が今目と鼻の先にいる。

 懐かしいと思った。

 けれど、彼に惹かれたのは、ただ単にナユタがツキノワ人だったからだ。今はそう確信している。


「協会がサミュエル先輩に指示を出す前から、先輩を操っていたのですね?」


 ルークが強引にナユタの手を握る。サムエルのもとに行かせまいとしているようだった。


「……言っただろ。奴らの狙いはツキノワでも、法術師協会でもないんだよ」


 リュイがネアとリリスの両方に注意を払いながら、呟いた。

 前後で、同じ顔が二つ並んでいた。少しだけ、リリスの瞳の灰色が黒に近かったが、それ以外は、身長、体格共に、まったく見分けがつかないほど瓜二つだった。


「サムエルさん。どうして、こんな……?」


 いろんな人を巻き込んだ。

 ナユタが目的だったというのなら、最初に出会った時点で、浚うなり、殺すなり、手を打てば良かったのだ。


「ナユタ様。貴方は自分の力に気づいていないようですね? 貴方の中にはツキノワの女神がいる。女神は能力者の力を無効化してしまうんです。暗示程度の術ならともかく、大掛かりな術を、貴方の前で使っても意味がないんですよ」


 ネアは、怖いくらい丁寧に答えた。


「我が家は代々女王に仕えた神官の家系。更に、僕達はヒースクラウトで生まれているから、この学校に怪しまれずに入学できる。格好の人材でしょう? だから、女王派から学校に入って偵察して欲しいと依頼がきたのです。女王派の目的は、もちろん、そこの小さな御仁となった人のことでしたが、僕達の狙いは最初からナユタ様でした」

「私と兄さんは、頭の中で会話が出来るのよ。だから、何処にいても一緒なの。よく内緒で、私がサムエルになったり、兄さんがネアリリスになったり、交換したもんだわ」

「手が込みすぎて、可哀想になるくらいだな」


 一蹴したリュイに、ネアは微笑みかけた。


「でも、貴方であれば、その理由がお分かりでしょう? 僕たちの目的は一つ。だからこそ、ナユタ様が十七歳になるのを、待っていたんです」

「やっばり、お前たちは……?」


 リュイが小刻みに震えているのが分かった。そういえば、さっき夢の中で……。


「確か、女王は、十七歳の頃に一時女神を放す儀式をするって?」

「ええ。女神の力を無力化する絶好の機会です。そして、その時に女神を異なる人物に降ろすことも出来るんです。昔、資格のない女王はそこで廃嫡されたとか……」

「儀式には場所も必要だったの。良質な気の場所に、一定以上の力を持った術者たちとか」

「思ったより、早くこの島に貴方が行ってくれたので助かりました。恋文の一つでも書かないと駄目かなって思っていたから……」

「……私は上手く誘導されたんだね」

「嵌められたのだとも言うな」


 身も蓋もないことをリュイが告げた。


(どうする?)


 逃げようにも前にはネア。後ろにはリリスがいる。更にこの体調。どうにもならない。


「思った通り、女神の力は衰えているようですね。男が平気になりましたか?」


 ネアがナユタとルークの繋いだ手に視線を向けて、ほくそ笑んだ。


「過去視の鏡で朦朧としている貴方に、特製の香を嗅いでもらいました。女王が女神を離す時に使用する香だということです」

「何だって!?」

「ナユタ!」


 ルークとリュイが蒼白な顔で、ナユタを覗き込んだ。

 

「あれ? 霞み目は、兄さんがくれた催涙液のせいだと思ってたんだけど、違ってたんだ」

「どこまで、バカなんだ!」


 リュイが悲嘆に暮れている。そんなことをされていたなんて、まったく記憶になかった。

 やっぱり、みんなにバカと連呼されても仕方ないかもしれない。


「まったく、こんなことになるなら、絶対に連れて来なかったのに……」

「そうだ。お前のせいだ。バカ野郎!」


 何でか、リュイとルークの睨み合いが始まってしまった。

 その様子を見たリリスは、お腹を抱えて、大笑している。


「ナユタ様を隠していても良かったのよ。私が囮となっている隙にちゃんと、兄さんがナユタ様をお迎えに行く予定にしてたんだから。でも、のこのこ来てくれて手間が省けたわ」


 ルークが歯ぎしりしている。相当怒っているようだ。それは、義務からだろうか?

 二重密偵とはいえ、アベルから依頼されたことを果たせなかった悔しさなのか?


「気分はどうですか? そろそろ本格的に効いてくる頃だと思っていたのですが?」

 

 ネアの言葉を皮切りに、意識が混濁してきた。

 ――体がだるい。目が見えない。

 視界が霞むのに、先ほどの白い少女だけがはっきりナユタには見えている。

 きっと彼女がいるのは、現実の世界ではないのだ。


『ナユタ』


 脳内に老成した言葉を操りつつも、若い少女の声音がこだました。


『……やっと来たか』


「ナユタさん!」


 ルークの声が遠く感じて、目の前が真っ暗になり、また白くなった。


 ーーーナユタは再び白い世界に導かれていった。


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