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乙女の花園  作者: 森戸玲有
第4章
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第4章 ①

ヒースクラウト軍本部は、王都リアノールの市街地に巨大な壁を有して、鎮座している。

 建国の際に建てられた石造りの七階建ての建物は、王城と同じ高さであり、ヒースクラウトの威光を示すようにと国王自らが注文をつけたそうだが、建国三百年も経てくると、ただの老朽化した刑務所のようだった。

 ――しかし、その最上階……。

軍司令部の隣室に間借りするような形で、一室を設けている「ヒースクラウト法術師協会」総長の部屋は、陰鬱な本部の中にあって、恐ろしいくらい派手で異質な空間だった。

 薔薇園でもあるのではないかというくらい、ふんだんに赤、桃色、紫、白の薔薇が豪奢な花瓶に活けられていて、濃密な芳香が鼻腔をくすぐる。

 アベルはその半ば私室と化している部屋の金色のソファーに腰かけ、せっせと編み物をしていた。アベルを呼んだ張本人のくせに、彼が遅刻してくるだろうことは想定内だ。

 時間がもったいないので、マフラーを編んでいる。


(ナユタには、策とはいえ可哀想なことをした。これで仲直りしてくれると良いが……)


 ただのマフラーでは、ナユタに鼻で笑われてしまうかもしれない。やはり、ここは、ハートをちりばめ「ナユタ愛」と文字も添えた方が、より兄の愛が伝わるだろう。出来上がりを想像するだけで、自然と眦が下がる。


 そこに豪快に扉を開け放って、長身の男が軍靴を響かせて入って来た。


「久しいな。アベル=バーランド君」


 アベルは、網かけのマフラーを胸の谷間に押し込んでから、さっと立ち上がった。


「ご無沙汰しております。ザウル総長」

「うむ。君とはあの学校の設立前に会った以来だな」


 颯爽と灰色の外套を翻し、無表情な補佐官と室内に入ってきた壮年の男・サイモン=ザウルは、立ち上がったアベルの姿をちらりと一瞥して、ようやく足を止めた。


「……ところで、どうかしたのかい。君?」

「何がでしょう?」

「その格好だよ」

「平服で申し訳ありません」

「…………平服?」 


 アベルはお気に入りの玉ねぎのようなかつらを被り、白のレース袖の真っ赤なドレスを身にまとっていた。

 何度も目を擦るザウルに、はにかんだ笑みを返すと、ザウルは気まずそうに視線を逸らした。


「君をここに呼んだのは、他でもない我がヒースクラウトの方針を念押すためだ」

「…………何でしょう?」

「いや、まあ待て。アベル君。そもそも女装の学校というのもかなり承認をもらうのに、無理があったのに、君までそんな格好にならなくても」

「ああ。心配には及びません。趣味ですから」

「そうか。……趣味か」


 ザウルは咳払いをして、額に浮かんだ汗を何度も拭った。


「うん。まあ、個人の趣味に、私もとやかく言うつもりはないがな」

「それで、ザウル総長。我が国の方針とは何でしょう?」


 先を促すと、ザウルは深々とアベルの向かいに座り、尊大に足を組んだ。


「君は、十五年前のトゥーナ王国の内乱に参加していたよな?」

「ええ。史上最年少でした」

「そうだったな。……輝かしい記録だ」 

「今も鮮明に覚えています。女王の近衛兵が起こした叛乱が引き金となり、女王派と革命派が一年間、戦った。あの時、ヒースクラウトは、革命派に助力し、我々は勝利しました」

「概ね、そのとおりだ。君がちゃんとあの戦いについて、覚えていたことが嬉しいよ」

「それは、どうも」

「しかし、君は一つだけ軍務規定違反を犯した。今まで隠していたことがあるはずだ」

「私の妹……ナユタのことですか」


 アベルは淡々と言った。


「そうだ。話が早いね」


 あっさり首肯したザウルは、補佐官が運んできた甘い香りのする茶を一気に飲み干した。


「私も今まで知らなかった。そのような最高の切り札を、君が隠して養育していたとはな」

「お褒めに預かり、光栄です」

「あの……、ぜんぜん誉めてないからね」

「では、一体何が仰りたいのです? 彼女の国トゥーナは戦いの後、新しく変わった。戦災孤児を父が引き取っただけで、何ら問題はないでしょう?」

「ただの孤児ではあるまい」

「私にしてみれば、ナユタは大切な家族で可愛い妹。それだけです」

「……ふむ」


 今まで女らしく品を作っていたアベルが急に目の色を変えたのに驚いたのか、ザウルは一瞬だけ腰を浮かせた。


「うーん。アベル君。その顔で凄まないでほしいんだがな」

「私の顔が刺激的だと?」

「少しメイクがはげかかっている」

「…………ああ」


 アベルは急いで持参したハンドバックの中から、化粧道具を取り出した。ザウルは口髭を撫でながら言葉を選んでいるようだった。


「これは極秘情報ではあるが、つい先般、トゥーナで、革命軍の首領で、現国王リュー=ヒツルギが暗殺者に襲われたそうだ。トゥーナは再び混迷を深めている。いまだ女王派と革命派の小競り合いが続いている。現在、トゥーナでは、新しい指導者の存在を必要としているのだよ。ここから先は、分かるだろう? アベル君」

「ええ。分かりますよ」


 化粧直しを終えたアベルが顔を上げる。それと同時に、ザウルが顔を伏せた。


「我が国ヒースクラウトは、トゥーナの天然資源が欲しいんですよね。助力という名目で勝手に軍事介入し、革命派に権力を持たせ、我が国は資源の開発権を得ようとした。しかし、革命派はそれを拒んだ。だから、我が国は女王派の残党に肩入れをし、今の混沌とした状況を生み出すのに一役買ったわけですよね」

「ずいぶん、トゥーナに肩入れをした言い方だね?」

「本当のことを言ったまでですよ。別にそれを責めようとは思いません。自国が一番大切なのは、何処も一緒でしょう。……でも、妹は巻き込みたくありません」

「なるほど」


 ザウルは考え込む素振りを見せたが、本当はアベルの意志表示など求めていないことなど知っている。やはり、アベルの書いた脚本通り、ザウルは次の手を打ってきた。


「君のことだ。脅しても無駄だろう。だから、我々も少々、策を講じさせてもらった」

「……一体、何を?」


 大げさに驚きの表情を作ってみせたが、しかし、真の驚きは次の瞬間にこそやってきた。


「総長……」


 廊下に出て行ったはずの補佐官が血相を変えて、ザウルのもとに戻ってきた。


「何だね。今、取り込み中なんだが?」

「………………それが」


 補佐官は、ザウルの耳元で何事かを呟き、途端にザウルの顔色はなくなった。


「……本当かね?」

「はい」


 アベルは注意深く、二人のやりとりを観察していた。今、この時にザウルに報告しに来たということは、十中八九アベルに関することだ。

 そして、ザウルの不自然な愛想笑いは見るからに、講じた策が失敗した証だろう。

 けれども、彼らが策をしくじったことがすなわち、アベルの失策でもあった。


(おいおい。……まさか、総長殿、失敗しちゃったんじゃないの?)


 案の定、予感は的中した。


「アベル君。本当に有意義な時間をありがとう。今日のところは、ここで別れて、お互い頭を冷やしてから、また再度改めて話し合いを続けないか?」


 ザウルの愛想笑いがひきつり、目尻がぴくぴく痙攣している。


「総長殿。まだ言いたいことは終わっていないでしょう? ここからが本題です。貴方は私の妹ナユタを誘拐するつもりだったが、失敗した。そうじゃないんですか?」

「………………へっ」

「詳しい状況と経緯を説明願えますかな? 総長殿」

「私は知らな……」


 この期に及んで白をきるつもりらしい。

 アベルは拳に息をふきかけ、ザウルの肩口に拳を突き出した。


 ――どぉぉぉんと、部屋の高さ大の火炎玉が部屋の中のものを万遍なく燃やし、あっという間に窓の外に飛び出していった。


「脅しじゃないんですよ。総長殿。それとも、このカビの温床のような建物を貴方ごと消し飛ばすことがお望みなら、喜んで俺はやりますが、貴方も応戦されますか?」


 黒焦げになった部屋の中で、アベルは憮然と立ち上がり、不敵に微笑した。


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