第1章 ①
フローラル島の中心に君臨する巨大な学舎の最上階に、理事長室はあった。
アベルは、窓際の理事長椅子ではなく、その手前の応接用のソファーにどかっと座り、ナユタもまた壊れた人形のように、兄の前に腰を下ろした。
アベルがお嬢様学校を創り、そこで教師をしているということは、ナユタも知っていた。
だけど、女装教師になっているとは聞いてない。
(兄さんが本当に遠く見えるな……)
視界が涙で曇っているせいかもしれない。
アベルが待ちきれないとばかりに開いた口から零れ落ちた台詞は……。
「これには、深い事情があるんだ」
まるで、浮気を目撃された夫のような捻りのない前置きだった。
「うん、そうだろうね。兄さん」
そうでなくては、困る。別に、ナユタは女装を否定しているわけではない。しかし、兄アベルは「女」から遥かに遠い存在であり、お洒落や化粧を楽しむ人ではなかったはずだ。
「その事情が終わるまで、私は帰るわけにはいかないのだ。寂しい思いをさせてすまない」
「帰って来いって言いに来たわけじゃないんだ。せめて居場所くらい教えて欲しかったかな。捜すの大変だから。それと、その格好だけはどうにかならない? 心臓に悪いから」
「何だ。もっとシンプルなドレスの方がナユタは好みだったか? これは派手かな?」
「はっ?」
アベルは頬を紅潮させ、ドレスの袂をもじもじとよじっている。
「今日、お前がここに来ると聞いていれば、もっと自信作を着ていたのにな。まあ、バレてしまっては仕方ない。ふふっ。このひらひらのフリルはだな、私の体型に合わせた特注品なんだぞ。どうだ。羨ましいか? さあ、ナユタ。兄さんの腕の中に飛び込んでおいで!」
――なぜ、そうなる? それとも、上手くあしらわれているのか?
「…………兄さん、しばらく会わないうちに冗談が上達したのかな?」
「何だ。照れているのか。まあ、相変わらず可愛いナユタだな。久々に会った兄さんが謎の美女になっていたんだから無理もない。大丈夫。兄さんはいつだってもお前の兄さんだ」
……駄目だ。皮肉すら受け付けてくれない。
(昔から思い込みは激しい人だったけど、何かここまでくると、もう……)
不毛なやりとりに、無駄な労力を感じ取ったナユタは即座に話題を変えることにした。
「あの……、それで深い事情というのは何? 兄さんが女装している原因なんでしょ?」
「いや、残念ながら、深い事情と女装はまったく関係ない。女装は私の趣味なのだ」
「趣味……なんだ」
趣味だと言い切られてしまうと、反論もできない。
「兄さん、どこか頭を打ったんだよね?」
「バカな。打ちつけた程度で壊れるほどのヤワな頭に鍛えたつもりはない」
――そうだろう。ナユタが知っているアベルは、素手で熊と闘うことはあっても、恍惚とした表情でドレスを選ぶような兄ではなかった。
がっくりしているナユタを一応慮ってくれたのか……。
「うーむ。まあ、少し性急だったか。私達には時間が必要なようだな」
アベルも咳払いをして、妙な空気を断ち切った。
「その話は、次の機会にしよう。ここからは本題だが……」
「えっ?」
どうやら、今までのは、本題じゃなかったらしい。
アベルは、次の瞬間からナユタのよく知っている眼光鋭い兄となっていた。
「ナユタ。お前がここまでたった一人で来ることが出来たことは、真剣に凄いと思う。でも、ここにいるのはいけない。一心地ついたら、一刻も早く家に帰りなさい。そうしなければならない理由は、他でもないお前が一番分かっているだろう? そりゃあ、私だって居場所をお前に教えなかったのは、悪かったと反省はしているんだ」
「でも、兄さん。私、さっき女の子がこう、杖のようなものをどっかから出して、巨大な薔薇を焼き払ったのを見たんだ。あんなの見たの初めてだった。あれは夢じゃないよね?」
「いや、悪い夢だ。早く実家の寝台でちゃんと寝なおした方が良い」
まるで、子供をあやすような口調だ。冗談じゃない。ナユタにだって意地がある。ここまで来て、いつものように、流されるわけにはいかなかった。
「兄さん、知ってる? 私、十七歳になったんだよ」
「ああ、とてつもなく良く知っているさ。お前の生誕祭を大々的にやりたかったのに、忌々しい。この学校の人手不足のせいで帰るに帰れなかった。本当にすまなかったな。ナユタ」
ああ……。見事に、話を逸らされている。
「そうじゃなくて。兄さん、何で教えてくれなかったの? 一年前まで、軍人だったよね。それを辞めたことも私知らなかったのに、今度は女子校で先生? 秘密が多すぎるよ」
「秘密が多い男の方が魅力的ではないのか?」
「魅力的な男になりたいなら、その格好はやめてね」
「ナユタは容赦ないな。そこが可愛いんだが……」
「兄さん。あのねえ」
「ああ、もう分かった。分かった。ナユタ」
手をぱんぱん叩いたアベルは、溜息混じりに呟いた。
「お前も大人になったということだよな。そうだよな。十七歳だもんな。くそっ」
アベルは感慨深げにというより、やけっぱちに十七歳のところを強調した。
「分かった。見られてしまったものは仕方ない。だが、一応、国家機密だ。秘密厳守だぞ」
アベルは茶を一杯口に運んでから、あっさりと切り出した。
「ナユタ。まず、お前と私に血の繋がりはないということは知っているな」
「……知ってるけど?」
それがこの学校と何の繋がりがあるというのだろうか。
ナユタはバーランド家の養女だ。二歳の時に引き取られた。物心つく前から、その事実は公然となっていたので、悲壮感も何もなかった。
大体、隠しようがないのだ。見た目がまるで違う。ナユタは小柄で黒髪、アベルは大柄で金髪だ。血の繋がりのないことは誰の目にも明白で、ましてや、ナユタはヒースクラウト人でもない。先に暴露しておこうというのが、アベルの考えだったそうだ。
「孤児だった私を、トゥーナって国を放浪中だった兄さんが引き取ってくれたって……」
「そうだな。しかし、その話には少し嘘がある。実は、私は修行をしていたわけではない。その頃から軍で働いていたのだ」
「へえ……」
「驚かないのか?」
「兄さんだからね」
別に未成年で働いてようが、外国で大暴れしていようが、どちらであっても、アベルならあり得ることだ。女子学校で教師をやっているより信憑性はある。
「さすがナユタだな。お前も知っての通り、神の如き天才の私は、働き出すのも早かった」
「それで」
どうでもいいからと、ナユタは三白眼で先を促す。
「うむ。当時、トゥーナという国は混乱状態でな。ヒースクラウトの精鋭部隊である法術師が投入されたわけだ。私はその一小隊を率いていた」
「ほう…………? 何?」
「法・術・師。軍務省管轄の極秘機関・法術師協会に所属する術者のことをそう呼ぶ。この学校は、法術師協会の庇護のもと、未来の法術師を育成する極秘機関で国家機密なのだ」
「その法術師っていうのは、さっきの女の子みたく薔薇を燃やすことができる人のこと?」
「薔薇を燃やすだけではないぞ……。まあ、人外の力を使うのが専門だがな」
真面目に話す兄に、ナユタは不審の目を向ける。
「そんな力を使っている兄さんを見たことないけど?」
「法術師は、みだりに私的なことで力を使ってはいけないのだ」
「へえ」
使い惜しみした方が良いのなら、遅刻程度で、火の玉を作った少女はどうなんだろう?
しかし、そんなことを責めたところで時間の無駄だ。ナユタは曖昧に首肯した。
「うん。まあ、分かった。それで、その魔法使いの見習いさんたちの学校がここってこと?」
「そうだ。聖カレア学園は、法術師の見習い学校だ。一応、表立ってはお嬢様学校ということにしているが、国家機密機関であることは間違いない。ちなみに、魔法使いではないぞ。……法術師。ヒースクラウト王国の法のもとで術を使う能力者集団のことを言う」
「それが何だか凄そうなのは分かったよ」
腑に落ちないのは、こんな特殊な学校で、ドレスを着ている兄の気持ちだった。ナユタの知っているアベルは、女装なんて死んでもしないような男だったのだ。――それなのに。
「一応、訊いておくけど……。兄さんは、男の人が好きってわけじゃないんだよね?」
「何と!? お前がそんなに私の私的なことを気にしてくれるとは……」
「私的要素が満載な説明をされたからね」
「では、私的要素満載な問いに答えてあげよう。女の方が良いに決まっている。あえて言うなら、ナユタが世界中で一番可愛いに決まっている。どうだ!?」
まったく答えになってないが、少なくとも的外れな回答ではなかった。
「じゃあ。あえて、そういう格好する必要もないんじゃないかな。趣味は趣味として楽しめば良いと思うよ。わざわざ兄さんのような体型の人がやる必要もないっていうか……」
「嫌だ」
「どうして?」
「可愛い妹からの頼みでも、嫌なものは嫌だ。女装することで、私は悟りを開いたのだ」
「どんな悟りかは知らないけどさ。……でも、兄さん、無理をしていない?」
「無理……。私が?」
「こんなことしてるのって……その?」
――私のためじゃないの?
言いかけて、しかし、今少し勇気が足りなかった。自分の無力さに、拳を握りしめる。
「――兄さん。やっぱり、私、当分家には帰らない。ここにいるよ」
「…………何……だと?」
「まさか、兄さんが女装の変態魔法使いだったなんて、想像もしてなかったけど。だからこそ、私がもっとしっかりしなきゃ駄目なんだと思う」
「ちょっと待て。私は女装という変装をしているが、変態ではない」
「いやいや。絶対、おかしいから。どうしたって、変だよ。兄さん」
「ナユタ……」
断言されて、アベルの顔が強張っている。ついでに、化粧も中途半端に取れているから、白塗りの化け物のようになっていた。そんなアベルがナユタには不憫だった。ナユタには、仕事の延長とはいえ、女装に走ってしまった兄の深い事情の一端は分かっているのだ。
「兄さん。私は孤児だったんだよね?」
「……そう、だが?」
「兄さんは、トゥーナの何処でどういう経緯で、私を引き取ることになったの?」
「どうして、また急にそんなことが知りたいんだ?」
国家機密に関しては、怖いほど饒舌に語っていたくせに、この質問の途端にアベルは顔色を変えた。熊を射殺すほどの猛烈な殺気を孕んだ眼光。以前、一回だけ質問して、おもいっきり無視されたことをよく覚えている。
だが、ここでアベルに言い含められて、おめおめと帰ったら、ナユタが故郷に残してきた人に対する淡い気持ちも、自分の未来も、次の段階に進む前に、終わってしまうだろう。
「逆に、どうして、この程度のことを兄さんは私に隠すの?」
「昔のことだ。もう忘れたよ。戦争で親がいなくなって泣いていたお前を一人にできなかっただけだ。ナユタだって覚えていないだろう?」
「私は二歳だったからね。兄さんとは違うでしょ」
ダメだ。これでは堂々巡りで話が進まない。
「そう。…………分かったよ」
ナユタは意を決して、ソファーの下に置いていた小さな鞄から、四つ折りの紙を取り出すと、応接室の四角い机の真ん中に叩きつけた。
「私、この学校に転入することにした」
「はあっ?」
顎がはずれるのではないかと思うほど、大口を開けたアベルは、ナユタが差し出した書類を広げて読み上げた。
「ナユタ=バーランド。下記の者が聖カレア学園に入校することを……認める? 嘘だ。私はここの理事長だぞ。私以外にここの権限を持つ者なんて……」
「理事長以外にも、ここの権限がある人がいるでしょう? 私、ヒースクラウトでは高等教育卒業しちゃってるけど、もう一度勉強するのも良いかと思って。どうして、魔法学校に私が入学できるのか分からないけど、先にあの人に話を通してて良かったよ」
「まっ、まさか……?」
アベルは入学証書の一番下の欄に目を走らせると、大声で叫んだ。
「校長……。グレー=シモンズ。じゃあ、お前がここの場所を知ったのも……」
ナユタが肯定を示すために黙っていると、アベルが入学許可書をくしゃくしゃに丸めた。
「あんの野郎! 叩きのめしてやる!」
「えっ。ちょっ……、兄さん?」
止めようとした時には、すでに遅かった。ナユタという存在自体を忘却したアベルは、今にも怪獣が獲物に襲いかかるかのような殺気と共に、廊下に飛び出して行ってしまった。
(失敗しちゃったな……)
ナユタはしみじみと後悔した。勢いにまかせて、奥の手を先に告げてしまったのがいけなかった。もっときちんと手順を踏まえて、アベルに訊ねれば良かったのだ。
ナユタが知りたいのはアベルのことも含め、ナユタの両親についてのことだった。
――彼らのことを知り、幼少時の記憶が蘇れば、自分の奇妙な性質の解決策も導き出せるのではないか……。
そう考えた末での初・家出だったのだ。
◆◆◆
「校長室が破壊されるのって、これで一体何度目かしらねえ……?」
青の豪奢なドレス姿の金髪美女の額には、大きな青アザが出来ていた。
うふふっと、何事もなかったかのように、艶めいた微笑を零す姿は、とても男のようには見えない。まさか、この人まで女装しているとは、ナユタも想定外だった。
――グレー=シモンズ。
ここでの名前はグレイテルと言うらしい。兄の同僚であり、親友でもあり、そして、この学校の校長先生だ。先ほど、この人が手紙でやりとりをしていたグレイだと知った時には、長旅にもたいして動じなかったナユタが失神しそうになったくらいだった。
もう、何が真実なのか分からない。それくらい見惚れるほどの美貌だった。
「すいません。もう少し兄さんの暴走を止められてれば、こんなにならなかったのに」
ナユタは、今日だけで三度目になる謝罪を彼に口にした。
爆音を理事長室で耳にしてから、慌てて、ナユタは校長室に走った。
二人の間に立ちはだかり、グレイテルの味方をするナユタに対して、すっかり意気消沈したアベルはその場から姿を消してしまったのだ。結局、ナユタの身柄は、グレイテルが引き受け、迷子にならない程度に学舎の中を案内してもらってから、校長室に帰って来た。もっとも、正確には校長室があった場所にだが……。
未だ焦げた臭いが満ちた真っ黒な部屋の中に、何処からともなく二脚椅子を持ってきたグレイテルは優雅に腰を掛けていた。
しかし、ナユタは水浸しの室内でのほほんと座ることができるほど、心が強くない。居心地悪く、グレイテルの脇に突っ立ったままだった。
「だからー。ナユタちゃん。本当に気にしないで。いつものことだから。昔からいつも、こんな感じなのよ。私たち。それとも、こんなに美しい私が傷つくのが忍びないって?」
グレイテルは茶化したつもりのようだが、ナユタは本当に思っていたので、沈痛だった。
「はい。先生のような綺麗な人に、兄が喧嘩をふっかけてるかと思うと、恐ろしいです」
「そんなに、私は女らしく見えるのかしら?」
「どう見たって、女にしか、見えません。本当に……男なんですか?」
「驚いたでしょ? 貴方とは、ずっと本名のグレイでやりとりしてたものね」
「いまだに、夢を見ているようです」
グレイテルのことは、ずっと昔に、アベルが友人の名前として挙げたものを、ナユタが覚えていたため連絡を取ることができたのだ。
我ながら、自分の記憶力には感謝したいところだが、猪突猛進、フローラル島にまで来てしまったことは、軽率だった。
二人でちゃんと打ち合わせていれば、ここまでの大騒動にはならなかっただろう。
授業は中止となり、生徒は避難のため全員寮に帰されたという。
だから、ナユタはルクレチアという生徒以外、すれ違うこともなかった。
「グレイテル先生。兄ならともかく、女の子には、この学校……危険だと思うんです」
「あら、アベルからこの学校がどんなところか聞いたのね。入学の件、怖くなった?」
「…………えっ? まさか、本気で?」
ナユタは当分、島に居座ろうと考えてはいたが、アベルから話を聞いた以上、こんな恐ろしいところに転入する気など、さらさらなかった。
「グレイテル先生。入学は、兄に対する脅しのつもりで、実際は入っても、入らなくても良かったんです。先生だって、納得していたじゃないですか。それに、ここは魔法学校なんですよね。私、魔法なんて使えませんし、入学なんて絶対に無理ですよ」
しかし、グレイテルは不思議そうな顔で、首を傾げている。
「何で? ナユタちゃんは、あの熊男の妹なんだから。法術なんて使えなくても、そう簡単に死にそうもないじゃない?」
アベル同様、彼にもまた常識とか良識とかいうものは通用しないらしい。
「だけど、私は、まだ死にたくないです」
「えー。でも、この学校には、ナユタちゃんのような普通の感性っていうのも必要だと思うのよ。アベルから聞いた話じゃ、貴方、地元の小さな学校にしか通ったことがないんでしょ。女子高っていいわよ。可愛い制服に、優雅なティータイム。ね? 憧れない?」
「…………憧れ」
――て……いる。
そりゃあ、この上なく憧れていた。そもそも、ナユタには同世代の友人自体少ないのだ。通っていた女子校もアベルが心配して、護衛つきだった。制服がなかったのもいけない。男っぽい動きやすい服ばかり着ていたこともあって、女の子から遠巻きに騒がれることはあっても、積極的に話しかけられることはなかった。
一度でいいから、年の近い女の子と、学校帰りに寄り道をして買い物や、お茶をしたりして、過ごしてみたかったのだ。
……でも。期間限定にしたって、命懸けの学園生活なんて、絶対にごめんだ。
「無理ですよ。むしろ、ここに通っている女の子たちの体が心配です。先生と兄の喧嘩、もしもあんなのに巻き込まれたら、掠り傷じゃ済まされませんから」
「あら、そんなことを心配してくれるなんて、ナユタちゃんはアベルに似ないで優しいわ」
グレイテルがおどけた口調で、肩を竦めた。
「ここの生徒たちはいいのよ。だって、みんな、自ら希望してこの学校に入ったんだから。男だとか、女だとか、一切関係ないわ。大体、ヒースクラウトでは、魔法使いや法術師というと男の商売になってしまってるけど、海を隔てた東の国などでは、法術というと、女しか携わることのできない聖なる職なのよ。だから、女がやって出来ないことはないの」
「そういうものですか?」
「法術師の仕事は、実際、真っ向勝負することなんてないのよ。情報操作したり、間諜したり……。そういった仕事には、男より一見非力な女の方が有利なのよ。――だから」
グレイテルは、人差し指を自身の真っ赤な口紅に置くと、口紅の色を移すように、ナユタの唇に指を置き、小声で囁いた。
「この学園には、男なんていないのよ。男は私と理事長だけ。…………分かった?」
「…………はい。男は兄さんとグレイテル先生だけ……ですね」
「そうよ。良い子ね」
心地よい滑舌。恍惚としていると、グレイテルが派手に数回拍手をして、我に返った。
「…………あれ? 私?」
「ナユタちゃん。早く」
「えっ?」
「どうしたの? ぼうっとしちゃって。貴方の部屋に案内しようと思ったんだけど。それとも、今日は私と一緒の部屋にする?」
「いえ、あの……」
本当に、男……なんだよね?
ナユタは、赤面しつつ、グレイテルのもとに走った。