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乙女の花園  作者: 森戸玲有
第3章
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第3章 ⑤


「今日は、山登りなんだってな」

「そう……だけど?」


 朝の日差しが部屋の中央まで伸びていた。

 ナユタが着替え終わったのを察してから、リュイはくるりと椅子を回転させた。手の甲まで包み込む、大きめの上着の下は、青のブラウスと黒いズボン。まるで、男の格好そのものだが、元々山歩きを得意としているナユタには、こういう格好の方が多いのだという。


「やっぱり、まだまだ子供だな」


 あどけなさが色濃く残る童顔と、健康的な小麦色の肌に、その格好だ。

 まるで、少年のようだった。アベルの弟と勘違いされるだけのことはある。


「ひどいな。リュイ君。私は君より、はるかに大人だと思うけどね?」

「…………そうかもしれんな」


 リュイは反論しなかった。こちらの思惑通りに事が運べば、今日を最後に当分ナユタと会うことはない。もしかしたら、今生の別れになるかもしれないのだ。喧嘩別れは御免だ。


「リュイ君?」


 体を屈めたナユタがリュイを覗き込んでいる。リュイも初めて逸らさずにナユタを見返した。意志の強そうな黒い瞳は、やっぱり懐かしい女を彷彿とさせる。


「……お前の、その体質のことだけど」

「えっ?」

「治す方法が……」

 ―――ある。


 そこまで言いかけて、結局リュイは、その先を告げることをためらった。

 治す方法を知ってはいるが、成功するかも分からない危険な方法なのだ。

 完璧な準備が整わない限り、実行したくない。


(そんな不確かなこと、やっぱり口に出来ないよな……。あー、ちくしょー!)


「何かあったの? リュイ君」


 ナユタはきょとんとしている。無理もない。挙動不審なのはリュイの方だ。


「いや。その厄介な体質が治るといいな。きっと何か方法があるだろうよ」

「うん。まあ、地道にね」


 ナユタは虚ろな目をした。すでに諦めているのだろう。励ましてやりたかったのに、これでは逆効果だ。


 ……ナユタは十七歳だ。いくら、子供っぽいとはいえ、恋の一つもできないのでは不憫ではないか。少なくとも、ツキノワの歴代の女王は、もう少し男性に触れることができた。ナユタの男性過敏症は、極端すぎるのだ。どんな文献にも同じ症例は載っていなかった。


「時間だから、行ってくるよ」


 何も知らないナユタは、さっとリュイの前を通り過ぎて行く。


「……山から落ちるなよ」

「嫌だな。学校で大人しくしているよりは、はるかに楽なんだよ。山歩きは得意なんだ」


 ナユタが部屋の扉を開けると、いつものように女装青年ルクレチアが無言で立っていた。

 こいつも、ナユタと同じように薄手のシャツに一枚上着を重ねたパンツ姿だったが、ナユタより色気を放っているのが悲劇的だった。


「では、行きましょう。ナユタさん」

「待ってなくてもいいのに」


 言いながらも、ナユタは嬉しそうだ。ナユタいわく、ルクレチアが初めての友達らしい友達なのだそうだ。だが、リュイにはそう見えない。やっぱり、姿は女でもルクレチアは男なのだ。熱い視線でナユタを追っている。かつてのリュイがそうであったように……。


(仕方ねえな……)


 二人連れだって行こうとしているところで、リュイはルクレチアのシャツを引っ張った。


「朝っぱらから、何するんですか?」


 ナユタに対している時とは真逆の冷ややかな顔がリュイを見下ろしている。手振りでうながすと、ルクレチアはすぐに察したのか、渋々しゃがんで、リュイに耳を近づけた。


「一つ、教えてやる」

「はっ?」

「グレイテルがナユタに暗示をかけた。この学校には女しかいないと思い込むようにな」


 小声で囁いたのに、ルクレチアの表情の変化は、大げさなくらいだった。


「理由は、お前なら分かるだろ?」


 ルクレチアは、大きくうなずいた。しばらく、唇を噛みしめていたが、ナユタに呼ばれて走り出した。


(多少は役に立てただろうか……?)


 リュイはぼんやりと考えながら再び部屋に戻る。……と、さきほどまで陽光が差し込んでいた明るい部屋が夜の闇のように、暗くなっていた。

 顔を上げると、黒い外套を羽織った橙色の髪の少女が立っていた。


「お前、ここの生徒だろ? 集合場所に早く行けよ。遅刻するぞ」


 軽口をたたいてはみたが、少女がただの生徒でないことは、リュイにも分かっていた。


「迎えに来たの。あなたを」


 少女はにっこり笑った。リュイもつられて、口角を上げる。


「……ツキノワか?」

「ううん。今回のことにツキノワは関係ないわ。ツキノワには何の報告もしてないし」

「じゃあ、個人的な怨恨? 俺を殺しに来たのか?」

「物騒なことばっかり言うのね。そんなことが目的だったら、とっくにやってるわよ。貴方にはもしもの時のために、捕えておいて損はないかなって思っただけ」


 ――もしもの時?


「まさか?」


 ……ナユタ!?


「ナユタ!」


 とっさに叫んでみだが、リュイの呼びかけにこたえる声はなかった。


「くそっ」


(何してやがる!? グレイ!)


 リュイは少女に背を向けて、部屋を飛び出した。今なら、ナユタとルクレチアに追い着くはずだ。ルクレチアに協力してもらい、ナユタをこの島から逃がすことも出来る。

 しかし、廊下には大量の「敵」が溢れかえっていた。


(やってくれたな。ガキが……)


 目に見える範囲で五十人はいる。体が子供のリュイが相手にできる人数ではない。


(だから、早く元に戻せってグレイテルに言ったのに……)


 傷を早く癒すために、子供の姿に変えられた。大人の姿だとリュイは無茶するし、怪しまれるからとだと諭されたが、今はただじれったいばかりだった。


(ナユタ。無事でいてくれよ……)


 縋るような気持ちで、リュイは亡き妻の顔を思い浮かべた。


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