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さくら  作者: zaku
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左腕

 真司は、おばさんが持ってきたチャーハンを黙って食べた。

 「真司くん。今朝はどうかしたの?」

 「…」

 「何でもないんならいいんだけど…」

 「…」

 真司は、さくらのことを考えていた。

 いつも突然真司の部屋に現れる。

 いったい何なんだ。

 真司の部屋に何をしに来るんだ。

 時折スプーンが止まる。

 「どうかした?」

 おばさんが心配そうに尋ねる。

 はっとしてまたスプーンを口に運ぶ。

 「何かあったらおばさんに言ってね?」

 真司はチャーハンをたいらげた。

 「食欲も大丈夫そうね」

 おばさんは空になった皿をお盆に乗せながら言った。

 真司は冷たい麦茶をゴクゴクと音をたてて飲み干した。

 「ごちそうさま…」

 真司の口から思わぬ言葉が漏れた。

 おばさんは驚いた顔で真司を見た。

 そして、嬉しそうに言った。

 「ありがとう」

 真司は、自分でも驚いた。

 あの事故以来、初めて素直に言葉が出たような気がした。

 なぜだろう。

 ずっと反発ばかりしてきたのに。


 おはよう

 おやすみなさい

 いただきます

 ごちそうさま

 ごめんなさい

 ありがとう


 家族三人で暮らしていたときには、当たり前のように口にしていた言葉。

 この数カ月、真司の口から発せられることのなかった言葉。

 真司は胸が痛くなった。

 両親を失った悲しみ。

 自分だけが生き残った罪悪感。

 邪魔者扱いされているような疎外感。

 真司の心にはそれしかなかった。

 周りに反発することで、自分自身を殻に閉じ込めていた。

 そして、自分を守るために多くの人を傷つけてきた。

 そんな自分が嫌いでしょうがなかった。

 真司は、おばさんを見た。

 おばさんが真司の心を開いてくれたのか。

 「おばさん…」

 「何?」

 「麦茶のおかわりをください…」

 おばさんは、空のコップに冷たい麦茶を注いだ。

 「はい。どうぞ」

 真司は麦茶を一口飲んだ。

 なんだか、胸のつかえが取れたような気がした。

 もう一口飲んだ。

 真司の目から涙が溢れた。

 おばさんは何も言わずに、優しく微笑んでいる。

 真司は溢れる涙を左手で拭った。

 「真司くん?」

 おばさんが言った。

 「どうしたの?その手」

 真司は涙に濡れた自分の手を見た。

 真司の左腕には、強く掴まれたような跡がうっすらと赤く残っていた。



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