さくら
この家のことをおばさんは「ハウス」と呼んでいた。正式な名前もあるのだろうが、真司にはどうでもいいことだった。
この部屋にはエアコンがない。
あるのは扇風機だけだ。
毎日暑くてたまらない。
苛々する。
真司は、物に当たるしか術がなかった。
このハウスに来て三日。
真司は、ほとんど自分の部屋から出ることはなく、一日中ベッドに横になっていることが多かった。
テレビも観ない。
今日が何月何日なのかさえわからなくなっていた。
そんな真司に、おばさんは、毎日三食、部屋に食事を持ってくる。
しかし、真司はほとんど手をつけることはなかった。
このまま飢え死にしてやる。
本気でそう思っていた。
四日目の朝、真司は物音に目が覚めた。
ふと見ると、部屋の椅子に髪の長い少女が座って何か食べている。
「うわっ!」
真司は驚いて飛び起きた。
少女は、真司の驚いた声に気付く様子もなく、小さな口を動かしながら窓の外を眺めている。
「おい、お前…」
真司の言葉を遮るように、突然その少女が口を開いた。
「真司くん、メロンパン食べる?私ね、さくらっていうの」
その大きな瞳に真司は見覚えがあった。
ここに来たときに窓際のリクライニングチェアに座っていた少女だ。
「うるさい。出ていけ!」
思わず真司は叫んだ。
さくらと名のったその少女は、食べかけのメロンパンを机の上に置くと、悲しそうな顔をして、黙って真司の部屋から出ていった。
なんだ、あいつ―
「真司くん?」
入れ替わるように、朝食を持ったおばさんが部屋に入ってきた。
おばさんは机の上に目をやると「あら、真司くんはやっぱりパンが好きなの?」と言った。
違う。
「じゃあ、明日から朝食はパンにしようかしら」
違う。僕じゃない―
「でも、今日はおにぎりで我慢してね」
おばさんは、そう言うと笑顔で部屋から出ていった。
真司は、かすかな甘い香りを口の中に感じていた。