ひとつだけ
真司が朝食を食べ終わると、おばさんはいつものように微笑んで部屋から出ていった。
真司は、机の上のメロンパンがおばさんに見つからないかヒヤヒヤしていた。
また真司が食べたと思われたらたまらないからだ。
真司はメロンパンをそっと手に取った。
一口か二口、かじった跡がある。
さくら―
いったい何者なんだ。
いつも突然現れてはいなくなる。
とても普通の人間とは思えない。
もしかしたら…
いや、そんなわけはない。
やはり、おばさんに聞くべきなのか…
しかし、さくらは「誰にも言うな」と言った。
どんな意味があるのだろうか。
考えれば考えるほどわからない。
一度さくらと話がしたい。
真司のさくらに対する意識は、少しずつ変わっていった。
真司は雨音に目を覚ました。
カーテンを開ける。
朝とは思えないほど外は暗い。
蒸し暑い。
真司は扇風機を回した。
スイッチを「強」にして顔に浴びる。
誰だ?
はっとして振り返った。
さくら―
パンダのぬいぐるみを抱えている。
いつの間に…
さくらは言った。
「真司くん、あそぼ」
真司はさくらの顔をじっと見つめた。
やはり、今にも泣きだしそうな寂しげな瞳をしている。
「わかった」
真司は優しく言った。
さくらの顔が初めて笑顔になった。
「でもひとつだけ聞きたいことがある」
真司は言った。
「お前は誰なんだ?」
「誰にも言わない?」
「誰にも言わない。約束する」
「じゃあ、目をつぶって十数えて」
かくれんぼでもするつもりなのか?
真司は後ろを向いて目をつぶった。
言われたとおりにゆっくり十まで数える。
目を開けて振り向くと、さくらは真司の部屋からいなくなっていた。




