プロローグ
その少女は、窓際のリクライニングチェアの上に小さな膝を細い両腕で抱え込むように座り、少し背中を丸めて、窓の外を眺めながらメロンパンを食べていた。
長い髪の毛を無造作に両側で結び、小さな口の周りにメロンパンの粉をつけたその姿はとても幼く、そしてどこか寂しげに見えた。
ここは、児童養護施設である。
グループホームとよばれる種類に分類されるこの施設は大きな施設ではなく、より家庭的な雰囲気で少人数で生活することにより、家族としての生活体験を育むことを目的としている。
真司は、小学生最後のゴールデンウイークに、毎年恒例の家族旅行に出かけた。
楽しい思い出をたくさん作った。帰りの車の中、疲れて後部座席で眠っていたはずだった。
しかし、目が覚めたときは、病院のベッドの上だった。
だから、何が起こったのか、どうして病院にいるのかわからなかった。
ただ、直感的に、両親を失ったことだけは理解していた。
なぜそう感じたのかはわからない。
身体のアチコチが痛い。
真司は、左腕から伸びる管の先にある点滴の容器をぼんやりと眺めながら、生きていることを悔やんだ。
あれから三カ月。
真司はここにいる。
「こんにちは」
ちょっと太ったおばさんが、真司に声をかけた。
「よろしくお願いします」
黙っている真司のかわりに、隣の大人が愛想よく返事をする。
「それでは、こちらへ…」
大人たちは小さなソファに腰かけ、何やら小声で話している。
もう、どうでもよかった。
あの事故以来、真司は心を閉ざしてしまった。
面倒を見てくれようとする祖父母や親戚にも、意味もなく反発した。
ときに手に負えないくらい暴れた。
誰とも喋らない。
学校へも行かなくなった。
本当に、何もかもどうでもよかった。
だから、ここへ連れてこられたときも何とも思わなかった。
真司は、冷めた目で大人たちを見た。