止
遅くなりました。
とりあえず、この章全体を編集しましたので、あしからず。
間5
オレは加奈ちゃんがあまり好きではない。とはいっても、単なる嫉妬だ。
オレがもしも、普通の家庭に生まれてきたのならば、あんな風に普通に笑えたのだろうかと考えてしまう。オレはあの家族が大っ嫌いだ。反吐が出るほどに。しかし、「もし」を考えた場合、オレの人生はどうなっていったのだろうか。
少なくとも、この手を汚さずに済んだのだろうな。適当に勉強して適当に遊んで、適当に人生を歩んでいく。それが、幸福だったのかもしれない。
その「もし」を考えだしたらキリがない。くだらない妄想だ。正直オレは、この現状に大変満足しているのだから、不安を持つ必要がない。
ハナがいて、フウカがいる。その理由だけで、オレは幸せなのだ。何というか、これが家族の温かみなのだろうな。それとなく共に日々を過ごし、たまにどこかに出かける。オレは動物園なんて連れていってもらった記憶がない。オレにとってあそこは子供が行くようなところだと考えているので、童心に帰る事が出来て、大変喜ばしいことであった。
血のつながりなどがない、まったく赤の他人だった連中が、こうして一つ屋根の下で和気藹々と生活が出来るのは、信頼があってこその事だ。その固い信頼こそが、家族の強い絆なのだろうな。
オレは自分が生きている事が嫌で嫌で仕方がなかった。でもその生きている事がこのように楽しく感じられるというのは、その絆のおかげなのかもしれない。
非常に言っていて恥ずかしい事だが、何となく、そんな事を想ってしまうのだ。
そういえばあのコトリをくれた女の子は、昔のオレと似たような考えを持っていた。あの子の代わりが「コトリ」だ。その「コトリ」もオレと同じように成長していくのだろうか。まあ、人形に対して成長という言葉を使うのはおかしな話ではあるが。
フウカは、どうなのだろうな。あいつは、今をどう想ってくれているのだろうな。まあ、生きる希望は持っているようなので、それはそれで一安心ではあるがな。
「ハナ、あまり無茶はするなよ。あと、オレの指示にきちんと従う事。いいな」
「はい!」
オレはハナに念を押しておいた。もしも、今から向かう所にいる奴らが、無関係だったのなら、目も当てられない。まあ、その辺はたぶん大丈夫だろう。
ハナはオレよりも力がある。腕相撲は勝ったためしがない。いつも瞬殺だ。手の骨が折れてしまうのではないかと危惧するぐらい思いっきり叩きつけられる。それでも、ハナは手加減をしてくれているらしいのだが、恥ずかしい話だ。
とりあえず、そこらの大の男だろうが、ハナにかかれば一瞬だ。誰でも赤子のようだ。今回の大人数でも、問題は無いだろう。
「にく……ひさ、びさ」
「そうだな。最近あまり食えていないもんな」
ハナが何故人肉を欲すのかはいささか疑問ではあるが、究明するほどの事でもないだろう。
「ここ」
「ああ。ここだな」
オレ達は目的地についた。ここは、どこかの倉庫のようなところだった。ここは塗装が剥され、ボロボロだった。まあ、誰も使っていないのだから、当たり前なのだが。
しかし、今は違うようだ。明かりがここから漏れていた。話声までも漏れていた。要するに、誰かがここを利用しているのだろう。オレはついているな、と思った。当たりだろう。もしも今日誰もいなかったら、骨折り損であるからな。
「ハナ、静かにしておいてくれよ」
オレはハナに注意を促す。ハナは手を大きく上げて、小さな声で「はい」といった。陽気なものだ。オレは苦笑いをする。
中からは何やらにぎやかだった。オレ達は身を潜める。そして、中の状況を確認する為に顔を覗かせた。気づかれないようにひっそりと。
オレは会話に耳を傾けていた。くだらない話に笑っていたりや、じゃれあうなど、よくある騒ぎ方をしていた。オレはそいつらの周囲を確認した。武器になりそうなものは見当たらなかった。武器なしでの戦いでハナの右に出るものはまずいない。なので、安心してよいだろう。
ハナはそわそわしていた。オレはそれをなだめた。
あいつらが犯人グループである、というのは確認済みだった。加奈ちゃんの証言に沿っている。まず、こいつらは、五人組であること。そして、黒のワゴン車があった。合致しているのだ。
それに、車の中に決定的な証拠になるものがあった。トランクの中に毛布にくるまれていた二つの死体があった。その死体は、三〇代の男性と女性がいた。ほぼ決定的だろう。
オレ達はタイミングを見計らう。オレはこの食事に関しては、ハナに一任することにした。ハナの好きなタイミングで襲えばよい。それが安定なのだから。
そして、ハナは動き出した。猛スピードで走り出した。あいつらは度肝を抜かれていた。鳩が豆鉄砲を食ったように激しく動揺していた。その色を隠し切れなかった。
ハナはこの数の差を物ともせず、青年たちの息の根を止めていく。首の骨を折ったり、拳の力だけで腹を貫通させたり、あとは行動不能にするために足の骨をあり得ぬ方向へ曲げたり、様々な方法で倒していく。
青年たちの一人が、鉄パイプを装備し、ハナに襲い掛かった。その時のハナはもう一人の青年を殺すのに集中していたため、不意打ちを食らったのだ。ハナは頭を強打され、横に吹っ飛んだ。
オレはこいつらと同じように度肝を抜かれた。あのハナが攻撃を食らったのを見たことがないからだ。オレは傍観を決めようとただ立っていただけだが、その時に、ようやく動き出したのだ。
ハナを殴った青年はオレが現れたことにひどく怯えていた。そして、乱心なのか、オレを殴り殺そうと突っ込んできた。オレはたじろいだ。恥ずかしながら動けなかった。
オレはマズイな、と、殺される寸前にそんな感想しかでなかった。
しかし、オレは殺されずに済んだのだった。ハナが、そいつの腕を蹴り上げる。骨が折れる音と鉄パイプが地面に転がる音がここに響いた。そいつは悲鳴をあげる間もなく、ハナに殺された。頭を壁に叩きつぶされたのだ。肉片や脳の一部が壁にべっとりとついていた。
「ハナ、大丈夫か」
オレはすぐにハナへ駆け寄り、けがを確認した。
「……うん」
ハナの頭から血が流れていた。真っ赤だった。肌白い素肌に赤い血がペイントされた。
ハナはゴシゴシとそれを服で拭うと、残念そうな顔をした。さっき殺した青年をハナは口をとがらせて見つめていた。
「好きなところ、食べ損ねたな」
「……うん」
オレの予想は当たっていたらしく、ハナは肩を落とした。悔しそうに肩を落とした。ハナは脳みそが一番好きなので、それが、壁にまとわりついたりや、地面のあちこちに飛散していた。ハナは、地面に落ちたそれを哀愁ただよう背中で拾い食いをする。
ここからはハナの食事の時間になるので、オレは席を外そうとした。
「た、助けて……」
どうやら、ハナが仕留めきれていなかった青年だった。腕や足がおかしな方向を向いていた。何も出来やしないだろう。そして、どうせ死ぬ運命だ。オレは身動きのできないそいつの顔を蹴りとばした。鼻から血が滴り落ちた。オレは、息を一つ吐いて席を外す。
あとはハナの食事が終わるのを待って、帰るだけだ。そう。いつものようにだ。早く帰って寝たいなとハナが死体を貪る音が反響する中で、陽気なことを考えていた。
「な……なに、これ」
オレはまた驚かされた。この場所にはオレとハナ、生き延びたあいつと死体だ。声は幼く、女の子の声だった。そして、その声は聞き覚えのある声だった。
「……加奈ちゃん」
オレは頭を抱えた。苦虫を噛み潰したような苦い顔をした。隠していた、この言い訳が出来ない状況に苦悩した。
フウカは加奈ちゃんをちゃんと見張っていなかった。そのせいでこんな事になってしまった。しかし、よくよく考えればフウカは車いすを動かせる程度にまだ体が慣れていない。つまり、逃げやすいのだ。オレは失念していたこの簡単な事を想定しなかった自分を罵倒した。
「あの、加奈ちゃん、これには……訳があって……」
「もしかして、こいつらが、そうなの?」
「あ、ああ……」
加奈ちゃんは手で口元を押さえていた。
「よかった。死んだんだ」
「え?」
加奈ちゃんは笑っていた。オレは虚をつかれた。
加奈ちゃんは死体の傍による。そして、それを足で蹴とばした。死体はだらんとしていただけだった。彼女の力では腕の位置を変えるぐらいしかできていなかった。
ハナは加奈ちゃんとオレを交互に見ていた。死体を食いながら。
「……ありがとう。でも、殺したかった」
加奈ちゃんの感情がうかがえなかった。オレは言葉が出なかった。
「どうも、思わないのか?」
「それって、どういう、意味?」
「いや……ハナとかみてもさ……」
「いや、別に……」
あっけらかんと言ったのだ。非常に冷めていた。いや、そうではない。
加奈ちゃんはハナの傍に移動した。ハナは関係なく貪り続けていた。加奈ちゃんはハナに目もくれず、足元に会った鉄パイプを拾った。それを舐めるように眺めていた。
何をしたいのか分からない。だが、次の行動で何となく理解した。
加奈ちゃんはオレがさっき蹴った青年の元へ来た。そして、見下すように冷たい目で青年を見つめていた。
オレは何をするか理解できた。止めることもできた。でも、オレはあえて止めなかった。オレはそれが出来なかった。
加奈ちゃんは叫んだ。そして思いっきり鉄パイプを振り上げた。青年は悲痛な叫びをあげた。こいつは自分がどんな目に合うのか理解できたようだ。
加奈ちゃんは青年を何度も殴打した。顔や胸や足や、身体の到る所を何度も叩いていく。加奈ちゃんの体は返り血で染まっていく。恐らく、彼にはもう意識はないだろう。いや、もう絶命しているだろう。それでも、彼を殴り続けるのだ。狂ったように。狂乱して、殴り続ける。
オレは加奈ちゃんの姿を昔の自分と重ねた。
だからオレは加奈ちゃんを否定できなかった。
親の仇を打つその姿は、悲しく見えた。そして、哀れだった。