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花は散り急ぐ  作者: 夏冬春秋
花は枯れることを知った郎女は何を思うか
44/48

ルナの過去のお話

長くなってしまって申し訳ないです。

グロくエグく書こうと思っていたのですが、実力が足りなくて、普通になってしまいました。

すみません。


とりあえず、どうぞ。


 幸せとはいったい何なのだろうか。

 私にとっての幸せは、思い出の中でずっと生き続けている。

 そう思っていた。いや、そう信じていた。

 そうしなければ、きっと今は生きていないだろう。


 だけど、これからの私に幸せなんてあるのだろうか。すべて、壊されてしまっていくのだから。


「わたしに、関わらないで」


 遠い星で血はつながらなくとも長らく本当の家族のように暮らし、日々を過ごした妹から、予想だにしない言葉が出てきた。

 わたしはまさかと思った。

 私の聞き間違いだよね、と自分の認識を誤ったものとしてとらえようと必死になった。

 しかし、それは私の認めたくない心の制御が生み出した甘えに過ぎない。


「みんな、あなたを追ってきたあの銀髪の男に殺されの!」


 私は鈍器で殴られたような衝撃を食らう。

 足元がふらふらとして、立っていることに必死になる。


 私を、追ってきた? あの、銀髪の男が?


 どうして……?


《どうしてって? 僕が生きるためだ》

《僕は生きたいんだ。君は僕の事を忘れないだろう。それだけで僕は生きていけるんだ。君の中で》


 あんたは、もう私の中で十分に生きているじゃないか。

 あんたは私の心の中に根深く、根付いて、棘となり、返しとなって、深く深く突き刺さり存在しているじゃないか。

 それ以上にあんたは何を望む? これ以上私を……――。


「二度とわたしたちを殺さないで!」


 “たち”を殺さないで、か――。私はただ生きようとしているだけじゃないか。

 傷つけようともしていないじゃないか。

 それなのに――どうして私の大切な人が死んでいくんだ。


 しかし――


 私は目の前の“妹”へ手を伸ばす。


 パシッとその手を払われる。そして、遠くへ走り去っていった。

 

「美月」


 綾子が私の肩にそっと手をのせる。

 私はそれをその手をそっと下へおろし、離す。


「ごめん。一人にさせて」


 私はおぼつかない足取りで目的もないまま歩き出した。

 頭の中はぐちゃぐちゃでいろんな考えが頭の中をめぐっていた。しかしあの銀髪の男の顔だけはハッキリといつまでも私の脳裏から離れなかった。





 自宅へ帰り、私はそのままの格好でベッドに倒れこむ。

 枕に顔をうずめて、あの人たちの顔を思い返す。

 未だに、信じられない。あの人たちが、死んでしまったなんて。

 嘘――。あの子の嘘であると信じたい。だけれども、嘘をつく理由は何?

 わからない。

 あの銀髪の男の仕業なのだから、凄惨な惨状なのだろうか。あの子のあのおびえた表情。


 私は、叫んだ。


 拳をたたきつける。

 

「なんで! なんで! 何でなの!?」


 私はぶつけられない、抑えられない怒りに対し、泣き叫ぶことしかできなかった。




「お母さん、面白い生き物拾っちゃった!」

 一人の幼い少女がいた。縁側に座る母親に愛らしさをふるまう。

 服は土に汚れ、頬にもその汚れがついていた。それにもかかわらず、子供特有の無邪気な笑顔で、拾った黒くハサミを持つ手のひらに乗るぐらいな小さな生き物を母親に見せつける。

 母親は不満そうな顔で「もう。またそんなに汚して」とハンカチを取り出し、少女の頬をぬぐう。

 少女は「えへへ」と照れ臭そうに笑った。


「でもでも、かっこいいでしょ?」


「うん、うん。かっこいいわ」


 小さく微笑んだ。


「ルナは、また外で遊んでたのか?」

 遠くから声がした。ルナ――少女の父親だ。家の奥から現れ、声をかける。


「あ! お父さん! ねえねえ、これかっこいいでしょ?」


「おー! 懐かしいな。お父さんの若いころは……」

 少し、長い子供話を始めた。

 少女はそのお話をにこにこしながら聞いていた。


「まあ、しかしながらだな」


 父親は少女の頭に手を置き、撫でた。


「逃がしてあげなさい」

「えー? どうして?」

 びっくりしたように目を開いた。ついでに、声のトーンも上がった。


「飼いたかったのに」


 父親はクスリと笑った。

「この子はこの子で、自分相応の生き方というのがあるんだよ。たとえば、ルナは知らない人に突然つかまって、全く知らないところへ閉じ込められたらどう思う?」


「んー? 嫌だ!」

「じゃあ、同じことも、この子も思うはずではないかな?」

「そっか」


 極論ではあるような気がするが、ある意味理にかなっているような気がするような気がしなくもないので、この場は納得するような雰囲気になった。


 少女は、こくりと頷くと、そっと優しく虫を離した。

 解放された虫は自由を得て、青く広い空へ飛んで行った。


「あーあ。いっちゃった」

「いいんだよ。狭いところではなく、どこまでも無限に続く空へ羽ばたいていける自由がある、それがあの子の居場所だよ。自分たちとは違う生き方さ」


「そうなのかな」

 ふっと笑った。


「はい、無銭の講義は終わりましたね」


 母親は笑みを浮かべながら言った。


「未来の小銭のお話さ」


 母親は肩をすくめた。そして、ゆっくりと立ち上がる。

 父親は立ちあがろうとする彼女に肩を貸した。


「ありがとう」

「当然だって。君は未来を育てているんだからさ」


 彼女のお腹は大きく膨れていた。もちろん、デブというわけではなく、子を宿していた。

 少女はそのお腹をさする。


「私は、もうすぐお姉ちゃんになるんだよね」

 自慢するように嬉しそうに笑みを浮かべていった。


「しっかりしなきゃだめよ」

「わかってるよ」

「妹を大切にするんだぞ」

「わかってるよ。あ、それより、名前は私が決めていいよね?」

「えー。お父さんがつけたいな」

「いいじゃない。ルナにつけさせてあげれば」

「うん。ま、いいだろう」

「えへへ。候補はいくつかあるんだ。どれにしようかな」


 うきうきとした声で話す。


「あはは。そうか。そうか。それは楽しみだ」

「早く顔が見たいなぁ」

「慌てなくても、すぐその時が来るわよ」


 一家団欒と明るく仲良く元気よく笑うのであった。




――アハハ……。


――――――


 今、自分たちの目の前で笑っている男がいた。

 陽気に笑っていた彼らに喜びの感情など掻き消えていた。あたかも昔から存在しなかったように、彼らはなくなっていた。

 代わりといおうかなんといおうか。銀色の髪の毛をした男が、彼らのその感情を盗み取っていた。


 知らぬ間の出来事だった。家に男が訪れた。近所でアンケートを取っているとか、そんな理由だ。いくつかの質問に答えていた。ただそれだけで済むものかと思っていたのだが、それは単なる勝手な思い込みに過ぎなかった。

 怪しさを感じさせない笑顔で懐に忍び寄り、彼らをさらった。

 

 彼らは今、暗い牢屋に監禁されている。

 父親は両手両足を鎖で縛られ、芋虫のように這うことしかできない。母親には手かせがされている。大きな腹を抱えていて満足に動くことは叶わない。

 一方、少女だが、両親とは対照的に、自由であった。だが、少女のか弱い膂力だけでは両親の拘束を解くことも、牢屋から出るすべも、男に歯向かうことすらできない。


「哀れだな」

 男は鼻で笑う。


 家族は一同にこう思っているはずだ。いったい何が目的なのか。

 恨まれるような行いはしていない。男とは初対面であり、面識は一切ない。記憶を遠くさかのぼっても恨みを持たれるような人物に思い至らない。


「単純な話だ」

 男は口元を手で覆う。しかし、吊り上がった口角は、手だけでは隠し切れなかった。

 男はゆっくりと、理由を簡潔にわかりやすく、彼らに述べてあげる。

「趣味。ただそれだけ。僕は今からキミたちを嬲り殺します。あ、いや、語弊があるな。凌辱し、嬲り、いたぶり、飽きたら捨てる。殺しはしないさ。勝手に死んでいくだけだから」


 何かがツボったのか、腹を抱えて笑い出した。 


「おい! 俺に何してもいい。だけど、妻と娘には一切手を出すな!」


「はいはい、もういいよそういった常套句は。みんな必ずそういうから飽きたよ。なんなの? 台本でも回し読みしてんの? 俳優にでもなったつもりかっての。というか、大体自分に酔ってんだよね。そういうの。そういう俺カッケーみたいな? 大丈夫。そんな化けの皮、すぐに剥いであげるから。結局は自分が大事なのさ。見えるよー。君が家族を見捨てて必死に生き残ろうとするビジョンが」


 男は嘆息する。この男は経験から一部の例をあげているだけに過ぎないが、こういうことで、ある程度行動に制限をさせることができる。


「ふざけるな!」


「うん。ふざけてはいる。ただ、命令などされたくないね。そもそも、君は僕に従うことしかできないのだけれども」


 笑みを崩さない冷酷な男に少女は口を開いた。


「ねえ。私たちをここから出してよ! どうしてこんなことするの? お願い、自由にさせてよ。何でもしますから」


「ん? 今、何でもするって言ったよね」


 男は微笑を浮かべて言う。


「じゃあ、生きててくれ」




「まあ、キミたちに告げなければならないことがある。それはこの薄暗い牢屋の中で、生活してもらうということだ。ここは地下で、時間を知るすべはない。一生変わらない景色を眺め、狂って狂って死んでいく」


 少女は身震いする。両親たちは眉間にしわを寄せ、男の話をきく。


「今がいつなのか、監禁されて何時間たったのか。それすらもわからない。やがて、現実と夢の区別がつかなくなり、自我が崩壊していくだろう」


 男は笑う。


「だが、僕は優しい男だ。現実というのを少しでも楽しんでもらいたい。だから……」


 男は一本の棒を見せつける。そしてそれを父親に近づける。


 バチバチ……。電流が父親に流し込まれる。彼の体がビクンと跳ねた。そして、悲鳴を上げる。


「これから毎日、朝になったら電流を与えよう。この電流を陽の代わりにでもしておいてくれ」


「あ……あ……」


 父親はうねる。


 男はもう一度電流を浴びせる。5秒ぐらい浴びせる。


「「やめて!」」


 母親と少女が叫び、懇願する。


「ああ。今日の彼の分は終了とさせてもらうよ。ただ、キミたちも可愛そうだから日にちという感覚を憶えさせたいんだよ。だから……」


 バチバチ、と音をなびかせる。


「や、やめろ……」

 父親が必死に声を絞り出す。

「妻と子には、手を出すな。俺が代わりに……」


「えー。欲張りだな。そんなに欲しかったのかい? まあでも、最初からそうするつもりだったし。いいよ」

 男は以外にもあっさりと飲み込み、父親に電流を食らわせた。


「それじゃあ、それをこれから毎日電流を浴びさせるんで。よろしくね。ただ、嫌になったらいつでも妻と娘に分けてもいいんだよ。もともと、君が受けるものでもないんだし。じゃあ、僕は帰るね」


 男は踵を返しこの場から去ろうとする。


「あ、そうだ」


 男はポンと手をたたいた。


「ごはんを与えないと。忘れてたよ。ま、餓死してくれてもかまわないけど、少しでも長く生きながらえてもらいたいから。ホラ」


 男は3枚の食パンを少女の傍に落とした。


「今日の分」

 男はそれだけを言うと、牢屋から出ていった。


 それを茫然と見送っていた。


 男の姿が完全に消えると、ある意味安堵の雰囲気に包まれる。ようやく悪魔が去ったのだ。


「あなた、大丈夫!」


 母親はまず父親の心配をする。彼は「ああ」と小さく頷く。


 少女は「もうやだ」と涙をボロボロと落とす。


 父親は少女を慰める。


「とりあえず、ご飯を食べよう」


 少女は父親の言葉にこくりとうなづいた。


 少女は地面に落とされ土に汚れたパンを拾い上げる。


「あいつは今日の分、と言っていた。たぶん、一日の食事なのかもしれない。だから、半分は残しておこう」

 こくりと頷く。


「俺はまだ食べなくていい。今日は、お前たち二人でその3枚のパンを食べなさい」

「いやよ。あなたも食べて」

「ここにいるのは、3人じゃない、4人だ。お前は少しでも体力をつけてもらわないと」

「で、でも……」

「いいんだよ。一日ぐらい」

「じゃあ、私の分を少しあげるよ」

 そういって半分にちぎったパンを父親の口に近づけて食べさせようとする。

 彼は仕方がない、そういう風な顔をして口をつけた。


「ありがとう」


 娘は手が不自由な母親にもパンを食べさせた。そして、自分の分も食べた。

 

 決まづい雰囲気が辺りをつつむ。


 これからどうなってしまうのかそういった一抹の不安を抱えながら、時間が少しずつ経過していく。




「もう駄目だな、こいつは」


 あれからどのくらい経ったか。数えるのも嫌になったころだった。

 無情な言葉が、響いた。

 男は横たわる父を蹴る。私はその足にしがみつく。なんとか蹴るのをやめさせたかった。

 私の必死の抵抗が通じたのか、男はふっと笑い、蹴るのをやめた。

 私は冷たくなった父の体を抱きしめた。


「どうして、こんなことに……」


 私は嘆いた。今までの父との思い出がよみがえる。思い出の中の父と横たわる父の姿は異なっていた。私はあふれる涙を抑えきれなかった。

 母も泣く。手を伸ばすがその手は届かない。呼びかける声も父には届かない。

 その中で、拍手が響き渡る。そして、男の乾いた笑い声がした。


「たかだか一匹死んだくらいで、それぐらい悲しむことができるのは、非常に素晴らしいことだ」


 男は破顔した。


「こいつは死んだと思うかい? いや、死んではいない。なぜなら、君たちの思い出の中で生きているのだから。だから、忘れないようにしないとな」


 男は笑う。


「うるさい!」


 私は怒鳴る。


「ヒト殺し!」


 私は男を見上げながらけなす。暴力では決してかなわない。それならば、せめて言葉で攻撃したかった。


「ヒト殺し?」


 男はきょとんとした。この言葉が意外だったのだろう。


「僕は何も殺してはいないさ。勝手にくたばっただけだ。それに、まだ生きているといっただろう?」


 男はしゃがむ。私の胸をつついた。「ここに生きている」そして頭をつつく。「忘れられた時にヒトは死ぬ。つまり、君が記憶している限り、生きている。そして、忘れたときが殺されたときさ。殺すのは僕じゃない」男は私のおでこを軽く二度つついた。


 男は立ち上がり、部屋から出ていこうとした。


「あ、そうだ。思い出した。明日から食事は与えないから」


 男は父の死体を指さした。


「食料は十分にあるだろう?」


 男は高笑いしながら、部屋を出ていった。


 私たちの地獄はまだまだ終わらない。




 もうこんな生活は嫌だ。

 誰か助けてほしい。

 そう嘆いても誰も助けてくれない。


「ぅ……」


 母はおなかを抑えた。

 こんな状況であろうと、おなかにいる子は懸命に外へ出ようとしている。

 しかし、おなかの中が一番安全なのだと、言ってあげたい。外は危険だ。地獄だ。

 おなかから出てきて、産まれ、生きていかなければならない。

 何のために生きていくのか、その理由もわからないまま日々を過ごしていく。

 生をつなぐために殺し、食べる。食べるために生きていくことなのだ。それが与えられた使命。


 もう、いやだ。


 私は横たわる。頬からは涙がつたう。


 私は、生きていたい。そう強く願うが、しかしながら、こんなことをするために生きていたくない。

 父の屍を食べてまで、生きていきたくない。

 しかし、体の奥底に眠る生存本能がここぞとばかりに起きだし、叫ぶのだ。赤子のように、「食べろ、食べろ」と泣きわめくのだ。


 私はもう死んでもいいと思った。でも……。


 どうしたらいいのか。


「ぅ……」


 母は苦しむ。どうやら、子供が暴れているようだ。もうすぐ産まれるのだろうか。

 私は母に駆け寄り、様子を見る。

 そんな時だった。


 久々に男がやってきた。


「お、元気にしているな」


 足を無くした父の死体を踏みながら私たちを見た。

 骨と皮がくっついた様の私は、何も反応はすることなく、母を心配した。

 男が私たちへ近づく。

 また、何かをするつもりか。


「僕がなぜ君たちを選んだかわかるか?」


 男は問いかけるが、返答する体力もない。


「ま、たまたまだけどね。君たちは運がいい。僕になんとなく選ばれたのだから」


 男はにっと笑う。


「出産間近の妊婦がいて、物事がわかる子供がいる家族ならだれでもよかった。その条件に君たちがはまっていた。僕の理想形だった」


 男は片足を挙げる。


 そして、母親のおなかを力いっぱい踏んだ。



 何度も、何度も。



「やめて!」


 ない体力を振り絞り、必死に抵抗するが、たたかれ、飛ばされる。


「黙ってよく見てな」


 男は何度も、何度も赤子を宿し膨らんだおなかを容赦なく踏みつぶす。


 男は高笑いする。


「ハハハハハ! これだ! たまらない! 気持ちいい。思わず勃起してしまいそうだ」


 男は私の髪をわしづかみにし、引っ張る。


「よく見ておけ!」


 私は凄惨な光景に目をそらした。気が遠くなりそうになる。その所を男に頬を叩かれ目覚める。


 異形になった赤子が出てきた。


「こうやってな、腹を蹴りつぶすと、気持ちがいいんだ。まるで、にきびをつぶして膿を出すような、あのなんともいえない感覚に似ているんだ。ほら、うにゅっと出てくるだろう? 面白いだろう!?」


 私は涙を流す。

 母を呼ぶが、応えない。


「ほら、例の膿だぞ」


 真っ赤に染まる子を無造作にわしづかみにする。そして、私の頬にこすりつけた。


「どうだ? お前の……妹だぞ。名前を読んであげな」


 私は言葉に詰まった。

 名前は決めていた。呼んであげたかった。しかし、こんな形ではなかった。

 男は私に赤子を抱くように命令する。

 私は、ろくに動かない赤子を抱きしめ、声を振り絞る。


「せ、……セ……セレネ……」


 私の声は弱弱しい。


「は、ハハハ。セレネ。……お姉ちゃん、お姉ちゃんだよ。……お母さんも、お父さんも……やさしく……微笑んでるよ…………まってた…………セレネを……愛す……た……」


 胸を蹴られる。そして、妹を落としてしまう。

 床に顔を付けた私は、目前に妹の姿をみる。


「おめでとう! これで君が彼女をヒトとして誕生させた。生物学上でのヒトは胎内から出てきたときに生まれる。しかしながら、「ヒト」という社会では、存在を他人に認知され、名前を与えられて、ようやく「ヒト」として産まれるんだ。これでお前が彼女を生んであげたんだ。お前のおかげで、彼女が生きれるようになったんだ」


 男はわけのわからない高説を垂れ流したあと、片足をあげる。



 そして、踏みつぶした。



 血、肉片、脳しょうが飛び散った。

 私の顔に張り付いた。

 瞳孔が開く。

 頭を失った妹は腕や足をぴくぴくさせる。そして、やがて動かなくなった。

 私はそのさまを始終見てしまった。


「これで、死んだ。君が人として生かしたおかげで、彼女は「死」んでしまった。君が「生」という概念を与えたせいで、「死」という概念を彼女が襲った。君が殺したのも同然だ。君が名前を与え、生まなければ、彼女は死ぬこともなかった」


 男は気味が悪い笑みを浮かべ、顔を近づける。そして。


「殺したのは……」私の額を二度指でつついた。


 そして男は気持ちの悪い笑みを浮かべる。


「さて。もう十分堪能した。僕はどこかへ行くが、君も早くお家に帰りなさい。パパとママも心配しているよ」


 プッと笑い、男は踵を返す。


「ど、どうして……? どうして……?」


 私はか細い声で問うた。


 男は振り返り、冷静に言った。


「どうしてって? 僕が生きるためだ」ふう、と一息ついた。「僕は生きたいんだ。君は僕のことを忘れないだろう。それだけで僕は生きていけるんだ。君の中で」


 そうして、男は去っていった。


 私は、起き上がろうとする。




「お父さん……」


 応えはない。


「……お母さん」


 返事はない。


「せ……セレネ……」


 ……。






「あ、ああ……うぅぅ……!!!! ううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






 私は叫ぶ。絶叫する。咆哮する。泣きわめく。喚き散らす。

 その声を止めてくれるものは誰もいない。

 誰も反応してくれない。

 私は『独り』になった部屋で、無様に狂乱したように喚く。

 ただ、虚しさだけが残り、その声は虚空へと消えていった。




――今


 私は橋の上にいる。車が私の後ろで通り過ぎていく。

 私は身を乗り出す。

 下には、川が流れている。


 ――幸せは、どこにあったのだろうか。生きていて、本当に良かったのだろうか。ただ、苦しくて、辛くて、悲しくて……。


 誰も助けてくれない。誰も……。


 私のいる場所などない。


 私は、生きていてもしょうがない。なぜなら、生きているだけで、あの男の影がちらつき、あの男がほくそえみ、得をする。


 それならいっそ、死んでしまえば。そうすればこの地獄からも抜け出せる。


 私の命を犠牲にし、あの男の有限の命の一つをつぶしてやる。


 そう。それこそ……幸せだ。


 私は重心を前に倒す。そしてゆっくりと、体が宙に浮く。


 そう、これでいい。すべては、これで……いい。


























「だめだ!!!!!」

本当に長い期間投稿しなくて済まないです。

就活や卒論で忙しかったり、てんかん発作で4回運ばれ、入院とか。そういうのがあって、書けなかったという言い訳だけはさせてください。


このお話は、前から書きたかったのですが、いざ書こうとしてみると、難しいものですね。平和な日常を過ごしている分には、狂気の日常を描くことができないのでしょうか。まあ、勉強不足的な感じで、甘えな言い訳ですけれど。

 この章は、想像以上に長くなってしまっています。最後の方針は決まっているのですが、まあ、はい。

 一応、言いますが、あと大体6話ぐらいでこの章は終わる予定です。そして、この章が前編で次の章が後編となります。

 道のりが想像以上に遠い。

 今、頑張って次の話を執筆中です。今年で、なんとか前編を書ききれるように頑張ります。

 いや本当に。

 とにもかくにも、次も読んでくださいね。


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