美雨のお話
美雨のお話
美雨は話的には必要な存在だが、専用のお話はあまりいらないと思う。
美雨のお話
「君はなぜ泣いているんだ」
「大事にしてたものをなくしちゃった……」
「じゃあ、探してきてあげる」
「ありがとう」
でも、見つからなかった。その時、彼はこう言った。
「じゃあ、これをあげるよ。ロケット。俺の大切なモノ」
「いらない。だってあれじゃなきゃいや。それに、あなたの大切なモノは受け取れない」
「あげる。これも。俺の想いがたくさんつまっている。だからこそ、君に大切にしてもらいたい。だって……俺にとって君が大切だから。笑っててほしいんだ。それに、昔にいくらこだわって泣いていても、昔は戻ってこない。だからこそ、今にこだわって笑わなきゃ。だから、これを。君が失くしたもの以上にこれを大切にしてほしい」
「なにいっているか、わからない。でも、もらうよ。あなたが言った通り、このまま泣いてちゃだめなきがする。だから、これ、大切にする。ありがと」
「うん」
あれから何年たったか。彼から貰ったものは今でも大切に保管している。
彼は好きな本の言葉があり、それをよく言っていた。
「過去の幸せが今の幸せを妨げる」
だから、わたしはその想いで生きてきた。彼に習って。だけれど、あの時みたいに、簡単に捨て去ることなんて出来ない。乗り換える事なんて出来ない。
わたしは、貴方が必要だった。
この想いは中々切り捨てる事は出来ない。
じゃあ、どうすれば私は過去の幸せと別れ、今の幸せに出会えるのか。
それは……なにか、けじめだ。たとえば、彼が行方不明になった理由を突き止める。そうだ。彼の安否を確認する。この目で真実を見つける。それが、過去と今をつなげる方法だ。
疑問を解消去れば、わたしは一歩前へ進むことが出来る。
わたしは、浩二郎と……。
まず、浩二郎の兄に声をかけてみる事にした。
兄については浩二郎からよく聞いていた。
良い奴隷だ、と。出来損ないで、よく親から罵倒されている。そして、罵倒されても、平気でいる。愚かな存在。そう。愚者。自分では何もできない阿呆もの。白痴。
あいつに声をかける。その時、わたしはあいつの雰囲気が普通の人とは異なる事を悟った。不穏な空気を感じた。背筋が凍ってしまうような悪寒が走る。
こいつは家族に対する恨み、つまるところ動機がある。
わたしは、直感した。
こいつが……浩二郎を?
ただのわたしの勘で、推測の域を得ないのは重々理解している。でも、つい、そんな考えに至ってしまった。
だけど、そう疑ってしまったら最後。そうとしか考えられなくなった。
わたしは、にらむ。
こいつを突き詰めれば、浩二郎の失踪の謎にたどり着けるだろう。と。だから、わたしは、あいつを追う事にしてみた。
浩二郎とわたしは幼稚園の頃からの仲だ。それから同じ小学校へ入り、同じ中学校へ進むつもりだった。
浩二郎は頭がよく、とても優秀だった。運動も出来て、女子からモテた。だから、わたしは嫉妬していた。他の女の子に浩二郎を取らせたくなかった。浩二郎はわたしの想いが通じているのか、わたしとよく遊んでくれていた。わたしはそれだけで十分だった。
浩二郎と遊んだり、一緒に写真を撮ったり。撮った写真はいつまでも大切にしている。浩二郎はわたしがあげた写真立てにそれを入れて飾っているらしい。わたしは……いや、わたしたちは、両思いだ。きっとそうだ。
浩二郎は兄の事があまり好きではないそうだ。わたしは姉がいるが好きだ。家族間の関係についてはあまり気が合わなかった。
浩二郎は家族とはいっても結局は他人だと言っていた。わたしはなるほど、とは思ったが納得はしない。だって、家族は自分の人生の基礎となるのだから。そして、そこで成長し、学んでいく。それに、長年ずっといるわけだから、他人とは違い、関係性がとても濃いものだ。関係性を糸で表現するなら、図太い、糸だ。切っても切れない。とてもとても丈夫なもの。
わたしは浩二郎が兄の悪口を聞くと、少し悲しくなる。どうして差異がおこるのか、と。
でも、他所は他所、うちはうち。考えなんて異なっても不思議じゃない。浩二郎がどんなに悪態をつこうがわたしには関係がない話。むしろ、嬉しい。こういう愚痴を言ってくれるほど、わたしに信頼を置いてくれているのだから。
「いや、すまん。そこの君。道を聞きたいんだが、いいかい?」
わたしは声をかけられた。二十代後半の男性で、黒髪の短髪。わたしは警戒したが、教えてあげる事にした。
「ここにいきたいんだが……」
その男性はわたしの知っている家へ行くつもりだった。そう。浩二郎の家だ。わたしは、本当に教えていいのだろうかと疑問に持ったが、教えてしまった。その男性は笑みを浮かべる。わたしは、何故か浩二郎の顔をそれに合わせた。
顔は全く違うのに、雰囲気がそっくりだった。わたしは呆然としてしまっていた。
男性が行った後も、わたしは立ち尽くしていた。
その男性と再会したのは数時間後だった。あの男性に声をかけられた。わたしは叫ぶかブザーを鳴らすか、構えた。
「いや、そんな固くならないでよ。あのさ、今日は助かったよ。おかげで、大切なモノを取りかえせた」
「大切なモノですか? あんなところに一体なんのようだったんですか?」
「いや、あれだ。俺の家だったからだ」
「は?」
「これだ」
男性は写真を数枚見せた。わたしはそれを奪い取るようにして持った。
「盗んだんですか?」
「取り返した、が正しいよ。美雨」
「は?」
わたしは一層警戒した。怪しさ満点。もう、ブザー確定。
「写真立てなら、大切に保管してあるよ。それで、僕があげたあのロケットは」
「な、なぜ……それを……?」
「信じないかもしれないが、まず、話を聞いてほしい。俺は柴坂浩二郎なんだ。美雨が知るね。いや、この姿は知らないが……」薄く笑った。「とにかく、俺は死んだんだ。魂だけの存在になり、この男性に憑りついているんだ」
「いみがわからないよ」
「そうだろうな。だが、やはり、俺は死んでいる」
「な……!」
「その原因を作ったのは、あいつだ。俺の兄。柴坂誠一郎。あいつが、両親を殺し、俺をころさせ……殺した。あいつは、人殺しなんだ!」
「そ、そんな……」
とりあえず、混乱した。訳が分からなかった。
「あいつは、人を殺しておいて、呑気に暮らしている。さらには、罪を重ね続けている。電話してみるといい。あいつは、呑気に女の子を数人家に招き、同棲している。人の事を殺しておいて! 良い夢を見ている。自分の家のようにつかっている! 許すまじ、許すまじ。電話でもしてみな。多分、女の子が出るだろう」
わたしは携帯を渡された。浩二郎の家の電話番号を押して、かけてみた。
この男の言う事は本当か? わたしは、まだ疑いがとれていない。
『はい。もしもし。柴坂ですが』
わたしはぎょっとした。
「え? ……あれ? し、柴坂……さんのお宅、なんですか?」
わたしは男性を見た。言った通りだった。
わたしは電話を切った。
「な? 本当だっただろう? もう少し、ちゃんとしたお話がしたいんだが、時間は大丈夫かい?」
「本当に? 本当に浩二郎なの?」
「ああ。じゃあ、過去話を交えて、語ろうかね」
わたしたちは公園へ移動した。ブランコに乗り、浩二郎のお話を聞いた。
わたしは、あの男、誠一郎の行いを知り、殺意が湧いた。浩二郎をひどい目に合わせて。
浩二郎は生きながら食われたそうだ。謎の少女に腸を生きたまま抉られた。おぞましい。吐き気を催す。
その後、霊体となった浩二郎は、この身体の男性と出会ったそうだ。そして、憑りついた。この男性には申し訳ないが、仕方ない。そんな感じだ。
少し虚実が混ざっているような気がしたが、どうでもいい。
「本当に……浩二郎なんだね?」
「当然だよ。美雨」
「会いたかった。ちゃんとした浩二郎に出逢いたかったけど、でも! また会えてよかった。それだけでわたしはいい! もう何もいらない!」
わたしは浩二郎に抱き付いた。そして泣いた。
「ああ。俺もだ」
私たちは抱きしめあった。再会を喜び合う。二度とは会えぬと思っていたあなたの温もりがそこにあった。わたしはもう満足だった。
「なあ、美雨。復讐をしてみないか? 俺達の愛を壊したあいつへ」
「復讐?」
「ああ。俺はあいつが許せない。俺から全てを奪ったんだ。あのクズが! だからこそ、あいつの今の幸せを壊してやろう!」
わたしは迷うことなど無かった。
「はい。必ず!」
ああ。ああ! わたしの幸せはあいつの幸せを壊すことで得られる! 壊せば、この人が私の傍にいて微笑んでくれるのだから。
7/19(日)
「なあ。今から、会いたいんだが、大丈夫か?」
電話がかかってきた。声も姿も変わってしまったが、新しくなった浩次朗だ。
私はもちろん、と言った。
彼は場所を言った。向かえそうだ。
彼は今すぐにそこへきて欲しいという。自分はちょっと遅れるというのに。
でも、私はそんなの、気にしない。いつまでも待っていられる。
私はすぐにそこへ向かった。
文中に書いた「過去の幸せは今の幸せの妨げになる」って、なんの本でしたっけ? 思いだせない。
最近読んだ本は「美しい村・風立ちぬ」と「儚い羊たちの祝宴」ですから、そんなかからだと思うんですが、見当たらない。どれだろう? 普通に考えれば「風立ちぬ」でしょうが、わからん。
まあ、「羊たち」は久しぶりに面白いと思った作品。読んでみたらいかが?
では。次は5の23時 誠一郎のお話




